表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/23

【第十二話】 引き換え

 私はG子の真剣な表情に釣られるように、テーブルの向かい側に座る。

 目の前に触角がぴくぴくと揺れているけれど、もう、我慢するしかない。深呼吸をして、真っ直ぐG子を見た。


「伝えるって……何を?」


 G子は真剣な眼差しだった。


「神様とアダンの約束です」


 ドキッと震える。


「……G子、知っているの? どうして?」


「私はずっと、はな様とアダンの様子を見ておりました。そして、神様とアダンとのやり取りも。ですから知っております」


「でも……それは伝えたら……」


 G子にも何か罰が与えられるんじゃないかしら。

 伝えようとする気持ちは嬉しいけれど、いくらGとはいえ、私のせいで罰が下るのは心苦しい。

 けれど、G子は微笑み首を横に振った。


「ご心配されなくても、わたくしは大丈夫です。今宵限りの擬人化。神様も突発的にわたくしを擬人化されたのだと思います。それに、もし、わたくしがいなくなっても、子どもたちがたくさんおります」


「……へ、へぇ」


 聞こえない、聞こえない。

 すると、ぴょんと一匹のハエトリグモがテーブルの上に飛んできた。

 ――アダンだろう。じっと、G子を見ている――ように見えた。

 一方、G子はアダンの姿を見ると目を見開く。


「まぁ、思った以上に小さいのですねっ!」


 すると、にやりと口元が歪ませた。


「いつも……子どもたちがお世話になっております」


 口の端を持ち上げて笑っているように見えるけれど、目がやばい。

 思わずアダンの前に手を出して壁を作る。

 歪んだ笑顔……さっきの無垢な微笑みはどこいった。

 クモのアダンも殺気を感じたのか、私のすぐ目の前までぴょんと飛んできた。


「……ちょっと」


 ハッとしたG子は取り繕うように、無垢な笑顔へと変わる。


「も、申し訳ございませんっ! つい……滲み出てしまいましたっ!」


 笑いながら言われても、何だか怖いんだけど。

 というか、何が滲み出てきた。


「はな様。お伝えする前に、お願いがございます」


「え、何?」


「お伝えし終えた後、アシダカグモを探したいのです。……よろしいでしょうか?」


「別にいいけれど……どうして?」


 急にG子の顔がスッと表情がなくなり――。


「実は擬人化するにあたって、はな様にお伝えしたいほかに……アシダカグモに復讐したいというのもございました」


 G子の口元が歪む。


「アシダカグモ……許せません。この機会に同じ目に……」


 目が笑ってないわよ!

 この子、それで笑っているつもりかしら……。

 私の視線に気づいたのか、G子はハッとして再び無垢な笑顔を向ける。


「申し訳ございませんっ! 話が逸れてしまいました……」


 理由は知らないけれど、恨みは相当深い。

 というか、実は私も相当恨まれているのでは……。


「では改めて。……神様とアダンは、ある交換条件を元に擬人化しております」


「交換……条件?」


「はい。それは、アダンの残りの寿命を引き換えに、夜空に二度満月が輝くまでの間毎夜擬人化する、というものです」


 残りの寿命と――引き換え!?


「え、待って! それじゃあつまり……」


「……はい。すでに一度、満月は出ております。ですので……」


 そう言って、G子は私から視線を逸らしテーブルに乗るアダンに視線を落とす。


「アダンは、次の満月の夜までが寿命、ということになります」


 そんな。

 どうしてそんな交換条件を? どうしてそれを言えない約束をしたの?

 G子がこうやって言ってくれなきゃ、私、ずっと知らずにアダンと過ごしていたってこと?


「……アダン、どうして」


 テーブルに乗るアダンを見つめる。けれど、人間じゃないからアダンは何も言わない。

 アダンはずっとG子の方に身体を向けている。


「きっと、アダンもわたくしと同じように、はな様とお話したくてしょうがなかったのです」


 見ると、にっこりと微笑むG子の顔があった。


「はな様は人間ですから、わたくし達のことを忌み嫌っているかもしれません。きっと、わたくしたちのことを見るのも嫌なのかもしれません」


 G子のかわいい顔の前を、長い触角がぴくぴくと動いている。


「ですが、わたくしたちは生きる上で人間を、はな様を見てまいりました。この住まいでお一人、起きて出掛けて掃除して寝て……全てをお一人でこなされるお姿、素晴らしいと思います」


「……そんなの一人暮らししている人にとっては当たり前よ」


「ですが……そのお顔に笑顔を見る日はそう多くはなかったと思います」


 ――笑顔。

 言われてみれば、アダンが来る前まで、家と仕事場の往復。

 日中は仕事のことだけ考えて、帰ればビール飲んで寝て、起きて準備して職場へ行って……。休みの日は、ゆっくり寝て、掃除してビール飲んで寝る。

 笑う暇なんて……あったっけ。ビール一口目ぐらいかしら。


「その中でも唯一、はな様は返事のないクモ――アダンに話しかけている時だけ、少しにこやかなお顔をされていらっしゃいました」


「え?」


 アダンに話しかけている時……?


「あと、わたくし達を発見された時は、それはもう驚かれた顔をされていらっしゃいました」


 それは当たり前でしょ!


「でも、だからって寿命を削ってまで私としゃべろうなんて、どうして?」


「わたくしは感謝の念です。ただ、感謝を申し上げたく擬人化を希望しました」


「感謝……ね」


 Gから感謝されたくない。


「……あとは憎きアシダカグモに成敗を……」


 また、歪んだ笑顔。

 どうやら、私はおまけ程度で大半の理由はそれらしい。


「……アダンは? アダンはどうして?」


 G子はじっとテーブルに乗るアダンをじっと見つめる。


「それは直接お聞きください。寿命を削ってまで、擬人化を願ったのです。直接お聞きされるのがよろしいと思います」


 そう言うとG子は立ち上がった。


「では……はな様。部屋をちらかさない程度に捜索させていただきます。ご容赦を」


 そう言ってペコっと頭を下げて、タンスの裏やテレビの裏を覗き始めた。

 相当恨みが深いようなので口出ししない。変なことを言って、Gから恨まれるほうがよっぽど恐ろしい。

 そんなG子は放っておき、テーブルに乗るアダンを見つめる。アダンも私の方に身体を向けていた。


「……アダン」


 確かに擬人化する前、話しかけたことはかなりあった。

 家に一人一日黙って過ごす休日より、返事はないけれど誰かに話しかけて言葉を発する。

 職場と家との往復の生活の中で、もしかしたら気分転換したかったのかもしれない。

 でも、だからといって……。


「……寿命を引き換えにするなんて」


 次の満月まで。

 その期間はあまりにも短くて――悲しかった。

 アダンはじっと私を見続けた。


アシダカグモはGの天敵です。見た目はアレですが、益虫なのでそっとしてあげてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ