姉よ。 (5)
姉よ。
お前は小学生か。
今夜、両親の帰りが遅くなるというので、私と姉は近所のファミレスに夕食を食べに来た。
両親もケチなもので、私と姉で1000円づつ、2000円しか渡してくれなかった。
まあ、別にがっつりと食べるつもりは無いので良いのだが。
それよりも、だ。
姉が暴走して止まらない。
ドリンクバーでオリジナルドリンクを作る手が、止まらない。
「姉さん。 コーヒーと○ーラを何故混ぜるの。」
「なんか黒い物同士、仲良いんじゃね?」
「なら何故全部最後まで飲まないの。 黒い物をリスペクトしてあげて頂戴。」
「ちょっと夫婦喧嘩中なんだ。」
「仲が良くなりすぎていつの間にか結婚してたのね。」
もうツッコむ気も失せていた私は、姉の話に合わせる事にした。
メロンソーダとオレンジジュースやらを混ぜているのはまだ許せるが、紅茶にココアを混ぜ始めた時から、姉はドリンクバーに宣戦布告をしたのだろう。
味的に報復攻撃を受けているみたいだが私は知らない。
「なんだよ。 お前だって良い組み合わせ見つけたら良いじゃん。」
「何故混ぜる必要があるの。 コーヒーだけで良いわ。」
「はん? じゃあ、ミルクも砂糖も混ぜねーのかよ。」
「は?」
「何も混ぜないんだろ? じゃあ何も入れんなよ!」
なんだこの小学生ばりの屁理屈は。
うちの姉は5年前から胸も背も成長してないが、中身も成長してないようだ。
「もういいわ。 混ぜるのにも何にでも好きにして頂戴。」
「ふーん。 そっか。 じゃあ、手伝ってやんよ。」
「やめて姉さん。 それは当店自慢の特製ソースよ。 コーヒーと同じ土俵には立てないわ。」
ガッ! と、ソースのボトルを掴んだ姉の手を止める私。
姉は遂に私とソースにまで宣戦布告をしたようだ。
よろしい。 ならば戦争だ。
「ああっ!!」
姉の手から奪い取ったソースという名の爆弾。
それを姉の和風ソーススパケッティの上に――――投下した。
「あっ! ああ…………あぁ……。」
その惨劇に、泣きそうな顔をする姉さん。
ふっ。 悪は滅んだ。
「くっ! このっ!!」
反撃とばかりに、私の一口残っていたビーフハンバーグステーキの上にソースを掛ける姉さん。
「あら、姉さんありがとう。 一味足りないと思って居たのよ。」
それを普通にフォークに刺して、ペレットでじゅう、と、焼きしめた後。デミグラスソースも付け、自分の口に運ぶ私。
おいしいわ。 とても美味しい。
「ぐっ!! くぬぬぬっ!!!」
姉は涙目で私を睨む。 これはあれか。 ぐぬぬ顔というヤツだ。
姉よ。
今日は私の完全勝利のようだな。
そう、勝ち誇った瞬間だった。 次の姉の発言に私は固まった。
「……泣くぞ?」
「は?」
「大声で泣くぞ。 姉ちゃんが苛めたって。」
「何を言っているの姉さん。 貴女がこの世界に不幸にも君臨したのは私より三年も前よ?」
だが、私は正直焦っていた。 私も姉も、二人とも私服である。
客観的に見れば、小学生の妹の和風スパゲッティを無慈悲に特製ソースを用いて蹂躙した姉に、私は見えない事もない。
「更に、あたしには、これがある。」
なっ!!それは先月号のりぼ○の付録の腕時計!!
くきき、と、青いベルト部分を真っ直ぐに伸ばし、どういう仕組みになっているのかわからないが、腕にピシャン! と、叩きつけると、姉の細い腕にくりん、と、フィットする。
…………。
ドヤァ? という顔をする姉。
「姉さん。 何が望み?」
「これ食ってみろ。」
つい、と、特製ソースが掛かった和風スパゲッティが乗った皿を、私の前に出す姉。
なんというKAMIKAZE。 自分の気にしている身体的特徴をも武器とするとは。
だが、我が国はKAMIKAZEにもテロにも姉にも屈しない。
瞬時に、私は自分のビーフハンバーグステーキの皿を姉の前に出す。
「姉さん、私が悪かったわ。 食べていいわよ。」
皿の上には、まだポテトと野菜が残っている。
「なっ! いいのか!?」
「いいわ。」
そして何の疑いも無くポテトを口に入れる姉。
――――瞬時に繰り出される私の右手。
スパァン!!
「っ!? …………っ?????」
不意に左頬を私に平手で叩かれた姉は、その叩かれた頬を押さえながら、一体何が? という顔をする。
覚えておくが良い。
……我が国は手段を選ばないのよ。
私は、肘をテーブルの上に付け、親指と人差し指の間で顎を押さえる。
「食べ物で遊んじゃダメじゃない。 ちゃんと食べなさいよ?」
周りの数人の客が、何事かとこっちを見て、そして、状況をそれぞれが理解する。
妹の悪戯を、姉が叱る構図である、と、大半の者は思うだろう。
「これもちゃんと食べなさい。」
遂に、私の前から姉の前に再び戻される爆弾入りの和風スパゲッティ。
「くぬっ!! くぬぬぬぬっ!!!」
半泣きどころか、85%泣きでそれにフォークを入れる姉。
家の中ならば、食えるか!! と、皿をひっくり返すかもしれないが、既に他の客に私達の行動は見られて居る。
ここで更に攻撃を繰り出すほど、姉は愚かではなかった様だ。
泣きながら和風スパゲッティを食べる姉。
これが、ソースとスパゲッティと私達の終戦だった。
ほんの一口だけ食べてみた姉の和風スパゲッティの味は、まるで在りし日のアメリカ合衆国とソビエトユニオンの冷戦のよう。
二つの相容れない味によって 領土の半分以上を焦土(特製ソース浸し)とされた姉国は、遂に抵抗の意思を失ったのであった。
…………。
流石にやり過ぎたと思った私は、私が自腹で頼んだチョコレートパルフェを姉と一緒につついた。
姉よ。
お前は微笑みながらパルフェを食べていたが、周りからは微笑ましい顔で見られて居た事を、私がお前に伝える事はきっと無いだろう。