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【第十六話】 お参り

 あの後、祐樹くんは何とかして断ろうと言葉巧みに誘導したものの、G子の猛プッシュと私からのお願いで、結局家へG子を連れて行ってくれた。

 ありがとう、祐樹くん。

 なので……久しぶりの一人っきりの夜。


「……ビールってこんな味だったっけ」


 いつも美味しいと感じるビールも、なんだか味気ない気がした。

 テレビをつけても全然面白くないので消す。窓を開けて、月を見上げる。

 細い三日月が見えた。眺めつつ、もう一口ビールを飲む。

 とても静かに感じた。

 アダンが来る前、私はいつもこんな生活をしていたんだ。一人ビールを飲むことに幸せを感じつつ、また始まる一週間を憂鬱に思う。


「……アダン、どこ行ったの」


 無邪気な笑顔が浮かぶ。

 しばらく擬人化できないってどういう意味なのだろう。神様に聞きたくても、私は姿が見えない。どうすればいい――。

 ――そうだ、お参りよ。

 神様はあの神社にいるのよ。だったら毎日行って、毎日お願いするしかない。

 神様が見えない私にできることは、それぐらいしかない。


    ■    ■


 会社から近い場所、町中心部のマンションの一室が俺の家だ。

 部屋にとくにこだわりはない。あまりごちゃごちゃした部屋は好きではないので、人よりも荷物は少ないかもしれない。

 ダイニングキッチンとテレビとソファとPC。あとベッド。一人暮らしする上で困ったこともない。


「……はぁ」


 はなに気持ちを伝えた。本当はもう少し、俺を意識させてから言うつもりだった。だが……しょうがない。

 まさか、擬人化グモが男だとは思わなかった。

 いづれにしても、これから一緒に生活をしていくであろう女ははな、そう思っていたのに。


「わぁ! はな様の家よりも綺麗ですねっ!」


 なぜG子。


「そ、そう?」


 はなから借りている、スカートとTシャツ、とキャップ。それらのおかげか、本当に中学生にしか見えない。

 だが、ひとたびキャップを取れば――。


「えっと、祐樹様」


 頭から長い触角が頭を出す。

 あぁ、本当にゴキブリなんだ。


「……何?」


「短い間ではございますが、どうかよろしくお願いいたします」


 丁寧に深いお辞儀をする。


「べ、別に気にしないで。……俺もとくに何もしてあげられないし」


 見上げた顔は、目が大きくて顔は小さいし肌はぴちぴちしている。

 そんな顔を少し傾けにこやかに微笑む。


「えへへ。わたくし、幸せですっ!」


 ……あぁなんで、はなじゃないんだろう。



    ■    ■


 いつも通りの出勤。自分のデスクに行くと、隣の祐樹くんが朝からぐったりと伏せている。


「……おはよう、祐樹くん」


「あ、……おはようございます」


 なんだか声に覇気がない。いつもなら元気の良い挨拶なのに。


「大丈夫、祐樹くん。体調でも悪い?」


「いえ……大丈夫です」


 寝不足なのか、若干クマができている。

 ……もしや。


「……G子?」


 ピクッと身体が揺らいだ。どうやら当たりらしい。

 それでも笑顔を崩さず祐樹くんは言った。


「大丈夫です。今日もよろしくお願いします」


 空元気の祐樹くんの姿に、心が痛む。

 私があんなことを言ってしまったせいで、G子が祐樹くんの家に転がり込んだのは間違いない。でも、ものすごく助かったんだけれど……。

 やっぱり、見かけ女の子でもGを押しつけたのはまずかったかもしれない。



「……あの祐樹くん、ごめんね」


 昼食のラーメン屋で、祐樹くんに告げた。

 ラーメンを啜っていた祐樹くんだったが、手を止めて不思議そうに首を傾げる。


「……何がですか?」


「その、G子を押しつけちゃって……」


 すると、あぁ、と呟いた祐樹くんは一口ラーメンを啜った後口を開く。


「別に気にしないでください。だって、はな先輩はゴキブリ苦手なんでしょ? いくら擬人化って言ってもやっぱりゴキブリはゴキブリですからね」


 昼食中にGの連呼だったが、がやがやと騒がしい店内ではそこまで響かないようだった。

 気にする様子もなく、再び祐樹くんはラーメンを啜る。私も釣られてラーメンを啜った。


「……でも、やっぱり、外見は女の子ですから。なんだか色々気を遣って……ちょっと寝不足なだけですよ」


「……そっか。ありがとう、祐樹くん」


 じっと私の顔を見た後、白い歯をこぼす祐樹くん。


「いえいえ。好きな人の役に立ちたいのは当たり前ですから」


 そして、何事もなかったかのようにまたラーメンを啜り始める。

 本当、恥ずかしいことをさらっと言ってのける。それを聞き慣れてきた私も、なんだか変かも。


「……どうかしました?」


「ううん、何でもない」


 待ってくれてる祐樹くんに、私は何て答えればいいんだろう。

 

    ◇    ◇


 仕事の帰り道。今日は祐樹くんも飲みには行かずに真っ直ぐ家に帰るみたいだった。

 聞けばやっぱりG子が気になるようで、家の物が無事かどうか心配みたい。……そりゃそうかも。

 家に帰る前に――あの神社へと足を運ぶ。


 急な階段の足元を、街灯の弱い光が照らす。

 昼間人がほとんどいないから、夜は余計に薄気味悪い。けれど、怖がっている暇はない。

 階段を昇り終えると、狭い広場を一つの街灯だけが照らしている。

 その光は神社全体を照らしてはおらず、昼間風に揺れる木々も今では真っ暗で何も見えない。

 目を凝らしながら進み、祠の前で手を合わせる。


「……神様」


 神様。

 G子から話を聞きました。アダンが擬人化できないそうですが、アダンは無事なんでしょうか。とても心配です。

 お願いです。アダンがどうか無事でありますように。

 そして、どうか、アダンの寿命を延ばしてください。お願いします、神様。


 目を開ける。

 暗い中、祠を見つめる。けれど、やっぱり神様の姿なんて見えない。

 このお参りが意味を成すのか、それもわからない。けれど、私にできることはこれぐらいしかない。


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