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第十七話 「ケモ耳少女」

同日投稿その2。



 


「んんぐっぅ――――!」


 少女を押しつぶさないように、四つん這いで必死に耐える。肘や膝が地面にめり込んで、チリチリと熱い。ノックバック無効が効いているのか、少し押されるだけですんだ。


 ――――痛いとかそんなちゃちな表現じゃもの足りない。もう正真正銘、死んだと思った。さっきのゴブリンの貧弱な攻撃とは、比べ物にならない。ミニボアの体当たりなんか、ソフトタッチに思えるレベル。これに比べればあんなの、健康になりそうなマッサージだったね。


 肺から息が全て吐きだされて、新しい酸素が入ってきたことによって自分が死んでいないことに気付く。

 大丈夫だ、《頑丈》レベル3と《スーパーアーマー》を信じるんだ。この威力だと流石にちょっと切れてるかもしれないけど、まだ死んではいない。死ぬほど痛いけどっ! もうやだ、こんな異世界。早く街に行って、痛みとおさらばな生活をしないと精神がもたないよ。


<《ブレイブシンボル》の発動条件を満たしました。スキルポイントを付与します>


 痛みにのたうち回ることさえ忘れて、俺はひたすら痛みの波を耐え抜いた。ただ一つ、この手の中の温もりだけは離さないように。身じろぎ一つしないのは、急な出来事にびっくりしてるからだと思いたい。ショック死とかしてないよね!?


 歯が砕けそうなくらい食いしばって、やっと痛みが引いてきた。怪我自体は大したことないのだろうか、痛みが後を引かないのが幸いだった。なんか背中がじんじんするけど。やっぱ裂傷はもらってるっぽいな。二度目はちょっと喰らいたくない。文字通り傷口を抉られたら、今度こそ泣いてしまうぞ。


 でも、いつまた次の攻撃が来るかは分からない。首を捻って上を見上げると、まず目につくのは暗闇の中でも爛々と光る紅い瞳。視線を降ろしていけば、関取のような大きな図体に、逞しい腕。頑丈そうな足回り。そしてやはり汚らしい布を身にまとった、緑色の肌。あと、なんかはみ出てる下品なジョイスティック。


 さしずめ、ゴブリンの親玉といったところだ。さっきのやつらと随分体格はちがうけど、雰囲気はそんな感じ。


 醜悪な顔は、今は疑問に彩られている。自慢の一撃が俺を両断しなかったのが不思議なんだろう。その顔は徐々に怒りに染まっていき、遂には歯をむき出しにして雄叫びをあげた。


「グォォオオオオオオオオオオ!!」


 うるさっ。おいおい、俺は良いにしてもこの子が可哀そうだろうが。


「君、大丈夫か」


「……■……■」


 途切れ途切れに聞こえるのは、ちょっと聞き取れない異世界の言葉。


 でも嫌がってるっぽかったので、腕の中の少女の()を、ペタリと伏せて塞いでやる。おほぉ……ふわふわやでぇ。大分汚れて毛羽立ってはいるが、それでも柔らかさを失ってはいない。ちゃんと血の通った暖かさも感じられる。そう、これこそが俺の求めていたファンタジー。


 ――――お分かり、頂けただろうか。


 俺が必至こいて庇ったこの少女は。

 未だに身じろぎ一つせずに、俺のなすがままになっている、黒髪の痩せた女の子は。


 大層、立派な犬耳を持っていたのだ……!


 暗がりの中、俺は『ケモミミ』『女の子』という二つの要素を確認すると突き動かされるように彼女を守っていた。ケモミミは手厚く保護されるべきである。この際ゴブリンにぐちょぐちょされていても構わない。ただ、夢にまでみた理想をもう少しだけ留めておきたかった。


<《異世界言語習得》の発動条件を満たしました。『オルクリア王国語』を習得しますか? YES/NO>


 ガラス板が出てくるや否や、それを撃ち抜くくらいのスピードでYESを押したね。へえ、ここってオルクリア王国って言うんだ。


「安心して。もう大丈夫だよ。俺が来たからには、君には指一本触れさせない。君を守ってあげる。ゴブリンなんて、やっつけてあげるからね」


 俺の唇が普段とは異なる音の連なりを発する。しかし、俺はそれを日本語と同じように認識できていたし、事実日本語をしゃべっている感覚だった。ファンタジーだな。


 今の俺は、全世界二十億のケモミミスキーを代表した紳士だ。少女に向かって異世界語で話しかけながら、にっこりと微笑む。蹲っている所に覆いかぶさったから、彼女の顔は見えない。だから無駄だとわかってはいるけれど、スマイルは大事ネー。『あなたは喋らないで、一生笑ってればいいと思うわ』と定評のある夏村スマイルだ。


「……ぁ、ごしゅ、じん、さま……」


 本当に安心、してくれたのだろうか。それとも理解が追いつかなくて、単に処理落ちしてしまったのだろうか。少女の身体から、がくんと力が抜けた感触。まあ寝る子は育つって言うしね。よく眠るといい。起きたら味噌汁でも振る舞ってあげよう。


 でもその前に。


「ガァアアア……」


 これどうにかしなきゃなぁ。


 制限時間は十分間。異世界ってホント辛い。




 ◇◆◇◆◇




 ゴブリンの親玉が、巨大包丁を振り上げる。とっさに少女を抱えて飛び退るけど、地面に打ち付けられた杭に繋がれた少女の鎖が邪魔で、途中でつんのめってしまった。見れば片方の足に鉄輪がはめられているのだ。杭の方も俺の力では早々抜けそうにない。


 あと今気づいたけど、この子意外とおっぱい大きい。こんな痩せて軽いのに、DかEはありそうだ。抱えたときに、その掴みごたえのある柔らかなモノに触ってしまったのは不可抗力なので、許してください。え? 今はそんな場合じゃない? その通りだね。


 俺達のスレスレの所に分厚い刃が振り下ろされ、土くれが飛んでくる。刃は固い洞窟の地面に半ばまでめり込んでいた。どんな威力だよ。これをさっき背中で受け止めたかと思うと、胃のあたりがきゅっとなる。


 でも、チャンスだ。馬鹿なビッグゴブリンが武器を地面に突き刺している間に、どうにかしてこいつを倒す! ……あれ、無理じゃね。


 いまさらながら、丸腰な自分に気付く。今使えそうなものは、強いて言えば《アイテムストレージ》の中の味噌汁入りの鍋くらいか。味噌汁でどうやって、このスモウレスラーみたいなゴブリンを倒せというのか。出来たてほやほやの味噌汁を被っても、火傷すらしなそうだ。

 せめて、ゴブリン達の使っていた小剣を持ってくれば良かったと後悔したその時。


「アキト! これを!」


 俺が入ってきた横穴から、何かがこちらに向かって投げられる。それは、今まさに俺が欲していた小剣だった。


「よっしゃリフィ! でかしたぞ!」


 今回もさっさと逃げ出したと思っていたのに! 洞窟の外まで、武器を取りに行っていたらしい。やるじゃん女神さま。

 剣を手に取り、立ちあがる。ビッグゴブリンはようやく巨大包丁を地面から引き抜いた。そして大上段に構えて振り下ろされる凶器の標的は俺だが、足元で倒れている少女にもクリーンヒットする軌道。


「うわぁああ!」


 慌てて再度少女に覆いかぶさる。背中に衝撃。今度は完全に裂けたかと思った。やばい。泣きそう。


 大丈夫か俺の背中。まだ背骨とか繋がってるよね……? 痛みで意識が明滅する。いくらケモミミのためとはいえ、流石にこれは割に合わないかもしれない。でも理屈じゃないんだ、これは俺の魂の行動なんだ。これで助けた少女が可愛くなかったら、俺は世を儚んで辞世の句を詠みながらハラキリしちゃうかもしれない。

 いやでも大丈夫だ、多分。おっぱい大きかったし、多少可愛くなくても許せる。普通レベルでも全然許せるぞ!


 少女の柔らかな感触に意識を集中させて、痛みを紛らわせる。最低だが、死ぬほど痛い思いをしてる最中なので勘弁して下さい。気絶しそうなんだよ。


「グオォ! グガァアアア!!」


 そしてどうやら、ゴブリンは自分の包丁で切れないものは許せないらしい。美食屋かよお前。ますますヒートアップした様子で、大きく包丁を振りかぶった。……このタイミングなら、行けるか?


「グゥゥゥウ!!」


 振り下ろされる刃。それを間一髪、横に転がって避ける。一瞬、眠ったままの少女に当たるんじゃないかとひやっとしたけど、その対価として得る物はあった。甲高い、金属同士がぶつかって壊れる音がする。少女を繋ぎとめていた鎖がビッグゴブリンの一撃により破壊されたのだ。


 大ぶりな攻撃は避けやすく、利用しやすかった。まあ当たっても俺なら死なないという打算もあったからこそ、無茶ができた訳だけど。そして、またしてもビッグゴブリンに出来た隙。これを利用して、一気に少女を抱えて逃げる! 


 剣は放り捨てた。ごめんリフィ、全然役に立たなかったわ。やっぱあいつ使えねー。


 そのリフィはというと、横穴から半分顔を出している。傷つかないんだし、俺と一緒に盾役をやろうという気概を見せて欲しい。いや勿論、見た目小学生にそんなことさせるつもりはないけれども……でも、女神的に考えて、人の子を救うことに積極的な姿勢を見せてほしかった。


「リフィ! 外まで走れ!」

「了解なのじゃ!」


 中途半端に残った鎖が、洞窟の地面と擦れてジャラジャラと音を立てる。お姫様抱っこじゃなくて、米俵のように担いでしまっているのは許して欲しい。お米様抱っこだ。


 背中におんぶして、柔らかい二つの感触を楽しみながら逃げられればベストだったんだけどね。傷が痛くてちょっと無理。走ると傷口が開いたのか、今更ながら背中がじくじくとうずきだす。前を行くリフィに気合いで追いついて、彼女に状況確認を頼む。


「リフィ! 俺の背中今どうなってる!? 人様にお見せできない状態になってない!? 大丈夫!?」

「ぎゃー! 全身血まみれなのじゃ!」

「それ多分ゴブリンの返り血な!」


 結構余裕のありそうなリフィの声に、ひとまず安心しておく。どうやら傷は浅いようだ。すごいぞ《スーパーアーマー》。


 後ろからは、ゴブリンの親玉が追ってくる音がドスドスと響いている。流石にあの巨体ではスピードもでないらしく、追いつかれることはないだろう。しかし、ここで仕留めておかないと夜も安心して眠れない。野生動物は鼻が利くし、匂いとかでどこまでも追いかけられたら厄介すぎる。さっき散っていった普通のゴブリンとは格が違うのだ。なんかすげぇ怒ってるし。


 というわけで洞窟の外まで逃げだして、ゴブリンの死体が重なる血だまりから剣を拾う。そして血だまりを乗り越え、少し離れたところに少女を降ろす。



 ……さて、どうにかしないとな。



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