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【第五話】 二人でおでかけ

 朝起きると、ちゃんと布団の上にいた。

 ――って全く昨日の記憶がないんですけどっ!!

 着衣の乱れなし、お風呂に入った形跡なし、格好が昨日のまま。

 とりあえず、お風呂に入ろう。思い出しながらお風呂だ。そうしよう。

 そんな風に思っていると、ふと、テレビの上にクモがいた。――たぶん、アダンだろう。じっと動かず、こちらを見ているみたい。


「ご、ごめん。飲みすぎたみたいなの」


 と言って、逃げるようにお風呂場へと行った。


 

 お風呂から上がって、あやふやだけど少しずつ思い出してきた。

 昨日は祐樹くんとお食事だった。お昼前から始まったのに、ビールを浴びるように飲んだ。お酒の強い祐樹くんに対抗意識を燃やし、お店をはしごしている内にギブアップ。

 うん。たぶん合っている。

 でも、どうやって帰ったか思い出せないんだよねぇ。まぁ、いっか。無事に家に帰れたみたいだし、明日にでも祐樹くんに聞いてみよう。


「……よし、じゃあ神社へお参りに行きますかぁ」


 あらかじめ購入しておいた缶ジュースをビニール袋に入れ、玄関を出ようとした時だった。


「……ん」


 玄関までクモがぴょんぴょんと跳ねて近寄って来た。そして、そのクモは私の目の前でじっと動かない。

 近寄ってくる、外に逃げるわけでもない。


「……アダンも来る?」


 缶ジュースはポケットに入れて、中身のないビニール袋を大きく目の前で開けてあげた。すると、ぴょんと跳ねて、素直にビニール袋に入ったクモ。……絶対、アダンだろう。

 風で飛ばされないように口を軽く締めて、中を確認する。


「よし。じゃあ行きましょうか」



 まだまだ日差しは強い。日光を直接浴びて、コンクリートからの跳ね返りを浴びて、もう汗だくだく。唯一、ポケットに入れたジュースがひんやりと涼しさをくれた。

 神社は私のボロアパートからそう遠くないところにある。住宅街の中にある、小さな小さな山の中。急な階段を昇ると、そこに小さな神社がある。

 周りを木々で覆われていて、影が風にゆらゆらと揺れている。そのおかげか、ここだけ暑さが和らいでいる気がした。


「……相変わらず人気がないところだねぇ」


 暑いせいなのか、はたまた、住人から忘れ去られているのか、前回来たときも人はいなかった。ただ静かに木々が風で揺れる音だけが響いている。

 そして、神社自体も古めかしいものだった。

 神社といっても、そんな厳かなものではない。小さな小さな神社。一応、人の背丈ほどある赤い鳥居があり、その奥に冷蔵庫より少し大きめの社がある。そこには扉があって、その手前にはお供えができるように平らな木の板がある。だけど、そこには何もない。小さな砂や木の葉が無造作に落ちているだけだった。


「まさかここに神様が本当にいるなんて、みんな思わないのかなぁ」


 木の板を綺麗に手で払いのける。汚れた手をハンカチで拭いて、ジュースを取り出した。


「炭酸飲めないといけないから、オレンジジュースにしました。一応、開けておきますね」


 汗を掻いている缶ジュースを前に、そっと両手を添える。


 神様。初めまして、山本はな、と申します。

 先日、人間にしてもらったと言うクモが私の家に現れました。目がクモのように四つありましたので、その話を信じました。そして、そのクモから神様の存在を知り、今日このようにお参りさせていただいております。

 私の身の周りには、おそらく色々な生物がいると思います。クモが擬人化した時も大変驚きました。そして、そのクモが言うにはアシダカ先輩、というクモがいるということでした。

 お願いします。もうこれ以上の虫の擬人化はやめてください。そのアシダカ先輩、というのがどういう虫なのか、私は知りません。ですが、G……あ、いえ、ゴキブリの大きめを食べるということは、それなりの姿かと想像します。

 どうかもうこれ以上の擬人化はお控えください。


 目を開ける。……なんか長ったらしいことを祈ってしまった。逆にバチが当たるような気がしてきた。


「……あっ」


 すっかりビニールのことを忘れてた。口を緩めて覗き見た。


「アダン、出てくる?」


 そっと手のひらを入れると、ぴょんとクモが手のひらに乗った。風で飛ばされないように、そっと上げる。


「……神様いる? 私には見えないなぁ」


 社をじっと眺めても、そこにいるとはとても思えなかった。だけど、手のひらのアダンはじっと動かずに、じっと社を見ている――ように見えた。


    ◇    ◇


 夕方、陽がかけようかとする頃にお風呂に入った。私はゆっくり浸かりたいタイプなので、お風呂は長湯。その間に、どうやら陽が落ち月が上がったようで、部屋に入ると――。

 アダンが座ってテレビを眺めていた。私を見るや否やにこっと微笑む。


「さっぱりした?」


「……本当、急に現れるわね」


「今日は二人でおでかけできたから、ちょっと嬉しいんだ」


 そう言って、ニコニコと笑顔を絶やさない。そんなアダンの向かいに座る。


「……アダン、昨日はごめんね。その、会社の人と飲みすぎちゃったみたいで、どうやって帰って来たのか覚えてないの……」


「え、覚えてないの? 人間がはなをタクシーに乗せてここまで運んだんだよ」


「え。人間って……まさか祐樹くん?」


 しまった……醜態を晒してしまった。なんて馬鹿な私……会社で顔を合わせづらい。恥ずかしくて思わず伏せた。


「……なんか言ってなかった、その、人間」


「んー。特に何も言ってないよ。……その人間は、はなの何なの?」


「……え」


 顔を上げて見れば、きょとんとしたアダンがじっと見ている。


「何って……会社の人よ。仕事仲間」


「仲間?」


「そう、仲間」


 ふーん、と何か納得がいかない様子で考え込んでいる。何に納得が行かないのか知らないけど、まぁいいや。風呂上がりにビールといきたいけど……。


「……さすがに、昨日の今日だからビールはやめておこうかな」


「え、本当!」


 顔が一変。ぱあぁっとすごく嬉しそうな表情で、前のめりになっている。


「な、何がそんなに嬉しい?」


「はなとおしゃべりできるから!」


 頬づえをついて嬉しそうだ。そんなにおしゃべりが好きなのか。まぁおしゃべりと言っても……。あ、そうだ。


「今日、あの神社に神様いた?」


「え、いたよ? はな、見えなかったの?」


 嘘を言っているように見えない。どうやら、アダンには見えて私には見えない存在らしい。

 まぁ神様が見えたら、あんなに閑散としているわけないか。


「私の願い聞いてくれるかなぁ」


「何を願ったの?」


「……もうこれ以上、擬人化しませんように」


 喉が渇いたから冷蔵庫からお茶を取りに立ち上がる。一応、アダンの分も入れてあげましょうか。

 ビール以外に喉を潤すのはやっぱりお茶。今日はこれで我慢しよう。

 と、お茶を手に部屋へ戻ると、アダンは呆然とテーブルを眺めていた。


「アダン? お茶よ? どうしたの?」


 お茶を目の前に置いて、ようやくこちらを見る。


「ねぇはな。僕、はなの邪魔になってる?」


「え? そんなことないよ。……あぁごめんごめん。擬人化しませんようにっていうのは、これ以上人が増えるとこの部屋じゃ窮屈じゃない。それにGのビックサイズを食べるクモなんて、ちょっと見たくないなぁと思って。ごめんね、言葉足らずで」


「アシダカ先輩のこと? でも、先輩はいいクモだよ」


「んーまぁいいクモなんでしょうけどね。私もGを食べてくれるなんて、すっごく感謝しているわ。けど、擬人化してこの部屋に三人もいると生活しづらいからなぁ」


 お世辞でもこの部屋は広くない。今でも、夜アダンが擬人化するだけで少々狭い。まぁ、アダンが気を使って身を縮めているおかげで、そんなに苦ではないけれど。


「僕は今、はなの役に立っているのかなぁ」


 アダンがしょんぼりと視線を落とす。


「僕、先輩みたいにがつがつ食事できないし、体も大きくないし。……はなの役に立っていないかな?」


 今にも泣きそうな顔だ。僕っ子イケメンが泣きそうな顔。……なんだかかわいい。


「そんなことないよ!」


 思わず手を伸ばし頭を撫でてあげた。さらさらと気持ちいい。


「ずっと一人だった私にとって、アダンは返事はないけど良い話し相手になってたよ。体が小さいってことは、私に見えない小さな虫を食べてくれてたんでしょ? ありがとう」


 と笑いかけてあげると、見る見ると嬉しそうな顔になっていく。


「……僕、もっと頑張るね! はなのそういう顔、もっと見たい!」


 と、いきなり抱きついてきた。


「わっ!」


「はなも、僕に優しくしてくれてありがとう」


 包み込んでくれるように優しく抱きつかれる。温かなアダンの身体。なんだか安心してしまって、突き飛ばさずに少しそのまま受け入れてしまった。

 

「あ、はな見て! 満月がとっても綺麗だよ!」


 そう言って、アダンが窓へと駆け寄る。私もその後を追って夜空を見上げた。

 住宅街から見えるわずかな隙間。そこから、まんまると綺麗な満月が夜空に輝いている。


「……本当ね。満月なんて、久しぶりに見た気がする」


「はなと見れて、とても嬉しい」


 にっこりと満足そうに微笑むアダンに、私も釣られて頬を緩ませる。

 ただ満月を見ているだけなのに、なんだか心穏やかで、明日からまた始まる喧騒な日常を少し忘れさせてくれた。


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