第二十六話 「痺れ」
「……多分そのゴブリン達と、やり合っちゃいました。ゴブリンキングを仕留めたので、そうじゃないかと……」
すみません。
なんだかすごく、申し訳ない気分だ。
おっさんが十人程、馬車に乗ってはるばるゴブリン退治に来たのに、それを知らずにゴブリンの巣を壊滅させてしまった。これ、獲物の横取りとかでおっさんにド突き回されたりしないだろうか。よくもウチのシマぁ荒らしてくれよったのぉ! みたいな。ド突くなら十分以内で終わらせてください。《スーパーアーマー》使うんで。
「えぇっ!? 君たちだけで、ゴブリンキングが率いるゴブリンの群れを倒したのかい!?」
「おいおい、馬鹿言っちゃいけねェぞ」
「本当なのじゃ! しかも、君たちではないぞ、アキト一人で倒したのじゃ!」
疑わしげなおっさん達に、リフィがドヤ顔で俺を指さす。そうだね、お前全く役に立たなかったもんね。
「……しかし、まさか、君がねぇ」
ロンゲさんはじろじろと俺を見てくる。やめろよ、どっから見ても何の変哲もないただの美少年だぞ?
観察を終えたのか、やはり釈然としない顔で、ロンゲさんはぽつりとこう言った。
「報告にあったのは、ゴブリン百匹以上、ホブゴブリン三十匹以上、それに加えてゴブリンメイジやゴブリンナイトがいて、それをゴブリンキングが率いている、かなり危険度の高い群れだったはずなんだけど……」
「えっ!?」
「のじゃっ!?」
ロンゲさんの話に、リフィまでもが驚きの声を上げた。ちなみにロゼは、ぷるぷるする作業をやめたものの、今度は話についていけないらしくきょとんとした顔をしている。
「あの、すいません。俺達が見たのは、ゴブリン二十匹くらいとゴブリンキング一匹だけなんですけど」
「百匹だのそんなにいたら、妾達は普通にやられていたのぅ……どういうことじゃ、これは?」
「……話、詳しく聞かせてもらえるかな?」
ロンゲさんが真剣な顔で頼んできたので、俺達の正体だけは隠して、昨日の出来事を語ることにした。
なお報酬は、塩の入ってない水だった。ひゃあ、味噌汁以外の水分って美味しい! ごくごく飲んでしまったが、許して欲しい。その分頑張ってお喋りすることにした。
◇◆◇◆◇
「……うーむ。つまり君たちは、偶然見つけたゴブリンの巣でゴブリン十七匹、ゴブリンキング一匹と交戦、これを撃破。しかし巣の規模はかなり小さく、俺達の情報とはゴブリンの構成も全く異なっている。そしてゴブリンは、巣にそこのお嬢ちゃんを捕えていたと……」
ロンゲさんの名前は、アレックスというらしい。
アレックスさんは顎に手をやって、ふーむと俺達の提供した情報を吟味している。場所は、アレックスさんの幌付き馬車の中だ。あんまりおっさんに囲まれてじろじろ見られるものだから、ロゼが委縮してしまって激しくバイブレーションし始めたためである。
そんな彼女を膝の上に乗せてあやしながら、俺はアレックスさんにゴブリンについて話をしていた。アルフィーさんは『めんどくせェ話は苦手だ。終わったら起こせ』と言って芝生に寝転んでしまったので不在。この場には俺とリフィとロゼ、そしてアレックスさんしかいない。どうやら彼は、この一団の頭脳労働担当らしい。
「あの……すみませんご主人様。ありがとうございます。そろそろ落ち着いてきたので、膝の上からどいた方が……ご主人様の負担になりますし……」
「何、どきたいの?」
「いえ、滅相もありません! ロゼは幸せです!」
「じゃあ何も問題無いな」
「はい!」
ロゼは可愛いなぁ。なでくりなでくり。犬耳の撫で心地がいい。これがアニマルセラピーというやつか。
『のぅアキト……妾も構って欲しいのじゃが』
『今アレックスさんが一生懸命考え事してるだろ。子供はお外で遊んできなさい』
『子供じゃないのじゃ! っていうかロゼだけ膝に乗せてもらってずるいのじゃ!』
『膝に乗りたがるとかどう考えても子供じゃねぇか』
『乗りたい乗りたい乗りたいのじゃー!』
リフィの念話がうるさい。誰だ、こいつにこんな機能付けたの。
ロゼの頭を撫でながら、リフィを適当にあしらう。でも拗ねると面倒なので、結局二人とも膝の上にパイルダーオンすることになった。右膝にロゼ、左膝にリフィの構えだ。ぶっちゃけ重い。めっちゃ足痺れそう。
顔を上げたアレックスさんが、何やら困惑している。すまぬ、真面目な話の途中にこんな体勢で、本当にすまぬ。
「えっと……今、いいかな?」
「はい、大丈夫ですよ。何か結論はでましたか」
「うん、多分何だけど……そのゴブリンキング達は『ナニカ』に襲われて、壊滅的に数を減らし、本来の巣穴も追われたんじゃないかな、と思うんだ」
ゴブリンキングが一つの地域で複数発生することは考えられず、このことから俺が倒したゴブリンキングと、アレックスさん達が追うゴブリンキングが別個体の可能性は無いそうだ。
そしてそもそも、アレックスさん達の情報が間違っていたという可能性も、複数の行商人や付近の村からの証言によるものなので、考えづらい。
だから残るは、ゴブリンの群れ自体が短期間で急激にその勢力を弱めた……つまり、ゴブリンを狩る『ナニカ』に襲われたという可能性が高いのだという。
「このことが本当だとしたら、ある意味ゴブリンの群れを討伐するよりも厄介だよ……なにせ、相手の正体が分からない。この辺りには、ゴブリンの群れを追いやれるほど強い魔物は居ないはずなんだけど……」
……そういえば俺が倒したゴブリンキング、やけに傷だらけだったよな。巨大肉斬り包丁も、ボロボロだったし。アレックスさんの推論も、間違っていないのかもしれない。
そのことを告げると、「そうか」とアレックスさんは頷いた。
「……とりあえず、アキト君がゴブリンを倒した場所を教えてくれないかな? 疑う訳ではないけど、一応死体を確認しておかないといけないからね」
「それなら、俺達が出てきた森の辺りに行ってもらえれば、すぐに分かると思いますよ。枝を伐採しながら進んできたので、道が残ってるはずです」
「そうかい? それはありがたいね。じゃあ早速、行ってみることにするよ」
言うが早いか、アレックスさんは早速馬車から出ていってしまう。おっと、ちょっと待って。もう俺達は行っていいのかな? できればどっちの方向に進めば街があるのかくらい、聞きたいんだけど。
彼を追いかけるため、リフィとロゼには膝の上からどいてもらう。
「ぬおっ、おおぉぉん……」
で、案の定、足が痺れて上手く歩けなかった。ひょこひょこしながら馬車から降りようとすると、無慈悲にもリフィが足を触ってきやがった。
『えいっ』
「のぉぉぉおおお!!」
いかに《頑丈》を上げようとも《スーパーアーマー》を使おうとも回避できない類の感覚が、容赦なく俺を襲う。《足の痺れ無効》みたいなスキルが今、切実に欲されている。14ポイントまでなら出すぞ!
『えいっ、じゃねぇよ! 何してくれとんじゃワレィ!』
どんだけ構って欲しいんだよ!
『ひぃっ!? ご、ごめんなさいなのじゃぁ!』
念話でしかりつけると、慌てて俺の脚に縋りついてくる。
ぎゃああああ!! だからやめろ! 触るなって言ってんだよボケ! この鳥頭ぁ!
馬車の中でぎゃーすかやっていると、アレックスが再度顔を覗かせた。
「……何をやってるんだい?」
「すんません、ホントすんません。すぐ出ていきますんで」
リフィにお仕置きをしながら、ぺこぺこ頭を下げる。痺れた足を無遠慮に触った罪は重い。……同じようなことを俺も考えてただろって? 悪いな、過去は振り返らない主義なんだ。
「ちょ、アキト、ぎぶぎぶっ! もうこれ以上妾の体は逆には曲がらないのじゃ! あぁー、背骨から悲しみのメロディーがー!」
「……ご、ご主人様? それ以上はリフィ様が新しい何かに生まれ変わってしまいそうです……」
リフィがニュータイプに生まれ変わる前に、俺はお仕置きをやめてやった。でも女神さまは、なんか新しい快感に目覚めそうになったらしい。あっぶねー。




