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豊臣家による豊国時代  作者: 牧場のオヤジ
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秀頼誕生



「オギァァァァ、オギァァァァ、オギァァァァ」



『産まれたぞ~』



『産まれたのはどっちだ』



『殿~。おめでとうございます。お世継ぎが産まれました』



『おぉぉ、そうか。ねね、ようやった。ようやったぞ』



『は、はい。ありがとうございます』



『お主の名は拾丸じゃ』



ここに、豊臣秀頼は生を受けた。時に西暦1582年の時である。


この時、羽柴秀吉は亡き魔王、織田信長の後を継ぎ天下統一へとひた走るのである。



そして10年後の1592年



西日本を制圧し、島津、長宗我部、毛利、上杉、徳川、を臣従させた関白、豊臣秀吉は総仕上げのため関東の北条氏を攻める。この時、秀頼は10歳である。その秀頼は豊臣軍精鋭5万を率いて奥州へと向かうのである。この時までに秀頼は毛利、長宗我部、島津との戦いを観戦していて子供とは思えない発想力から家臣達を驚かせて『豊臣の跡取りは神童なり』と全国に広まった。その神童秀頼は、10歳の歳でありながら 一軍の大将として進軍するのであるある。



「刑部。奥州の独眼竜はなんと」



『はっ。秀頼様。伊達政宗は徹底抗戦の構えの模様。兵力3万率いて、白河に陣取り何時でも受けてたつと』



「後どのくらいで我々は白河につく?」



『まもなく、白河の関に差し掛かる所かと』



「着き次第陣を形成。その後独眼竜に向け使者を送れ。その時、この書状を渡すのじゃ」



『畏まりました』



5万の豊臣軍はまもなく奥州の大地を踏む。



その頃、白河の小峰の地で陣を敷いている伊達軍は。



『政宗様』


『小十朗か』


『物見からの報告です。豊臣軍が白河の関を越えた模様』



『もうすぐか』


『また、豊臣軍の大将ですが。どうやら豊臣秀頼とのこと』


『関白の跡取りか。楽しませてもらおう』


『殿~。まもなく豊臣軍が現れます』



伊達軍の前に豊臣軍の大軍が現れるのであった。



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