とりあわせた色模様
彼女とは両親同志が友人で、物心付いた頃から共に過ごす事が自然になっていた。彼女は俺の二つ下。彼女が産まれる前から、俺は彼女の両親に可愛がられて、彼女が産まれてからもそれは続いた。彼女も俺同様に、俺の両親に可愛がられて育った。
互いが双方の両親も『親』と認めるような中で、俺たちの将来の話は大人たちの間で自然とされていた。
周囲や環境の所為にしたくは無いが、俺が彼女を異性として意識したのには、そんな環境もあったからだと思う。
幼少期に『彩くん』と呼んでいた彼女は、いつの間にか『彩』と俺を呼ぶようになっていた。それに気づいた時に、俺は心地よさを覚えた。彼女の特別なものになれた気がして、このままの時が続くと思った。自分に自信があった訳では無い。ただ、彼女も流れのままに俺を選ぶのだろうと思っていた節があった。
だから、手遅れになった。告白をしなかった。
その自分の愚かさに気が付いたのは、中学を卒業する頃。それまでに、彼女の心の変化に気付ける時間は何度もあった筈だった。
彼女は、善華と付き合いだしていた。
善華と先に出会っていたのは、俺自身だ。偶然、同じクラスになって、気が合った。――そんな奴だった。
善華は何度も俺の家に来るようになっていた。この頃は、俺たちは互いに親友だと思っていたと思う。別に普通の事だろう。普通と違った事。それは、俺の家には当たり前のように彼女の姿もあった事だ。
そうして、いつの間にか善華と彼女も話すようになり、二人が友人のような仲になると、俺たちは三人で居るのが自然となった。
いや、彼女の中では善華と居る事が自然となっていたのかもしれない。ずっと彼女を見てきた筈なのに、些細な彼女の変化に俺は気が付けなかった。
高校に行ってからも、何人かに告白された。それまでは躊躇いなく直ぐに断れていたが、心がざわつくようになった。特に相手に感情が沸いた訳でない。それなのに、心は揺れた。返事を先延ばしにして、付き合おうかと考えながら帰宅する事は何度もあった。
ただ、それは帰宅するまでの間の話だ。帰宅して彼女の姿を見る度に、答えはいつも同じ所に辿り着いた。
俺の感情など関係なしに、時間は過ぎていった。それなのに、俺達三人の居る時間だけが変わらなかった。デートと言っても、必ず俺まで連れまわす。善華の鈍感さには嫌気が刺した。本人たちに悪意が無い分、俺は心の中で悪意を育てるしかなかった。中でも、高校の最後の一年間は地獄になった。
同じ公立の高校に通う事になった彼女は『家が近いから』と、俺を呼びに来た。善華もそれを許した。のほほんとした性格は、彼女と善華の似ていた部分だ。次第にそれは、俺を苛立たせた。
大学の願書を取り寄せる時期に差し掛かった頃、偶然、善華も同じ大学を選んだと知った。戸惑う俺に対し、善華はのほほんと笑った。その笑顔に彼女が重なり、気が合うというよりも同じものを選んでしまう事が嫌になった。
その夜も彼女は俺の家に来ていた。ふと俺が部屋に来いと言ったら、彼女はすんなりとついて来た。俺の後ろを、子どもの頃と同じように歩く彼女。
俺は階段を上りながら、ひとつの答えを出していた。
彼女が部屋に入ると、俺は鍵を閉めた。すると、彼女は普段と違う行動を咎めるように、何故鍵を掛けたのかと聞いてきた。
「大事な話をする」
言葉少なに俺が言うと、彼女は身を固くし、視線を伏せた。いつもなら躊躇いなく座るベッドの上。だが、彼女は避けるように周囲を見回し、机の椅子を引き寄せ座った。俺は定位置のベッドの上に座り、彼女と向き合った。
いつもなら、左側に彼女の肢体があった。それ思うと、彼女はようやく俺に対して身の危険を感じたのかと、嬉しくもあった。
「なに?」
短い彼女の声が、俺の感情に火を付けそうになった。スカートから覗く膝が、妙に厭らしく見え、正面に距離を置いて座る彼女に近づきたくなった。
「いや……」
咄嗟に俺は彼女から視線を外した。彼女が警戒しているからこそ、俺と距離を取った。近づくべきでは無いのは明らかだった。
「いつまで、今のままなんだ」
言いたい言葉は幾つも浮かんで、ようやく言った言葉だった。けれど、当然のように彼女に真意は伝わらなかった。
「どういう……意味?」
彼女の小さな声だけで、俺の鼓動は簡単に早く脈打つ。俺のこの苦しさを、彼女は知らないのだろう。だから真っ直ぐな視線を俺に投げられるのだろうと、一方的な想いを募らせた。
「俺は、君が……好きだ、彩華」
『彩華』という名は、俺の名前が元となって付けられた名だ。彼女が産まれた時に、俺との未来を想像した両親同志は、盛り上がって彼女の名に『彩』と入れたのだと聞いた事がある。彼女自身も、一度は聞いた事があるだろう。――善華は知ってか知らずか、彩華を『華』と呼ぶ。そして、それを彼女も受け入れていた。
俺が視線を上げると、彼女と目が合った。彼女の大きな瞳が、より大きくなった。言えなかった感情を口にして、俺は感情を抑えていたくなくなっていた。立ち上がると、一歩、彼女へと踏み出していた。
人が溢れる改札で、善華の姿に足が止まっていた。周囲の人々がぼやけた視界の中で、善華が振り向き、俺に笑顔を浮かべる。
「彩、来てくれてありがとう」
何も知らないような無邪気な笑顔の善華。
「約束したからな」
無愛想な俺の低い声にも、善華の笑顔は曇らない。
こうして見ていると、善華は昔から変わっていない。善華はいい奴だ。俺とは違い、人を妬む事さえ知らないのではないかと思う。
「やっぱり、彩だ。嬉しいよ」
純粋過ぎて、俺は自分の醜い部分を浮き彫りにされる。
俺は、善華の思っているような『いい奴』などでは無いのに、善華の中の俺は『いい奴』のままなのだろう。