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タケミカヅチの娘  作者: 三日天下
12/13

12

「……げへ、げへへ、げへへへへへへ……」

「ふにゃぁ? パパぁ?」

 脳内に溢れまくるピンク色の脳内麻薬に水明は酔いしれた。

 不気味な笑みを浮かべ、げへげへ笑う不気味な水明に抱きつく水歌が不審な声を上げる。

 一方、

「……な、な、な、なんなのよ! あんたたちいったいなんなのよ! なんで昨日の裸族がいるのよ!」

「ふにゃあぁ?」

 ここまでなりゆきを見ていた亜狗亜の氷のように冷たい視線が抱き合う二人を貫く。

 その声に水明に抱きついたまま水歌が振り返る。

 だがしかし、妄想に酔いしれた水明は気づきもしない。

 だらしない表情を浮かべたまま、不気味にげへげへ笑っている。とても気持ち悪い。

 全身に怒気のオーラを纏った亜狗亜が鬼の形相を浮かべ、唇をプルプルと震わせながら怒声を放つ。

「あんた一体その裸族とどういった関係なのよ!」

「ふにゃにゃ?」

 髪を逆立てた亜狗亜が、指を震わせながら水歌を指さす。

「あんたついさっき私のことを愛してる、一生大切にする、って言ったくせになんなのよ! 目の前で浮気の結果を見せつけるってなんのよ!」

 ……勿論そんなこと一言も言ってない。

 しかしとにかく、亜狗亜の脳内では水明がそう言ったことになっているらしい。

 水明も相当なら、この女も相当であった。

「死ねぇ! この浮気者!」

 怒りにうち震えた亜狗亜の拳が容赦なく水明へと襲いかかる。

 妄想トリップ全開の水明は避けることも出来ずに真正面から鉄拳制裁を受けることとなった。

 小柄とはいえ腰の乗った正拳がアホ面を浮かべた水明の顔面に吸い込まれる。

 まぶたの裏に火花が飛び散った。

 好きと言われた幸せ気分と、ついでに邪で犯罪行為に溢れた未来予想図も粉々に打ち砕かれる。正に因果応報、いい気味であった。

「ぶべらっ!」

 どこかで聞いたことのある絶叫を上げて吹き飛ぶ水明。

「ああっ! パパ! パパ!」

 一方で事情を理解していない水歌が目の前で殴られた水明の姿に声を上げる。

「ふにゃあ! パパになにする!」

「それはこっちのセリフよ、この裸族! 泥棒猫の最終形態!」

「ふにゃあ! すいかろろぼーじゃない!」

「なにわけ分かんないこと言ってるのよ! そいつはあたしの物なんだから、近づくな!」

「ふにゃあ! パパをいじめるのはゆるさない!」

「ゆるさないってなんなのよ、いったいどうするって………………、って、ええっ!」

 全裸の水歌が水明を庇うように前に立って身構える。

 すると、それまで何もなかった水歌の右手に中空より光が集まり始めた。

 光は一瞬で形作り、3メートル近い長大な剣が水歌の掌に浮かびあがる。

 濡れた氷のような刀身から仄かな蒼白い剣気が立ち上った。

 驚愕の表情を浮かべる亜狗亜に向かって、水歌が勢いよく踏み込む。

「ふにゃあああぁぁぁ! あくぅ、そくぅ、ざぁんっ!」

「え、ちょっ! 待って! そ、そんないきなりって!」

 さすがにいきなり切りかかってくるとは予想してなかった。慌てた亜狗亜が両手を上げて制しようとする。

「ふにゃああああぁぁぁ!」

 しかし水歌は止まらない。一切の躊躇なく、狭い室内で刀を振るう。

「ほにゃああああぁぁぁっ!」

 今一つ気合の感じられない掛け声であったが水歌の持つ剣が虚空を切り裂く。

「うっぎゃああ、あぶなっ! って、ちょっと待っ! うぎゃああ!」

 すんでの所でのところでその一撃を横っ跳びに飛んだ亜狗亜がかわす。代わりにその真後ろにあったベットが斬撃によって真っ二つに切り裂かれた。

「ちょっと待ってよ! いきなり本気切りって! うぎゃああ!」

「ふにゃああぁぁ! ふんにゃあ! ふにゃっ! ほんにゃあああぁぁ!」

 亜狗亜の制止の声を無視して、水歌がめちゃくちゃに剣を振り回す。

 文字通り振り回すだけの連撃、まるで型になってない。

 いわゆるへっぴり腰の攻撃は逃げまどう亜狗亜にかすりもしなかった。

 だが、逃げる亜狗亜の身代わりとばかりに近くの家具が次々と破壊、両断されてゆく。

 早朝の神社境内にドタバタとした破壊音が響いた。

 その音に、寝不足気味の境内の野鳥たちが再び迷惑顔を浮かべる。

「ふにゃああぁぁ! まてえええぇぇぇ! まてえええぇぇぇ!」

「ひいいいぃぃぃ、な、なんなのよこいつ、なんなのよ!」

 響き渡る破壊音に、亜狗亜の一撃で浅く気を失っていた水明が目を覚ます。

 そして部屋の惨状を見て青ざめた。

 状況はよく判らない。判らないが水歌が奇声を上げながら亜狗亜に襲いかかってる。とにかく水歌を止めないと。

「ちょっ、やめっ! それ以上暴れるな!」

「ふにゃああぁぁぁ!」

 奇声を上げながら暴れまくる水歌。

 なんとかその動きを止めようと背後から水明が両手を回して抱き止めた。

 しかし手をついたその場所は、もろに水歌の豊満な胸であった。

 結果として、また水歌の胸を鷲掴みする形になってしまう。

「わああっ! ごめん、わざとじゃないんだ」

 ひええ! な、なにこれ! しっとりとして、もちもちして、すべすべしてる。そのくせ不自然なくらい柔らかくて掴んでる指が沈む! この物体、どういった構造なの! むにゅむにゅもにゃもにゃして……、き、気持ちいい……

 テンパリながらも、しっかり美肉の感触を味わう水明。男であった。

「ふにゃあっ! ふにゃあっ! ふにゃあっ!」

「ひいい、と、とにかく落ち着けって。暴れるなって、ってなにこれ! どうなってるの! これってどういった構造なの!」

 胸を鷲掴みされたまま剣を振り回して暴れる水歌。

 その動きに合わせ、豊満な両胸も押さえつける水明の両手の中で激しく暴れまわる。

 張りのある艶やかな肌の柔肉が水明の指の隙間からぐにょんぐにょんと出たり入ったり、あり得ない動きを見せる。

「と、とにかく落ち着いて、とにかく暴れないで!」

 テンパリながらも、これ以上暴れられては堪らない、と水明は水歌の胸を鷲掴みしている両手に力を込めた。当然ながらより強く水歌の胸を掴むこととなるがもはやそうも言ってられない。

「ふにゃあん? パパくすぐったい~」

「うぎゃああ! ごめん!」

 両手に力を入れて押さえつけると水歌が甘い声を上げる。しかしながら謝りながらも、鷲掴みした両手は離さない。

「と、とにかく落ち着いて大丈夫だから(むにょむにょ)」

「ふにゃあ? だいじょぉぶ?」

「そう。大丈夫だから落ち着いて!(むにょむにょ)」

ふにゃあ? おちつくぅ?」

そう。とにかく暴れないで、大丈夫だから!(むにょむにょ)」

水歌が暴れないように背後から抱き押さえつつ、しっかりと胸の感触を味わう水明。抜け目のない男であった。

「……んん? パパ、だいじょおぶなのぉ?」

「うん。大丈夫だから暴れないで、ね、ねね(むにょむにょ)」

「ふにゃあん……」

 意外にも素直に水歌は止まった。ほっと一息つく水明であった。

 しかしその両手は柔らかな双胸に沈み、指と指の間から、まろやかな肉の丘がはみ出たままだ。

 よ、ようやく止まった。うう、部屋がめちゃくちゃだよ。

……にしても、この子のでかいな。この子のでかいな。大切だから二回言ったけど、ほんとにでかいな。

どうしよう、もう手を離していいのかな。けどまた暴れるかもしれない。また暴れだしたら大変だな。よし、もうすこしシッカリと抑えておこう。決していやらしい気持ちで抑えているんじゃない。この子が暴れないよう抑えてるんだ。うん。しっかり抑えてておこう。暴れないように。

とりあえず暴れるのをやめた水歌にほっとしつつ、変態紳士ぶりを発揮する水明であった。

「そうそう。もう平気だから落ち着いて。暴れないでくれ、ね、ね」

「ふにゃあ。けど、あのひとあくぅじゃないの?」

 半泣きの表情で荒い息をしている亜狗亜を水歌が指さす。

「あくはたおさないといけないんじゃなぁいの?」

言いながら顔を後ろに向けて水明を覗きこむ。淡く桃色に染まった頬が僅かに上気し、 黒真珠のような両の瞳に戸惑いの色が浮かんでいる。

「あくって、悪人のこと? アクアってこと?」

「あくはあくだよ。あくあく、あくはぁたおさないと」

 亜狗亜を指さしながら腕の中でじたばたと水歌がもがく。そのたびに後ろから押さえつけている瑞々しい両の乳房がぐにゃぐにゃと変形する。

 これ以上暴れられるのは本格的にまずい。部屋が本当に崩壊する。

 ついでに水明の理性も崩壊しそうだ。いや、既に崩壊してるのかもしれない。

「悪じゃない、悪じゃないから大丈夫だよ」

「ふにゃあぁ。そうなんだ~」

 言うなり水歌が握っていた刀が昨晩と同じように光の粒子となって霧散する。

 どういったことなのかはさっぱり判らないが、とりあえず攻撃する気はなくなったようだ。

「うひいぃ~、いったいなんなのよ~」

 刀が消滅し、水歌から敵意が無くなった様子を見て、逃げ回っていた亜狗亜が情けない声を上げながらその場にへたり込む。

「パパ、おかぁおいたくないの?」

「ああ、痛くないから平気だよ。いや、触らなくてもいいから、ホントに」

 心配そうな表情を浮かべた水歌が、鼻血を垂らしたマヌケな水明の顔をべったんべったんと触る。

 本当はまだかなり痛いので触ってほしくないのだが、正直これ以上ややこしくはしたくないのでそう言っておくことにした。

「そっちは大丈夫?」

「だ、大丈夫なわけないでしょうが、な、なんなのよ~」

 その場にへたり込んだまま半泣きの表情で亜狗亜が答える。

 腰が抜けたのだろうか。とりあえず怪我はないようだ。

 もっとも精神的にも、体力的にもかなり消耗しているようだ。

 良くも悪くも、こちらの方も暴れる心配はなさそうだ。

 ぐうううぅぅぅ~~~~~~

 その時、妙に間の抜けた音が部屋に響いた。

 水歌の可愛い腹が鳴ったようだ。

「ねえ、パパぁ~、おなかすいたぁ~」

 状況がまるで判っていないのか、水歌が能天気な声を上げる。

 そんな場合じゃないだろ、そもそも君は誰なんだよ。

 と、思ったが、言われてみると水明もかなり空腹なことに気づく。

 思い返してみれば昨日の昼からなにも食べてない。

 その上、昨晩から続く、嵐のようなどたばた騒ぎだ。腹が空かないわけがない。

 そう考えると、ますます空腹が感じられた。

「……ふぅ~、とりあえず食事にしようか」

「うわぁ~~い」

 嬉しそうな声を上げてぴょんぴょんと跳ねる水歌。

 その動きに合わせ、豊かな両胸が激しく上下する。微笑ましく思うべきか、劣情を催すべきなのか、微妙なラインだ。

 とりあえず近くに落ちていたワイシャツを手に取る。

「とにかく、これを着て向こうの部屋に行ってくれる」

「はぁ~い」

 太陽のように眩しい笑顔を浮かべた水歌がもぞもぞとワイシャツを着ながら部屋を出てゆく。

 何者かは判らないけど、とりあえず言うことは聞いてくれるようだ。

 聞きたいことは山ほどある。

 しかしもう暴れそうにないし、ひとまず朝食後に話を聞くことにしよう、と水明は判断した。

 それに正直いって水明も疲れていた。少し落ち着きたかった。

「とりあえず食事にするけど、どう? 食べられそう?」

 ぐったりと床にしゃがみこんだ亜狗亜に声をかける。

「ううぅぅ、この状況で食事って、なんなのよいったい~」

 へたり込んだ亜狗亜がヘナヘナとした情けない声を上げる。

 どうも亜狗亜は、昨晩からの騒動で体力的に弱っているところを襲われ、精神的にかなり参っているようだ。意外と打たれ弱いのかもしれない。

 とにかくこの場は治めたい水明は優しく亜狗亜に声をかけることにした。

「ほら、昨日から色々あって、その食事にして一旦話し合わないか?」

 半泣き気味の亜狗亜が水明を見上げる。

「ううぅぅ……、あの裸族なんなのよ。一体なんなのよ」

「いや、あの子が誰かは俺も判らない」

 実際、水明も水歌が何者かは判らない。もっともそれは亜狗亜に関してもそうなのだが。

「ううぅぅ……、またあの裸族が襲ってきたらどうするのよ」

「大丈夫だよ。もう暴れないよ」

「なんで暴れないなんてわかるのよ。昨日もそうだったわ。あいついきなり襲ってきたわよ」

「いや、大丈夫だってもう暴れないよ、たぶん(小声)」

 小声でたぶんと言いながら、そっか昨日は水歌の方から襲いかかったんだ、、と水明は考えた。

「とにかく食事にしないか。色々話したいこともあるし。もしまた暴れだしても、必ず止めるから、一緒に食事しようよ」

「………………」

「ね、食事して落ち着こうよ、俺が守るから」

「………………」

「もうあの子を暴れさせたりしないから。俺が必ずキミを守るから」

「………………ほんと?」

「………………へ?」

 水明の言葉に、唐突に何故か床に座った亜狗亜が瞳を潤ませる。何故だ。

「水明、あんたホントに私を守るの?」

「……ああ、守るから一緒に食べようよ」

「ほんと? 絶対にあたしを守る?」

「あ、ああ守るよ……、たぶん(小声)」

「そう……、守ってくれるのね」

「…………ああ、守るよ……、たぶん(超小声)」

 ……なんで瞳を潤ませてるの? そういえば、この子の脳内では、なんか俺が告白したことにされてるんだよな。よく判らないけど勝手に勘違いしてるみたいだぞ。

 明らかに亜狗亜は別の勘違いをしている雰囲気であった。

 しかしようやく落ち着いた状態になったわけだ。

 ぶっちゃけこれ以上、ややこしい状況にはしたくない。

 そんな思いもあって水明は、亜狗亜の勘違いを追及しないことにした。

 警戒を解くようになるべく優しい声をかけると、なにゆえか頬を赤らめながら亜狗亜が小声でぼそぼそと呟いた。

「……そっ、そうよね。あんたあたしの奴婢なんだし、あたしのことが好きなんだから守ってくれるよね」

「…………………………」

 小声だったがしっかり聞こえた。とはいえ、この場は収めたかったので、黙っていることにする水明。

「しょうがないわね。一緒に食べてあげるわ」

「……ああ、すぐ作るからこっちに来て」

 手を差し出すと、意外にも素直に手を掴んで亜狗亜が立ち上がる。

 少女らしく小さな柔らかな掌だった。

「ちゃんと美味しく作りなさいよ。不味かったら怒るからね」

「……努力はするから怒らないでくれよ」

 何故か立ち上がった後も亜狗亜は手を離そうとせず、つないだままに部屋を出て行こうとするので、一緒に水明も部屋を出ていくこととなる。

 何気に部屋を振りかえると小型の爆弾でも放り込まれたよう部屋は荒れ果てていた。

 ベットは真っ二つになって壁もボロボロ、いつの間にやら窓ガラスも割れている、それもサッシから。これはもう業者さんを呼んで修理してもらうしかない。

 また頭痛がしてきた水明。

 どういうわけか機嫌を直した亜狗亜に引っ張られるように部屋を出る。

 荒れ果てた部屋の中とは対照的に、窓から見える空には清々しい青空が広がり始め、小鳥たちが飛んでゆく。早朝の爽やかな風が割れた窓から部屋へと吹き込み、夏の訪れを感じさせた。



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