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番外編01 「紅葉と楓のメリークリスマス!」

 

 クリスマス一週間前のある夜。子供部屋のダブルベッドの上に、紅葉は楓と一つの毛布に包まり、並んで寝転がっていた。室内はエアコンの静かな風の音と、二人のひそひそ話の声だけが穏やかに流れる。時刻は二十時、紅葉はウトウトしつつ、楓のお話を聞いていた。そんな紅葉の目が楓の提案で大きく見開かれる。


 ――サンタを捕まえるの手伝って!


「……サンタさんを捕まえる?」

「うん、そう!」


 楓の決意に満ちた宣言に、紅葉は思案する。ああ、なるほどこう来たか、とこれまでのことを思い出しながら、確認の為に問う。


「どうして、サンタさんを捕まえるのかな?」

「だって、サンタさんワガママなんだもん! 捕まえて直接お願いするの!」


(やっぱりかぁ。う~ん、どうしよう)


 楓がサンタに対して怒っているのには理由がある。楓は最近ひらがなを書けるようになった。その為、今年からサンタに欲しい物を、自筆の手紙で送ることになったのだ。もちろん、サンタはお父さんなので、お父さん宛の手紙である。とはいえ、サンタの実在を疑っていない楓にとってそんなことは関係ない。


 楓は一日かけて一生懸命に手紙を完成させた。その手紙をお母さんに渡す様は実に晴れやかであった。翌日、楓の手紙は、誤字を赤で修正され、真っ赤になって返ってきた。そこには一言、


「プレゼントは一つだけだよ!」


 というサンタのコメントが添えられていた。楓はこの返事を見て、怒った。手紙をビリビリに破り捨ててから、こんなのおかしい! と絶叫し、しばらくクッションをあちこちに放り投げて怒りを爆発させた。


 紅葉が散らかった部屋を片付けている横で、気持ちを切り替えた楓が再び手紙を書き始める。今度の手紙はあっという間に完成した。


「なんで一つしかダメなの?」


 新しい手紙にはその質問だけがでかでかと書かれていた。


 翌日再びサンタから手紙が返ってきた。今回も誤字が赤で直されているのに顔を歪めた後、ひらがなだけで書かれたサンタからの返答をつっかえながら読む。


「平等に世界中の子供たち全員にプレゼントを渡す為だよ! ごめんね!」


 びょうどうってどういう意味? とふくれっ面で楓に聞かれた紅葉は、これ以上刺激しないよう微笑みながら、皆が仲良く喧嘩しないようにすること、と答えた。もちろん、楓は怒った。そんなの知らないもん! というのが楓の主張であった。


 べそをかいてもう手紙を書こうとしない楓に紅葉が、このままだと一つもプレゼント貰えなくなっちゃうよ、と言わなければ楓は不貞腐れて寝たままであっただろう。紅葉に促され、楓はしぶしぶ、ぬいぐるみ、と手紙に書いてお母さんに渡した。


 紅葉は楓が可哀想になり、自身のプレゼントを楓が欲しがっていた塗り絵に変更しようと、楓と一緒にお母さんに新しい手紙を渡した。


 翌日、サンタから再び返事が来た。楓の手紙には「ぬいぐるみ」の「ぐ」の字が反対向きだという訂正と


「わかった! 楽しみにしていてね!」


 という返事があり、紅葉の手紙には、


「自分が欲しいものじゃないとダメだよ!」


 と書かれていた。こうして、楓にはアンパンマンのぬいぐるみ、紅葉にはボールがサンタクロースから贈られることが決まった。楓はかなり不機嫌であったが。


 一緒にクリスマスツリーの飾り付けをしたり、おやつのクッキーを渡したりと楓の機嫌を復活させようと紅葉は頑張った。その甲斐あってか、夕食の時には楓に笑顔が戻っていた。よかったと紅葉は安堵していたのだが、どうやら楓の機嫌が戻った理由は、別にあったらしい。


(サンタさんを捕まえるって決めたから機嫌直ったのかぁ。でも、どうしよう、困ったなぁ)


 楓にお姉ちゃんならサンタ捕まえられるよね、と聞かれ、もちろんだよ! と答えた後、紅葉は内心で頭を抱える。


(お父さんを捕まえる訳にはいかない。捕まえたらサンタがいないってバレちゃうし……困ったなぁ)


 苦悩する紅葉の横で楓は紅葉に抱き付き、気持ちよさそうに眠っていた。




「いよいよだね! お姉ちゃん!」


 ベッドの上でパジャマ姿の楓が興奮しながら、そう紅葉に話しかけてくる。その手には虫取り網がしっかりと握られていた。


 クリスマスイブ、お昼に幼稚園の友達とクリスマス会をし、プレゼント交換やケーキを食べ、夜は家族で大きな苺のショートケーキを食べた楓は実に機嫌が良かった。その機嫌はこれから訪れるサンタ捕獲へ向けて高まるばかりのようだ。実に鼻息が荒い。


「カエちゃん、落ち着いて。じゃあ、打ち合わせ通りに寝たフリしようね」

「わかった!」

「じゃあ、私はジョン呼んでくるから」

「うん!」


 紅葉はふわぁっと欠伸をしながら、子供部屋からリビングへと向かう。ソファでスマートグラスを掛けてテレビを見ていたお父さんが紅葉に声を掛けてくる。


「あれ、紅葉、寝たんじゃなかったのかい?」

「うん、これから寝るよ~。今日はジョンと一緒に寝るから、迎えに来たの」

「ああ、例のサンタさんを捕まえる為か。もうあんまり危険なことしちゃダメだよ」


 お父さんが笑いながら、そう紅葉に注意してくるのを、分かったと紅葉は大きく頷づき、肯定する。危険なこととは、楓がサンタ捕獲大作戦と銘打って、子供部屋にスズランテープを張り巡らせたことだ。


 サンタがこれに引っかかってる隙に捕まえるの、と言っていた楓自身がテープに足を取られ転倒してしまったのだ。結局、楓が大泣きしたことで、お母さんに部屋の惨状を見られ、撤去されることとなった。


 お父さんにお休みと挨拶し、紅葉は嬉しそうに尻尾を振るジョンと共に子供部屋に戻る。


「おかえり、お姉ちゃん! ジョンはしっかりするんだからね!」

「ただいま……ジョン頑張ってね」


 スズランテープの代わりに楓が思いついたのがジョンの起用である。ジョンを子供部屋に設置し、サンタが来たら吠えて襲い掛かるよう命令したのだ。ジョンはつぶらな瞳で楓を見返し、ワンっとだけ返事をしていた。


 紅葉はジョンの身体全体をわしゃわしゃと撫でる。ジョンは嬉しそうに紅葉のなすがままとなっている。


(うっ、助けてやれなくてゴメンね、ジョン)


 普段あまり入れてもらえない子供部屋に入れたジョンは凄く嬉しいらしく、尻尾を振りっぱなしであった。そんなジョンを見ると、紅葉は罪悪感に囚われ、助けてやれない自身の不甲斐なさに涙してしまう。


 楓が眠った後、プレゼントを持って来るのは外敵ではなくお父さんだ。当然ジョンはお父さんに対して吠えることはないので、楓が起きることもない。一晩ぐっすり眠って起きた楓が見ることになるのは、枕元に置かれたプレゼントとカーペットの上で丸まって眠るジョンの姿であろう。そうなったら、どうなるか。


(毛がむしりつくされる前に絶対に止めてみせるからね!)


 紅葉はジョンの命だけは守ってみせると心に誓うのであった。




 室内の電気を消し、寝るフリをする。しかし、テンションマックスの楓はどうにも落ち着かない。サンタが来たら、まず一発殴るんだ、と言い、それから子供の要求にもっと真摯に耳を傾ける為の企業努力の必要性を教えてやる、と最近あった事件で知った言葉を口にする。


 紅葉はうんそうだね、と睡魔と格闘しながら楓に返事を返していた。けれど、いつの間にか楓がおとなしくなる。紅葉が隣を見ると、常夜灯の仄かな明かりに照らされた楓の横顔は、既に気持ち良さそうに眠っていた。


「お休みカエちゃん、ジョン」


 そう、声を掛け紅葉も夢の世界に旅立った。



 頬に温かな感触を感じ、紅葉は目を覚ます。視界にジョンの顔がアップに映る。頬が濡れている。どうやら、ジョンに頬を舐められて起きたのだろうと寝ぼけた頭で推測しつつ、紅葉はジョンの鼻の上を撫でてやる。ジョンが気持ち良さそうに、目を細める。


「うぅん、ジョンどうしたの?」


 紅葉は起き上がり、ベッド棚に置かれた目覚まし時計を手に持って、時間を確認する。時刻は二十二時、まだ寝てからそんなに経っていない。そこで、紅葉は窓際に全身もこもこ服を着た髭が立派なおじいちゃんが佇んでいることに気が付く。


「きゃっ!」


 びっくりして悲鳴を上げた後、漸くその姿がサンタクロースであることに思い至る。お腹のせり出した恰幅のよいおじいちゃんはこちらを見て、髭を揺らしながらニコリと笑みを浮かべる。


「どうかしたのかい、お嬢ちゃん」

「えっ? 嘘? えっ?」


 目を白黒させて驚く紅葉にしゃがれ声でサンタが声を掛けてくる。その声は明らかにお父さんではなかった。サンタは笑って紅葉を見ている。


「か、カエちゃん! 起きて! サンタさんだよ!」


 紅葉はサンタに視線が釘付けになりながらも、隣にいる楓を思いっきり揺すって起こす。楓はもぞもぞと動いた後、ガバッと半身を持ち上げる。続いてサンタを確認し、悲鳴を上げて驚愕する。固まる二人にサンタが一頻り笑った後、声を掛けてくる。


「ふぉおっ、ふぉおっ、ふぉおっ。プレゼントのぬいぐるみとボールは確かに渡したぞ。じゃが、そちらのお嬢ちゃんはそれだけでは満足しないようなのでな。一つ儂と約束してくれるなら、特別にプレゼントを追加してあげようと思って二人を起こしたのじゃ」


 紅葉の背中に隠れた楓がその言葉を聞き、約束って何? と恐る恐る問いかける。怖さよりも物欲が勝ったのだろう。けれど、ぐいぐい紅葉の背中を押してくるのは酷いんじゃないかなと紅葉はサンタを見ながらちょっとだけ思った。


「なぁに、簡単なことじゃ。約束というのは、これからも二人が喧嘩をしないでずっと仲良しでいる。それだけじゃ」

「そんなの当然だもん! ねぇ? お姉ちゃん!」

「うん、カエちゃんと私はずっと仲良しだよ!」

「そうか、そうか、じゃあ、特別プレゼントを贈呈しよう。おっと、もうこんな時間か、それでは他の子供たちにもプレゼントを配りにいかないとならんのでな、失礼させてもらうぞ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」


 サンタはそう笑いながら、空中に浮いたそりに飛び乗り去っていく。もちろんそのそりを牽くのは角が立派なトナカイであった。楓がベッドの脇に置かれたプレゼントを見つけはしゃいでいる中、サンタとトナカイはシャンシャンシャンという鈴の音と共にすぅっと消えていった。


(……サンタって本当にいたの?)


 呆然とする紅葉、そこでパチリという音と共に室内が明るくなる。薄明りになれた目が眩しさで一瞬何も見えなくなる。


「二人とも、どうしたんだい? こんな時間に?」

「あっ! お父さん! 見て! サンタさんがプレゼントくれたんだよ!」

「そうか、良かったね!」


 そう言いながら、近づいてきたお父さんが楓と紅葉の頭を撫でてくれる。その瞬間、何か違和感があった気がしたが、楓の叫び声に気を取られ、違和感を感じなくなる。


「うわぁ、ぬいぐるみだ! もう一個は何だろう!」


 サンタがいたことに呆然とする紅葉を他所に楓が包みをビリビリ破いてプレゼントを取り出していく。


「すっごい奇麗! ねぇ、お姉ちゃん見て! お星さまみたいなペンダントだよ!」

「うん、本当だね、奇麗」


 サンタショックからまだ立ち直れずにいる紅葉に楓が二組のペンダントを見せてくる。シルバーチェーンに繋がれた美しい赤色の飾りはガラス細工であろうか。七つの切れ込みが入った葉っぱの形をしている。


「これは紅葉(もみじ)だね。真っ赤なのは紅葉(こうよう)しているからだよ」

「うわぁ! お姉ちゃんの葉っぱだ!」

「そうだね、でもこれは(かえで)でもあるんだよ。紅葉(もみじ)も楓もカエデ科カエデ属の植物で一緒の物なんだ」

「えっ!? じゃあ、私とお姉ちゃんって同じ名前なの?」

「うん、二人の名前は一緒の意味だね。はは、嬉しそうだね、楓」

「うん!! 私このペンダント大事にする!」


 楓の溢れんばかりの笑顔を見ていたら、紅葉は嬉しくて泣いてしまった。そんな紅葉の涙をお父さんが優しく拭いてくれる。


(私の名前とカエちゃんの名前って同じ意味だったんだ。それにカエちゃん、すっごく喜んでくれてる。嬉しいなぁ)


 紅葉が楓に、楓が紅葉に、それぞれペンダントを付けてあげ、似合っているよと褒め合う。サンタさんって本当にいたんだね! と紅葉が言い、結構いい奴だったねと楓が笑う。


「さあ、もう遅いから寝なさい」

「「はーい!」」


 お父さんに促され、紅葉はペンダントを付けたままベッドに入る。左側には楓が、右側にはジョンがそれぞれ横になる。掛け替えのない一匹と一人の温もりを感じながら、紅葉は微笑みを浮かべて眠るのであった。




 その後、半年間紅葉はサンタの実在を信じることになる。半年後、リビングに設置されたテレビの付属品であるスマートグラスにAR機能があることを知り、お父さんに寝ている間にスマートグラスを掛けられ、だまされたと気付いた時は、顔を真っ赤にして恥ずかしがったのであった。


 そして、二人が中学一年生になり、サンタがいないと知ったことを確認した両親に、この日の録画映像を見せられ、紅葉は再び顔を真っ赤にすることになる。


 顔を紅葉(こうよう)した紅葉のように紅く染めながらも、当時を思い出し、紅葉は嬉しそうに笑うのであった。




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