第二十七話 「デリケートなお年頃」
無駄にわちゃわちゃしながら、馬車から下りた俺達。
周囲のおっさん達の(主に俺への)視線が痛い。他の二人がいたいけな少女なので、何故か俺が集中砲火を浴びているぞ。可及的速やかにこの場を離れたい。
「じゃあアキト君、情報提供感謝するよ。これ、少ないけど取っておいて」
銀貨を五枚、アレックスさんから渡された。情報料としてはもう水を分けてもらったが、それとは別なのだろう。貰えるに越したことはないので、「ありがとうございます」と受け取っておく。
「あの、アレックスさん。一つ聞きたいんですけど、この道ってどっちに行けば街に着きますか」
「街かい? それなら、この道沿いに向こうの方へ真っすぐ進めば、三日くらいで迷宮都市ゲーテニヒルだよ。僕らの活動拠点でもあるから、もし街で冒険者をやるなら、声をかけてくれ。力になれるかもしれないしね」
俺の腰にある抜き身のショートソードに目をやりながら、アレックスさんは答えた。
「あ、それと。手ぶらみたいだけど、食糧とか大丈夫かい? 良ければ三日分くらいなら都合できるけど。……いや、あるいは、僕たちと一緒に来てもらっても……ゴブリンキングを単独で討伐できるほどの腕なら、こっちも助かるんだけど」
未知の敵がいる可能性が高い所に、やんわり同行を求められてしまった。いや、もう一度森に帰る気はさらさら無いんだけど。俺なんかがまともな戦力になるとも思えないし。
「いえ、その辺は大丈夫です。ありがとうございました」
俺が断ると、『そうか、残念だ。……異次元収納持ちとなると、ますます欲しいんだけどなぁ……』と手ぶらな理由はなんとなく察したらしい。後半は小声だった。
《アイテムストレージ》は勇者専用スキルだが、それと似たようなスキルがそれなりに有名なんだろう。この集団も規模の割に荷物が少ないし、実際に使い手がいるのかもしれない。
まあ俺の場合はその四次元収納に食料が入ってる訳でもなく、ただ味噌汁を産地直送するだけなんだけど。一体あの味噌汁はどこからやってくるのか、世界は不思議に満ちている。
「……うん、まああんまり引き留めても悪いしね。それじゃあ、幸運を」
「ええ、幸運を」
頭を下げると、アレックスさんはロンゲをふぁさっとやってから、颯爽と歩いて行った。おっさん達に指示を出していることからして、すぐに出発するんだろう。
空を見上げると、まだ日は高い。街までは三日かかるらしいから、俺達もさっさと出発した方が良いな。リフィとロゼに声を掛けて、アレックスさんが指さした方向へと歩き出すのだった。
◇◆◇◆◇
『のぅ、アキト』
『なんだよリフィ』
歩き始めてしばらく、おっさんのキャンプ地が見えなくなると、リフィが服の裾を引いてきた。
『さっきの話じゃが、良かったのかの? ゴブリンの群れを襲った魔物を、おっさん共と一緒に討伐にいかんで。ついて行きたいと言えば、喜んで連れて行ってくれそうじゃったがの』
念話でそう問いかけてくる。
確かに、ゴブリンキングを倒した当事者がいた方が、あちらも都合が良かったのかもしれない。戦力的にも十分だと勘違いされてたっぽいし。
小説なんかのセオリーだと、ホイホイ着いていくと、その後未知の強敵と戦う感じのイベントになりそうだよな。で、その強敵との戦いの中で成長するみたいな。
だが。
『……なんでそんなことする必要があるんだ。折角森を抜けたのに、また逆戻りとかアホか』
一刻もはやく、街に行きたい!
俺の考えとしては、これにつきるのだ。
『危険な魔物を率先して討伐するのも、勇者の使命じゃと思わんか?』
『思わない』
『即答!?』
全然全く、これっぽっちも思わない! 勇者とはもっとこう……自由で救われているべきだと思うんだよね。
どうやらリフィはなんだかんだで、まだ女神としての性を捨てられないらしい。尊厳は捨ててるくせに。早くそんな重荷、捨てちゃいなYO。楽になるぜー。
『それ捨てちゃったら、まじで妾はただの役立たずの幼女じゃからな?』
『なんでそんなに自分のことよく分かってんだ……』
すごい。女神さまの自虐ネタの切れ味凄い。
『……未知なる敵との戦いに、わくわくしたりせんか?』
『人を戦闘民族みたいに言うんじゃありません。だいたいこういうのって、決まってもの凄い強力な魔物が出てくるフラグだろうが。そんな主人公の覚醒イベントみたいなの、俺が乗り越えられると思うか? 手から味噌汁出して、十分戦って十分棒立ちになるようなぽんこつだぞ?』
無理だよ。どうあがいてもバッドエンドだよ。
大体、ゴブリンキングを倒せたのだって半分まぐれみたいなもんだし。
『うっ。それを言われると……確かにそうじゃの……すまんかった。というか、お主の自虐ネタも相当なものだと思うぞ……』
自虐コンビって、どうなんだろう。どの辺に需要があるんだろう。分からない。
リフィは一発で覚醒イベント(仮)を諦めてくれたらしい。良かった。命がけで強くなるとか、洒落にならないからな。賭けごとはするなって、じっちゃんに言われて育ったからな。
『……まぁ確かに、よく考えてみれば今回のことは怪しすぎるしの』
『怪しい?』
何がだ。さっきのおっさん達か? 怪しいってその、おホモだち的な?
『いやそうではなくて。……ゴブリンの群れが、何者かに襲われたという話じゃ。……聞けば、群れは普通のゴブリンの他に、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンやゴブリンメイジ、ゴブリンナイトも所属しておったらしいじゃろ?』
『まあそいつらがどういう存在なのか知らないけど、アレックスさんはそう言ってたな』
『ホブゴブリンは、ゴブリンが正統進化した種じゃ。単純にでかいゴブリンといった風体じゃの。ゴブリンメイジは《属性魔法》スキルを得て魔法を使えるようになったゴブリンで、ゴブリンナイトは《装甲化》スキルによって皮膚がカチカチに変質したゴブリンなのじゃ。この二つは、正確にはゴブリンからの進化ではなくスキルを得たことによる変異体になるんじゃが、まあ上位種という扱いなのじゃ』
『へぇ、ゴブリンにもいっぱい種類があるんだな』
そして魔法が使えるとかいうゴブリンメイジは絶許。昨日出てきてたら、俺のルサンチマンを一身に受けて真っ先にボッコボコになってた。……って、あれ? そういえば昨日は、キング以外は普通のゴブリンしかいなかったな。
『うむ、そうなのじゃ。妾が怪しいと言ったのはそこじゃな。普通のゴブリンは、群れの中でも地位が低い。群れが襲われたなら、先頭になって殺される運命のはずなのじゃ。キングを逃がすために、文字通り肉の盾となるのじゃからな。……ゆえに、昨日あの場所に、キング以外は普通のゴブリンしか居らんかったことは、おかしいのじゃ』
なるほど。確かにそれは怪しいな。
例えるなら、ヤクザが襲撃を受けて、最終的に組長と鉄砲玉しか残らなかった、みたいな話だ。全く筋が通ってない。幹部クラスの盾になって死ぬのが鉄砲玉のお役目だろう(偏見)。
『おそらくは、その何者かは普通のゴブリンを無視して、上位種のみを徹底的に狙ったと考えられるのじゃ。そして、最終的に普通のゴブリンにしか守られていないキングを狩ることも容易だったはずなのに、それをしなかった……それにキングは、財宝も持ち出しておったのじゃ。そんな余裕があったとは思えないんじゃが……うーん、分からん』
珍しくリフィが、やたら頭を使っていた。まるで、頭がいい奴みたいだ。
『いや、妾はこれでも神様じゃからな? ちゃんと神検定一級も取ったし、優秀な方なのじゃよ?』
神検定ってなんだよ。生活感出ちゃうから、そういうのやめてほしい。
『まぁキングが逃げられたのは、そのゴブリンの上位種が頑張ったから、襲撃者の方にもあんまり余裕がなかったとかじゃない?』
『そうかのぅ……』
むむん、とまだこだわっている様子のリフィ。めんどくさいなーこいつ。
『俺達にはもう関係ないことなんだし、忘れようぜ。もっと省エネで生きろよ』
『むむ、む…………はぁ。分かった、気にしないのじゃ。どうせ考えても、答えは出そうにないからのぅ。……神検定一級のときに、これと似たような状況の問題がでて解けんかったから、つい熱くなってしまったのじゃ。ごめんなさいなのじゃ』
……どんな内容なんだ、神検定。
ちょっと興味が湧いたが、これ以上リフィを刺激してもめんどくさくなるだけなので、考えないことにした。
――その後は女神様もおとなしい物で、豊かな自然に囲まれた土むき出しの街道を、俺たちはえっちらおっちらと歩いた。森よりは百倍歩きやすいので助かる。アスファルトなら言うことなかったんだけどなー。
「あの、ご主人様」
「なんだ、ロゼ」
しばらく距離を稼ぐと、今度はロゼが、遠慮がちに後ろから声を掛けてきた。
ちなみに彼女、三歩下がって師の影踏まずとばかりに、執拗に俺の背後を取ってくる。暗殺者の素質があるのではないだろうか。その気になれば、俺ごときバックアタックで一撃だな。
「その、非常に申し上げにくいのですが、あの……」
もじもじとして、なかなか言葉を紡がないロゼ。
なんか、大事な話だろうか。言いたいことがあるならはっきり言った方がいいぞ? リフィの積極性を、半分ロゼに分けてやりたい。二人とも良い感じに発言量が調節されることだろう。
「……その……レに」
「れに?」
レニってなんだ。ウニの親戚か。
「と、と……トイレ、に、行きたいのですが……!」
「えっ」
足を止めて、ロゼを見る。
ぷるぷる震えていた。
バイブレーション(弱)だ。メカクレさんなので、結構不気味。このまま振動キャラが付いてしまわないことを切に祈る。
「さっさと行ってきなさい!」
「はいっ、ありがとうございます! ありがとうございます! 失礼します!」
なんか重大な話かと思ったら、そんなことは無かった。いやロゼ的にはすごく重大だったんだろうけど。
顔を真っ赤にしながら、道の脇の茂みにダッシュしていくロゼ。
……おっさん達の所で、水を飲み過ぎてしまったんだろうか。なんだかんだでロゼが一番がぶ飲みしてた気がするし。獣人は食いしん坊な種族なのかな?
「ちなみに妾は、トイレとか行かないのじゃ!」
「アイドルかよ! ……とつっこみたい所だが、ホントなんだよなぁ」
腐っても女神は、体内で不要物など生成しないらしい。エコだね。
それから待つこと数分。
「はぅ……終わりました……申し訳ありません……」となぜか平謝りのロゼをそっとしながら、俺達は再び歩き出した。年頃の女の子はデリケートだから刺激してはいけないのである。
ご意見・ご感想・ツッコミ等お待ちしております。




