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「うぎゃあああああぁぁぁぁ! な、なにっ! や、やめっ、ぎゃああああ!」
奴婢となった水明が亜狗亜の両手を掴んで、無理やりベットへと押し倒す。
何が起きたのか判らないまま亜狗亜が叫び声を上げる。
「ちょっ!、や、やめてっ! 離れろおおおぉぉぉ!」
圧し掛かる水明を突き飛ばそうと亜狗亜がじたばたとベット上で暴れる。
しかし小柄な亜狗亜の力では水明を押しのけることなど出来ない。まして奴婢となった今の水明は、夜間時に能力を増大させる特性を持っているのだ。
「ひいいいぃぃぃ、や、やめっ、な、なんなのっ! どっ、どこ触ってるのよおおおぉぉ!」
亜狗亜をベットに押し倒した水明の右手が亜狗亜の貧相な身体をまさぐる。
「は、離れろ! 命令よ! 離れなさいぃぃぃっ!」
「……命令……、ご主人様の命令」
それまで無言だった水明が命令という言葉に反応を示す。
「うひょぉぉぉぉっ! 命令だって言ってるでしょ! なんなのよおおおおぉぉぉ!」
「命令……………………馬鹿な処女から魔力を奪う…………ご主人様から離れる……?」
虚ろな瞳の水明が亜狗亜に圧し掛かったまま、ぼそぼそと呟く。しかしその両手は依然として亜狗亜の身体をまさぐったままであった。
「は、離れろおおおぉぉぉっ! ど、どこさわっ、ふんおおおおおぉぉぉぉっ! やめろおぉ!」
すでに半泣き状態の亜狗亜がめちゃくちゃな叫びを上げる。
一方の水明は当惑した顔のまま貧相極まりない亜狗亜の身体をいじくりまわす。
「うぎゃあああああぁぁぁ! 触るなああああぁぁぁ! なんで命令を聞かないのよおおぉぉぉっ! なんなのよおおおぉぉっ!」
「……命令……処女から魔力を奪う……馬鹿な処女から……ご主人様に離れる…… ? ? ?」
「やめろおおおおぉぉぉっ! 離れろおおおおおおぉぉぉぉっ! 命令を聞けえええぇぇぇぇっ!」
「馬鹿な処女から魔力を奪う………………馬鹿な処女のご主人様から離れる…… ? ? ? ? ?」
困惑した顔の水明がぼそぼそと独り言を呟く。
しかしテンパった亜狗亜の耳には届かなかった。
本気泣き寸前の、混乱した亜狗亜にはなぜ自分が襲われる羽目になっているのかをまるで理解できなかった。自身の発した命令がこの状況の原因であることを。
すなわち、
『近くにいる馬鹿な処女から魔力を奪え』
亜狗亜が出した命令、この命令に奴婢となった水明は忠実に従っているだけなのだ。
命令に従い、水明は一番近くにいる馬鹿な処女である亜狗亜に襲いかかったのだ。
「や、やめてえええぇぇぇっ、離れてえええぇぇぇっ!」
「? ? ? ? ? ?」
しかしながら、命令に従い襲いかかった、馬鹿な処女であって、主人である亜狗亜は離れろとも命令している。
だからといって、離れたら魔力を奪い取れない。それでは命令を果たせない。
しかし離れないと、主人の命令に従わないことになる。
相反する二つの命令。
誓約による意識の低下もあって水明は混乱した。
「は、離れろおおぉぉっ! なんで命令を聞かないぃぃぃぃ! なんなのよおおおぉぉぉ!」
「? ? ? ? ? ? ? ?」
二種類の矛盾する命令が理解できない。
とりあえず現状維持として、ぎゃあぎゃあ喚く亜狗亜を抑えつけたまま、どうすべきか水明は思案した。
と、その瞬間――
水明の脳髄に天啓のような閃きが輝く。
そう、思わず顎が尖ってしまいそうなほどの圧倒的な閃きが。
以前にテレビで見たことだ。
熱湯風呂を前に、尻を突き出したリアクション芸人、出河さんが叫んでいた。
『押すな、押すなよ! 絶対に押すなよ、ゆっくり入るから絶対に押すなよ!』
直後、背後に忍び寄った他の出演者によって出川さんは熱湯風呂にも突き落とされてしまう。
いわゆるお約束。
つまりここで言う、『押すな』とは、『押せ』という真逆の意味なのだ。
この状況下はそれと同じではないか、と水明は閃いたのだ。
………………もちろん違う。
だが水明はそう理解した。都合よく、そう納得することにした。
ベット上で服を乱し、淫らな声を発するご主人様。まるで薄い本のような状況。
そして、『やめろ』『離れろ』、と口先だけは嫌がっている。
これはまさに熱湯風呂と一緒だ。
すなわちご主人様の言葉を正しく翻訳すると、
翻訳前
『離れろ! 触るな! やめろ!』
翻訳語
『抱きしめろ! 弄べ! お前の好きにしろ!』
……なるほど判りました。ご主人様の真意を正しく理解しました。
正直、ご主人様の体型は全く私の好みではありません。がっかりです。
ですが、命令とあればしかたありません。
命令に従い、ご主人様を私のお嫁さんにします。
全てを都合よく解釈した水明が亜狗亜の服を強引に脱がせにかかる。
「ひいいいいぃぃ、やめ、やめろおおおおぉぉぉ!」
体格の差で上から押さえつけた水明の両手が亜狗亜の胸元へと伸びる。
ただ事ではない雰囲気を察した亜狗亜の顔色が変わる。
「ちょっ、そこはだめえええぇぇぇっ!」
全力で暴れる亜狗亜。
しかし聞く耳持たない水明は全てを無視して、両手を胸元へと滑り込ませる。
それでは失礼します。命令に従ってご主人様を弄ばせていただきます。
「うひいいいぃぃぃ、いやあああぁぁぁぁ!」
欲望のままに胸を揉みしだこうと、水明の両手が亜狗亜の胸元をまさぐる。
だがしかし……………………、無い。なんの反応も無い。
……なにも無い。両の手にはなんの感触も無い。
…………なんの起伏も感じられない。
いくらまさぐったところでなんの感触も感じられない。
「………………?」
「やああああああぁぁぁぁっ! やめろおおおぉぉぉ!」
ぺたぺた、つるつる、ぺたぺた、つるつる……
絹のようにツルツルとした肌。
それはそれで、まあ、あくまでそれなりに気持ちいいものなのかもしれない。
だが、まさにそれだけ、これは胸の感触とはいえないだろう。
ぺたぺた、つるつる、ぺたぺた、つるつる……
「やめろおおおおぉぉぉぉぉ! 胸を触るなあああぁぁぁ!」
「………………? ……………胸? ………………どこ?」
当惑しながらも、水明の両手が服の隙間から胸……、が、あるはずの場所ををまさぐり続ける。
が、やはり何の膨らみ感じられない。
あれ? 無いぞ、なにも無いぞ。ペタペタしてるだけだ。
……これってホントに胸?
つやつやの肌はほんのりと暖かく、押すと僅かに弾力がある。けど、それ以上にアバラでごつごつした感じだ。
ぶっちゃけ、あまり気持ちよくない。
少なくとも女性の胸に少なからず憧れを感じていた思春期の少年が納得できるシロモノではなかった。
……ご主人様、これは胸と呼ぶよりも、胸部か胸板というほうが正解です。ちょっとだけ暖かくて弾力があることを考慮して、ひいき目で使用後のアイロン台かと思います。
はっきり言ってダメですよ、コレ……、ダメダメです……、ダメすぎです。
いくらなんでもこれは酷いです。酷すぎです。
……なんだか私、ションボリです。
「……………………はあぁ~~~」
「うぎいいいぃぃ! …………ちょっ、なにその反応? なんなのいったい!」
失望の色を浮かべた水明の口から、ガッカリといった溜息が洩れる。
ご主人様、さすがにこれは難易度高すぎです。無理ゲーです。アイロン台はきついです。薄い本が益々薄くなってしまいます。
……ですが、ご主人様のご命令、なんとか頑張ってご主人様を攻略します。薄い本を多少なりとも厚くしてみます。
ファイト! 俺!
萎えた気分に陥った水明であったが、なんとか気を取り直す。そして左手を胸元に入れたまま、右手を亜狗亜のガリガリの太ももへとまわす。
「ひいいいぃぃっ、お願いやめてええええぇぇぇっ! やめてええええぇぇぇぇ! はなれてえええぇぇぇぇっ!」
危機を察した亜狗亜がそれまでにないほど暴れだす。
その声に、水明がうんざりした表情を浮かべる。
ご主人様、ちょっと盛り上がりすぎです。うるさいです。
正直俺は、ご主人様の可哀そうな体型では気が乗らないのです。
そういう訳で、あんまり騒がないでください。ますます萎えてしまいます。
内心ではげんなりしつつ、水明が亜狗亜の口元を押さえつける。
「んんんんんぅぅっ! やめっ、やめてえええぇぇぇ! 離れろおぉぉっ!」
亜狗亜が水明の手から逃れようと左右に激しく顔を振る。
しかし水明はガッチリと亜狗亜の小さな頭を押さえつけ、無理やり正面を向かせる。
「ひっ、ひっ、お、お願い、やめて。やめてえええぇぇぇ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔になった亜狗亜が懇願の声を上げる。
しかし水明は、気にもせずに亜狗亜を押さえつける。
ゆっくりと、水明の顔が泣きわめく亜狗亜に近付く。
それではご主人様、命令に従ってキスをします。
ご主人様の魔力を回復するため、ご主人様にキスをして、ご主人様の魔力を奪って………………あれ?
……まあいいか。なんか変な気もするけど、とにかくキスしよう。
そんな感じに水明は都合よく全てを自己解決した。
「ちょっ、やめっ、やめてえっ、それはだめええぇぇぇっ!」
慌てた亜狗亜がなんとか逃れようと激しくもがく。しかし逃げられない。
「ひいいぃぃ、だめっ! あ、あたし初めっ!」
亜狗亜の叫びは最後まで届かなかった。
水明の唇が亜狗亜の唇に重ねられる。
「んんんんんんんんんんんぅぅぅぅぅぅぅううう!!!」
唇で唇を抑えられた亜狗亜が声にならない声を上げる。
更に水明の舌が亜狗亜の口内へと強引に侵入される。
差し込まれた水明の舌が、ぬちゃぬちゃと音をたてて亜狗亜の口内を舐めまわす。
「んんんんんんんぅぅぅぅ………………………………、カクッ」
理性の限界を超えてしまった亜狗亜の身体から力が抜ける。色々な面で完全にイッてしまい気を失ってしまったようだ。
あれ? ご主人様、どうしたのですか?
……というかキスしましたけど、これでいいんですか? これで魔力を奪えたのですか?
あの~、大変申し訳ないですが、ご主人様は盛り上がってますが、イマイチ私は乗ってないのです。正直やめていいならやめたいのですが。
どうしたものかと水明は考えた。
その時だ。
突然、重ねていた亜狗亜の唇から紅い光が放たれる。
そして紅い光が染み込むように水明の身体へと浸透してゆく。
ええっ! ご、ご主人様なんですかこれ!
って、なんか体がどんどん熱くなってきて……、え、ちょ、熱っ! あついっ!
水明の体に浸透してゆく赤い光。それに合わせて猛烈に水明の全身が熱くなってゆく。
熱さは上限なく上がり続け、やがて熱傷のような痛みとなって広がってゆく。
「ぐあ! がああああああぁぁぁぁぁぁ!」
紅い光に侵食されてゆく水明が叫び声を上げる。
火箸を押しつけられたような強烈な痛みが全身を刺し貫く。
凄まじい痛みに水明はベットから転げ落ちて床面を転げまわる。
強烈すぎる痛みに、水明の意識が急速に覚醒されてゆく。
それまで誓約により、霞がかかったように曖昧な意識であった水明の自我が取り戻されてゆく。
かくして水明の呪縛は打ち破られたのであった。