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タケミカヅチの娘  作者: 三日天下
13/13

13

「しるぅ♪ しるぅ♪ おみそぉしるぅ~~♪ しるぅ~~~♪」

 茶の間からご機嫌な水歌の不気味なメロディーソングが聞こえる。謎のタワーが登場しないか不安だ。

「……うっさいわね。なんなのその歌、あんたいったいなんなのよ」

 一方、ちゃぶ台前に胡坐をかいた亜狗亜が横で歌う水歌にぶーたれる。

 どうやら『なんなのよ』と言うのが亜狗亜の口癖のようだ。可愛くもなければ、ネタにもならないつまらない口癖である。

 台所でハムエッグを焼きながら、茶の間の二人の様子ををちらちらと窺う水明。

 どうも水歌の方は亜狗亜のことを気にしていない……というより眼中に無いっぽい。

 先ほど水明が『この人の事は気にしないでいいよ』と言ったら、本当に亜狗亜のことを全く気しなくなった。素直に言うこと聞いてくれるのはありがたいが、素直すぎて逆に心配になってくる。

 一方の亜狗亜の方は、水歌のことをかなり意識してるらしい。

 チラチラと横目で水歌の様子を窺っている。

 そもそもあの二人、昨晩に斬り合いをした関係だ。

 そのうえ、亜狗亜にいたってはつい先ほど本気で斬り殺されそうになったのだ。

 意識するなというほうが無理な話なのだろう。

 とはいえ、とりあえずは表面上は落ち着いているので、そのままにしておいても大丈夫だろうと、水明は判断した。

 ……にしても、水歌の今の格好。

 亜狗亜に習って、横目で水歌の姿を伺う水明。

 裸にワイシャツ一枚。その下には当然何も穿いてない。

 ……水歌の裸なら昨日から散々見てきた。

 ワイシャツ一枚とはいえ、さしあたって肌の露出自体は裸からは相当減ってる。

 だというのに……、なぜか今まで以上に……………………そそる。

 思わずハアハアしてしまいそうな水明。

 ワイシャツから伸びる健康的に輝く白い肌の二の腕。

 そして艶やかな色香を放つスラリとした太もも。

 二か所しかボタンを留めてないワイシャツの隙間から見えそうで見えない豊かに膨らんだ双胸。

 この見えそうで見えない感が、たまらくそそるのだ。どうしようもないほどそそるのだ。

 昨日からありがたみもへったくれもなく裸を見てきたのに……

 何故か今の見えそうで見えない感の方が、色々と水明の理性を揺さぶるのであった。

 自身の中に生まれつつある今まで感じたことのない感覚。同時にまた一つ失いつつある大切なモノ。

 昨日からの一日で水明はだいぶ変わった。良くも悪くも変わった。

「パパァ~、おなかすいたぁ~」

「あ、ああ。待ってて、もうすぐ出来るから」

 水歌の声に、あわてて料理を再開する水明。少し卵を焦がしてしまった。

 それと今更どうでもいい話だが、二人とも全く料理を手伝う気はないらしい。

 微妙に納得できない感はあるが、落ち着いて考え事が出来るのでまあいいか、と自身を納得させる水明であった。

 ハムエッグを皿に移し、冷蔵庫に入れておいた冷や飯をフライパンに放り込んで自分用の簡単な卵チャーハンを作る。

 手慣れた手つきでチャーハンを炒めながら、二人分の焼いたパンをトースターから出す。

 ついでに水歌の歌に答える形で、手早く豆腐と油揚げの味噌汁を作る。油揚げは一枚残し、稲荷神社へのお供えにしよう、と水明は思った。

「ほい。お待たせ、出来たよ」

「やったぁ~~~、ごはぁん~」

「……………………」

 水歌が嬉しそうに声を上げる。亜狗亜の方はぶすっとしたまま無反応だ。

 二人のメニューはトーストとハムエッグに味噌汁。

 ついでに氏子さんからの頂いたキムチとシュウマイも一緒に出す。

 そして自分用のチャーハンを水明は並べた。

 なんとなく統一感のないメニューに思えたが、まあいい。

「いっただっきまぁーすぅ」

 水歌が嬉しそうな声を上げながら子供のように焼いたトーストにかぶりつく。

 そしてふがふが鼻息荒く、皿まで飲み込む様な勢いでぐちゃぐちゃ咀嚼の音をたてながら食らう。更にずぞぞぉ~と音を立てながら味噌汁を啜る。

 ……最悪の食事風景。さながら野獣の食卓。

 ぐっちゃんぐっちょんと朝食をむさぼり食らうその姿はまさにケダモノ。

 あまりに酷い食事マナーに、水明も亜狗亜もやや引いた顔を浮かべる。

 本当にこの子、何者なんだろう。

 見た目こそ誰もがうらやむ美少女だというのに、マナーどころか常識がない。

 裸でもまったく気にしないし、妙に舌っ足らずの喋り方。

 まるで五歳児ぐらいだ。

 貪り食らう口の周りは、卵の黄身でべっとべと。

 微妙にエロいが、こんなことなら半熟にしなければよかった、と水明は思った。

 さすがにこれは注意した方がいいのかな、とは考えたが、会ったばかりの女の子にマナーぐらいであれこれ言うのもどうなのだろうか、とも思えた。

 どうしようかと水明が思案していると、それまで呆れた顔で様子を窺っていたアクアが近くにあったティッシュを数枚手に取る。

 そして、

「うっさいわね。いったいなんなのよ、あんた、マナーってもん知らないの」

 言いながら手に取ったティッシュで、ごく自然に水歌の口元を拭う。

「んんんん」

「こらっ、動くんじゃない。そんな慌てて食べなくてもいいでしょうが」

「んんん、あはっ、ふにゃあ~、くすぐったいよ~」

「ゆっくり少しずつ食べればいいでしょ。別に逃げるわけじゃないんだから」

「ふにゃあ~、ゆっくり食べるぅ~」

 亜狗亜の言葉に従い、水歌がゆっくりと食べ始める。

 それでもぐちゃぐちゃ咀嚼の音はするが、さっきよりはマシだ。

 あまりにも素直に水歌が自身の言葉に従ったので、亜狗亜がやや驚きの表情を浮かべる。

「……あんた一体なんなの。確かそいつの事をパパとか言ってたわよね。一体なんなの?」 

 言いながら亜狗亜は水明を指さす。

 しかし水歌はなんなのって、なんなの、という反応だった。

「ふにゃあ?」

「だからそいつのあんたのなんなのよ。パパとか言ってたけど、どういう事よ」

「パパはすいかのパパだお」

「だ・か・ら、なんでそいつがあんたのパパなのよ」

「ふにゃあ? パパはパパだお」

「……なんなのよ、この子」

 水歌を顎で指しながら、亜狗亜がギロリと水明を睨む。

「いや、だから、ホントに知らないんだって。心辺りなんてないんだよ。ホント、全く、全然!」

 後ろめたい点など無いのに何故か必死に否定する水明であったが、亜狗亜は冷たく言い放つ。

「……判ってるわよ。そもそも考えてみれば童貞丸出しのアンタに子供なんかいるはずないわよ」

「………………………………」

 ひどい言われようだが、実際その通りだったので何も反論できなくなってしまう水明。

「と、とにかく水歌の事は食事の後に話を聞こうと思って」

 話題を逸らす意味でも、水歌の方の話を進めることにする水明であった。

「……ふん。なんなのよ」

 不機嫌ではあるが、取りあえずは亜狗亜の方も食事の後で話を聞くという事には納得してくれたようだ。もちろん本心からではないだろうが。

「で、結局あんたはドコノダレオなの?」

「ふにゃあ? ダレオ?」

「……なんなのよ。あんた、無意味に立派な体して」

「ふにゃあ? りっぱぁ? すいかりっぱぁ?」

「別に褒めてるわけじゃないわよ。あんたがなんなのかってことよ」

「ふにゃあ? なんなのぉ?」

「だから、なんなのよ。その『ふにゃあ』ってのもなんなのよ」

「ふにゃあ?」

「だからいったいなんなのよ」

「ふにゃあ? ふにゃあ?」

「だからなんなのよ」

「ふにゃあ? ふにゃあ? ふにゃあ?」

「だからなんなのって……」

 ……自分の命令で自分が襲われたことを理解できない程度の知能を持っているだけのことはある。

 食事の後に話を聞く、と、つい先ほど言ったことを超速で亜狗亜は忘れたようだ。

 亜狗亜が矢継ぎ早に、得意の『なんなのよ』をしかける。

 しかし水歌の方も、得意の『ふにゃあ』を連発する。

 極めて頭の悪い互角の会話あった。

 会話としてはまるで成立していないな、と水明は思った。

 チャーハンをモクモクと口にしながら、二人の様子を静観する水明。

 会話は成立していないものの、二人の雰囲気そのものは悪くないように水明には思えた。

 いわゆる二人とも我が道を行く変人タイプのようだ。

 そんな社会不適合者の二人だからこそ、変人同士通じるものがあって意外と気が合うのかもしれないな、と水明は自分の事を棚に上げて思った。

 散々そんなやり取りを行い、ようやくこれ以上質問をしても無駄と理解した亜狗亜が食事に取り掛かる。

 途端、再び水歌も料理にかぶりつく。

 先ほどよりは幾分マシになったとはいえ、以前として水歌の食事風景はケダモノの食事に近い。ばたばたぐっちょんぐっちょんうるさい。

 動物のようなその姿に、暫くは黙って食事をしていた亜狗亜であったが、堪え切れなくなったのか、ブツブツ文句を言いながらも横から手を伸ばして再び水歌の世話をしだす。

 顔についた卵の黄身をちょこちょことティッシュで拭きとる。

 テーブルに溢したジャムを布巾で拭っている。

 なんだか亜狗亜がお姉さんっぽく見える水明であった。

 もしかして亜狗亜には妹か弟がいるのだろうか、と水明は考えた。

「ふにゃあ? なんでパパはちがうのたべてるのぉ?」

 パンではなくチャーハンを水明が食べてることに気づいた水歌が声を上げた。

「ああ。パンは二人分しかないからね」

「すいかもそれたべたぁい~」

 にぱぁ~とした笑顔の水歌が可愛くおねだりしてくる。

 その笑顔に不覚にも胸がドキリとしてしまう水明。こんな笑顔で頼まれたら断れるわけがない。

「あ、ああ。別にいいよ」

「わぁ~い」

「……………………」

 水歌が楽しげに声を上げる。

 隣の席の亜狗亜が無言で睨んでいたが、水明は気づかないフリをした。

「はい、どうぞ」

 水明がレンゲを乗せた皿を水歌の前に寄せる。

 しかし水歌はレンゲを取ろうとせず、

「あーん」

 と、代わりに可愛らしい小さな口を大きく広げてくる。

「……食べさせろってこと?」

「あーん」

 返事はないがそうらしい。

 無邪気な笑顔の水歌が口を精一杯開けている。

 その無邪気な笑顔に、再びドキリとしてしまう水明。

 ほんと、こんな笑顔で頼まれたら断れるわけない。

「……………………」

 引き続き隣の席の亜狗亜は睨み続けているが、引き続き水明は気づかないフリをした。

 チャーハンをのせたレンゲを水歌の小さな口へと運ぶ。

 途端に水歌が、はむはむと一生懸命かぶりつく。

 続けてもう一杯。

 はむはむ、ごくん。

 さらにもう一杯。

 はむはむ、ごくん。

 ついでにもう一杯。

 はむはむ、ごくん。

 とどめにもう一杯。

 はむはむ、ごくん。

 なんとなく生まれたばかりの雛鳥に餌をあげてるように思う水明であった。

 不思議と癒される感じでなんだか和んできた。

「パパ、おいしいぃ~」

「そ、そう。よかった」

 満面の笑顔の水歌が嬉しそうな声を上げる。

 その天使のような笑顔に、思わずデレデレになってしまう水明。

 う、うう。可愛い。めちゃくちゃ可愛い。可愛すぎるぞ、この子。

 わざわざ『あーん』なんて高度すぎる羞恥プレイを要求するなんて……、やっぱ僕のことが好きなんだ。好きで好きでしょうがないんだ。

 この際、アホの子でも構わない。やはり男として責任を取ってお嫁さんに……

 懲りずにアホな妄想を膨らませる水明。哀れな男であった。 

「……なんなのよ、あんたたち」

 一方、キャッキャウフフと戯れる二人の姿に、我慢できなくなった亜狗亜が水明を横目で睨みながら声を上げる。

 研ぎ澄まされた刃物のような鋭い睨み。危機感を察した水明は妄想を中断した。

 さしあたって先ほどのように殴りかかってくる様子はないが、明らかに不機嫌オーラを醸し出している。

 物騒な気配を感じた水明が冷や汗を垂らす。

「だからなんなのよ、あんたたち」

「いや、本人が……」

「自分で食べればいいでしょが、なんでわざわざ『あ~ん』なんてやってるのよ」

「そりゃそうだけど、本人が……」

「本人がなんだっていうのよ。なんなのよ、その女なんなのよ」

「いや、僕にも誰なんだか判らないんだけど……」

「判らないってなんなのよ! 水明! あんたにとってその女なんなのよ!」

「だから判らないんだってば。ホントに判らないって言ってるだろ」

「いつ言ったのよ! いつ言ったのよ!」

「二回聞かれても判らないものは判らないって」

「だからなんなのよ。なにが判らないよ! なんなのよ!」

 なんだか浮気の追及を受けているような気分になってくる水明であった。

「パパぁ~、おいしかったぁ~、すいかうれしい♪」

 場の空気を読まず、水歌が能天気な声を上げた。

 水明が亜狗亜からの理不尽な追及を受けている最中に、勝手に水歌はチャーハンを食べ尽くしてしまったようだ。自身のトーストとハムエッグもいつの間にか平らげている。

 朝食を全て食べられてしまい、ちょっとがっかりの水明であったが、水歌の乱入のお陰で亜狗亜からの理不尽な追及は止まった。

 あらためて水明は考えた

 食後に話を聞こうと思ってはいたが、この二人の話を一度に聞くのは難易度が高すぎる。

 とりあえず一人ずつ話を聞くべきだろうと水明は判断した。

 どちらからの話を聞こうかと二人を見比べる。

 常識はないが、水歌の方は水明の事をパパというだけあって、素直にいう事を聞いてくれそうだ。

 対しての亜狗亜のほうは……

 服を着る程度の社会常識はあるようだが、まともに答えてくれるかどうかはかなり疑問だ。

 さしあたって事情を聞くのは水歌のほうからにしよう、と水明は判断した。

「ごちそうさま。じゃ、あたしは寝るわ」

 亜狗亜のほうも食べ終えたらしく空の皿を前に手を合わせる。

「はぁ? 寝るって、どこで?」

「空いてる部屋があったでしょ、今からあの部屋はあたしの物よ。そうよ、そうに決まったわ。あたしの部屋になったわ」

 荷物を整理して空き部屋となった父の部屋のことを言っているようだ。いつの間に部屋をチェックしたのだろう。

 勝手なことを言いながら亜狗亜が立ち上がる。

「えっ、寝るって今から?」

 外では太陽がゆっくりと東の空を上ってゆく時間だ。

 しかし亜狗亜はそんなこと気にも留めない。

「そうよ。昨日から徹夜で疲れてるんだから。じゃ、後はよろしく。勝手に部屋に入ったら拷問よ」

 話は終わったとばかりにヒラヒラ手を振りながら亜狗亜が部屋を出てゆく。

 呼び止めようかと水明は思った。

 しかしちょうど水歌の話を聞こうと思っていたので考えようによっては都合がいい。正直、亜狗亜がいて役に立つとは思えない。むしろ邪魔になるだけだろう。

 そう判断し、そのまま亜狗亜の後姿を見送った。

「パパぁ~、あのひとドコノダレオ?」

 腹の膨れた水歌が疑問の声を上げる。

「う~ん、俺もよく判らないんだけど、とりあえず名前はアクアだよ」 

「ふにゃあ。アクアちゃん。アクアちゃんワルモノぉ?」

「いや、取りあえずだけど、そこまで悪者ではないと思うよ」

 とはいえ無理やり人に呪いをかけるぐらいだ、善人でもないだろう。小悪党という表現が相応しいだろう。

「ふにゃあ……」

 水明の答えに、なんだか納得できないといった表情を水歌が浮かべる。

 そういえば昨晩は水歌の方から襲いかかってきた、と亜狗亜は言っていた。本当だとしたらなんでだろう。なんで水歌は亜狗亜に襲い掛かったのだろうか。

 その辺りについても聞かないと、と、コップに牛乳を注ぎながら水明は考えた。

「とりあえず牛乳でも飲んで落ち着いて」

「ふにゃあ。いただきますぅ」

 コップを両手で持ち上げ、水歌が美味そうに飲み始める。

 やはり水明のいう事は素直に聞いてくれるようだ。

 これなら案外楽に事情が分かるかも、と水明は思った。

 しかしわりとすぐにその思いは裏切られることとなるのであった。


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