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閑話 「ロゼの独白・その1」

本日からは、書き貯めが切れるまで毎日0時更新です。がんばる。



 


 ――――私は小さな頃から、村のはずれに住んでいるおばあさんに育てられました。



 私の本当の両親がいなかったわけではありません。でも、私は黒髪だから……お母さんも、お父さんも、私のことが嫌いでした。


 私の村は、ご先祖様が勇者様に救われたらしく、勇者信仰の篤い村でした。だから、大人のひと達は、『獣人であるにも関わらず、勇者様と同じ髪の色』の私が、嫌いでした。


 ――――あるとき、おばあさんは言いました。


『ロゼ……本当はね、この村をでた方がアンタのためになるかもしれない。この村は……ううん、獣人族(ワービースト)ってやつは皆、どっかしら自分を普人族(ヒューマン)森人族(エルフ)なんかと比較して、卑下したがるもんなんだ。だからロゼの黒髪にも、こんなに過剰に反応する。なんて不敬な奴なんだ、獣人のくせに、ってね。普人族の街にいけば、少なくともここよりかはマシな扱いになるだろうさ』


 確かに獣人族は、普人族に比べて数も少ないし、魔法の才能もあんまりない。でも、皆優れた力を持ってるっていうのにね、とおばあさんは悲しそうに言いました。


 おばあさんは普人族で、ずっとずっと前から村はずれで暮しています。

 あの日、村の子供たちにいじめられていた私は、悲しくって村はずれまで逃げてきて、偶然おばあさんに出会いました。それが、私にとっての幸運だったと今でも思います。


 おばあさんは、私が黒髪の獣人でも嫌いになったりしませんでしたし、石も投げてきませんでした。殴ったりもしないし、あまつさえ私にパンまでくれたのです。


 おばあさんも、昔は黒髪だったそうです。『今ではこんなに真っ白になっちまったけどね』と、ニカッと笑ってくれました。


 その時の私は、日に一度両親から与えられる古びたカチカチのパンで飢えをしのいでいました。だから、あの時にたべたふわふわのパンは、いまでも忘れられません。

 それからの私は、「たくさん食べないと、育つものも育たないよ」というおばあさんの言葉に半ば押しきられて、おばあさんの家でお腹一杯ごはんを食べられるようになりました。


 おばあさんは魔法使い様みたいな格好をしていて、いつでもとんがりの帽子をかぶっていました。お家にはおおきなかまどや鍋や、水晶玉がいっぱいでした。


 大きな街の喧騒に疲れてしまったんだっていつも言っていて、私が行くと寝ているか、薬草をごりごりしているか、よくわからない魔法の呪文を唱えていました。


 私は朝早くから家を追い出され、夜遅くに家に帰るという生活をしていました。近くの山で、ずっと薬草を採って、お母さんに渡すのです。でないと、日に一度の食事さえもらえませんでした。


 おばあさんは私に、効率のいい薬草の取り方を教えてくれました。おかげで私は、朝から晩まで山をうろうろするようなことはなくなり、余った時間はずっとおばあさんの家でいろんなことを教えてもらいました。


 本当に、生きることに必要なことは全部おばあさんに教えてもらったといっても、過言ではありません。


 魔法も教えてもらいました。獣人としては才能があったみたいで、今では《クリーニング》や《ブリーズ》や《ティンダー》くらいの簡単な魔法なら使えます。《生活魔法》って言うそうです。おばあさんはニコニコしながら、『アンタはアタシの、自慢の弟子さね』と言ってくれました。


 おばあさんは、私の育ての親です。血が繋がっていないけれど、私はそう思っています。


 だから私は、村に奴隷商人が来て、私が売られることになった夜も、家をこっそり抜け出しておばあさんの所へ行きました。


『今までお世話になりました、ありがとうございます』って言ったら、一つだけため息をついて、『逃げようとは思わないのかい?』と聞かれました。その時の、おばあさんとの最後の会話は今でもよく覚えています。


『ロゼ……アンタ、逃げようとは思わないのかい? こんな村はずれまで来られたんだ、このまま山に入れば、アンタは逃げきれるかもしれない』


 おばあさんは夜遅くに突然来た私に驚きもせず、そう静かに言いました。


『でも……おばあさんは、山には危険がいっぱいだと教えてくれました。ゴブリンとか、オークとか、ハウンドウルフとか、レッドバッドだっているかもしれません』

『ありゃあ、下手にいろいろ教えて怖がらせ過ぎたかねぇ……まあでも、その判断自体は正しいさね。アンタが逃げるなんて行った日にゃあ、アタシが魔法を使ってでも止めてたよ』

『そうです、よね』

『ああ、そうさ。魔物に食われて死ぬよりかは、奴隷になってでも生き延びた方がずっと良い。アタシが言うんだから間違いないだろう?』

『そう……ですね』


 死ぬよりは、奴隷になった方がマシ。おばあさんが言うなら間違いは無いはずです。


 でも……。その時の私は多分、どっちでも良かったんです。おばあさんが『死ぬ覚悟で山に入れ』って言っていたら、多分その通りにしました。おばあさんと離れ離れになってしまうなら、このまま生きていくのも、死んでしまうのも、変わらないんじゃないかって思っていました。


 おばあさんは、そんな私を優しくだきしめてくれました。


『アンタ、泣かないんだね。強い子だ』


 本当は泣きたかったんです。泣いて、おばあちゃん助けてって縋りたかった。一緒に逃げてくださいって、お願いしたかった。でも、そんなことはできません。もう私は、おばあさんからいっぱい大切なものを貰っていたんです。そんなずうずうしい真似はできる訳がありませんでした。


 だから、せめてお別れくらいは笑顔でいようって、最後までおばあさんには強い子だって、思ってもらおうって。私のちっぽけな覚悟でしたが、おばあさんは喜んでくれました。

 自慢の弟子だって、褒めてくれました。


 それから、おばあさんは私を抱きしめたまま言いました。


『アンタには、きっと良いご主人様が見つかるよ。アンタをずぅっと大事に守ってくれる、優しいご主人様だ。この導きの賢者マリコが言うんだから、間違いない。……アタシには、未来が視えるんだ。だからその時まで、決して死ぬんじゃないよ。アタシとの約束だ、いいね?』

『……はい』


 その時の私には、おばあさんの言葉が信じられませんでした。

 でも今なら分かります、おばあさんは、本当に未来が視えたんだって。


 最後におばあさんは、私の額にキスをしました。


『ご主人様にあったら……そうさね。ロゼは可愛いから、積極的にアピールするんだよ。アタシがいろいろと教えてやったろう? せっかく胸もそんなに大きいんだ。本当にまあ、こんなに育っちゃって』

『ア、アピールってそんなこと……』

『まあ、アンタが本当にしたいと思ったらで構わないけどね。優しいけど、凄い醜男かもしれないし。多分女ではないと思うんだけどねぇ』

『ええっ』


 そしてニヤリと笑いました。しわくちゃで、でも安心できる笑顔です。

 その笑顔に見送られて、私は家に帰って、そして奴隷商人さんと一緒に村を出ました。村の人は、皆笑顔でした。私の居場所は、ここにはありませんでした。おばあさん以外の人は敵でした。


 いつか、優しいご主人様に出会えたら……私がずっと居ていい場所が、見つかるのかな、できれば格好いいご主人様がいいな、と思ってしまったロゼは悪い子です……。





 奴隷商人さんは、私以外にも何人も獣人の奴隷を集めました。そして、狭い檻の中でひとまとめにするのです。私は黒髪だったので、その奴隷達のなかでも外れ者あつかいでした。


 そうして、一年と少し過ぎました。おばあさんに数字を習っておいて良かったです。


 ただまんじりと日々を過ごし、奴隷商人さんに鞭で打たれながら奴隷としての色々なことを教わり、私は着々と『商品』になっていきました。どういう訳か、いつまで経っても労働奴隷として働けとは言われませんでした。


 でも、商人さんの教育に疑問を持つことは許されませんでした。逆らえば鞭が飛んできます。余計なことを言っても鞭が飛んできます。


 恐怖のなかでもおばあさんの言葉を希望に教育を受け続け、やっと鞭をもらう回数が減って私の身体の傷も直ってきた頃。


 私達は何も無い道の真ん中で、突然檻から出されました。


 布で覆われた檻の中からは、外の風景は見えません。だから、陽光に目を細めながら外に出た私は、その時初めて自分達に襲いかかるゴブリン達を目にしました。


 異常なほど汗をかいた奴隷商人さんは、まだ小さな獣人の子を無理やり二人抱えて、道を走って行きました。その行く手をゴブリンが阻むと、抱えた子をまるで餌みたいに放り投げます。

 商人さんは、私達奴隷を囮にして、自分だけ逃げたのです。見れば護衛をしていたはずの冒険者さん達も、遥か遠くに見えました。


 ……私達は、命を見限られました。

 奴隷なんてしょせんは、『商品』でしかありませんでした。


 でも、諦めるわけにはいかない。

 まだ、おばあさんの言っていたご主人様には会えていない。生きないと、生きておばあさんとの約束を守らないと! 死にたくない!


 私はゴブリンから必死に逃げまわり……気が付いたら、私は一人になっていました。


 あっという間に囲まれて、逃げ場を失って……そしてゴブリンは、私の足に鉄の輪っかをつけました。



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