【第三話】 僕、待ってるからね
今夜はゴーヤチャンプルーを作った。ゴーヤがたまらなくおいしい。作りたてに箸を入れつつ、ビールを飲む。
幸せの時。あぁ仕事頑張ったって気がする。
「僕もちょっと食べていい?」
口を開けて情けない顔をしていたので、食べやすいようにスプーンを持ってくる。
「……ところで」
聞くか聞くまいか悩んだけれど、やっぱり気になる。
「……アシダカ先輩って、誰?」
アダンは渋い顔をしながら無理やりゴーヤを飲み込んでいた。
「……おいしくない」
アダンの言葉は気にせず、私は箸を進める。だって美味しいもの。
ビールを一口飲んだ後、もう一度質問した。
「……その人も、やっぱりクモなの?」
「うん。僕より大きくて、勇ましいんだよ。でも、人間に対してはちょっぴり臆病みたいなんだ」
「ふーん。アダンより大きいねぇ……」
どれぐらい大きいんだろう。想像ができない。まさか――。
「それも人になったり……しないよね」
「どうだろうね。神様次第じゃないかな」
なんだか嫌な予感がする。今度の休みは、近所の神社にお参りをしようと思った。
◇ ◇
「はな先輩。今度の土曜日か日曜日、予定空いてませんか?」
と、いきなり一緒に外回り中だった祐樹くんが話しかけてきた。信号が赤に変わったので、ハンドルを手に顔をこちらへ向けている。
「予定はとくにないけれど……」
「じゃ、じゃあ……食事でも行きませんか」
真剣な表情で私をじっと見つめてくる。食事なんて、お昼に一緒に行っていると思うんだけど。
「私で良ければ」
「ほ、本当ですか?」
「え。うん」
丁度良く信号が青に変わった。祐樹くんは私から顔を逸らし前を向く。
「……今度連絡しますから、後で携帯のメルアドか番号、教えてくださいね」
「わかったわ。あ、今メモ紙持ってるから書いて渡すね。時間がある時返信してね」
ごそごそと鞄の中からメモ紙を取り出し、さらさらとアドレス番号を書く。書きながら、ちらっと祐樹くんの横顔をのぞき見した。
すっごく笑っている。口元は歪み、白い歯がこぼれていた。
「祐樹くん……嬉しそうね」
「え。……あっ、いや、俺、彼女がいなくてずっと休みの日は一人で過ごすことが多いんで、先輩と過ごせるのが嬉しいなぁって……」
なるほど。祐樹くんも今寂しいのか。
私も一人暮らししているから、その気持ちすっごくわかる。
「私も楽しみだよ」
そう言うと、一瞬こちらを向いて大きく目を見開き信じられないような表情を見せた祐樹くん。けれど、すぐに正面を向いてまたニコニコと運転し始めた。
◇ ◇
家の窓から、昼とは違う夜の風が吹き込み、若干の涼を与えてくれる。それでも団扇で扇いで、暑さを和らげる。
「祐樹くんの食事が土曜日だから……」
スマホで祐樹くんとやり取りをしている。
土曜日のお昼前に町での待ち合わせとなった。お店は祐樹くんが予約をしてくれるらしい。いっつもお昼ラーメンの私にとって、少し楽しみになった。
「日曜日に神社にお参りに行くわ」
スマホを閉じて、目の前でじっと私の様子を見ているアダンに言った。
「……それ、電話だよね? 相手はどんな人なの?」
興味津々のようで目が輝いている。
「会社の人よ。今度の土曜日に用事ができたから、日曜日ににあの神社に住んでる神様にお参りに行くわ。それで……」
「その用事、はなは夜には帰って来れる?」
「え、帰ると思うけど……どうして?」
「はなとお話したいから」
アダンがにっこりと笑う。……どうにも話が噛みあわない。
「わかったわ。帰るから。で……」
「約束だよ! 僕、待ってるからね!」
嬉しそうに微笑むアダン。
ぱっと見いい歳の大人が、あまりに無邪気な笑顔を向けてくる。――見てるこっちが恥ずかしい。
咳払いをして、恥ずかしさを誤魔化す。
「……で、アダン。その神様は何かお供えとかした方がいいかな?」
「お供え? うーん……」
腕組みをしてアダンはしばらく考える。その間、私は一本缶ビールを開けた。
「暑いから、お水でいいんじゃないかな? 飲みやすいようにしておけば、神様は勝手に飲むと思うよ」
「……神様に水……。逆に目をつけられたりしないわよね」
「大丈夫。神様はもう、はなのことは知っているから」
思わずビールが吹き出そうになる。
「わ、私のことを知ってる? どうして!」
「え、神様はこの辺りを管理されてるからだよ。どこに誰がいるかわからないと、管理できないでしょ」
と、なぜか胸を張りドヤ顔で言うアダン。……可愛く見える。
「……この辺り限定の神様なのね。よくわからないけど、まぁいいわ」
ひとまず、今週残りの仕事を頑張って、土日の予定を楽しみにしておこう。
それにしても、やっぱり一人よりも誰かとこんな感じで飲んでいる方が楽しいよね。
アダンの笑顔を見ながら、ぐびっとビールを流し込んだ。
◆ ◆
はなはいつものように、布団もかけずに寝てしまった。きっと、このビールという飲み物には、眠くなる効果があるんだろう。僕も少しだけ、口につけたことはあったけど、全然おいしくない。これなら普通のお水を飲んでいたほうが全然良い。
「……ビールを飲んだはなはすぐ寝ちゃう。つまらないなぁ……」
起きないかなぁと、じっとはなの顔を見てみた。長い髪がクモの糸のように床にうねっているけどすごく綺麗だ。少し陽に焼けたはなの頬。柔らかそうだから触ってみたいけど、起こしちゃいそうだ。じっと見ても、やっぱりはなは起きない。仕事で疲れてるのかもしれない。
「夜しかおしゃべりできないのに」
アダン、という名前ももらってすごく嬉しかった。もっともっと、はなとおしゃべりしたい。でも、はなは日中、外で疲れてるんだ。
本当は起こして、僕とおしゃべりしてほしい。でも、僕のわがままではなが疲れるのは嫌だ。
はなが僕のこと、嫌いになるのはもっと嫌だ。
「ハロークモちゃん! あ、今はアダンだっけ? 楽しんでるー?」
窓の外に、神様がいつの間にかいた。
緑色の長い髪の毛を揺らしながら、神様は小さな雲の上に乗っている。服は僕が今着ている服よりももっとダボダボしていて、小さい身体には大きすぎるような気がした。
僕はこの服装は神様には似合っていないと思う。
「服はこれでいいの! この周辺の神様はこの服で統一しているんだから、あんたにいちゃもんつけられる筋合いはないわ!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
神様は心の中まで読めてしまう方だった。その白いゆったりとした服、お似合いです。
「そう。それでいいのよ」
「あの。神様。どうしてここに?」
「アダンちゃんが楽しんでいるのかと思ってねー。それと、お供えは水じゃなくてジュースがいいわねー」
にっこりと微笑む神様。会話まで聞こえてしまうんだ。
「わかりました、はなに伝えておきます」
「頼むわよー。……あ、そうそう」
一度背を向けた神様だったけど、何かを思い出したように再び僕の方へと向き直した。
「忘れてないとは思うけど、あんたはクモなんだからね。私との約束、覚えているでしょうね?」
忘れるはずない。神様との約束で、僕は人間の姿になれるのだから。
「はい。覚えています」
「それならいいわ。……アダン、もうすぐ一回目の満月よ。楽しみなさいねー」
にっこりと微笑んだ神様は、そのままどこかへと消えてしまった。
僕は、そのまま窓に近づいて夜空を見上げた。――一際大きく、月が輝いている。
「……僕は幸せだなぁ」
思わず呟いてしまった。はっとして恐る恐る振り返る。
はなからはリズムのよい寝息が聞こえていた。こんな風に眺められるのも、本当に奇跡なんだ。
だからその日が来ても、僕はきっと後悔しない。




