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プロローグ

 この世界、ユスティラ・リベールは約20年前までは二つの大国から成り立っていた。

 

 広大な国土を誇るもその多くは未開発。険しい山脈や荒廃した土地はきちんと整備されておらず、獰猛なモンスターがそこらかしこに蔓延っている。

 そんな厳しい環境下で暮らす人々はこの地で生き残る為に強くなっていった。男だけでなく女だって剣や拳を振るう。

性格も高圧的で傲慢な荒くれ者ばかり。

 力が全ての軍事国家、それがウィルダネスシュタット。


 国土はウィルダネスシュタットに劣るものの、その全域は魔術師達の高度な結界に守られ、険しい山脈や荒廃した土地もない。

 ウィルダネスシュタットとは打って変わって安全過ぎるこの国に住む人々は基本、穏やかでおっとりとした温厚な性格だ。

尤も、魔術や学術、芸術に関しての話題を除けばであるが。

 人々の多くが大小様々であるが生まれながら魔力を持ち、日常的にも魔術を駆使する魔術国家、トゥルムシュタット。


 武力行使派なウィルダネスシュタットと魔術行使派のトゥルムシュタット。その思想も性格も正反対。

だからなのか、昔から仲が悪かった。国と国の境がきちんと確立されておらず、両国間で争いが絶えない。

 

 ウィルダネスシュタット民がトゥルムシュタットに足を踏み入れれば、教養がない、素行が悪い、武力で人を制圧する野蛮人等と罵り迫害される。

 トゥルムシュタット民がウィルダネスシュタットに足を踏み入れば、脆弱、融通がきかない、魔術に頼らなければ何も出来ない屑等とこちらも罵り迫害される。

 

 そんな長きに渡ってギスギスとしていた両国間に休止符を打った人物がいた。


 ディーデリック=ランドリッヒ。リックという愛称で親しまれているウィルダネスシュタットで生まれた青年だ。小さい頃から剣を振るい、逞しい偉丈夫に育った彼は好奇心旺盛でその身と剣一つで世を旅をする変わり者だった。

 

 しかしながら何処で身に付けたのか、それとも自前だったのか、謎の処世術でトゥルムシュタットでも良好な人間関係を築いていた。


 

 いつの間にか両国の王の親友にまで上り詰めたリックはある日突然究極な選択を強いられることになった。

 故郷であるウィルダネスシュタットの王にはトゥルムシュタットの王と縁を切り、祖国に留まれと仰せられてしまった一方、トゥルムシュタットの王にはウィルダネスシュタットの王と縁を切り、故郷を捨ててトゥルムシュタットに移住しろと仰せられてしまった。

 リックにとって二人の王はかけがえのない大切な親友だ。どちらかを選ぶなんて出来ない。

 板挟みになった彼はある事を思いついた。


 ──軍事国家ウィルダネスシュタットと魔術国家トゥルムシュタットの国境付近に新しい国をつくろう。


 それが彼の案だった。両国の境に新たな国を建立することで国境を確立し、争いを無くす。また、この国を介することによって今まで活発的とは言えなかった両国の貿易をスムーズに行なう事が出来るようになる。

 中々理にかなってるのではないかとリックは自画自賛する。どちらにもつかず、あくまで両国の均衡を保つ中立の立場。

 悪く言えば彼は新しい国を作る事で両国王の選択から上手く逃げたのだった。

 

 そして生まれたのがディーデリック=ランドリッヒを王とした中立国家、グレンツェだ。

 ウィルダネスシュタットとトゥルムシュタットから互いに差別意識の少ない者達を募ると同時にリック自身も旅の中で出会った信頼出来る人物達に頼み込み、親友の王二人にも個別に協力してもらってつくりあげた国。

国の規模はウィルダネスシュタットどころかトゥルムシュタットにも及ばない。こじんまりとした国である。


 両国との友好的な外交で自国を栄さえさせたリック。

 今まで色恋に憂き身を窶すことなく剣を片手に旅をして、予想外にも一国の王になってしまった彼にも漸く春が来た。

グレンツェに外交目的で訪れていたトゥルムシュタットの美人魔術師に一目惚れしたのだ。それからリックは彼女に猛アタックした。

その甲斐あってか、二人は結ばれ、長男長女と二人の子供にも恵まれ、すくすくと成長していった。



 「……どうしてかしら、何故ギルは(わたくし)の婚約者になって下さらないの?」


 シャルロット=ランドリッヒ。グレンツェの王と王妃から生まれた正真正銘グレンツェのお姫様だ。

 父の故郷であるウィルダネスシュタットの(たみ)に多く見られる赤髪を腰まで伸ばし、くるくると毛先をきつめに巻いている。瞳の色は母の故郷であるトゥルムシュタットの民に多いエメラルドグリーンだ。

 美男美女である両親の良いところを受け継いだ彼女の容姿はずば抜けて良かった。

……やや性格に難があるが、それもご愛敬だ。


 蝶よ花よと育てられた彼女も今年で16歳。最近ではそろそろ婚約者が欲しいですわと両親に掛け合っている。

 父であるディーデリックからしてみればシャルロットに婚約者なんてまだ早いと思っていた。彼女の3つ年上である兄のセドリックだってついこの間婚約者を決めたのだ。自分や息子と比べれば早すぎるだろう。

 しかし、女の子は男の子より恋に目覚めるのが早いものよと妻であるコゼットに言われ、ディーデリックは渋々娘の恋路に加担することになってしまうのだった。

 

 ギルバート=グレゴリー。グレンツェの近衛騎士団の第一副師団長で先日21歳になった。彼はシャルロットの想い人だ。5歳年上な彼をシャルロットは自身の婚約者に希望していた。

 

 母の手助けもあり、父を説得させてやっと彼を自分の婚約者に出来ると思った矢先、あろうことか先方はグレンツェの王であるシャルロットの父の申し出を断った。

 自分が仕えている王直々の申し出を断るとはどういうことだとシャルロットに衝撃が走る。

 彼女はギルバートがすんなり自分の婚約者になり、16歳の誕生日にめでたく結婚という人生のゴールインを迎えるとばかり思っていた。むしろそれしか頭になかった。


「ま、まさか…… 私ってギルに嫌われていましたの?」


──嘘だ。そんな筈はない。


 シャルロットは首をぶんぶんと左右に振る。彼が自分の護衛だった時は何かと自分の世話を焼いてくれていたし、一生側で守ってくれるかと聞いた時は御意と短く言ってくれた。

嫌われていたらその言葉は貰えなかっただろう。

 

「もしかして…… 私の護衛は仕事の一環だからそう答えたのかしら? ギルの性格からして見れば充分有り得ますわっ」


 シャルロットの護衛はずっとギルバートであったが、彼が近衛騎士団の第一副師団長となってからは女騎士に変わり、最近はめっきり彼と会わなくなった。副師団長として活躍していると耳に聞く。忙しいのは分かるが少しくらい自分に会いに来て欲しいし、出来ることならずっと一緒にいたい。

 自分はこんなに貴方をお慕いしているのにどうして貴方は振り向いてくれないのかしらとシャルロットは自室の窓辺で嘆き、溜息をつく。

 彼女の心とは裏腹に空は澄み渡るくらいの快晴。まるで彼女を嘲笑っているかのように太陽がギラギラと輝いている。


「……駄目よ。こんなのは私らしくないわ。きっとまだ私の愛がギルに届いてないのね。もっと頑張らないとだわ。待ってなさいギル。私に惚れさせて見せますわ!」


 先程の憂いた表情をすっ飛ばし、持ち前のポジティブさをものの数十秒で取り戻したシャルロット。エメラルドグリーンの瞳は今度は灼熱の太陽の如くメラメラと闘士を燃やしていた。



 

 

 近衛騎士団が所持する厩舎で馬に荷物を積んでいたギルバートは突然身体がぶるっと震え、良い天気にも関わらず寒気を感じた。

 彼の手が止まったことに気付いた近衛騎士団の第一師団長であるアレクは首を傾げる。


「ギル? どうした?」

「……少し悪寒が」

「おいおい、風邪か? 大丈夫かよ。これからディーデリック王と共にトゥルムとの外交に必要な鉱山物や特産物を採取しにウィルダネスに行くんだぞ? 採取場所はウィルダネスの中でも一際モンスターがうじゃうじゃいる区域だ。万全な体調で挑まないと腕や足を持ってかれるぞ」

「治まったから問題ない。それに俺は師団長と違って体調を崩したくらいでモンスターに遅れは取らない」

「言葉のあやだろ! 俺だってどんなに高熱であろうとマンモス級のモンスターだって討伐出来る! ……なんだその目は。仕事前にいっちょやるか?」


 ギルバートに無言で疑いの目を向けられるというダブルパンチを食らったアレク。流石に自分の実力を過大評価し過ぎたとは思うものの、今更訂正するのも彼のプライドが許さない。

 今はグレンツェに身を寄せているが、彼の故郷は高圧的で荒くれ者が多いあのウィルダネスシュタットだ。売られた喧嘩は速攻買う。それはギルバートも同じだった。

 ギルバートの両親は父がトゥルムシュタット民、母がウィルダネスシュタット民とアレクのように生粋のウィルダネスシュタット民ではないが、戦闘狂の母から受け継いだその気性の荒さが時々垣間見る。


 厩舎から出たアレクとギルバート。アレクは背中に背負っていた大剣を抜き、ギルバートは腰に差していた長剣をスッと抜いて間合いを取りながら構える。

 そして暫しの静寂の後、両者は風を切るかのように走り出す。どちらも一歩も引かず、激しい斬撃の攻防戦が繰り広げられた。


 

 結局勝負はつかず、時間になっても集合場所に現れない二人を不審に思った騎士団員によって止められた。

 師団長と副師団長が遅刻とはとその遅刻内容を聞いたディーデリックはあまりに幼稚過ぎる理由に呆れてこめかみを押える。

 

「申し訳ありません、ディーデリック王。此度は第一師団長である私と第一副師団長であるギルバートの稚拙なやり取りでお時間を取らせてしまいました」

「……まぁ良い。血気盛んなのは2人共ウィルダネスの血が流れているからな。そのやる気を味方ではなく、道中のモンスターを倒すために注いでやってくれ。──……ああ、それとギルバート、お前はもう少し愛情の方もだな、注いであげてくないか?」

「……? 何故殺すモンスターに愛情を…… 慈悲ですか?」

「……俺が悪かった。主語が足りてなかったな。それと今のは忘れてくれ」


 片膝をつきながらディーデリック王に頭を下げていたギルバートは話が変わったことに全く気付いていない。彼にはディーデリック王が何を言っているのか理解出来なかった。


──人間の敵である獰猛なモンスターに何故愛情を注がねばならないのか。


 自分にだけ言われたと言うことは、師団長であるアレクは常日頃から愛情をモンスターに注いでいたのかとまたもや彼に不審な目を向けてしまう。

 しかし今回彼は怒ることもなく、何やらディーデリック王と同じ苦笑いをしていた。

 どういう意味であったのか気になるが、忘れてくれとディーデリック王が仰ったということはそこまで重要な事柄ではなかったのだろうとギルバートは直ぐに考えることをやめた。


(……やれやれ。娘の恋は実るのかね……)


 ディーデリックは目の前にいる仕事と剣術以外は無頓着に見えるシャルロットの想い人、ギルバート=グレゴリーを見て、娘の恋路に不安が募るのであった。

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