第三十一話 「勇者の恩恵」
お腹ぺこぺこらしいロゼちゃんのために、とにもかくにも肉である。肉を食わねば。
「とりあえず串焼きを、十本ずつ分け合おうな。食べないなら《アイテムストレージ》に入れとけばいいし」
「……うう、申し訳ありません……」
「おう兄ちゃん、焼けたぞ! 一本五百リルだ! 黒髪のやつには特別サービスだぜ、三本おまけで付けてやる!」
おっさんが次から次へと焼けた肉を手渡してくる。三十本分の代金は一万五千リル。屋台の儲けとしては、随分なものだろう。銀貨一枚と銅貨五枚を置いて、肉を受け取りとりあえず《アイテムストレージ》に収納だ。
これ、実は内部で時間が経過していないらしく、アツアツ料理を好きな時に食べることができる優良スキルだったりする。流石は勇者専用スキルだな。
それにしても、黒髪だからサービス? 黒髪は嫌われてるんじゃないのか。……ロゼが嘘をついていたとも考えづらいし、この迷宮都市の黒髪率のこともあるし、不思議だ。
「うおっ、収納魔法持ちかよ。すげぇな兄ちゃん、冒険者か?」
「まあ、そんな所です」
ひょいひょいと《アイテムストレージ》の黒い穴に肉を放り込む俺を見て、おっちゃんが声をかけてくる。
「やっぱり兄ちゃん達も、勇者様を見に来たのか? 冒険者なら、昼前に迷宮に行くのが狙い目だぜ」
「えっ、勇者? ……勇者がどうかしたんですか」
見に来たもなにも、お前の目の前に居るのが勇者だ。信じてもらえないだろうけど。
「あん? なんだ、てっきり黒髪だからそうじゃねぇかと思ったんだが」
おっちゃんは拍子抜けしたような顔をした。
黒髪だから勇者を見に来た……?
迷宮都市に来てから感じていた違和感を解消できるかもしれないと、詳しく話を聞いてみると、こういうことだった。
――――1ヶ月ほど前にオルクリア王国の勇者として召喚された、二人の勇者が、
『僕達と同じ髪の色の人達を差別するのは、言語道断の行いである。むしろ僕達はその人達に強い親しみを持っているため、この国の現状は非常に遺憾である』
と声明を発表した。
そもそも黒髪が差別されていたのは、勇者と同じ髪の色が不敬であるという理由だ。勇者のような力も持たない一般人風情が、勇者と同じ髪の色を持つとは何事か! ってな感じ。勇者と同じ髪の色だなんて、ともすれば高いステータスになりそうなものなんだけど、この世界の宗教はミーハーを許さなかったようだ。
特に、小規模な村々なんかではこの風潮が強かったそうだ。いきすぎた勇者信仰ってやつかね。この国では勇者は随分と慕われているらしい。
当初こそなんか宗教的にいろいろ揉めたみたいだが、最終的には勇者本人が言うことなんだから通らない道理もなく。というかそもそも、一部の村落以外では「皆が言ってるからなんとなく」くらいの集団意識的な蔑視だったので、勇者様の鶴の一声で状況が一変。
オルクリア王国では黒髪は許される風潮が急速にできあがり、今ではむしろ黒髪擁護派が増えたんだとか。この辺は今代の勇者に取り入ろうとする政治的思考が見え隠れしなくもない。人間ってやーね。
で、この迷宮都市には件の勇者様が修行のために訪れているらしく、黒髪の救世主たる勇者を一目見ようと、現在黒髪の人達が押し寄せているらしい。
……なるほど、だから冒険者のおっさん達なんかの態度が、ロゼや俺に対しても柔らかかったのか。誰だか知らんが、その声明を出してくれた勇者さん方には感謝しないとな。
一方でロゼが村に居たのは一年以上も前のこと。聞いた様子と食い違うのは、こういうからくりがあったという訳だ。
おっちゃんは、黒髪が二人もいるもんだからすっかり決めつけていた、と頭を掻いていた。まあ、その勘違いもこの状況なら無理もない。
迷宮都市に来たのはそういう理由ではないが、しばらくはここに根を張るつもりだと告げて、屋台を後にした。
ぶらぶらと迷宮都市を並んで歩きながら、考える。
それにしても、勇者を二人召喚しているのかこの国は。しかも召喚されたのが一ヶ月くらい前って……なんかちょっと俺とは時差があるな。俺が九人目ので、最後の勇者だからなのかな。
あと、俺を召喚したのは、てっきりこの国だとばかり思っていたが、そうと決めつけるのは早計かもしれない。だってもう二人もいるんだし。リフィはなんか知ってるか?
『オルクリア王国に召喚される予定の勇者は、二人のはずじゃ。つまり、アキトはこの国以外の勇者ということになるの。随分と大きくずれたところに飛ばされたものじゃが……』
へぇ、そうなのか。召喚主はよほどのアホだな。どんだけミスってんだよ勇者召喚。世界の命運を左右するかもしれないという、きちんとした責任感を持って行ってほしいものである。そのせいで、勇者君グレて、他国で遊び呆ける予定だからね? そこんとこよろしく。
『ってかそれが分かるなら、俺達が元々どの国に召喚されたのかも分からないのか』
『……いやその……なにぶん浮かれたまま召喚要請に応じたものでの。すっかり召喚主の確認をするのを忘れておったのじゃ!』
『これだからポンコツなんだお前は……』
偉そうにうっすい胸を張るな。ド突くぞ。
◇◆◇◆◇
広場のような場所にベンチがあったので、俺達はそこに座って肉を喰らうことにした。
んー! 口の中で夢にまで見た肉汁が弾ける! すごい、肉、うまい!
「肉うめぇ……うめぇよぉ……」
「のじゃあ、何故か目から汗が止まらないのじゃあ……」
「はむはむはむはむ……お、美味しいです……はむはむはむはむ」
しばらく無心で俺達は串焼き肉に集中していた。何故か広場を歩く人達からは『こいつらやべぇ』みたいな目で見られたが、威嚇して追い払った。
……で。
「……うぅ、食いすぎた……うぷ」
「妾はあと、あっちのソーセージみたいなやつが食べたいのじゃ」
「あ、私も……いえ、なんでもありません」
「まだ食えるのか君達。すごいね……」
串焼き屋の前では何十本でも食べられそうな腹具合だったが、いざ蓋を開けてみればボリューミーな串焼き八本でギブアップした男、それが俺。
仕方ないだろ、なんだかんだ言っても普通の男子高校生だったんだぞこっちは。フードファイターじゃないんだ、いくら食べ盛りでも、そんなに肉ばっか入らねぇわ……。
オープンに物欲しそうにするリフィと、むっつりと物欲しそうにするロゼを尻目に、ベンチにてダウンである。うう、気持ち悪い……当分肉はいいわ。消化によさそうな菜っぱだけ食って生きるわ。
「リフィ……金渡すから、適当に買い食いしてこい」
「おお勇者よ、死んでしまうとはなさけないのじゃ」
「死んでねーよ。お小遣いやらんぞ」
「すいませんでしたのじゃ! お金ください!」
あさましいな神様。
ぴょこん、と飛びあがって綺麗に九十度のお辞儀をするリフィ。誰に教育されたんだそんな綺麗な直角。
「……ロゼ。悪いが、リフィについて行ってやってくれ」
「具合が悪そうですが、ご主人様は大丈夫なのですか?」
「気にするな、ちょっと休めば治る」
「……あの、ご主人様。ひ、膝枕など、いたしましょうか……?」
上から覗き込むようにして、ロゼから魅力的な提案がなされる。長い前髪がしゃらんと揺れて、ちょっと上気した目元が見えた。視線を落としていけば、擦り切れた白いワンピースのような服を押し上げる、豊かな双丘。そして服の裾から伸びる、白く柔らかそうなふともも――
「うっ……い、いや……ぐぬぬ……。くっ……大丈夫だ! 早く行け! 行くんだ! 俺の決意が鈍らないうちに!」
さぁ早くしろぉぉおお! 間に合わなくなっても知らんぞぉぉおお!
「は、はいっ。分かりました! 失礼します!」
リフィに投げつけるようにして銀貨数枚を渡して、彼女らが去っていくのを見送る。
……ふぅ、あぶねー。
あやうく公衆の面前でいたいけな犬耳奴隷少女のふとももを満喫してしまうところだった。
それをやっていいのは、頭のネジが外れた知能指数の低いバカップルだけである。俺は絶対に、膝枕になんか屈したりしないんだからねっ(フラグ)。




