幼馴染みに恋愛相談してみますわ
「まぁ、エドにアラン。丁度良い所に来てくれたわ」
「シャルロットが自分で呼んでおいてよくその言葉が言えるよね。……アラン、やはり君もシャルロットに呼ばれたのかい?」
「ああ。コイツの突然の呼び出しには毎度イライラする」
華美なドレスに負けることなく持ち前の容姿とプロポーションで美しく着こなしたシャルロットは、さも自分が彼等を呼び出していないかの如く自国グレンツェの特産品である薔薇の香りがする優しくて甘い味わいのグレンという赤い茶葉を使ったグレンティーを第三応接室で優雅に飲んでいた。
エドことエドワルド=オズウェルは魔術国家トゥルムシュタットの第二王子である。
彼の持つプラチナブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳はトゥルムシュタット民にありがちであるも、漂わせる雰囲気はやはり民衆とは違う。王族として厳しい教育を受けているからか、気品と品格が彼にはあった。
装飾が豪華にされた青いラインの入っている白のローブに身を包んだ彼は自身と同じくシャルロットに呼ばれたであろう人物を見やる。
エドワルドに目を向けられたアラン=ディートヘルムはシャルロットの呼び出しに不機嫌丸出しの顔だ。
赤みの強い赤褐色の髪とイエローゴールドの瞳を持つ彼はウィルダネスシュタットの第一王子である。
赤と黒を基調としたウィルダネスシュタットの正装とも言える軍服をあろうことかその国の第一王子である彼がラフに着崩してしまっていた。
礼儀正しくていつも笑みを浮かべた物腰の柔らかいエドワルドと無作法でいつも眉間に皺を寄せているのがデフォルトのような強面のアラン。
国柄が性格にも出ている為、正反対である彼等だが、先代と同じく犬猿の仲という訳ではない。むしろ良好な関係を築き上げている。
彼等が仲良くなったのは幼馴染みであるシャルロットにあった。
「それで今回はどういった用件で僕達を呼んだんだい? 君の大好きな第一副師団長の話ならもう聞き飽きてるからね」
「今回は違うわ。私の恋愛相談よ」
「結局あの騎士についてじゃねぇか」
シャルロットに促されて席に着いたエドワルドとアラン。エドワルドは何故自分達を呼んだのかシャルロットに問いかけるも、彼女の返答を聞いて溜息をつく。アランに至っては眉間の皺が更に深く刻まれてしまった。
彼等はいつもこうして彼女が好意を寄せているグレンツェ近衛騎士団の第一副師団長、ギルバート=グレゴリーの武勇伝を永遠と聞かされるのだ。
彼女にギルバートの武勇伝は手紙に書いて城に送ってくれと頼んだ事もあったが、長文を書いては手が疲れるから嫌だとなんとも身勝手な理由で断られてしまった。
では彼等がシャルロットの呼び出しを無視すればいいのではないかと思う人もいるだろう。勿論彼等はそれも試してみた。しかし無視をすると彼女から悪質な嫌がらせをされてしまうのだ。
後々面倒くさいのでこうして仕方なく我儘な幼馴染みの王女に呼ばれれば彼女のもとにわざわざ足を運ぶので、自然と彼等は仲良くなっていった。
「ギルったら最近全然私に会いに来て下さらないのよ。副師団長で忙しいのは分かりますけど、少しは私のことも気にかけて欲しいですわ。それなのに先日からお父様の護衛でウィルダネスに行ってしまわれましたし。ギルは仕事熱心にも程がありますわ」
「仕事熱心なのはいいことじゃないか」
「違いますわ! あれはきっと仕事中毒というものですわ! お陰で私を一生側で守って下さるというのはギルにとっては単なる仕事の一環であって、そこに私への愛はなかったのではないかと最近になって思いましたの。優しく接してくれていたのも仕事だからだわ」
ティーカップを丁寧な所作でソーサーに置いたシャルロットは握り拳をわなわな震わせたかと思えば、今度はしゅんと肩を落として凹む。このように彼女は喜怒哀楽が激しいのだ。
エドワルドとアランはむしろシャルロットが最近になってギルバートに優しくされていたのが仕事の一環かもと気付いたことに驚きだった。今まで彼女は彼に好意を寄せられていたから優しく接してもらっていたのだとでも思っていたのだろうか。
彼女から聞くギルバートに限ってこれはないと思うが、彼女を嫌っていたとしても一国の王女であるから一般的に考えて皆彼女に優しく接するものだ。
それは彼女と同じく一国の王子であるエドワルドとアランもよく知っている。自身に媚諂う者は沢山いるのである。
しかしながらシャルロットは何故か欲に塗れたそれに気付かない。王女である彼女に気に入られてあわよくば自分が彼女の夫になんて浅はかな考えをする者や爵位の授与、ランクアップを目論んでいる者もいるというのに……。
その辺りの下心満載な男達の思惑を認知出来ないのだ。自身に向けられている賞賛の言葉や沢山の贈り物は全部真っ直ぐな好意だと思って彼女は受け止めていた。
これも全て娘を愛しているディーデリックが真っ直ぐな好意ばかりでなく、シャルロットをだしにしてのし上がろうとしている者達もいるのだとしっかり教えないで隠しているせいだ。
彼の妻であり、彼女の母であるコゼットもおっとりしていてどこか抜けたところがあるので娘は皆にモテモテなのねとのほほんと笑っているのである。
ギルバートを遠目でしか見たことのないエドワルドとアランであるが、シャルロットの武勇伝から察するに、本当に仕事一筋の真面目な男なのだろうと推測しているので彼女の言う通り、仕事の一環としてリーデリックに頼まれ、優しく接していた線が強い。
シャルロットに媚諂わるような浮ついた話を聞かないギルバートにはエドワルドとアランも好感を持てる。彼に想いを寄せる彼女にとっては気の毒だけれど、今のところ彼が彼女に恋心を抱いてはいないと思った。彼における彼女の立ち位置は守らなければならない護衛対象だろう。
「ですから私は決めましたの。これからはもっとギルに猛アタックをして私に惚れさせてみせると。そこでエドとアラン、何か良い案はないかしら?」
「……少しは自分で考えたらどうだい?」
「ほんっとお前は人任せだな」
「勿論私も考えてみましたわ。けれどもちっとも良い案が浮かびませんの。そこでここは私の幼馴染みであり、私と同じく絶賛片想い中であるエドとアランに御教授願おうかしらと」
シャルロットの言葉にエドワルドは一瞬眉をピクリと動かしただけで笑顔を保っていたが、アランは下品にもグレンティーを吹き出す。彼等は彼女には話した覚えがないのにどうして片思い中であると知っているのかが謎だった。尤も、アランに至ってはまだ自身の想いを認めていないのだが。
「何故シャルがそれを知っているんだい?」
「おまっ。俺は別にあの凶暴女なんか好きじゃねぇ」
「エリーゼ=トレイユとディアンヌ=グラッセでしたっけ? エドとアランの意中のお相手は」
「君の情報網には目を見張るね。エリーは確かに僕が愛してる女性だよ」
「お前、んな恥ずかしいことよく言えるな。っつーか俺はマジでディアンヌなんか好きじゃねぇ」
「エドったらエリーゼさんにゾッコンなのね。それに比べてアランは駄目ではありませんか。自分の気持ちに素直になりなさい。私やエドのように」
「むしろお前等はオープン過ぎるんだよ!」
アランからして見ればシャルロットもエドワルドも自身の気持ちに素直になり過ぎなのだ。一見そんな風には見えないエドワルドも実は恋愛に積極的で想い人であるエリーゼ=トレイユにあの手この手を使って猛アタックをしている。
逆にアランは自身の気持ちを認めたくなくて素直になれない。ディアンヌ=グラッセと顔を合わせればいつも悪態をついてしまい、口喧嘩から拳や剣を交えた戦闘にまで発展し、彼女に怪我をさせてしまった日は一日中凹むのである。
「もうエドとアランの恋愛話はどうでもいいのよ。話を戻すけれど、何か良い案はなくて?」
「どうでもいいって…… そもそもシャルロットから話を振って来たんじゃないか……。それに男女では落とし方がそれぞれ違うと思うんだけど」
「ではエドがエリーゼさんにされたら嬉しいことってなんですの?」
「そうだね…… 恥ずかしがり屋で可愛いエリーからデートのお誘いをされたり、手を繋いで来たり、キスなんてされたら嬉しいかな。後は──……」
ふむふむとシャルロットは頷き、彼女の後ろで控えていた侍女にエドワルドの言葉をメモを取るよう手で合図をした。エドワルドから次々と出てくる願望のような話をスラスラとメモ帳に書き綴っていく侍女。アランはエドワルドの話を軽く聞き流しながら黙々とメモを取る侍女を見ていた。しかしエドワルドが次第に妄想も交え、段々とその内容をエスカレートさせていくのでこれはまずいとストップを掛ける。
「エドワルド、もういい。それからシャルロット、お前まさかエドワルドから聞いたことをあの騎士にするつもりか?」
「何か問題がありまして?」
「問題だらけじゃねぇか。だいたいエドワルドのはあくまで好きな奴にされることを前提として話してるんだ。ギルバートがお前のことを好きだと確信がない今はやめておけ。好きでもない女にされても困るだけだぞ。なぁ、エドワルド」
「うん。エリー以外からとか凄く不愉快だね。殺したくなっちゃうかも」
「そんなっ」
にこにことしながらも物騒なことを口にするエドワルドにシャルロットの顔は真っ青になる。侍女にメモをさせた内容はシャルロットには早かった。アランから忠告されずにそれを実行していたらギルバートに刺されていたかもしれないと身を震わせるシャルロット。
「じゃ、じゃあまずはどうすれば良いのです!?」
「さぁ?」
「知らねぇ」
「もうっ! エドワルドもアランももっと私の為にきちんと考えて下さる!?」
つい先程まで顔面蒼白で身を震わせていたのにもうぷりぷりと逆ギレし始めたシャルロットにエドワルドとアランは呆れを通り越して彼女のその切り替えの早さに感心してしまう。
このままきちんと考えずに帰ればまた悪質な嫌がらせをされるかもと不本意ながら渋々彼女の為に頭を働かせる彼等。
「ギルバートは今ウィルダネスにいるんだったよな。長期任務であるならきっと疲れて帰ってくる筈だ。そこでまずはお前が出迎えるだろ、んで労いの言葉を掛けて手料理でも振舞えば──…… 無理だな。お前が料理とか…… 城が爆発しそうだ。手料理もまだお前には荷が重いな」
「失礼しちゃうわ。折角アランにしては良い案を思い付いてくれたと思ったのに……。手料理ね。手料理」
「俺にしてはってなんだよっ」
「最初から手料理でアピールっていうのもどうかと思うけども、まぁやってみる価値はあるんじゃないかい? 高確率で失敗するだろうけどね」
「ほんと失礼しちゃうわ。こうなったら絶対に成功させてみせますわよ。そうと決まれば早速お料理の勉強を始めないとですわ。エドワルドもアランも私の恋愛相談は終わりましたからもう帰ってもらって結構よ」
もう用はないとばかりにシャルロットはエドワルドとアランに向かってしっしっと手を払う。彼等はわざわざ彼女に呼ばれて赴いたというのに御礼も言わずに追い払う彼女の態度にイラつきを感じたが、早く帰りたかったので席を立ち、第三応接室を後にした。
「なぁ、エドワルド。あいつの恋愛相談だけで頻繁に呼び出されるのは面倒だからあいつに恋愛ハウツー本を何冊か贈って暫くの間は呼び出されないようにしねぇ?」
「恋愛に関してはヘタレ王子なのに案だけは良いの思いつくよね、アランは。うかうかしてると君の好きなディアンヌ=グラッセを他の誰かに盗られてしまうかもよ」
「うっせ。俺はまだあの凶暴女のことを認めてねぇって言ってるだろ。ほんとお前はいつも猫被りして優しい雰囲気出してるが実際は真っ黒だよな。この腹黒王子が。っつーかあんまりがっつき過ぎると好きな女に逃げられるぞ」
「エリーがもし逃げても逃がさないから大丈夫だよ」
「はいはい。怖ぇ怖ぇ」
エドワルドの顔は笑っているが、目が笑っていない。あの我が儘でお転婆なシャルロットに愛されているギルバート=グレゴリーに同情の念を抱いていたアランだったが、現在自分の隣を歩いているエドワルドに愛されているエリーゼ=トレイユにも同情してしまう。
幼馴染み二人はどうしてこうも恋愛に猪突猛進なのか。アランは今も頭の中でエリーゼを落とす為に良からぬ企みをしているであろうエドワルドに呆れてしまうのだった。