第二十一話 「ご主人様」
同日投稿その3。
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泣きやんで落ち着いたロゼと、俺とリフィでこれからのことを話し合う。
「ごめんなさい、アキト様に対して失礼なことをしてしまいました……。どうやってお詫びすればいいか……うう」
泣いてしまったのが恥ずかしいのか、ロゼはしゅんとしている。犬耳も一緒にしゅんとなっていて可愛い。やっぱりこういう感情表現ができるから、ケモミミは最高だぜ。
「いいよいいよ、ロゼだって泣きたい時もあるだろ? 俺の胸で良かったらいつでも貸すから、いくらでも泣くといい。溜め込んだままじゃあ、鬱屈して病気になっちゃうからね。ほら、カモンカモン?」
「お優しいのですね……あ、いえそれは勿論わかっていましたがっ。ありがとうございます、アキト様」
自分と大して変わらない年頃の美少女に『様』付けで呼ばれる……男の浪漫だろ。
ちなみに俺の口調はロゼの要望により、リフィと接する時と同じように肩肘張らない方向になった。流石に最初の言い合いを見られていたので、ロゼも俺がわざと優しい口調を作っていると分かったらしい。おのれリフィめ。
ロゼと話しながら、俺は彼女の右足首についている鉄輪をどうにか外そうとカチャカチャやっていた。これ、鍵がかかってて容易には外れないんだよね。ゴブリン共が鍵をちゃんと保管していたとも考え辛いし、やはり破壊するしかないか……。
しかし、あんまり無理やりやるとロゼに傷がついちゃうしな。何かしら工具がないと、安全に外すのは難しいか? せめて針金でもあれば、ある程度の鍵までは開けられる自信はあるけど……。
というかこの足輪、よくよく見れば錠前っぽいパーツはあるけど鍵穴がないじゃん! なんなの、魔法的なサムシングなの? 異世界の技術はんぱねぇ。
「のぅアキト……妾からお願いがあるのじゃが」
「なんだ、言ってみなさい」
背中越しに聞こえるリフィの声に、鉄輪をいじりながら答える。よし、とりあえず半端に残ってる鎖は切っちゃおう。剣を鎖に突き刺してぐりぐりっとね。鎖の輪っかがほどけて、残りは足輪のみとなる。当面はこれで我慢してもらおう。
俺が鎖と格闘している間に、いつになく真剣な声音で、リフィは話し始めた。
「アキトも妾というお荷物を抱えておるし、その、ゆうs……アレとしての適性もポンコツじゃからこれ以上負担をかけるのは忍びないと思う。しかし、ここは妾のわがままを聞くという形で、どうか。どうかこの子を……一緒に街まで連れていって欲しいのじゃ! いや、街までと言わずできればしばらく面倒を見てやって欲しいと思う。……妾は今はこんなんでも、一応、めがm……アレじゃからな。目の前で助けを求める人間がいれば、助けたいのじゃ。しかし妾にはなんの力もない故、全てアキトに任せる形になってしまうのが不甲斐ないのじゃが……それでも、どうかっ」
所々アレとか言ってるのは、ロゼに勇者だとか女神だとかがばれないように、配慮しているのだろう。半分ぐらい出ちゃってるけど。
「あ? 何かと思えばそんなことか」
思わず手を止めて、リフィの方に振り返る。
要するにリフィは、女神由来の母性本能的なものが発動してロゼが可哀そうになったので保護したい。しかし自分の立場というものをわきまえている(女神とはなんだったのか)ので、どうにか俺にそれをお願いしたいと。
こいつやっぱ、馬鹿なんじゃないだろうか。
「なっ……馬鹿じゃと!? ということはアキトお主、ロゼは見捨てていけと言うのかの!?」
「どうしてそうなる」
ほら、ロゼが話についていけなくて目を白黒させてるだろ。落ち着け。
そうじゃなくて、俺の紳士っぷりを知りながらむしろどうして俺がロゼを放っておくと思ったのか、ってことだから。こんなに可愛くてケモミミでおっぱい大きくて礼儀正しい子、早々いないぞ?
絶・対・に・逃・が・さ・な・い。
「……あー、そういえばお主、そんなやつじゃったの」
おうよ。
という訳で安心して欲しい。たとえロゼが、『絶対にアキト様となんか一緒に行きたくありません! あなたなんか大っきらいです!』と狂犬のように荒ぶりながら抵抗してきたとしても、その口に俺の腕を噛ませながら街まで連行するまである。
そして俺から逃げられないように、強制的にマイスイート奴隷にしてやるのだ、ぐへへへ。……あ、人を奴隷にする魔法とかってあるよね? 多分。さっきのロゼの首のやつも、魔法的契約がどうとか言ってたし。
「そんな考えを聞いた後では非常に答えたくないが、あるのじゃ。魔法というかスキルじゃな。ロゼは元々奴隷として売られたようじゃし、奴隷商が逃げたのならばしかるべき場所に持っていけばすぐにでもお主の奴隷になるじゃろう。ああ、あとお金さえ払えばじゃな」
「まじか、やっぱあるのかそういう不思議手段……あ、お金どうすっかな」
しかしリフィも、それでいいのかよ。こう言ったらなんだが、保護したい子を俺みたいなゲス野郎の奴隷にするんだぞ? 保護という名目を借りて俺がロゼに酷いことをするかもしれないじゃん。それはもう、十八禁的な酷いことを。
「そんなこと、アキトがする訳無いのじゃ。……妾が選んだ、勇者じゃからの。信じてるのじゃ」
後半はこしょっと俺の耳元で囁くリフィ。吐息がくすぐったい。
……うん、まあ、確かに奴隷にしてもせいぜい耳とかいやらしく撫でまわすくらいだけどね。そこ、ヘタレとか言わない。奴隷といっても、この世界のルールがそうなってるから、奴隷として扱うのが一番波風立たないだろうってだけでね。本音を言うと、現代ジャパンで生きてきたアキトさんとしては、あんまり強気な扱いもできないんだよ。
俺とリフィがひそかに『ロゼを奴隷にして保護しちゃおう計画』を煮詰めていると、当のロゼから遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あの……アキト様。私を、アキト様の奴隷にしてくださるのですか? 私の……ご主人様に、なってくださるのですか?」
「え? あぁいや……」
漏れ聞こえていたらしい。つーか……念話で話すべきだったな。うん。
ロゼはどこか期待に満ちた表情で、俺の方を見ていた。耳はぴこぴこ動いている。尻尾があればぶんぶんと振れていることだろう。何この子、かわいい。
お金の問題は、なんかどうにかしよう。というかそもそも、奴隷にしなくてもいい気がしてきた。このまま普通に街に連れて行って、一緒に暮らせばいいじゃん。
『一度奴隷として売られているからの。奴隷契約を更新せんと、ロゼの所有権は誰とも知れぬ奴隷商人のままじゃぞ? 自分の奴隷の位置を知る魔法というのもあるしの、そんなんじゃおちおち安心して暮らせないのじゃ』
賢いリフィはすぐに学ぶので、念話で返答をくれた。
まじで?
それは困る。すごく困る。奴隷商人には猪に撥ねられる呪いをかけたけど、生きてるかもしれないし。じゃあここはやっぱり、ロゼを俺の奴隷にするのがベターな選択だろう。
耳をぴこぴこさせるロゼに向かって、返事をする。
「……ああ。ロゼさえよければ、俺の奴隷になって欲しい」
「ご主人様の……奴隷……はい! 是非! ありがとうございます、とても嬉しいです!」
あぁ、なんかうっとりしちゃってるよこの子。足首から伸びてた鎖を胸に抱いちゃったりしちゃってる。そんなに奴隷がええのか。俺にはわからない感覚だが、優しい(優しいよ!)ご主人様の奴隷になるというのは、ロゼからしてみれば嬉しいこと……なのかな。
よっぽどロゼを買った奴隷商人はクソだったのだろう。クソじゃない奴隷商とか想像できないけど。俺の中ではそういう職業の人は全員、毛深くて腹が出ていてチビでにやけ顔だ。
でも、ご主人様という響きはソゥグッドだな。急に自分が偉くなったように錯覚させてくれる。秋葉原のフリフリメイド以外にご主人様と呼ばれるなんて、都市伝説だと思ってたわ。
そういう訳で、俺の仲間に黒髪犬耳奴隷のロゼが加わることになった。『これからよろしくお願いします、ご主人様っ』と抱きついてきたロゼの身体の柔らかさを、俺は一生忘れることは無いだろう。もちろんしっかりと抱きしめ返して、ケモミミに顔を埋めておいた。リフィの目が凄かった。




