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【第七話】 相談に乗ります

 本当は駄目なんだけど、仕事の最中もアダンの様子がひっかかって仕方なかった。

 あんなに無邪気な笑顔ばっかり見せていたのに――あの時だけは違った。

 気になる――。


「……先輩。はな先輩!」


 ハッとして振り返ると、祐樹くんが首を傾げて心配そうにしている。


「……大丈夫ですか? お昼行きましょうよ」


「あ……うん。そうだね、行きましょう」


 気づけばもうお昼休憩の時間だった。いかんいかん、集中しなきゃ……。

 祐樹くんといつものラーメン屋さんに向かう。相変わらず店内は人でごった返している。

 ラーメンを待っている時も、店内の騒がしさが嘘みたいに耳に入らなかった。自然とアダンのあの顔が浮かんでくる。


「何かあったんですか? 今日、一日中ぼーっとしてますよ?」


「……え?」


 祐樹くんの声で現実に戻った。――いつの間にか目の前にラーメンが運ばれている。


「な、何でもないよっ! さ、さぁラーメン食べましょう」


 私がラーメンを啜る横で、じーっと祐樹くんが睨んでくる。


「俺に話せないことなんですか?」


 ある意味話せない。というか、信じてもらえないと思う。


「うーん。そういうわけではないんだけれども……」


「だったら話してください。相談に乗ります」


 真剣な眼差しだった。

 こんな状況で、クモが擬人化した、なんて言ったら祐樹くんの信用を失いそうだなぁ。ど、どうしたら……。あ、そうだ、たとえ話にしてしまおう。


「じ、実はね、友達から相談を受けていてね。なんて答えたらいいのかわからなくて……」


「……どんな相談ですか?」


「……その子の知り合いで、ちょっと変わった子がいてね……。でも、その子は見た目こそちょっと変わっているんだけど、中身は全然普通の子。童心を持ち合わせていて、とっても素直な良い子なの。そんな子が突然……いつもと違う様子で……」


「……いつもと違うとは?」


「今までは笑顔を振りまいていて……こっちが恥ずかしくなるような、それぐらい楽しそうな嬉しそうな笑顔で話していたの。けれど、初めて……」


 そう、初めて笑わずに答えていた。

 アダンがいつも笑顔だから余計に違和感を覚えた。


「笑っていなかった。何か……隠しているの。……祐樹くん、どう思う?」


 じっと私の顔を見つめた後、大きなため息を吐いて腕を組んだ。


「……なるほど。その……友達はその人とはどういう関係ですか?」


「関係? ……友達よ」


「友達、ですか。……どんな事情があるかは知りませんが、もしかしたら勘違いという可能性もあるので、話してくれるまで待つしかないんじゃないですか?」


 と、ラーメンを啜りながら答えてくれた。気のせいか、なんだか祐樹くんが冷たい気がする。

 私も釣られてラーメンを啜った。……待つしかないのかなぁ。


「というより、それ、本当にはな先輩の友達の話ですか?」


 ドキッとして祐樹くんを見ると、すっごく疑り深い目でじとーっと見ていた。


「ももも、もちろん! じゃ、じゃあ祐樹くんの言う通り待つように伝えておくわ。あはは」


 間違いなく疑っている。

 笑って誤魔化そうとする私に、祐樹くんは呆れた様子でまた大きなため息を一つ吐いた。


「でも、仮にその友達が俺だったら……やっぱり気になって仕方ないので、無理やり聞くかもしれないですね」


「……無理やり?」


「どうでもいい奴だったら、何か言ってくるまで放っておきます。でも、気になる相手がいつもと違う様子だったら、何があったのか知りたいですから無理やり聞きます」


 すると、真っ直ぐ祐樹くんが私を見る。


「で、その友達はその方をどう思っているんですか? どうでもいい相手なんですか、それとも気になる相手なんですか?」


 鋭い視線は私の心まで見抜いているように思える。

 め、目を逸らしたい――でも、逸らしたらきっと嘘ついてることが絶対バレるわ。


「き、気になる相手……なんじゃないかな? 私に相談してくるぐらいだし?」


「気になる、というのはどういう意味の気になるですか?」


 どういう意味? ってその意味がわからないよっ!


「さ、さぁ」


「ちなみに、気になる、の意味は……好きっていう意味ですよ。同じ意味という認識でいいんですか?」


 な、何を言っているの祐樹くん! 目が怒っているような冷たいような……顔が真剣すぎて怖いよ!

 か、金縛りに合ったみたいに、ラーメンの箸が進まない。

 ど、どしよ……あ、そうだ――。嘘に嘘だけど……ごめんね祐樹くん!


「や、やだなぁ祐樹くん。この話、女の子同士の話よ? 友達だから好きに決まっているじゃない」


「……え」


 すると、段々と祐樹くんのがしぼんでいく見たいに小さくなっていく。

 顔も段々とほんのり赤くなる。


「あ……そ、そうだったんですね。す、すいません。調子乗りました……」


「え。い、いいのよ。全然!」


 祐樹くんの表情がコロコロと変わる。

 笑っちゃいけないけれど、なんだか面白い。


「ふふっ! もう祐樹くん真剣なんだから。でもありがとう、参考にさせてもらうわ」


「あ……はい」


 私が笑ったせいかもしれないけど、祐樹くんの顔が真っ赤になる。

 その表情の変化にまた少し笑いがこぼれてしまった。


 昼休憩の後は、祐樹くんにたとえ話だけど相談したおかげか集中して仕事に臨めた。だけどやっぱり午前中のツケが回って、残業する羽目になった。

 まぁ仕方ないよねぇ。


「……先輩」


 顔を上げると、祐樹くんが微笑んでいた。……というか、私たち以外に残っていない。全く気付かなかった。


「もう遅いですし、帰りませんか?」


「……え、あ、もうこんな時間? んーでも……」


 もう少しでまとめられそうなんだけどなぁ。


「もう少し残るわ。祐樹くん、先に帰って」


「そうですか……」


 と言って席を立つ祐樹くん。

 さぁて、私もちゃちゃっと仕事を終わらせて、帰ってビールを飲むんだ。ビールが私を待っている。


「……どうぞ」


 手元に湯気の立つコーヒーが運ばれる。

 思わず顔を上げると、コーヒーを啜る祐樹くんがいた。


「俺も手伝います」


 悪戯っぽく笑うと、祐樹くんは私の手元の資料を覗き見る。


「あー、取引先のデータを打ち込んでいるんですね。じゃあ俺、入力に間違いないかチェックしていきます」


 そう言って隣の自分の席に着く祐樹くん。

 シャツの袖を捲ってやる気に満ち溢れているように見える。


「ゆ、祐樹くん。先に帰っていいのよ? これは私の仕事だし、祐樹くんまで残ることは……」


「先輩一人残して帰れると思います? 二人で終わらせてどこか飲みに行きましょう」


 にっこりと笑う祐樹くんに、ただただ笑うしかなかった。

 ……今日は飲み、断れそうにないなぁ。まぁいっか。……アダン、ごめんね。



 祐樹くんが手伝ってくれたおかげで、なんとか早めに切り上げることができた。

 そして、約束通り祐樹くんと二人で飲み屋へ。……今度こそ飲みすぎないようにしなければ。


「お疲れ様でしたー」


 乾杯をしてビールをぐびっと! んーうまい!


「……本当に、はなは美味しそうに飲むね」


 また見られた。そういう祐樹くんも、ぐびぐびと美味しそうにビールを飲んでいる。やっぱり仕事終わりのビールは格別。


「あれ、呼び捨て?」


「あ……会社から離れて今日の仕事終わったから呼んだけど……嫌?」


 即、首を横に振った。


「ううん、嫌じゃないよ! ……ありがとうね。今日は助かりました」


 ペコっと頭を下げてお礼を言うと、祐樹くんは照れくさそうに笑う。


「どうってことないよ。先輩のお役に立てて光栄です。……まぁ本当は一緒に帰って、こうやって飲み屋に来たかったのが本音だけどね」


「え?」


 私がいつも飲みを断るから? ……なかなか強行な作戦で来たわね、祐樹くん。


「そこまでしなくてもいいのに。それに私以外の人もいるし……」


「わかってないなー。俺は、はなと飲みに行きたいの!」


「え?」


 ……それはどういう意味でしょうか。

 黙りこんでじっと考える私に、ふふっと祐樹くんが小さく笑う。


「……はな、本当に面白い。もっとはなをいじめたい」


「な、何を言ってるのよ」


 肘をついて笑う祐樹くんに、なんだか遊ばれている気がして恥ずかしくなった。

 最近の祐樹くんは何かおかしい。なんと言えばいいのかわからないけど……。


「最近、はな変わったね」


 え、それは私の台詞では。

 祐樹くんはビールをちびちび飲みつつ続けた。


「……前はさ、何か仕事一筋っていう感じで、それはそれで魅力的な女性だったけど……固いイメージ?」


「固いイメージ?」


「そう。誰も寄せ付けない、というか。まぁ今の職場、女性がいないからそうなるのは必然的なことかもしれないけど……」


 確かに言われてみれば、他の男性社員から馬鹿にされないように必死に付いて行ってた。

 色々なことも言われたけど、我慢して仕事に集中していたかも。……まぁその分、家でぐーだらしてたけれど。


「でも、最近は違う。……なんて言ったらいいか難しいけど、もっと魅力的になった。少なくても俺にはそう見える」


 最近、と言われるとアダンが来たせいかな、と思ってしまう。アダンと色々話している内に、ストレスが薄れてるのかなぁ。

 ……ってさっきから祐樹くんは何を言っているんだ。



「……祐樹くん、褒めてくれるのは嬉しいけれど……私、そこまで魅力ある女性じゃないわよ」


「俺にとっては魅力ある女性ですよ?」


 と、にやりと微笑む祐樹くん。


「……あ、また恥ずかしいそうに顔を背ける」


 くくっと笑いを堪えている祐樹くん。

 ……なんて策士なやつだ……! わかっているけど、言われ慣れていない私は顔の火照りを抑えることはできず。

 祐樹くんの意地悪。


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