第三十話 「小金持ち」
《賞罰看破》を使って俺達が全然怪しくないことを確認してくれた衛兵さんが、爽やかな笑顔で話しかけてくる。無駄な爽やかさだ。もっと真面目な顔で職務にあたれよ。それでも一都市の出入りを管理しているという誇りと自覚はあるのか。
『なんでそんなにイケメンに厳しいんじゃお主』
「おや、黒髪の……。失礼、身分証明ができるものはお持ちですか?」
衛兵さんに身分証を出せと言われたのだが、そんな物は持っていなかった。
しかし事前にロゼから、小さな村の出身だとそういうことも珍しくないという話は聞いていたので慌てることはない。適当に出身をでっち上げて(ロゼの出身地を拝借した)、持っていない旨を説明する。
「……身分証をお持ちでないのですか。仮証を作る場合、迷宮都市は王国銀貨五枚――五万リルになりますが、払えますか?」
「大丈夫だ、問題ない」
ゴブリンの巣穴からせしめた分があるからな。
確か金貨四枚、銀貨二十八枚、銅貨四十一枚、青貨三十枚、石貨三十八枚あったはずだ。それプラス、アレックスさんにもらった銀貨五枚。
ちなみに、それぞれの貨幣と日本円の交換レートは大体こんなもんらしい。
石貨一枚で十円(十リル)
青貨一枚で百円(百リル)
銅貨一枚で千円(千リル)
銀貨一枚で一万円(一万リル)
金貨一枚で十万円(十万リル)
通貨の単位は『リル』。
まあ日本の貨幣価値をそのまま当てはめられる訳でもないし、日本より極端に高かったり安かったりするものも一杯あるだろうけどね。だいたい1リル=1円だ。意外と銅貨の価値が高くてびっくりした。
さて、おわかりいただけただろうか?
……うん、そうなんだ。実は俺って今、結構お金持ちだったりするんだ。
日本円換算にして、およそ七十七万と四千と三百八十円を持ってることになる。ゴブリン半端ねぇ。キングとかいただけのことあったわ。これに加えて、剣とか兜とか籠手とか売りさばけるしな。
住処を追いやられてもお宝だけは運び出したのだろうか。俺に貢ぐために頑張ってくれたようで、涙を禁じえない。
ちなみに、石貨は白っぽい石でできたちっちゃい硬貨。青貨は青銅で出来た青っぽい硬貨。あとはそのまんまな感じだ。金貨の上にも白閃貨とか虹閃貨とかあるらしいけど、一枚百万円だの一千万円だの言われてもピンとこねぇよ。恐らく触る機会は一生無いだろう。
で、仮の身分証を作るのに必要なのは銀貨五枚なので五万円。勿論、一人分五万円な。俺とリフィとロゼで十五万円。ここに奴隷だから~とかいう区別も無い。めっちゃ高いな! でも、迷宮都市で身分証を作ると全額戻ってくるので大丈夫。あまり経済状況のよろしくない者を迷宮都市に入れないようにという配慮だろう。
門の詰め所で三人分サクッと作ってもらえて、無事に迷宮都市に入ることが出来た。
◇◆◇◆◇
「おおー、ここが迷宮都市か。人多いな」
「賑わってるのう。美味しいものもたくさんありそうなのじゃ」
馬車が三台は並べるほど広い大通りを、ぞろぞろと三人で縦に並んで進んでいく。祭りでもないのに両脇に縁日のように屋台が並んでいて、人通りも半端じゃない。
……なんだろう、結構黒髪が多いな。さっきからちらほらと見かける。勇者に不敬だから? とかって、あんまり良く思われてないはずだし、そもそも絶対数が多くないはずなのに。謎だ。……おっ、黒眼もいるじゃん! もうほとんど日本人と変わらねぇな。
これなら俺とロゼも浮かなくて済むから助かるけど。
「ご、ご主人様……」
ロゼは人混みが怖いのか、俺のブレザーの裾をぎゅっと握ってくる。横に広がると通行の邪魔かと思ったんだけど、まあいっか。裾を掴む手をほどいて俺の手に絡ませると、いくぶんか安心したようだ。
「妾も手をつなぐのじゃ! 迷子になったら大変じゃからな!」
「そうだな。迷子センターなんて無いから、探すのが一苦労だ。小さい子はすぐにどっか行きたがるからな」
「あっ、アキト! あそこに美味しそうな肉の屋台があるのじゃ! 妾、肉食べたい!」
手をつなぐうんぬんはどこへやら、フラフラと串焼き肉の屋台へ歩いて行くリフィ。
「言った傍からガキみたいなことするんじゃねぇよ! そこは『子供じゃないのじゃ!』ってつっこんでくるのが様式美だろうが!」
襟首をがっしり掴んでインターセプト。肉を食べたい気持ちは痛いほど分かるが、つっこみを疎かにしてもらってはこっちとしても困るんですよ。まったくもう。
「ご、ごめんなさいなのじゃ……もう勝手にフラフラどっか行ったりしないのじゃ」
「つっこみの方も謝って」
「えっ?」
「謝って」
「ご、ごめんなさいなのじゃ……もう勝手につっこみを放棄したりしないのじゃ」
「よし」
右手にリフィ、左手にロゼと手を繋いて、リフィが言っていた串焼き肉の屋台へ近づいて行く。
まあでも、お金には結構余裕はあるしな。ここ数日は味噌汁しか食べていなかったから、そろそろガッツリ肉を食べたいのは俺も同じな訳で。きっと犬獣人であるロゼも、肉は好きだろうし。ちゃんとごめんなさいができたリフィには、ご褒美をあげないといけない。
日焼けしたごついおっちゃんに、オーダーする。
「おっちゃん、串焼き三十本!」
「はいよっ! ……って、三十!? おいおい、兄ちゃん達だけで食べるのか……?」
ちなみに串焼きは、一本三十センチくらいの棒に、大ぶりなサイコロ肉が何個も豪快に刺さっているものだ。食べ応え満点だな!
「なんか問題あるか。俺はな、肉が、食いたいんだよ!」
鬼気迫る表情に、なにか感じてくれたらしいおっちゃんは、すぐさま肉を焼き始めてくれた。ジュウという食欲を刺激する音と、濃厚な肉とタレの匂い。この際、おっちゃんが焼いてるのがなんの肉でもいいよ。店の裏から魔物の首みたいなのが顔を出しているが、うん、食えない物なんかでてこないはずだ。
「じゅる……妾、一人で二十本は食べれるぞ。三十本では足りないのじゃ!」
「足りなかったら追加で買えばいいし、そもそも串焼き以外にもいっぱい食べ物あるだろ」
リフィのよだれを指摘しながら、周りを見回す。串焼き肉の他にも、パンに肉と野菜を挟んだものとか、スープ系とか、はたまたアイスクリームみたいな甘味系もあった。ああ、この世界にもアイスはあるのね。無かったら俺が知識チートでTUEEE!ってできたかもしれないのに。
「それもそうじゃな! ロゼは犬獣人じゃし、一人で五十本はいけるかの?」
「い、いえ、流石にそんなに頂く訳には参りません……ロゼのことは気になさらずに、ご主人様とリフィ様で楽しんでください」
長い前髪に完全に目元を隠して、俯きながら首を振るロゼ。しかし、頭の犬耳はさっきからわっさわっさと動いており、口の端からはよだれが垂れている。『いけない』とは言わないあたりが獣人クオリティ。
ぐぅきゅるるるるる。
そして、響き渡る快音。
バッとお腹を抑えて縮こまるロゼだが、なんかもう全体的に手遅れであった。




