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【最終話】 幸せ

 温かな太陽が部屋を照らす。眩しい光を瞼に受けて、ゆっくりと目を開ける。

 いつの間にか寝てしまったらしく、慌てて隣を見てももうアダンはいなかった。布団もすっかり冷たくなっている。


「アダン……」


 返事のない、いつもの部屋。もうアダンはいない。

 わかっているのにどうしようもない思いがこみ上げる。けれど――ぎゅっと布団を握り締める。泣いたってアダンは来ない。

 気持ちを奮い立たせ、ノロノロと朝の準備を始めた。



 いつも通りに出社すると、デスクにぼーっと座る祐樹くんがいた。


「……おはよう、祐樹くん」


「……あ、おはようございます」


 生気が抜けたみたい。

 ……今、私もそうかもしれないけれど。


「祐樹くん……ちゃんとお別れできた?」


 祐樹くんも寂しいお別れをしたんだろう。

 じゃないとこんなにぼーっとしないもの。


「お別れはできたんですけど……なんというか、後味が悪くて……」


 深いため息が祐樹くんから漏れる。

 あれだけ嫌がっていたのに、よほどG子との生活が楽しかったのね。慰めの言葉を……と思って口を開こうとしたとき。


「……必ず、また目の前に現れますので、今度は好きになってくださいって言われて……なんだか怖くて……」


 顔が少し青くなっている祐樹くんに、出かけた言葉が引っ込む。

 確かに……私もG子には言われたくない。


「……だ、大丈夫よ! きっと言ってみただけよ!」


「そうですかね……神様に了承もらったとか、嬉しそうな顔で言われました」


 ストーカーレベルね。


「ま、まぁ、そんなすぐに目の前に現れないわよ。ささ、今日も元気に外回りしましょう!」


 消え入りそうな声で、はい、と返事をする祐樹くん。

 祐樹くんのおかげで、憂鬱だった気分が少しだけ晴れた。




 その日から、祐樹くんと私は仕事に集中した。先輩社員から色々と指導を受けたり、得意先に頭を下げに回ったり、セクハラまがいなことも言われたりした。

 アダンと過ごしたまったりとした生活が、遠い昔のように思える。けれど、これが私の今の生活なんだ。

 嫌なことを我慢して、帰ってビールを飲んでリフレッシュして、また次の日仕事に出る。このサイクルの毎日。途方もない、変化のない日々。けれど、生きていくには問題のない日々。

 秋も通り越し、冬のある日のこと――。

 夢を見た。


 ※


 白い煙が周りに立ちこめていて、ここがどこかもわからない。

 けれど、妙にはっきりとする夢。夢だとわかる夢だった。

 そんな白い煙の中から……白いだぼだぼの服を着た、緑色の髪の長い少女が現れた。


「……あなたは?」


 知らない子だった。けれど、少女は私を見るなりにやりと口を緩める。


「やっと話すことができて嬉しいわ、はな」


 私の名前を知っている。

 驚いた私に満足したのか、少女は腕組みをして得意げに笑みを浮かべた。


「ずっとお供えをもらっていたのにお礼を言えなかったから。……これで私が誰かわかるかしら?」


 まさか。


「……神様?」


「ピンポーン! 大正解! さすがはな、物分かりが早いわねー」


 スキップをして近づいてくる神様。

 なんか……想像していた神様とは違うわね。まぁいいけれど。


「神様がどうして私の夢に?」


「それはね、はなに伝えたいことがあったからよ」


 にやりと笑う神様に、ただ首を傾げる。


「……伝えたいことって?」


「アダンのことよ」


 ドキッと胸が高鳴る。

 一気に身体が熱くなるのを感じた。


「アダンが……どうしたんですか?」


「最後アダンは私との約束を破ったわ。人間を傷つけない――はなを守ることとは言え、アダンは人間を殴ってしまった。それで、転生できるはずだったのにそれができなくなってしまったの」


 そんな。

 顔を俯きかける。けれど、神様がすぐに大きく咳払いをした。


「……それはあくまで基本の話。だけど、今回は特別。……よく聞きなさい、はな」


 神様はじっと私を見つめた。


「今回、私の暇つぶしに付き合わせてしまって、安易にアダンを擬人化させてしまったわ。そのせいで、あなたとアダンはお互いを想い合うようになったわね」


「……はい。神様のおかげです」


 満足そうに神様はにっこりと笑う。


「ふふ。そうね。私のおかげね。……はな、あなたはアダンを死なせたくない一心で、毎日私にお参りしてくれたわ。だけど、私に寿命を延ばすことなんて不可能だった。私はそれを伝えることもできずに、はなに余計な期待をさせてしまって……。何より、アダンを擬人化させてしまったせいで、あなたの生活に変化を生じさせてしまったわ。……こんなに振りまわす予定じゃなかったの。さすがの私も申し訳なく思っちゃって。そこで……ある手を思いついたのよ」


 予想もつかないのでひらすら耳を傾ける。

 じっと聞き入る私を見つめた後、神様は口を開いた。


「少しの間、アダンを私の代わりに神様をやってもらおうと思ってるの」


「……アダンを神様? え、どういうことですか」


 よくわからない。

 けれど、神様は詳しい説明はせずににっこりと微笑んでいる。


「一応本人もやるって言ってるから問題ないわ。色々準備に時間がかかっちゃってこの時期になったのよ。あとは……はなへの質問だけ」


 すると、神様はいきなり私に手を差し伸べてきた。


「平和な日々の平凡な生活を送るか、それとも、アダンのいる生活を送るか……どちらを選ぶ?」


 急な質問ではあったけれど、頭の中に言葉が響く。

 アダンのいる生活? そんなことがありえるの?


「後者の方を選ぶ場合は、それなりの覚悟が必要よ。なんたって、一応は神様になってるから。……意味わかるわね、はな。今まで私の姿や声が聞こえなかった理由」


 わかる。

 私たち人間には、神様の姿や声、存在自体がわからないんだ。


「それでも良いなら、私の手に触れなさい」


 そんなの考えるまでもなかった。

 リプレイしているような今の生活。アダンがいたときの生活がとても愛おしい。

 私は神様の手に触れた。


「……ふふ。触れると思ってたわ」


 何か手から温かい何かが流れ込んでくる。それは光を帯びていて、私の腕を伝って一気に全身を包み込む。


「今までお参りしてくれてありがとう。神様は人間に直接の干渉はできない。だけど、はな。あなたには『アダン』と呼ばれた神様を、見えるように、聞こえるようにしてあげる。……私からの最初で最後のプレゼント。お供えのお礼よ。……はな、アダンをよろしくね」


 神様は白い煙に一気に包まれて、姿を消した。


 ※


 ハッとして目を開ける。

 布団から上体を起こして手のひらを見た。――なんとなく手のひらに感触が残っている。


「……神社」


 ドキドキが止まらない。そんなはずはない、そう思っても期待してしまう自分がいる。

 私は急いで着替えて、玄関を飛び出した。



「はぁはぁ……」


 階段を駆け上がる。白い息が激しく舞い上がった。

 朝のためか、少し神社に少しもやがかかっているように見えた。ドキドキしながら神社へと近づいて行く。

 最近仕事が忙しく神社自体に来るのが久しぶりだった。

 相変わらず人がいない。赤い鳥居の奥に祠がある。けれど――。


「……やっぱり」


 何かいるような気配はない。

 ――夢だったんだ。

 期待してしまった分、わかっていてもショックだった。

 神社に背を向け家へ帰ろうとした時だった――。


『……はな』


 頭に直接聞こえるような、透き通る声。けれど懐かしい。

 振り返ると――。


『やっと会えた』


 神社の屋根の上にいた。

 髪全体が緑色になっているものの、前髪は以前と一緒の白髪。ゆったりとした白いだぼだぼとした服装。

 格好は違っていても、笑っているアダンの顔は昔のままだった。


「……アダン!」


 アダンが半透明のように見える。きっと触れることができない存在になっているんだろう。

 けれど、間違いなくアダンがいる。

 足元の小さな雲を操り、アダンが目の前にやって来た。


『僕、神様の代わりになっちゃった。……触れることはできないけど、はなが望んでくれたから……』


 そう言って伸ばした手が私の頬に触ろうとする。けれど感触はない。温かさも感じない。

 それでもいい。

 私は頬に手を当てた。


「……会いたかった」



 神様となってしまったアダンは、人の目に映ることはない。人間に触れることもできない。

 けれど、私は神様のおかげで目に見えて会話することを許された。

 いつまでアダンがその状態なのか、それはわからない。もしかしたら、私がいなくなった後もそうなのかもしれない。


 けれどアダンは、後悔はない。と言った。


 はなとお話できることがとっても幸せだから――と。


 私も、と答えた。


 一緒に生きていけることがとても幸せだから――と。


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