第三十三話 「洋服」
しかしながら、ここは是が非でもお洋服を買ってあげないといけない。
ボロのワンピースの格好でいつまでも居てもらう訳にはいかないのである。折角こんな綺麗な身体をしてるのに、勿体ない。俺はもっと色々と可愛い服を着たロゼが見たいのだ。心境的には、好きなアイドルの新コスが欲しくてガチャガチャする課金戦士の気分。余裕で万単位突っ込むよ。
ただ、普通に勧めても駄目かもしれない。最終的にはしぶしぶ納得してくれるかもしれないが、あるいは勢いでガッといけばなし崩しで事を運べる気がするが、より自発的に服を選んで貰った方がいいだろう。女の子にとって、服選びといえば楽しいイベントのはずだからな。ロゼにもそういうの味わってほしい。
彼女のためを思い、できるだけ尊大な口調で告げる。カイゼル髭とか付いてるタイプだ。うぉっほん。
「ロゼ、お前は俺の奴隷だ。そうだな?」
「は、はい! わたしはご主人様の奴隷です」
「つまりお前は、俺のもの。俺の所有物だ。そんなロゼが適当な格好をしていたら、主人である俺はどう見られると思う? 自分の奴隷にすら満足なものを着せてやれない俺は?」
「え……あっ。えっと、ご主人様も軽視されてしまう、かもしれません…………そんな、私のせいでご主人様が……」
衝撃に打ち震えるロゼ。前髪のスリットから見える瞳も大きく見開かれている。
「わかっただろ? だからここは俺のためと思って、ロゼが一番良いと思った服を選んでくるんだ。人を最も美しく輝かせるのは、高価な服でも派手な服でも無い。その人に一番似合った服だからな。遠慮せずに、存分に吟味し選びぬいてこい。ロゼが俺の隣に立つのに相応しい服を、な……」
勿体をつけながら、細い肩をぽんと叩く。ふっ、決まった。
「は、はいっ。わかりましたご主人様。私、頑張ってお洋服選びます!」
うんうん、分かってくれたようでなによりだ。
ロゼも、気炎をあげながら店内を探索しにいった。これで、安いものばっかり掻き集めてきたりということはないだろう。俺としては、浴衣なんか着せたいところだけどな。流石に売って無い。
さて、俺も自分の服を選ぶかと首を回したところで、店員さんとまた目が合う。今度はこちらに向かって、歩いてきた。
「いらっしゃいませ、お客様。……先ほどの会話、失礼ながら洩れ聞こえておりました。
……む。流石に店内で奴隷うんぬん話すのは不味かったか。いい店だから、追い出されたりするのは勘弁願いたいんだが。お金でなんとかなるかな……。
店員さんに袖の下的なものを渡す準備をしていると……
「――――私、ひどく感服いたしました! 着飾ることをためらう少女の心を、いとも容易く変えてしまうその手腕。それに『人を最も美しく輝かせるのは、高価な服でも派手な服でも無い』とは、まったくその通りにございます。近頃はただ高級な生地や派手な装飾を好み、自分の身の丈にあったファッションというものが軽視されつつありまするに、貴方のような方とお会いできて本当に光栄でございます!」
がっしりと手を取られた。
よかった、追い出されたりはしないみたいだけど……その代わり、目の前の店員が怖い。積極的に話しかけてくるショップ店員とか、そんなちゃちなもんじゃなかった。握られてる手も、地味に痛いぞ。《頑丈》レベル3あるはずなのに。
「お、おう……」
「つきましてはどうかこの私に、お嬢様がたの洋服選びのお手伝いをさせて頂けないでしょうか。ご予算の方をお聞きすれば、その範囲内で最高のコーディネイトをさせて頂けると、自負しております!」
なんだか鼻息荒い。さっきのロゼとの会話に、かなり思う所があったようだ。
レジからここまで、結構距離があったんだけど。耳いいな、この人。そういえばなんかとんがり耳だし……あれ、もしかしてエルフ? エルフなの? 貧乳だし、一度そう思って見てみるとそこはかとなく美人かも。
……まあ、エルフうんぬんはともかく、服飾のプロが彼女らをサポートしてくれるというのなら、これほど心強いことはないだろう。ちょっと意気込みすぎな気がするが、熱意を持ってくれるのはいいことだ。
「……無理やり服を勧めたりはしないでくださいよ。あくまでサポートをして頂けるなら、是非ともお任せしたいですけど」
「勿論でございます! やはり一番は、好きな服を着ることですものね」
「予算は一人十万リル前後で、上下一式を三セット。下着も込みでお願いします」
「かしこまりまりましたっ」
びゅーん、と擬音が着きそうな勢いで、店員さんもリフィ達の所で行ってしまう。ちょっと変な人みたいだが、服飾にかける情熱は伝わってきたし、まあ大丈夫だろう。気に入らなかったら今度は俺がコーディネートすればいい。
男性用のコーナーと女性用のコーナーは分かれているので、必然的に俺は一人になる。
女の子の方は任せて、俺の服、俺の服と。
やっぱり動きやすさ重視がいいよな。冒険者になる予定なんだし。
ちょっと目立つポップがあったので読んでみると、
『総魔法銀糸製! カジュアル魔導服の決定版! 耐久性と防刃性に優れ、軽くて動きやすい! 防壁の防御魔法も付与されています!』
とのこと。ミスリルの糸で織った服か。……ミスリルがこの世界でどんな立ち位置かもよく知らんけど、なんか小説とかで聞いたことあるわ。普通の金属より魔法に親和性が高いとか、なんかそんな感じのやつ。
見た目は銀白色で長袖のリネンシャツだが、通気性も良さそう。手にとってみると、金属の糸で編まれているとは思えないほど肌触りが良く、確かに軽い。
なにより気になるのが『防壁の防御魔法』ってところだ。魔法の付与された服とは、いかにもなファンタジーじゃないか。
まあ七大属性で言うと何になるのかは分からないから、厳密には魔法じゃないかもしれないけど、それは些細なことだ。
攻撃を感知すると、着用者の魔力を吸いとって、自動で障壁を展開してくれるらしい。すげぇな。あと、こういう魔法が付与されてる服は、魔導服っていうらしい。
魔力を吸い取って、か……いいじゃんそれ。
俺の無駄に有り余っている魔力を、少しでも有効活用したい。
値札を見ると、元値が二万五千リルの二割引きで、二万リルぽっきり。防具の代わりになるって考えると、安いな。本格的な装備はまた後で整えるとして、こういうアンダーな所でも防御力を上げられると嬉しかろう。
これと、後はズボンも同じような魔法効果のついたものが欲しいところだ。……下半身の防御は深刻だからね。
ミスリルシャツを直に着るのもなんか肌がかぶれそうだし、薄手のTシャツも欲しいな。それから、上から羽織るジャケットのような物も。
……あっ、パーカーあるじゃんパーカー! やっぱ普段着と言えばパーカーだよなー。なんたって、女の子に着せて全開パーカーできるし。おっぱい的に、ロゼが似合いそう。リフィには、だぼだぼのネコミミパーカーとかかな。
おっ、俺が今着てるのと同じような無地のワイシャツ発見。この世界にも学校ってあるんだろうか。ちょっと縫製は荒いけど、合格点だな。
スラックスは……あんのかよ。なんでもありだなこの店。魔導服じゃないし、流石に買わない。
……ふう、異世界でも日本でも、服選びに難儀するのは同じだな。
ついついあれもこれもと目映りしてしまう。いや、日本で目の肥えた俺を目移りさせるほど、この店の品揃えがいいというのもあるんだけど。
無駄に商業区画を探し歩いただけあって、当たりだったな。
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