第十九話 「奴隷」
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同日投稿その1。
「奴隷紋じゃな。奴隷身分にある物が、魔法的契約により付けられる印じゃ」
タトゥーを眺めていると、リフィが解説をしてくれた。
へぇ……奴隷紋……奴隷、ねぇ。
もっと顔を近づけて、よく少女を観察する。
さっきは余裕がなくてよく見られなかったから、まだ黒髪で犬耳でおっぱいが大きいということしか分かっていない。あれ、結構分かってるな。むしろこれだけ分かっていればアレコレ想像するのになんの障害も無いね。
粗末な布のワンピースを着た、ボサボサの黒髪の女の子。その体躯は中学生くらいだろうか。
頭頂部には黒くてふわふわの犬耳がついている。三角形をした狼系の立ち耳で、耳毛のあたりをわしゃわしゃっとくすぐりたくなる可愛らしい造形だ。陽の光の下で見るとより一層その愛らしさが引き立つけれど、それもこの少女の素材の良さもあってのことだろう。
「……おいリフィ。この子めっちゃ可愛いぞ」
「まじかの!? ……おぉ、本当じゃな。良かった、妾の膝の安全は守られたのじゃ……」
なんていうか、普通に美少女。とてもあんな洞窟でゴブリン達にぐちょぐちょされていたとは思えない。薄い布の服を押し上げる豊かな双丘も、男の浪漫が詰まっていて非常にベネ。小さな身体に大層な物をお持ちで。手足はやせ細っているけど、肉を付ければかなり見られるスタイルになるだろう。
助けたケモミミが美少女だなんて、なんたる幸運! 神に感謝しなくては。あ、今俺の目の前に居る奴じゃない神様ね。
長い前髪が目にかかっていたので、かき上げておでこまでつるんとむき出しにすると、その顔の作りの良さが分かる。
全体的に小作りなパーツに、引き寄せられるような桜色の唇。彫りはあまり深く無くて、どちらかといえば大和撫子的な美少女。肌は少し不健康な白さだし、頬も痩せこけてはいるが、磨けば光る逸材なのは間違いない。目を閉じていても分かる、この子はきっと綺麗な目をしている……。
しばらく至近距離で観察していると、パチッと。俺の願いが通じたのか、少女の目が開いた。
「……んぅぅ……あ――――、え、わぁっ!?」
割と元気そうな声で叫ばれて、仰向けのまま器用に後ずさりされた。あと、顔が真っ赤。
ちなみに少女の瞳は、綺麗な深い青色だった。……若干レイプ目だったのは、ご愛嬌ということで。前髪が長いから、その瞳もすぐに隠れてしまったけど。
いわゆるメカクレというやつだ。そういうのも俺は嫌いでは無い。いいよいいよ、全然いいよ。前髪を抑えながら、髪の隙間からこちらを窺う様子とか、最高にキュートだと思う。
でも、なんでそんなに警戒してるんだろう?
「あ、あ、あわわわ……」
「自分の格好を省みてから、そういうことは思うのじゃな」
「格好……?」
あ、そういえばゴブリンや親玉ゴブリンとの死闘で全身血がべっとりだわ。
気付いてみると、なるほどこれは確かに怖い。怖すぎる。あと凄いねちょねちょというか、ぐちょぐちょして不快。臭いもたまらなく不快。
元が何色だったかもわからないくらい赤く染まっている制服だが、これ本当にリフィの浄化作用でなんとかなるんだろうか。とりあえず、すぐに脱げるブレザーとワイシャツを脱ぐ。良かった、Tシャツにはあんまり染みてない。
「何じゃその、黒字に白抜きで『鬼ヶ島羅刹』Tシャツは」
「イカスだろ。『ピピン板橋』Tシャツもある」
「……つっこまん。つっこまんぞ」
なんかこう、親近感を感じるんだ、鬼ヶ島羅刹さんは。Tシャツは自分で作った。元カノの評価は、まあまあウケてくれた。
「っていうか、リフィもワンピースに血がついてるじゃん。脱げよ」
「変態なのじゃ!? 脱げるわけ無いじゃろう、妾これ一枚しか着とらんのじゃぞ! っていうかこれは、アキトが抱きついてきたせいじゃろうが!」
「それを言うなら、そもそもリフィがまるで役に立たないのが悪いだろうが!」
「なんじゃと!」
「なにおう!」
「あ、あの……」
リフィと小競り合いをしていると、恐る恐ると言った様子で声をかけられた。さっきは聞き取れなかった言葉も、はっきり聞き取れる。やはりまるで日本語のように認識できるんだけど、本当にどういう翻訳システムなんだろうか……。というか、やっべ。この子のことをすっかり放置してしまっていた。
どうやら怯えのピークは去ったみたいで、俺達が向き直っても後ずさったりしない。目元が前髪に隠れているのは相変わらずだけど、上目遣い気味になってて可愛いからよし。
しかしあれだな……この子からすれば、ゴブリンの洞窟で殺されそうになったと思ったら知らない男が突然覆い被さってきて、そんで意識を失って目覚めたら、今度はその男が赤くない所探す方が難しいくらい血に染まってたんだよね。俺ならまず、ゴブリンの代わりに目の前の男に殺される可能性を考える。
まずはそのあたりの誤解を解かないといかん。
にっこりスマイルを浮かべながら、怖くないよーとアピールする。イケメンの使い所だ。
「はぅ……」
「こんにちは、可愛らしいお嬢さん。俺は通りすがりの一般人です。たまたまここを通りすがったら、お嬢さんの悲鳴が聞こえてね。まさかこんな可愛らしい子を放っておく訳にはいかないから、ここらにいたゴブリンは全て退治したんだよ。だからもう危険はないから、まずは安心して欲しい。それに勿論、俺にも君に危害を加える気はまったくない」
一気にまくし立てすぎただろうか。でも、どうにかこちらのペースに持って行ってなし崩しで信用してもらいたいところである。ケモミミ美少女からの好感度超欲しい。
「こんな所を血まみれで通りすがる一般人ってなんなのじゃ。あとなんじゃその口調は、気持ち悪い」
いちいちうるさいよリフィ。ちょっと黙ってなさい。
「……あ、えっと……」
「俺の名前は、アキト・ナツムラ。良かったらお嬢さんの名前も聞かせてくれるかな?」
「妾の名はアーデルリフィケイティカ! リフィと呼ぶことを許すのじゃ!」
ヘイ、だから黙ってなさい。お口チャック。
「……ロゼ、です」
両手で赤い頬を抑えて、上目遣いのまま自分の名前を告げる少女ロゼ。なにこれ超可愛い。緊張して赤くなってるんだろうか。
名乗りを聞く限りでは、ファーストネームのみのようだ。これがこの世界のスタンダードだとするならば、俺も『ナツムラ』を名乗るのは控えるべきかもしれない。その辺はあとでリフィに聞いておこう。
『……控えるのが無難じゃな』
あ、今ぼそっと教えてくれた。こいつ、脳内に直接……! このネタ昨日もやった気がする。封印だな。
サンキューリフィ、愛してる。
……リップサービスで壮絶に悶え始めたリフィは放っておいて、ロゼとの会話を続けよう。
「そっか、ロゼちゃんか。良い名前だね。……ところでロゼちゃんは、どうしてこんな所に居るのかな? 良かったら、俺に教えて欲しいな。勿論、話したくないというのならそれでもいいし、俺達はそれを咎めたりしない」
思ったよりもロゼが俺達を怖がっていないようなので、会話の方向性をチェンジ。いろいろ質問して情報を引き出すことにしよう。どちらかと言えば、戦いよりもこちらの方が得意分野だ。
命の恩人という事実をチラつかせた後に、少しだけ要求を出し、下手に出て相手を思いやるような発言をする。口調は柔らかく心がけ、子供の相手をするようにゆっくりと喋る。これで、こちらが欲した以上の情報を喋ってくれる可能性が高い。特に相手が女の子なら、俺の容姿は有利に働く。
悪徳セールスみたいな手口だが、それで少女が害を被る訳でもないし、俺も必死なのだ。
そう――――いい加減、森から出たいッ!
ちょっとでもこの子から情報を引き出して、早く文明的な生活しなきゃ。このままだと、そのうち土偶とか作り始めるぞ。
森への土着を避けるため、俺は必死でロゼの話に耳を傾けるのだった。




