第十話 「アイテムストレージ」
それから、自分用の味噌汁も創って食べた。
お箸もスプーンもお玉もついていなかったという罠。鍋に直接口を付けて飲む羽目になった。容れ物がついてただけマシと思うか……。味は、けっこう美味しかったとだけ言っておこう。具材は大根とか人参とかワカメとか普通だったけど。レベル1でこれとか、レベルアップしたらどんな味になるのか。ちょっと興味深い。街に付いたら、本家のリフィが作った味噌汁も食べてみたいね。
食べ終わった後に残った鍋は、《アイテムストレージ》に放り込んでおく。押し入れ一つ分のスペースがあるらしいから、しばらくは鍋の不法投棄で森を汚さずに済みそうだ。
一日三食きちんと味噌汁を飲むとして、俺とリフィの分で一日六個も鍋の廃棄がでる。レベルを上げない限り、俺の《アイテムストレージ》はすぐに鍋で埋まることだろう。まあそんなになるまで森を彷徨うつもりもないけど、これは由々しき事態だ。
「一定時間経ったら消えてくれれば、楽なのにな」
「それじゃと、体に取り込んだ味噌汁も消えることになるのじゃぞ?」
「それは困るな……」
胃に入れたそばから消えるとか、何のために食事してるのか分からなくなっちゃう。
まあリフィいわく、この永続性こそが創造系スキルの魔力消費が馬鹿みたいに高くなっている原因らしいけど。もう鍋屋でも始めようかしら。この世界の鍋需要がそんなにあるかは知らんけど、無限に商品を供給できるという点ではいいかもしれない。
ちなみに鍋の材質は安っぽいアルミだと思う。味噌汁臭さは洗ってカバーだ! なんならリフィを使ってロリ臭さを演出して、そういうマニアの方に売るまである。俺の異世界生活は明るい未来でいっぱいです。
◇◆◇◆◇
味噌汁を食べ終わると、やることもないので寝ることに。暗いし、何もできないのだ。いや、男と女がいるのだからやることはあるのかもしれないけど、残念ながら俺はロリコンでは無い。ここ、ただの地面の上だしね。お外ばっちいからね。
しかし、いざ寝るとなるとちょっと勇気がいるな。ほどよく湿った腐葉土の地面を見ながら、眉をひそめる。ここに横になって寝るのか……。リフィも嫌そうな顔をしている。
寝ている間に魔物に襲われても、俺とリフィなら防御力ばっちりだ(と信じてる)けども、そういう意味じゃなくて、寝床が汚いと生理的嫌悪がね。カサカサ虫の動く音とか聞こえるし、寝てる間に耳に入ってきたらどうしよう、とか考えると背中がゾワッてする。一寸法師に退治された鬼みたいな展開はごめんだ。
「《クリエイト:味噌汁》なんてスキルがあるんだし、《クリエイト:ベッド》とか《クリエイト:布団》とかあれば良かったのに」
「そんな生活に密着したスキルばっかり発現して嬉しいのかの……?」
「今この瞬間だけは、嬉しいと断言できる」
「確かにそうじゃの」
はぁ、と二人そろってため息をつく。しかし、ここで寝ておかなければ明日歩くのに支障が出る。そうなれば、この森から抜けだすのにも時間がかかってしまうのだ。ここは多少我慢してでも、体を休めないといけない。
「そうだ、《アイテムストレージ》の中に入れないかな? 押し入れとかなんとか書いてあるし、ドラえもん的な感じで」
地面で寝るよりは清潔そうなイメージ。
「無理だと思うのじゃ。あれは無生物限定の収納空間じゃからのー」
「うーん、一応試すか」
《アイテムストレージ》、オープン。
スキル名を心の中で宣言すると、目の前の空間に直径五十センチくらいの黒い穴が発生した。厚みのまったくない、不思議なこの黒い穴こそ《アイテムストレージ》の入り口である。周りが暗いから超見えづらい。
ここに物を突っ込んだり、逆に中の物を取り出せる。鍋も、この黒い穴に一部分触れただけで、すっと吸い込まれていった。軽くホラーだね。
「……そういやこれ、物を取り出すにはどうするんだ」
鍋はフィーリングで突っ込んでみたけど、そういえばまだ取り出せるかどうか試してないじゃん。亜空間に呑みこまれて返ってきませんとか、この見た目だと十分あり得る。
「取り出したい物を念じるか、『アイテム一覧』と念じるのじゃ」
リフィがすらすらと答えてくれる。こういう知識は豊富だから、結構助かっている。本当はこの世界に来る前に全部説明を受けるはずだったのかもしれないけど。まあそれはそれとして。
――鍋、出てこいや!
目の前の穴から、にゅっと鍋が突き出てきた。並ぶように二つ。片手持ちの取っ手をこちらに向けているあたり、ポイント高い。よほどいい教育を受けたのだろう、細やかな気遣いが感じられる。
鍋はギリギリ穴に触れてるかどうかのところまでせり出して、重力を無視してぴたりと止まった。俺が取っ手を掴むと、何の抵抗もなく普通に取ることができた。ファンタジーだな。
「そのように、《アイテムストレージ》に入れた物品は念じるだけで取り出せるのじゃ。そして、中に入れた物を忘れてしまった場合には『アイテム一覧』なのじゃ。気が利くシステムじゃろう?」
リフィは偉そうに胸を張って説明するが、これはお前が作ったものなのかと問い詰めたい。多分違うんだろうけど。新人女神らしいしな。新人と言えば、お茶くみ程度が関の山だろう。そして上司の度重なる軽度のセクハラに耐えかねて退職、新しい勤め先も見つからず、始まるアルバイトの日々……。
「神をなんだと思っとるのじゃアキトは……」
鍋をまた穴に戻して、と。
――アイテム一覧!
するとどうだろう、みゅんっと目の前に出てくるガラス板っぽいウインドウ。ステータスウインドウと同じ種類のものだな。いくつかの行と列で区切ってあって、『アルミ製の鍋』『アルミ製の鍋』と表示が入っている欄が二つある。いかにも『タッチミー!』と主張しているので一方にタッチすると、鍋が一つだけさっきと同じように出てきた。なるほど、把握。
「で、肝心の俺自身が入れるかどうかだれど……」
穴に向かって、正拳突き!
パリン! 穴は粉々に砕け散った!
……おお?
「やっぱ無理っぽいの」
「なに今の。なんかガラスみたいに壊れちゃったけど。大丈夫なのか」
「無理やり生物を入れようとすると、そうなるのじゃ。アキトが死なん限り、穴の中に入ることはできんの」
死んだら入れるんかい……。
もう一度《アイテムストレージ》の入り口を召喚して、こんどは手のひらで徐々に力を加えてみる。押し返すような手ごたえを感じ始めたくらいで、パリンと割れてしまった。スマホの液晶ガラス並みのもろさである。
「お主の考えていることを当ててやろう」
「当てるもなにも、リフィは俺の考え読めるんじゃ……」
「『この穴、脆くなければ最強の盾になったのになぁ』……どうじゃ、心は読んどらんぞ」
「……正解」
「ちなみに無生物も、勢いを付けて無理やり押し込もうとするとパリンなのじゃ。出し入れの際は丁重に扱うのじゃ」
「まじっすか。矢避けくらいには使えると思ったのに……」
生物は弾いて、無生物は吸い込む最強の盾だぜひゃっほい! とか一瞬でも期待した俺が馬鹿だった……まあそうだよね、そんなうまい話があるはずないよね。あったらそれ普通にチートだもの。《頑丈》とか要らない。そんなに甘くないね、異世界。




