第二十五話 「おっさん」
やっと森を脱出して、文化的な生活を目指します。
日刊も落ち着いてきたので、本日から隔日更新です。かきため だいじに
俺達が抜けたのは、馬車が二、三台すれ違えそうな広い道の脇だった。
森 > 芝生っぽい部分 > 道といった具合で、道から外れて芝生で休んでいる人達がちらほらと。十人くらいか? そんなところで大声をあげてしまったものだから、俺達は一斉に注目されることになった。
革や金属の鎧を着たおっさんや、魔法使い風のローブに身を包んだおっさんなど、全体的におっさん率が高い。食事なんか広げちゃってまぁ、おっさんのピクニックシーンとか誰得だよ。俺達が来たことによって、一か所に集まるような行動を見せているから、一つの集団なのだろうと予想する。
……森を抜けてすぐ、ロゼが襲われた現場跡に直面するかと思ったんだが、そんな痕跡もないな。このおっさん達が片付けたのかもしれない。まあそれならそれで、ロゼが余計に辛いことを思い出さないですむから良い。
「……すげぇな、俺、馬車とか生まれて初めて見たわ。馬ってでかいんだな」
内心安堵した俺は、目の前に数頭繋がれている馬に興味をひかれる。まじで、でっかい。そしておめめが可愛い。一度でいいから、颯爽と白馬にまたがってみたいものだ。ここにいる馬は茶色と灰色しかいないけど。
ちょっと近づいてみると、鼻息がすげー荒い。おー、これが野生か(野生じゃない)。
「お主はもうちょっと、物怖じというものを覚えても良いと思うんじゃが」
「……ひ、人がいっぱい、こっち見てます……うう」
リフィとロゼは眼前の団体さんにビビり気味だが、そんな大げさな。すぐに興味無くしてくれるだろうし、構えるだけ無駄だろ。
……と思ったんだけど、なかなか人の視線が散らない。あっ、そうか。いきなり森から出てきて大声あげたもんだから、普通に警戒されてるのか! 俺はこんなにも人畜無害だというのになぁ。やはりリフィのキンキン声が耳に障ったのだろうか。
『さりげなく妾に責任を押し付けようとするの、やめて欲しいんじゃけど』
やがて集団の中から、一人の男が歩み出てきた。三十そこそこの、筋骨隆々でスキンヘッドなおっさんだ。ハゲに刺青とかいれちゃって、どこのヤクザ屋さんですか。
ばっちり金属製の鎧を着こなして、いかにも重戦士って感じ。しかも頭部の輝きで相手を目眩ましまでできる! すごい、これは絶対強いぞ。
「……ぷふっ」
リフィがちょっと吹き出した。おいやめろよ、人のハゲを笑うと後で絶対後悔するぞ。将来お前がハゲないとも限らないんだからな。馬鹿にすんなよ。おっさんだって懸命に生きてんだぞ。
『いやどう考えてもお主の方が馬鹿にしとるじゃろ!?』
言いがかりはよしてください。
リフィと念話でやりあっていると、スキンヘッドのおっさんが俺達の前に辿り着いた。上背があるので、こちらが完全に見下ろされる形だ。
おい、俺の日当たりが悪くなったんだが。日照権侵害で訴えてやる……とは言えない雰囲気。流石に怖いぞ。言われてもいないのに自主的にジャンプしてしまいそうだ。洞窟で得たお金は全て《アイテムストレージ》の中だから、何の音もしないけど。
「……単刀直入に聞く。お前等、何モンだ? 盗賊ではねぇみたいだが、いきなり俺等のキャンプ地に迷い込んでくるたぁ、どういうことだ」
低い声で、おっさんが尋ねる。完全に怪しまれているらしい。
確かに、俺はブレザーにスラックスで変な格好だし、リフィは見た目小学生だし、ロゼはいかにも奴隷って感じの服と足枷をしている。自分で言っといてなんだが、相当怪しい組み合わせだ。それで森からにゅっと出てきたんだから、おっさん達が警戒するのも当然だろう。
「あー、俺等は怪しい者ではなくてですね。あのー……」
……どうしよう。どうやって説明しよう。実は勇者と女神と、さっきそこで拾った奴隷です! なんて説明で納得してくれるとは思わない。怪しさが増すだけだろう。
ニッコリ笑いかけるが、いかに俺がイケメンでも、男を懐柔するのは不可能だ。
『さも女なら懐柔できる風じゃの……』
『おいリフィ。なんか上手い言い訳はあるか』
ここは女神様の叡智を仰ごう。さぞかし素晴らしい案を出してくれるに違いない。
『えっ、妾? ……そ、そうじゃの……つ、妻と夫と子供でどうじゃ。家族で森にピクニックに行ってました、みたいな』
『……俺とロゼの歳で、お前みたいな子供がいたらおかしいだろ』
『えっ、妾が妻役をやるつもりだったんじゃが』
『もっとおかしいだろ! それ俺にロリコンの烙印が追加されるだけだよ!』
女神様つかえねぇええ!
やはりリフィは役に立たなかった。
ちらっとロゼを見やると、前髪を抑えてぶるぶる震えていた。顔はほとんど出ておらず、そのままマッサージ器具に転用できそうなくらいバイブレーションしてる。勿論役には立たない。まあロゼは仕方ないね。
『妾とロゼで、扱いが違いすぎんかの!?』
『おっぱいの差だ』
『言い切りやがったのじゃ!?』
という訳で、どうにかして俺一人でこの状況を打開しなければいけない。
押し黙っている俺達を見て、スキンヘッドのおっさんはますますガンを付けてくる。やべぇ、このままでは折角森を抜けたのに、お縄についてしまう。あるいはそのまま、このおっさんに斬り殺される線もワンチャン。おっさんは背中に、ゴブリンキングが持ってた剣より更にデカイ剣を背負っていた。筋トレ用具という訳ではなさそうだ。異世界怖すぎだろ。
「なんだ? 人に話せないような類の輩なのか? あァ?」
ついにおっさん、背負った大剣の柄に手を掛けた。
それを見て咄嗟に俺の口をついてでたのは……
「あの、実は俺達、記憶喪失で! 全員記憶を失ってて、気付いたらそこの森に居たんです!」
『……ないわー。それはないのじゃ』
……自分でも、そう思う。
◇◆◇◆◇
『舐めてんのかてめぇ!』と速攻で抜剣したスキンヘッドのおっさんを止めたのは、対照的にロン毛で優男風のお兄さんだった。ひょこっとスキンヘッドの後ろから出て来て、荒ぶるヤクザを鎮めてくれる。
「まぁまぁ、アルフィーさん。そう殺気立たなくても大丈夫ですよ。僕の《索敵》スキルには、彼らは反応していない。つまり、少なくとも彼らは敵ではありません」
「あァ? そうなのか?」
《索敵》スキル……名前からして、敵がどこにいるかを探るスキルか。なんだその便利そうなスキルは。俺も欲しいぞ。
どうやらそれに反応していないということだけで、剣を収める理由には十分だったようだ。スキンヘッドのおっさん……アルフィーさんは、抜いた剣をいそいそと鞘に戻した。
「悪かったな、剣を抜いちまって」
そして謝ってきた。スキンヘッドをカリカリ掻いて、なんだかバツが悪そうだ。
……見た目ほど、怖い人では無い……のか? とりあえず、「いえいえ」とか日本人らしくなぁなぁに謙遜しておく。オーガみたいな顔して、根は優しい人もいるしな。見かけで判断してはいけない。
中学の時に同じクラスだった鬼村くん(身長およそ二メートル)の話をしよう。彼が道で子猫とじゃれ合っているのを見てから、俺は見た目で人を差別しないようにしようと心に誓った。後日、鬼村くんにそのことで話しかけたら、絶対に口外するなとボコられたけど。あれ、これ本当に根は優しいのか?
「ホントですよ。そもそも見かけからして、僕達に害をなそうって風体じゃなかったのに。アルフィーさんったら本当に気が短いんですから」
「いえ、大丈夫です。俺達もその、誠実ではなかったというかなんというか……」
でも誠実に話したら話したで、信じてもらえない不具合。なんてことだ、これは完全に召喚をミスったどこぞの国が悪いな。勇者を適当に放り出して、あまつさえこんな面倒な目に合わせるなんて。さっさと身分証明書もってこいオラァ!
多分俺達が今いる……なんだっけ、ロゼが喋ってたのがオルクリア王国語だから、オルクリア王国? が犯人なんだろう。やる気なくしちゃうわー、これは魔王倒しに行かなくても誰も俺を責められねーわー。
『こうして着々と、アキトの中で魔王が遠い存在になっていくんじゃな……』
リフィはもはや、諦め顔だった。俺が言うのもなんだけど、女神としてその姿勢はいかがなものか。
一方、目の前の男二人は、アルフィーさんがひとしきりロンゲさんに小言を貰って、ついで話は俺の方に向けられた。
「まあ多分、君たちにも色々事情があるんでしょう? 黒髪が二人もいれば、まあそういうこともあるよね。深くは突っ込まないよ。君たちが敵かそうじゃないか、重要なのはそれだけだからね」
「はあ、ありがとうございます。助かります」
黒髪が二人もいれば……?
ああ、そういえば、この世界では黒髪はよく思われていないんだっけか。ロゼから聞いた話だが、そのせいで彼女はほとんど村八分のような扱いを受けていたらしいし。
しかしその割には、ロンゲさんはおろかアルフィーさんも特に黒髪に嫌悪感を示している様子はない。……うーん? 異世界人にもいろんな人がいるってことだろうか。
「ところで君たち、森から出てきたけど、もしかして途中でゴブリンの巣を見かけたりしなかったかい? 僕達はこの辺りでゴブリン被害が増えてるってギルドから依頼を受けて、ゴブリン討伐に来たんだけど。おそらくゴブリンキングが居るだろうから、数が増える前に早めに狩らないと不味いんだよね」
「あっ」
思わず、声を上げてしまった。
「何か知ってるのかい?」
ロンゲさんが訝しんだ顔で尋ねてくる。
いや、知ってるというかなんというか。
ねぇ?




