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【第九話】 今は僕がいるから

【前回の神様とアダンの会話の全容】


『だから人間には見えないのよ! 何回言わせるのよ!』


「……はい」


『あんた、とうとう約束破ったわね。それがどういう意味かわかってんの?』


「……はい。すいません」


『……まぁあんたを見てたらいづれそうなると思ってたわ。だから一度は見逃してあげるわよ』


「え、本当ですか?」


『ただし! それ以上バラしたら、あんた即効で残りの寿命もらうわよ! わかった?!』


「は、はい! わかりました!」


『……今回、あんたももちろん悪いけど、このままだとはなももう一度聞きそうね』


「……え、そうですか?」


『新月のとき、少し姿を見せようかと思ったけどなしよ! 代わりに、この子の嫌いなあいつを擬人化してやるんだから!』


「えっ! も、もしかして……」


『ふふ、そうよ。ゴキブリよ! 楽しみにしておきなさい! そして、これ以上探るんじゃないわよって伝えなさいよ! いいわね!』


「え、あ! か、神様!」


 アダンから神様との会話を聞いた私は、色々と思うことはあったけれど口に出せなかった。


「……か、神様って怖い人なのね」


「うん……神様だからね」


 なぜか青ざめたままのアダン。それを見てると、私も本当は青ざめたいけれどそんな気分じゃなくなる不思議。


「げ、元気出してアダン」


「……ごめんなさい、はな。僕が余計なことを言ったばっかりに……」


 いや、今回は全面的に私が悪いわ。


「ううん、私が悪いのよ。あなたを試すようなことを言ったから……。でも、神様との約束とか、今の会話を聞くと……その……色々疑問が浮かんできちゃうんだけど……」


 言ってはいけないとわかってても、どうしても気になる。

 新月に何があるの?

 残りの寿命って何?


「……はな、聞きたそうだね」


 アダンは困った顔で笑う。


「いいの。これ以上聞いたら、神様から恨みを買いそうだから。……でも一つだけ」


 じっと真剣な眼差しのアダンを真正面から見る。

 私もぎゅっと拳を握る。唾をごくんと飲み込んで、口を開いた。


「……私を襲う気なの?」


「……え?」


 アダンは目をぱちくりさせる。


「……さっきの約束の中にあったわよね……人間との間に子孫を残さないって」


「え……あぁ。あったよ」


 思わずテーブルを両手で叩きつけた。

 バン! と大きな音にビクッとアダンは後ずさる。


「それどういう意味よ! アダン、全裸で現れたことと言い、やっぱり私を襲う目的で擬人化したの!?」


「そ、そんなわけないよ! あの約束は神様が決めたことだから、どういう意味かはわからないよ!」


「じゃ、じゃあアダンはどうして私と擬人化してまで話したかったのよ!」


「ほ、本当にはなとお話したかっただけなんだよ!」


 目が潤んでる。……いかん、泣きそうだ。


「わ、わかったわ。アダンの言うことを信じます」


「ほ、本当? 僕ははなの味方だからね」


 にっこりと笑うアダン青年。本当に見た目は青年でも、中身は子どもみたいね。無邪気な笑顔が眩しいわ。

 それより――。


「Gの擬人化よ! よりによってGを擬人化するなんて! 想像したくない!」


 あの姿かたちを思い出すだけでも……いやいや、思い出したくもない!

 なのに、なのに、よりによってどうしてGを擬人化するのよ! あ、頭が痛くなりそう……。


「はな、大丈夫?」


「……新月って言ってたわね」


 頭を押さえながらカレンダーに目をやる。

 ……ってカレンダーに書いてない。ちょっと混乱しているかも。のそのそと窓から外を見上げた。

 ほっそりとした三日月が浮かんでいる。アダンも一緒に月を見上げた。


「……もうすぐ新月だね」


「あと二、三日後っていう感じね。……ど、どうしようアダン。私、本当にG駄目なの……」


 アダンのパジャマを掴む。

 掴みながら部屋を見渡した。――よく考えれば、擬人化するっということは今この部屋に、あのGがいる、ということではなかろうか。


「あ、アダン、こ、この部屋に、もしかして、じ、Gはいるってこと?」


 当分見ていなかったから、すっかり安心していたのに。

 何だか異常に怖さを感じる。自分の部屋なのに、どこかに逃げたい。もし寝ているときに足を這ったら? もしつぶしてしまったら? 色んなことが頭を巡る。

 どうしよう――どうしよう――。


「はーな、大丈夫だよ。今は僕がいるから」


 その声にハッとして見上げると、アダンの優しい顔があった。

 ギュっと握り締めていた私の手をほどいて、アダンが優しく握ってくれた。


「そんなに恐がらなくても、Gははなを襲わないよ。もし近づいてきても、僕が追い払ってあげる」


 頭を撫でられた。

 ……あれ、気のせいかアダンが子どもじゃなくて大人に見える。実はアダンってとっても頼りがいのある人、いや、クモだったのね……!

 そっと私も手を握り返そうとすると。


「でも、新月の日は僕、擬人化していないんだ。それでも、新月の日までは僕が守ってあげるから」


「ありがと……って、ええ!! アダンいないの!?」


 叫ぶ私の横で、すぐにアダンの顔が青ざめた。

 言ってしまったという感じに手で口を押さえている。けれど、どうやら神様の気配はないようでアダンは長いため息を吐いた。

 私はそれどころじゃない! 


「どど、どういうこと?」


「……神様から新月の日は擬人化しないって言われたんだ。どうしてかは知らない。その代わりにGが多分擬人化するんだと思う……」


 ついさっきまで、アダンのこと頼もしいって思ったのに!

 ってGが擬人化する時にアダンがいないってことは……Gと二人っきりっていうこと!?


「……ありえない。神様……ひどい」


 がっくりと床に手をついた。お供えもしたのに。それなのに……。


「だ、大丈夫! 新月の日、僕は擬人化していないけれど、部屋の隅から見守ってるから!」


 と、グッと握りこぶしを作りまかせろと言わんばかりに胸を張るアダン。

 私は苦笑いで返す気力しか残っていなかった……。



 仕事の最中も、G擬人化、の単語が頭から抜けずため息ばかりが出て行く。

 ベテランのおじさんたちにも心配される始末。けれど、笑って誤魔化すしかない。だって、本当のことを言ったって誰も信じてくれないでしょうし。


「はな先輩、どうしたんすか今日は。ため息ばっかり出てますけど」


 ラーメンを啜りながら祐樹くんが尋ねてきた。


「え。あぁ……まぁ色々あったのよ」


 もうこれ以上聞かないで。

 笑う気分じゃないのに、笑わないと誤魔化せないのがしんどいの。

 けれど、そんな心の叫びも聞こえるはずはなく――祐樹くんには誤魔化しは効かず、心配そうな表情へと変わった。


「俺、話聞きますよ? ……というか、先輩最近悩んでばっかりじゃないですか?」


「え? そ、そうかな?」


 やはり祐樹くんは引き下がらないよね。すると――。


「よし。先輩、ここじゃ何ですし、この後の外回りちゃちゃっと終わらして、どこかお茶でも飲みましょう。そこでお話聞きますよ」


 そう言ってラーメンを豪快に啜り始めた。私も釣られるようにラーメンを急いで啜った。


 

「あ、ここです。行きましょう」


 午後の外回りは二人が全く無駄のない働きでテキパキと終わり、終業の時間まで余裕ができた。

 会社の車で着いた先は、見たことのない喫茶店だった。

 運転手は祐樹くんだったので、ここがどこかも知らない。私は初めて見るお店だったけれど、祐樹くんは店内に入っても落ち着いた様子で、店の一番奥の席へと座る。

 気遣ってくれたのか、ソファ側を私に譲ってくれた。

 店内に他のお客さんもいるようだったけれど、高い仕切りがあるので姿は見えない。席すぐ近くに大きな窓があり外の様子が見える。けれど、丁度顔が隠れるように観葉植物が置かれている。大きな窓からは綺麗な青空が見えた。


「良いお店ね」


 私の言葉に微笑んで答えた祐樹くんは、やって来たウェイトレスにコーヒーを二つとケーキを頼んでくれた。


「ここ、よく商談で使うんです。コーヒーが美味しいし、人目を気にしないでいいし気に入ってます」


 やって来たコーヒーに二人同時に啜る。


「……美味しい」


「でしょ」


 白い歯を見せ、ニコッと笑う祐樹くん。一緒に来たケーキを私の方へ運ぶ。


「ケーキどうぞ。甘いもの食べて、元気出してください」


「……ありがとう」


 真っ白な生クリームに、真っ赤な苺のショートケーキ。一口食べると、ふわっとした生地と甘さ控えめの生クリームがとっても美味しい。


「……本当、先輩って……」


「え……何?」


「いえいえ、何でもないです。……で、何に悩んでいるんですか? また友達の話ですか?」


 にやりと笑って、挑発的な目で見られた。

 ……もう友達のたとえ話は通用しなさそう。んー、どうしよう。祐樹くんなら信じてくれるかなぁ。


「祐樹くん」


「え……な、なんですか?」


 じーっと祐樹くんを見る。

 今、アダンの話をしたら信じる? それとも信じない? それとも私のこと、頭のおかしい奴なんて思うかしら。


「……今から言うことは冗談じゃないよ。それだけは頭に入れてね」


「は、はい」


「……実は、私の家に……擬人化したクモがいるの」


「……」

「……」


「……はい?」


 薄ら笑いで返された。


「……やっぱり信じてくれないわよね。やっぱりいい……」


「ちょ、ちょっと待ってください。ちゃんと言ってくれなきゃわからないですよ。どういうことですか、擬人化って」


「だから、ちょっと前にハエトリグモが擬人化しているの。夜の間だけなんだけどね」


「は、はぁ」


「それで……今度の新月の日に……Gが……ご、ゴキブリが擬人化するのよ」


 ケーキを前にゴキブリなんて言いたくなかった!

 言ってしまった口にコーヒーを流し込む。


「……それをどうやってやり過ごそうかと悩んでいたのよ」


 はぁ――ため息が出てしまう。

 本当にどうしたら……。アダンが新月の日にクモに戻っているなんて。

 ――って、祐樹くんがなかなか言葉を発しない。

 ちらっと見ると――青空を眺めていた。


「祐樹くん……聞いてる?」


「……はな先輩」


 私をじっと見つめる祐樹くんからは笑みは消え、真面目な顔つきになっている。


「今日はもう家に帰ってください。きっと疲れているんです」


「え? ち、違うよ」


「無理しないでください。俺が近くまで送ります。課長にはうまく伝えておきますから」


 祐樹くんが頭を抱えてため息を吐いている。

 ちょ、ちょっと! 


「祐樹くん! だから、最初に言ったでしょ。これは冗談じゃないって」


「……と言われても、擬人化とか漫画やアニメじゃあるまいし……」


「……そう、よね」 


 そりゃそうだよね。私だっていきなり擬人化したって言われたら戸惑うだろうし。

 コーヒーを一口飲んで、無理やり微笑んだ。


「祐樹くんなら信じてくれるかなぁなんて思ったんだけれど……信じられないよね」


 帰ろう。

 このままいても、ため息しか出ないだろうし。

 そう思って席を立った瞬間だった――。


「待って」


 いきなり祐樹くんが手首を掴んできた。


「その、えっと……よくわからないんです。擬人化って言われても……想像ができないというか、なんてアドバイスすればいいのかって」


 真剣な眼差しだった。


「だから……その、あ、会わせてください、そのクモと!」


「……え?」


 まさか、うちに来るつもりなの?


「ちょ、ちょっと待って! 私の家、その、ボロで……とにかくすっごいボロボロのアパートなの! 祐樹くんが見たらきっと引いてしまうぐらいのボロなのよ!」


「はな先輩、そんな大きな声でボロボロ言わない方が……」


 ハッとして周りを見渡すと、ウェイトレスや周りに座っていたお客さんが冷たい目で私を見ている。

 私はおずおずと静かに席に座り直す。


「……とにかく、祐樹くんに見せられるような家じゃないの。だから、もうこの話は忘れて」


 あぁ変なこと言うんじゃなかった……。

 店内で白い目で見られる、祐樹くんからは馬鹿にされる……散々だ。


「……はぁ」


「俺、先輩がどんな所に住んでいようが関係ないんですけど」


 と、強めに言われて見てみると、少しむすっとしている祐樹くんの顔があった。


「俺は別に先輩の住んでいる場所を見定めに行くわけじゃないんです。例えどんなにボロい家だろうが、先輩に対する思いは変わらない。単純に悩みを解消してあげたいだけです」


「じゃ、じゃあ、私の話を信じて助言してくれるだけでも助かるんだけど……。別に、私の家に行かなくたっていいでしょう……?」


 そうよ。何も家まで来ることじゃない。

 あんな狭いボロアパートに祐樹くんが来るなんて……想像できないわ! というか、祐樹くんがかわいそうなレベルよ。

 祐樹くんはコーヒーを啜り、じーっとテーブルに視線を落とし考えている。

 そして視線を戻し私を見つめる。


「そこまで先輩が話す擬人化……俺も興味が沸いてきました。ぜひ実際に見てみたいですね、その擬人化グモ」


 と、にっこりと悪戯っぽく笑う祐樹くん。


「なのでぜひ先輩の家へ伺いたいです」


「……どうしてもクモが見たいの?」


「はい、ぜひ!」


 見たことのない祐樹くんの笑顔。……どこか作り笑顔っぽい気がする。

 けれど、自分から話しちゃったんだし、悩みを解消してくれるかもしれないし……しょうがないよね。 


「……わかったわ。じゃあ今日の帰り、私の家に案内するわ」


「マジッすか! へへ、楽しみだなー!」


 白い歯を見せてニコッと笑う祐樹くんの顔に、本当に助言をくれるのか怪しい気がした。


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