23 「大一番の前に」
グルスタ戦に勝利し、浦和領家は三試合を残し勝ち点を18へ伸ばす。この時点で勝ち点17の行町十鳥を抜き五位になった。勝ち点37の浦和レッジ、勝ち点31のグルスタにはもう届かないが、三位浦和大林の勝ち点24、四位三門の勝ち点21には十分届く位置にきた。
翌週、グルスタ戦勝利の勢いそのままに、浦和領家は行町十鳥を4-0で下し、勝ち点を21とする。この日、三位浦和大林が三門に勝利し、勝ち点を27に伸ばし、四位三門は浦和大林には負けたものの下関に勝利し、一勝一敗で勝ち点を24とした。
最終日、浦和大林はグルスタと斉川戦を、三門は浦和領家戦を、そして浦和領家は三門と浦和レッジ戦を残すのみとなった。
浦和大林は二試合のうちどちらかに勝てば三位、二敗しても得失点差で問題なく四位以内が決まる。
三門は浦和領家に勝てばその時点で四位以内が決まる。浦和領家に引き分け、負けた場合は浦和領家対浦和レッジ戦の結果次第となる。
浦和領家は三門に勝つと勝ち点で三門に並ぶが、得失点差で三門に及ばない為、四位になれない。浦和レッジに勝つか引き分けるかして、勝ち点を1以上奪わないと四位にはなれず、全少プレーオフには進めない。
「というわけで、明日の最終節は気合を入れて、二連勝を目指すわよ! いいわね、みんな!」
「おお!」
立花の掛け声に応えたのは大井兄妹、和博と紅葉のみであった。他の皆は無言で立花を見返す。もちろん、立花はそんな視線に屈しない。キッと大井兄妹以外の領家男子連中を睨みつける。
「何よ? 何かいいたいことあるんだったら言いなさいよ!」
「……いや、正直厳しいなと思ってな。あの浦和レッジに引き分け以上とか無理ゲーだよなぁ」
「まぁなぁ、あいつら本当に強いかんな。前半戦の戦いで散々やられたなぁ。あれは得点以上に実力差を感じさせられたぜ、俺は」
「あの浦和レッジに勝つのは難しいっす。引き分けるのだって大仕事っすよ」
八滝、大山、吉田がそれぞれの意見を言う。それに他の男子が頷く。
(うん、浦和レッジ強かった! そんな浦和レッジとまた試合が出来るんだ。嬉しい!)
ニコニコする紅葉を横目で見た後、男子の不甲斐ないしょぼくれた顔を見て、立花は、はぁ~、と大きくため息を吐きだしながらショートの髪を左右に振り、両手のひらを上に上げて、やれやれというジェスチャーを大げさにする。それから心底失望したといった感じで話しかける。
「あんたたちって何でそんなに女々しいのかしらね! 女々しいっていうか、みみっちい? それでも玉付いてんの? よっしゃ! やってやろう! って気持ちにどうしてなんないの! 紅葉ちゃんなんてこんなに笑顔よ! 楽しみよね、紅葉ちゃん?」
「うん! 今度こそリベンジだよね!」
「ねー」
立花と紅葉が笑いあう姿を見ながら八滝たちがため息交じりに反論をする。
「はい、セクハラ発言頂きました!」
「いや、むしろどうしてそんなに楽観出来るのかが分からんわ。あのJ下部の浦和レッジだぜ? 半年前だって俺たちズタボロにやられたんだぞ? それに引き分け以上って絶望的じゃねーか」
「はぁ、もういいわ、じゃあ、無理です勝てませんって気持ちで試合してなさいよ!」
男子連中の発言に立花が切れ、気まずい沈黙が流れる。
領家の面々は放課後、大体毎日校庭でサッカーボールを蹴っている。紅葉もピアノと水泳教室がない時はそれに参加している。
今日は明日の試合前ということで全員が集まり、作戦会議をしようという話になったのだが、前提条件の確認だけでチーム内が険悪になってしまった。紅葉としては早くボールを蹴りたくてうずうずしているのだが、このままでは良くないと思い、皆に話しかける。
「レッジ強かったよね。私も何もさせてもらえずに負けちゃった。実力差をいっぱい感じたよ。でも、私たちはこの半年間ですっごく成長したよ! だから、今度は半年前のようにはならない。いい勝負が出来るよ、絶対!」
「紅葉ちゃん! そうよね!」
立花が紅葉の言葉に大きく頷く。けれど、八滝が紅葉の言葉に反論してくる。
「はん、俺らが成長してても、浦和レッジはもっと成長してんじゃねーの? あいつら夏に海外遠征したって聞いたぜ。それにこの前の大会で全国ベスト八だってよ。実力差がさらに開いてるって」
「そうなんだ。う~ん、でも、浦和レッジがどんなに成長してても、私たちの方がチームとしては強くなってるよ! 私たちは九人しかいないから、常にみんなが試合に出るし、みんなで一緒にずっと練習してきた。普通は試合に出る為のチーム内競争がないと甘えが出て成長が遅くなっちゃうんだけど、このチームは全員一生懸命、他のみんなの足りないところを補おうってしてたよね」
紅葉は一人一人を見つめながら、笑顔で言う。
「私が守備に貢献出来ないから、雪お姉ちゃんや吉田が中盤でプレスをしっかりしてくれるようになった。サイドバックの鈴木と都築は守備だけじゃなく、得点を取る為にどんどん前に出て、私たちフォワードを助けてくれるようになったし、その穴を埋める為にキーパーの佐野が高い位置まで上がって、ディフェンスの大山と連携するようになった。和君はどんなポジションでも堅実にプレーしてくれる。それが、今、当たり前みたいに出来てるんだよ?」
あれ、俺は? という八滝の発言を華麗にスルーし紅葉が締め括る。
「ずっと九人でやってきたから、仲間がどうしたいのか、分かるようになったんだよ! それって本当にすごいことなんだよ! レッジに個人の成長で勝てなくても、チームとしての成長だったらうちは絶対勝ってる! 個人で負けてもチームなら勝てる! だから、みんな! 自信を持って戦おう!」
立花が感動したとばかりに涙ぐみつつ、気合の入った声で皆に声を掛ける。
「……うん! 紅葉ちゃん! そうよ! あんたたち、やってやろうじゃない!」
大山と佐野が大きく頷きながらそれに答える。
「おお! やってやるぞ! 紅葉、明日のディフェンスは俺に任せろ! なぁ佐野!」
「はい! 紅葉ちゃん、ゴールマウスは僕に任せてね!」
都築と鈴木は嬉し気に笑いながら声を発する。
「攻撃参加は任せてくれ!」
「だね! 馬車馬のごとく走ってやるぜ!」
照れて顔を少し赤くしながら吉田が、和博は笑顔で、それぞれいい目をしながら答える。
「まぁ、俺はお前の為に守備頑張ってんじゃねーけど、明日はいいパス出してやるかんな、ちび」
「俺も頑張るよ、紅葉!」
うん、じゃあ早速練習しよう! おお! じゃあ4対5で実践形式ね! と皆がやる気十分で校庭に散らばっていく。
「……お、俺は?」
八滝だけがその場に残された。
坂下玲音は浦和レッジジュニアのサイドバックだ。小学六年生になってからはAチームのレギュラーとしてほとんどの試合に先発している。けれど、今日の第一試合、斉川戦は玲音ではなく木村が先発していた。
そして玲音以外の控えが続々と交代で試合に出場していく中、結局最後まで玲音に出番は訪れなかった。
「お〜、ビビり君は監督の逆鱗に触れて、戦力外通告ってか。ざまーねーな」
試合後、ピッチ脇でクールダウンをする玲音にそう声を掛けて来たのは、フォワードの向山であった。玲音は向山の嫌味を無視して、黙々と柔軟体操を続ける。
(ふぅー、俺はビビりなのかな。本当のこと言ったつもりだったんだけど)
先日の練習で玲音は監督の国木に進言した。
――大井紅葉対策をしたい、と
監督はそれに頷いてくれ、仮想紅葉に向山を指名し、玲音と安住が向山のドリブルを止める練習をした。向山の突破力はU−12代表でも高く評価されるほどだ。玲音と安住の二人で挟んでも、向山からなかなかボールを奪えない。
けれど、確実に押さえ込み、シュートもドリブル突破もさせない守備が安住との連携で出来るようになった。監督にこれで紅葉を抑えられるかと聞かれた玲音は、分かりません、と答えた。すると監督は、
「相手をリスペクトすることとビビることは違うぞ。自信がないか?」
と、聞いてきた。玲音は正直に、はい、と答えた。監督はそうか、とのみ答えただけであったが、今日、玲音は試合に出ることが出来なかった。監督を怒らせてしまったのだろう。
「よし、お前ら。次の対戦相手の試合観戦するぞ。しっかり、相手の動きを確認しろよー」
監督の掛け声に従って玲音たちはピッチ脇に移動し、午後から対戦する浦和領家戦を観戦する。浦和領家対三門は全少プレーオフ権を獲得出来る四位を争う直接対決であり、どちらも負けられないと思っているだろう。
(頑張れ、紅葉ちゃん)
玲音は内心で浦和領家のフォワード、小学一年生の少女を応援する。一目惚れというものなのだろうか。一度しか話していない少女のことが玲音は気になって仕方なかった。
あの試合後の、色素の薄いヘーゼルの瞳を涙に濡らし、白い頬を紅潮させ、天使のような幼い美貌に笑顔を浮かべていた少女の顔が脳裏から離れなくなってしまった。あの時のことを思い出す度に胸がドキドキして苦しくなる。
「お嬢ちゃん頑張れ~!」
「いけ~」
玲音が紅葉の顔を思い出している間に、ボールが紅葉に渡っていた。会場中から紅葉に声援が送られている。向山が、取られちまえ! と大声を出して周りから白い眼で見られる。あいつを黙らせろという指令が監督から飛ぶ。玲音は、紅葉と対峙するディフェンダー二人の動きに集中する。
右サイドのバイタルエリアでゴールを向いた紅葉に対して、ディフェンダー二人が並んで紅葉の進路を完璧に塞いでいる。普通に考えれば後ろからフォローに向かってくるサイドバックの味方三番に戻す一択だ。
(だめだぞ、パスカットなんて狙うなよ)
玲音はそう心の中で三門ディフェンダーに声を掛ける。
パス! という浦和領家三番の声が掛かり、紅葉がボールを右足で三番に蹴る。次の瞬間、三番へのパスカットを狙って伸ばされた三門ディフェンダーの右足にボールが当たる。ボールは二人のディフェンダーの間を抜けて三門ゴール側へと斜めに抜けて転がる。
紅葉はそのボールの行き先が分かっていたといわんばかりに、パスを出した動作の流れのままディフェンダー二人の右、ゴール側を大きく膨らんで駆け抜けていた。当然だとばかりにボールが紅葉の足元に収まる。
大歓声と拍手に包まれる中を紅葉がゴールへドリブルしていく。そして後ろの二人に追いつかれる寸前、目の前のキーパーとディフェンダーを十分引き付けてから、ポンと軽くパスを出す。それを領家フォワード10番が冷静に流し込んで得点する。
騒然とする会場と、沈黙が流れる玲音たち浦和レッジ選手の中で、安住が玲音に声を掛けてくる。
「あれ、足狙って蹴ってたよな?」
玲音は頷き、驚愕している自身の心を落ち着かせてから今観たプレーを分析する。
「ああ、出した足を狙って、その足に当てて斜め前に転がしたな。三門のディフェンダー、一人は足を出しちまったから完璧に動けなくなってたし、もう一人は足を出した奴のカバーで中央突破を警戒して二人の間をケアしようとしてたんだろうな。右側だけが唯一抜ける場所だったってわけだ」
「……ありえねー」
「でも、俺たちだってやられただろ」
「ああ、やられた。つっても、前よりも破壊力ましてねーか?」
呆然とする安住と玲音は無邪気に得点を喜びあう浦和領家の選手たちと、それを拍手で祝う観客たちを見つめる。
(こんなかに今のプレーがどんだけぶっ飛んでんのか気付いてるのは何人いるんだろうな。みんな偶然で抜けたって思ってんだろうな……つっても、実際に対戦してなきゃ、俺だって偶然だって思ってるか)
玲音は苦笑しながら、拍手を送る。そして半年前のことを思い出して、笑ってしまう。以前の対戦で玲音は紅葉を抑えられなかった。守備はポジショニング、そして連携が肝心だ。相手フォワードが一人なら二人で、二人なら三人で守る。
その時、どうカバーリングに入るか、どう絞るかはディフェンダーが状況に合わせて瞬時に判断しなければならない。相手フォワードとの駆け引きであり、決して決まり事だけで対処出来るものではない。
しかし、ポジショニングも連携も一対一での勝負が出来なければ話にならない。一対一ですいすい抜かれるようでは、あっという間に守備陣は崩壊してしまう。カバーリングも間に合わなくなる。
そして、前回、玲音は紅葉をまったく止められなかった。相手は玲音の肩にも届かないほど小さな女の子であったのに。
紅葉の小さな足からボールはまったく離れないのだ。奪える隙がなかった。そして、気が付けば間合いに入られ、ボールが玲音の横を抜けていく。そして紅葉が脇を抜けていく。
身体は動かず、ただ紅葉の後ろ姿を見送ることしか出来ない。その後、慌てて紅葉を追うことになる。そんな不可思議な体験を何度もした。
重心が逆にズレたところを抜かれている。だから、一瞬身体が硬直してしまったのだ。後から紅葉との対戦を思い出す度に、玲音は戦慄せずにはいられなかった。あの天使のような綺麗な少女は、玲音の動作や重心、もしかしたら呼吸や瞬きの瞬間すら確認し、抜きにきているのかもしれない。
(それをどうやって止めるって? 止められる気がまったくしねー。ビビってるって? 当たり前だろ! ビビらない方がオカシイ!)
結論は前回と同じ、抜かれるのを前提に守ることだけだ。幸い、紅葉は小さく足が遅い。抜かれても、もう一人がディレイしている間に追いつける。そうして何度も抜かれるのを前提に守備を繰り返すのだ。それで、前回は上手くいった。
(けど、今度はそれだとマズいかもしれねー)
前回の対戦では浦和領家はハッキリ言って弱かった。浦和レッジの攻撃に対応できず、守りに忙殺され紅葉しか前線にいなかった。だから、抜かれはしたが紅葉に決定的な場面をほとんど作らせないで済んだ。
しかし、今の浦和領家はかなり強い。紅葉が下がり、代わりの選手が入ってきた状態でも一方的に三門を責め立てている。
(フォローがある状態の紅葉を抑える、か。ははは、厳しいだろうなぁ)
全国大会でフィジカルの強い選手と何度も戦って勝ってきた。海外遠征では到底小学生とは思えない連中とだって対等に戦ってきた。それでも、大井紅葉という少女以上の変態的なドリブラーはいなかった。
(好きなのか、嫌いなのか、怖いのか、止められるのか、もう分けわかんねー)
試合は浦和領家が3-0で勝利して終わった。監督が考え込む玲音に尋ねてくる。
「どうだ。14番は止められそうか?」
へらへらしている癖に相変わらず答えづらい質問をしてくる監督だ、と玲音はちょっと悪態をつきたくなる。それから、唾を飲み込み、震えそうになるのを堪え、宣言する。
(無理だ。安住と二人でも抑えきれるかってレベルだ。それをすると他が甘くなって負けるか? いや、大井紅葉は領家のキーマンなんだ。とにかく紅葉を抑えないと勝ちはない)
「……俺には無理です。14番は止められません。でも、試合には勝ちます! 安住と二人でマークさせてください!」
「ほお……おい、木村! お前は14番止められるか?」
監督に問いかけられた木村は、はい! 止められます! と大きな声で答える。監督が木村の答えにニヤリと笑ってから、
「よし、浦和領家戦は坂下と安住に14番を任せる。3-3-1の左二枚でしっかり14番に対応しろ。お前ら、前回の対戦は忘れろ! 相手は強いぞ! 14番に二人つけると他がかなり苦しくなる。中盤は攻守で負担が増えるが、走り負けるなよ!」
「はい!」
監督の激が飛び、それに皆が力強く返答していく。
「千里! 前回のこと忘れてないな! トリックプレーでやられるなよ!」
「はい!」
「点の取り合い勝負してやれ! 向山、お前が一番のフォワードだって証明しろよ!」
「当然っす!」
「よし! ここで勝たないと向こうは全少予選に出てくる。はっきり言って大宮より厄介なライバルになるぞ。全力で叩きのめせ! 気合入れてけ!」
「はい!」
「お前たちは浦和レッジジュニアだ! 胸のエンブレムと仲間に誇りを持て! どんなことがあっても気持ちで負けんじゃねーぞ!」
「はい!」
「よし、しっかり飯食って、試合に備えろよ、んじゃ解散」
「はい!」
手をひらひらと振ってその場を後にする監督を玲音は追い、声を掛ける。
「監督!」
「ん? ああ、坂下か。どうした?」
「……その、どうして俺を先発で使ってくれるんですか? 今の俺には自信なんてありません」
「だろうな。あのプレーを見た後で、俺なら止められるっていう自信満々なディフェンダーなんていないぞ。まぁ、木村はあんなチビ、チャージで潰してやるって顔に書いてあったがな。お前は正解を口にしたじゃないか。お前個人が負けてもチームが勝てばいいんだ。それなら、自信があるんだろう?」
「は、はい!」
(そうだ、俺の仲間はすげー奴らばかりなんだ。試合に出るのには皆強力なライバルだし、向山みたいなイヤな奴もいるけど、それでも頼りになる連中ばっかなんだ! 俺は俺の仕事をして、後は任せればいいんだ)
「んまぁ、正直に言えば、さっきまで今のお前ならお嬢ちゃんを止められると思ってたんだよ。お前はゴールデンエイジ、今が一番伸び盛りだ。お前はこの半年で体格もスピードも技術も戦術眼だって物凄い伸びたよ。そのお前がお嬢ちゃんに負けるわけがないって思ってた。お嬢ちゃんはプレゴールデンエイジだからな。前回の負けでお前は相手をリスペクトし過ぎてるだけだと思ってたわけだ。それが、どうだ」
――ありゃあ、化けもんだな
そう言って、監督は苦笑する。玲音は、化け物は言い過ぎじゃないかと思いつつ、監督の気持ちに同意してしまい、困った笑いを浮かべる。
「あのお嬢ちゃん、身体の使い方が恐ろしく上手くなってやがる。フィジカル不足を補う為だろうな。それに判断力と視野が格段によくなった。チームメイトの成長もあるんだろうが、仲間を使うプレーもダンチだ。上の世代で揉まれてどんどん成長してんだろうが、それにしたってありゃないわ。お前が正しかったよ」
お前の判断を疑った、悪かったな、と謝られ、玲音は、そんなことありません、と首を横に振る。
「お前の自信を取り戻そうと、一試合目でお前を使わずに万全の状態でお嬢ちゃんに当てる予定だったが、ある意味よかったぜ。全力でお嬢ちゃんを止めろ! 期待してるぞ!」
「はい! 全力でやります!」
(俺の出来る限りのプレーをする。何度抜かれたって追いついて守ってやる)
玲音はそう決意して、仲間たちの所へ戻ろうと歩き出す。そこで丁度、紅葉とばったり出くわす。固まる玲音に気付いたのだろう紅葉が手を振り振り近づいてくる。
「あっ! 玲音! 今日は負けないからね!」
「お、おう! えと、そ、その、頑張れ!」
「うん、頑張る!」
至近距離から笑顔の紅葉に見つめられ、玲音はテンパって紅葉を応援してしまう。
(何言ってんだ俺。負けねーからな、だろ! あぁ、でも、笑ってくれたからいいのか……ってよくねーだろ)
「あ~、その……今日は俺たちが勝つからな!」
「え~、そんなのやってみないと分かんないよ! 私たちだって絶対勝ちたいんだからね!」
「そうだな、でも勝っても負けても恨みっこなしだからな!」
「もちろん!」
良かった、領家を負かしたせいで、玲音なんか嫌いと言われずに済む、と玲音は妙な安堵を覚える。
(それにしてもやっぱり可愛い)
玲音が紅葉に見惚れている間に、紅葉は女の子に呼ばれて、じゃあね玲音! と言って去ってしまう。おう、試合で! と笑顔で答えた玲音は紅葉と話せ、デレデレ笑顔で幸せを満喫していた。そして、気が付く。
「そうだ、紅葉に抜かれたら、玲音って弱くてカッコ悪いって思われちまうだろう……紅葉にいいところ見せる為にも絶対に負けらんねーじゃねーか!」
(最高のプレーして、やっぱり玲音って強くて素敵! って思わせてやる!)
――うぉおおおっ! やってやるぞ!!
玲音は紅葉のおかげで、最高のモチベーションとコンディションで浦和領家、紅葉との戦いを向かえることになる。