【第十二話】 引き換え
私はG子の真剣な表情に釣られるように、テーブルの向かい側に座る。
目の前に触角がぴくぴくと揺れているけれど、もう、我慢するしかない。深呼吸をして、真っ直ぐG子を見た。
「伝えるって……何を?」
G子は真剣な眼差しだった。
「神様とアダンの約束です」
ドキッと震える。
「……G子、知っているの? どうして?」
「私はずっと、はな様とアダンの様子を見ておりました。そして、神様とアダンとのやり取りも。ですから知っております」
「でも……それは伝えたら……」
G子にも何か罰が与えられるんじゃないかしら。
伝えようとする気持ちは嬉しいけれど、いくらGとはいえ、私のせいで罰が下るのは心苦しい。
けれど、G子は微笑み首を横に振った。
「ご心配されなくても、わたくしは大丈夫です。今宵限りの擬人化。神様も突発的にわたくしを擬人化されたのだと思います。それに、もし、わたくしがいなくなっても、子どもたちがたくさんおります」
「……へ、へぇ」
聞こえない、聞こえない。
すると、ぴょんと一匹のハエトリグモがテーブルの上に飛んできた。
――アダンだろう。じっと、G子を見ている――ように見えた。
一方、G子はアダンの姿を見ると目を見開く。
「まぁ、思った以上に小さいのですねっ!」
すると、にやりと口元が歪ませた。
「いつも……子どもたちがお世話になっております」
口の端を持ち上げて笑っているように見えるけれど、目がやばい。
思わずアダンの前に手を出して壁を作る。
歪んだ笑顔……さっきの無垢な微笑みはどこいった。
クモのアダンも殺気を感じたのか、私のすぐ目の前までぴょんと飛んできた。
「……ちょっと」
ハッとしたG子は取り繕うように、無垢な笑顔へと変わる。
「も、申し訳ございませんっ! つい……滲み出てしまいましたっ!」
笑いながら言われても、何だか怖いんだけど。
というか、何が滲み出てきた。
「はな様。お伝えする前に、お願いがございます」
「え、何?」
「お伝えし終えた後、アシダカグモを探したいのです。……よろしいでしょうか?」
「別にいいけれど……どうして?」
急にG子の顔がスッと表情がなくなり――。
「実は擬人化するにあたって、はな様にお伝えしたいほかに……アシダカグモに復讐したいというのもございました」
G子の口元が歪む。
「アシダカグモ……許せません。この機会に同じ目に……」
目が笑ってないわよ!
この子、それで笑っているつもりかしら……。
私の視線に気づいたのか、G子はハッとして再び無垢な笑顔を向ける。
「申し訳ございませんっ! 話が逸れてしまいました……」
理由は知らないけれど、恨みは相当深い。
というか、実は私も相当恨まれているのでは……。
「では改めて。……神様とアダンは、ある交換条件を元に擬人化しております」
「交換……条件?」
「はい。それは、アダンの残りの寿命を引き換えに、夜空に二度満月が輝くまでの間毎夜擬人化する、というものです」
残りの寿命と――引き換え!?
「え、待って! それじゃあつまり……」
「……はい。すでに一度、満月は出ております。ですので……」
そう言って、G子は私から視線を逸らしテーブルに乗るアダンに視線を落とす。
「アダンは、次の満月の夜までが寿命、ということになります」
そんな。
どうしてそんな交換条件を? どうしてそれを言えない約束をしたの?
G子がこうやって言ってくれなきゃ、私、ずっと知らずにアダンと過ごしていたってこと?
「……アダン、どうして」
テーブルに乗るアダンを見つめる。けれど、人間じゃないからアダンは何も言わない。
アダンはずっとG子の方に身体を向けている。
「きっと、アダンもわたくしと同じように、はな様とお話したくてしょうがなかったのです」
見ると、にっこりと微笑むG子の顔があった。
「はな様は人間ですから、わたくし達のことを忌み嫌っているかもしれません。きっと、わたくしたちのことを見るのも嫌なのかもしれません」
G子のかわいい顔の前を、長い触角がぴくぴくと動いている。
「ですが、わたくしたちは生きる上で人間を、はな様を見てまいりました。この住まいでお一人、起きて出掛けて掃除して寝て……全てをお一人でこなされるお姿、素晴らしいと思います」
「……そんなの一人暮らししている人にとっては当たり前よ」
「ですが……そのお顔に笑顔を見る日はそう多くはなかったと思います」
――笑顔。
言われてみれば、アダンが来る前まで、家と仕事場の往復。
日中は仕事のことだけ考えて、帰ればビール飲んで寝て、起きて準備して職場へ行って……。休みの日は、ゆっくり寝て、掃除してビール飲んで寝る。
笑う暇なんて……あったっけ。ビール一口目ぐらいかしら。
「その中でも唯一、はな様は返事のないクモ――アダンに話しかけている時だけ、少しにこやかなお顔をされていらっしゃいました」
「え?」
アダンに話しかけている時……?
「あと、わたくし達を発見された時は、それはもう驚かれた顔をされていらっしゃいました」
それは当たり前でしょ!
「でも、だからって寿命を削ってまで私としゃべろうなんて、どうして?」
「わたくしは感謝の念です。ただ、感謝を申し上げたく擬人化を希望しました」
「感謝……ね」
Gから感謝されたくない。
「……あとは憎きアシダカグモに成敗を……」
また、歪んだ笑顔。
どうやら、私はおまけ程度で大半の理由はそれらしい。
「……アダンは? アダンはどうして?」
G子はじっとテーブルに乗るアダンをじっと見つめる。
「それは直接お聞きください。寿命を削ってまで、擬人化を願ったのです。直接お聞きされるのがよろしいと思います」
そう言うとG子は立ち上がった。
「では……はな様。部屋をちらかさない程度に捜索させていただきます。ご容赦を」
そう言ってペコっと頭を下げて、タンスの裏やテレビの裏を覗き始めた。
相当恨みが深いようなので口出ししない。変なことを言って、Gから恨まれるほうがよっぽど恐ろしい。
そんなG子は放っておき、テーブルに乗るアダンを見つめる。アダンも私の方に身体を向けていた。
「……アダン」
確かに擬人化する前、話しかけたことはかなりあった。
家に一人一日黙って過ごす休日より、返事はないけれど誰かに話しかけて言葉を発する。
職場と家との往復の生活の中で、もしかしたら気分転換したかったのかもしれない。
でも、だからといって……。
「……寿命を引き換えにするなんて」
次の満月まで。
その期間はあまりにも短くて――悲しかった。
アダンはじっと私を見続けた。
アシダカグモはGの天敵です。見た目はアレですが、益虫なのでそっとしてあげてください。




