第二十三話 「スリーピングビューティー」
本日は、午前12:00にも更新です!
同日投稿その1。
「寝る前に、お身体を綺麗にされなくもよろしいのですか?」
「あー、ちょっと気持ち悪いけど大丈夫。寝たら問題無いから、ロゼも早く寝ような」
「そうですか……はい、わかりました」
リフィの浄化作用に感謝しつつ、ズダ袋を下に敷いて三人で抱き合って眠った。
やましいことはない。ただ、リフィの近くで眠る必要があるため、リフィがまず俺に抱きついてきたのだ。
「べ、別にやましい気持ちがある訳ではないのじゃぞ? これは医療行為! 医療行為なのじゃ! 妾の近くで眠るほど、浄化作用は大きくなるのじゃ!」
執拗に『医療行為』を強調するリフィ。そしてリフィに対抗して、何故かロゼも俺に抱きついてくる。ちなみに睡眠をとることにも許可を求めはじめたので、ついさっきそこも矯正したところだ。奴隷は勝手に眠ることも許されていないらしい。やだ、この世界超ブラック。
「ご主人様。このロゼを抱き枕になどいかがですか? その、私は黒髪ですし、獣人ですし、ご主人様みたいに綺麗な顔もしていませんが……身体だけは、育っていると自負しています」
そんなことを言いながら、むにゅっと胸を押しつけてくるのだ。こいつ、自分の武器を分かってやがる……とんだ策士だぜ。奴隷は勝手な行動をしてはいけないんじゃなかったのか。なぜスキンシップだけ積極的なのだ。偏ってるだろ。食事や睡眠などの欲求は許可を求めないといけないのに、もう一つの欲求はフリーなのか。
……労働奴隷として売られたと言っていたけど、ひょっとしてソッチの需要も見込まれていたのかもしれない。黒髪獣人で敬遠されるとはいえ、どこの世界にも好き者はいるだろうし。ってかこんなに可愛いしね。
ロゼの話からすると、少なくとも奴隷商人はその好き者では無かったようだけど。いや、こんな教育をしちゃう時点でアウトか。
しかし、俺としては積極的なのは願ったりかなったり。勿論、『ロゼは十分綺麗だよ』と囁きながら抱き枕にした。痩せた手足は骨ばっていたし、お腹の辺りを触ってみるとあばらも浮いている。それでも、やっぱり女の子の身体であり大層柔らかかった。リフィとはまた違った柔らかさだ。特に胸。
栄養が足りてなさそうなのにも関わらず、これだけのモノとは……ちゃんと食ったらすごいことになるな。ぱふぱふができる。胸痩せしにくいとか、俺の元カノが聞いたら烈火のごとく怒り出しそうだ。獣人という種族は、このことに関係しているのだろうか。
そして手を頭の方に導くと、頭頂部に生える立派な犬耳。ふさふさの耳毛を楽しんだり、耳の中をこりこりしたりする。これが美少女の頭から生えてるとか、もう奇跡だから。生きてて良かった。痛い思いをした甲斐があった。
「ひゃぁ……ん……ご主人様ぁ」
「ア、アキト? その、できれば妾も構って欲しいのじゃ」
左右から抱きつかれているので、俺は仰向けで暗い洞窟の天井を見る。背中が擦れて痛いけど、そんなことは些細なこと。汗とか血とかでなんかねちょっとするけど、それも些細なこと。
これが異世界か……まったくもってけしからんな!
ただ惜しむらくは、二人ともすぐに寝付いてしまったことだろう。いや、ナニをしようという訳ではなかったけどね。汚れてたし、かなり疲れてたんだろうし、むしろ当然の結果と言うか想定内だったし。や、やましいことなんて考えてないし、期待なんかしてないんだからねっ!
……その日は、異世界の奴隷っちゅうものに過度な妄想をしていた自分に罪悪感を感じながら寝た。うん、まあそうだよね。自戒せねば……。
◇◆◇◆◇
翌朝。
服が綺麗になってる。身だしなみも整ってる。背中の傷も治ってる。
あれだけ真っ赤に染まっていた制服は、染み一つない新品になっていた。ただ、背中の裂け目は直っていない。盛大に破けていたからだろうか。でも被害は小さくなっている気がするので、気長に毎晩リフィと寝ようと思う。すげぇ発言だな。
「でかしたリフィ! 流石だ! 世界一可愛い!」
「にゅっふっふー! もっと褒めるのじゃ!」
「凄いですリフィ様、まさか寝ている内こんなに綺麗になるなんて……。でもこれ、なんなんですか?」
俺と一緒になってリフィを褒めた後に、あれっと首を傾げるロゼ。その拍子に長い前髪がしゃらんと揺れた。その奥の瞳も不思議そうに細められている。
髪の毛がサラサラになり、犬耳も艶やかになり、全身の汚れも落ちていよいよ美少女度に磨きがかかったな。フローラルな香りがこれほど似合う女の子もなかなか居ないだろう。まるでフローラルが服を着て歩いているようだ。
ボロキレみたいだった服装も真っ白に漂白され、なんとか見られる程度になってる。流石に新品同様とはいかないまでも、ロックバンドも凍りつくダメージ仕様のワンピースから、常識的なダメージファッションの範囲まで回復していた。
しかし……そういえば、ロゼにリフィの浄化作用のこと説明して無かったな。問答無用で同衾してしまった。どうしたものか。
流石にリフィが本物の女神で、これはその浄化作用なんだよ……なんて言えない。そもそも俺達が勇者と神様だってことは言うつもりは無いし。頭の残念な人だと思われちゃう。
まあ、効果は地味だし適当に名前だけ変えて話しておくか。
「これはリフィの持つスキル、《スリーピングビューティー》と言ってな。その名の通り寝ている間に身だしなみなんかを綺麗にしてくれるスキルなんだ。あと、軽傷くらいなら治してくれる」
ちなみにリフィの事は、俺の旅のお供だとゴリ押ししてある。見た目が小学生? そんなちっちゃぇこと気にすんなよ!
「なるほど……聞いたことがありませんが、よほど希少なスキルなのですね」
「まあそんなところ」
効果は《生活魔法》で代用できるらしいけどな。
うまく誤魔化せたと自画自賛していると、リフィが耳元でツッコむ。
「……のぅアキト。それだと《眠り姫》なのじゃが……」
「……雰囲気だよ雰囲気。こう、ふわっとしたそれっぽいニュアンスを感じてほしい」
こっちの世界の人は、グリム童話もディズニーも如月千早もSEKAI NO OWARIも知らないんだから、大丈夫だろ。咄嗟に思いついたそれっぽい名前がこれだったんだから仕方ない。
リフィにめんごめんごと手刀を切りながら、朝飯の用意をする。といっても簡単だ、右手を前に突き出し、全身の魔力の流れを意識して「《クリエイト:味噌汁》」と唱えるだけ。バチバチバチーっと白い光が洩れて、あっというまに味噌汁入りの鍋×3が完成だ。
ほわー、と可愛らしく口を開けて、すっかりハイライトの戻った瞳を前髪の奥で輝かせながら、ロゼが聞いてくる。
「ご主人様のスキルも、すごいです。物質創造だなんて……もしかして、よほど高名な魔法使い様なのですか?」
「いや……俺はしがない旅の剣士だから」
「剣士様なのですか? それでこんな凄い魔法も使えるだなんて、本当に素晴らしい才能をお持ちなのですね。惚れ惚れしてしまいます!」
ああ、ロゼのヨイショが心に痛い……今日から俺は、凄い魔法が使える旅の剣士様だ。しかもお供は『眠り姫』。どんな設定だよ。がちゃがちゃし過ぎだろ個性。
しかし俺、本当は魔法なんて使えないらしいんだけどな。ごめんな、ロゼ。俺にせめて、勇者専用スキルがまともに表示される程度の才覚があれば。今すぐにでもファイアボールでお手玉をして、ロゼの目をもっと輝かせることが出来たのに。
……って、あれ? ん?
ふと、疑問を覚える。
そういえば、ただのスキルと魔法ってどうやって見分けるんだろうか。
俺からしてみればこの《クリエイト:味噌汁》も、あるいは《アイテムストレージ》だって、超常現象を起こしているという意味では立派な魔法だ。ロゼも俺の事を魔法使いと評した。しかし、リフィいわく俺に魔法の才能は無いという。では俺の手から出る味噌汁は一体何だというのか。スキルと魔法の違いとは……教えて、リフィ先生。
リフィを膝に乗っけて、念話の構えだ。
『うむ。魔法と言うのは本来、魔力の他に精霊力も使うものを言うのじゃ』
脳内にダイレクトに届く講義を始めるリフィ先生。これなら授業中に居眠りする心配はないね。
『精霊力? また新しい単語を出しおって』
『精霊力とは、いわば空気中に微粒子のように存在する精霊の力のことじゃの。今は妾にも見えんが、きっとこの辺にも精霊がたくさん存在しているはずじゃ』
『妖精みたいな、ちっちゃい人型だったりする?』
『いや、強いて言えば光る埃みたいなものじゃの』
神様の例えがひどい。
で、自前の魔力にプラスして、その光る埃の力も借りて行使するのが魔法だと……。つまり、魔法の才能とは言い換えれば、その精霊力を扱えるかどうかの才能ということなのか?
そして逆に言えば、《アイテムストレージ》や《クリエイト:味噌汁》は精霊力を使っていない……純粋に魔力だけで使っているから魔法ではないと。
『その通りじゃ、鋭いの』
合っていたらしい。俺は優秀な生徒だったので、リフィ先生に頭を撫でられた。膝に乗せた体勢からだと手がいまいち届いてないので、三回ほど俺は眼球にダメージを負った。解せぬ。
『《アイテムストレージ》が魔法スキルでないのは、そこに由来するのじゃな。魔力という人間に備わった内的な力と、精霊力という外的な力の二つを操ってこそ初めて魔法はなる。魔力しか使わんスキルは、効率の面でどうしても魔法には劣ってしまうのじゃ』
『へぇ、効率ねぇ』
『仮にスキルと魔法で同じ結果を得ようと思っても、精霊力が使えん分、ただのスキルの方がより消費魔力は多くなるのじゃよ。《アイテムストレージ》にしたって、本来はばんばか使えるような消費魔力ではないのじゃよ?』
『そうなのか……全然そんな気はしなかったけど』
ぶっちゃけ《アイテムストレージ》は、魔力消費すらなく発動できるのだと思っていた。すると恐らく、《スーパーアーマー》も魔力を使って発動していたんだな。へー。
『お主の魔力量は、マジで規格外じゃな……』
頬がひきつっている女神様。まあ、魔力だけあってもしょうがないんだけどな。
『……とにかく、スキルと魔法にはこのように明確な区別があるのじゃが、この世界の人間からするとよほどの専門家でない限り、そんな区別はしないのじゃ。不思議な現象を起こしたら全部魔法になってしまうのじゃよ。嘆かわしい限りなのじゃ』
ほう。ってことは俺は、一般ピーボーから見れば、十分魔法を使ってるってことなのか。両者の違いってのは要するに、精霊力を使うかどうかだけだろ? ……ならば、ファイアーボールワンチャンあるで。ここにきてまさかのどんでん返しだ。魔力は売るほどあるのだし、多少効率が悪くても問題ない。何倍でも出すぞ。
リフィも人が悪いなぁ。俺はそんな形式的なことにこだわらない性質だから。本当に魔法に分類されるかどうかなんて些細な問題だから。ただ手から炎を出せれば、スキルでも魔法でもなんでもいいよ。
『いや、言ったじゃろ。諦めるのじゃと』
『でも魔法の才能なんかなくても、魔法っぽいことは出来るんだろ。だったら……』
言い募る俺に対して、リフィは静かに首を振った。
……え゛ぇー。あとは何が駄目なの……?




