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【第十話】 初めまして!

 とうとう私のボロアパートまで祐樹くんが来てしまった。


「あ、そういえばはなのアパートこんな感じだったね。酔ってて曖昧だったけど、ちょっと思い出したよ」


 と、にこやかに言う祐樹くん。


「え。私のアパート知ってるの?」


「え、だって前タクシーで送ったから」


 そ、そういえばアダンが前にそんなことを言っていたような……!

 でも私は覚えてない! 


「二階でしょ? 確か、一番隅だったかな?」


 と指差す部屋――当たってる。


「泥酔してたはなを連れて行ったから、覚えてるよ」


 覚えてない!


「……その顔は覚えてないの?」


「……えぇまぁ」


 は、恥ずかしい。……もう祐樹くんとお酒で争うのはやめよう。


「またお酒楽しく飲もうね?」


 と悪戯っぽく笑う祐樹くん。な、なんか心の声が見透かされているっ!

 誤魔化すように先に進む。


「い、今はアダンに会うんでしょ?」


 あぁとうとう狭い我が家に案内しなきゃいけないのね。

 アダン、私以外の人見たことないからびっくりするかなぁ。


「アダンって?」


「あぁ、クモの名前よ」


「へぇ……」


「素直で良い子なの」


 階段を昇りきり、いよいよ私の玄関目の前まで来てしまった。

 振り返り、祐樹くんに確認する。


「祐樹くん、うち、本当に狭いから」


「はいはい、気にしませんって」


 鍵を開けて玄関へ入る。

 ――部屋の灯りが点いてる。とりあえず、アダンはいる。なぜかほっとしちゃう。


「……ただいま」


 後ろから続いて入る祐樹くん。そっと後ろを振り返ると、別に祐樹くんは驚いた様子もなく中を見ている。

 うう、こんな狭い部屋を見せるなんて……。


「別に思っていたほど、中はボロじゃないよ。……ちょっと狭そうだけどね」


「狭くてごめんなさい」


 二人が靴を脱いでいると――。


「はな? 誰かいるの……」


 そう言って、ふすまを開けてアダンが玄関先まで出てきた。……いつものパジャマ姿で。


「……誰?」


 前ではアダンがじっと祐樹くんを見ていて、後ろでは祐樹くんが唖然としていた。


「……一緒に運んだ人じゃないか」


 そうよ、アダンの話ならば二人は一瞬会っているのよ。


「と、とりあえず、部屋に上がって!」


    ◇    ◇

 

 小さなテーブルに、祐樹くん、アダン、私の三人が囲っている。

 アダンは警戒した様子で、じっと祐樹くんの顔を見続けている。一方、祐樹くんも怪訝そうな顔でアダンの顔を見ていた。


「ふ、二人とも……そんなに警戒しなくても」


「……まさかあの時の人が……しかも擬人化グモが男だとは」


 とため息を吐く祐樹くん。


「はな、この人誰?」


 アダンは警戒心を露わにしてずっと眉間に皺を寄せている。

 そりゃそうだよね。私以外の人間がこの部屋に来るの初めてだもの。

 でも、アダン。あなた前に会っているはずなんだけど……。他の人間に興味ないのかしら。


「この人は私の仕事仲間の藤本祐樹くん。……祐樹くん、この子がクモのアダンよ」


 お互いじっと見つめ合う。

 すると、私の言葉を聞いて安心したのかアダンはパッっと笑顔に変わる。


「あ! 前に見たことあるかも! 初めまして!」


 にっこりと無邪気な表情で挨拶するアダンに対して、祐樹くんは……。


「……どうも」


 あまり信用していないのか、怪訝そうな目でアダンを警戒している。

 そのまま祐樹くんが私に耳打ちしてきた。


「……はな。こいつ、本当にクモ?」


「えぇ。……じゃあ見ててね」


 私はそう言って、アダンの後ろに移動した。


「アダン、ちょっと失礼」


 白い前髪を掻き上げる。――すると。


「わぁっ!」


 祐樹くんが驚いて後ずさりをする。たぶん、こめかみの目が見えたのだろう。

 身体は後ずさりをしても、目はしっかりとアダンの顔を見ている。若干顔が青いけれど。


「ど、どうしてそんなところに目が!」


「……僕、クモなんだ」


 照れくさそうに笑うアダンの横に座る。


「ね? クモでしょ」


「し、信じられない……」


 まぁ信じられないよね。頭を抱える祐樹くんは、顔を俯かせ自身を落ち着かせようとしているみたい。

 一方アダンは首を傾げていた。


「僕に用事があったの?」


「祐樹くんはGが擬人化する件で、相談に乗ってくれるの。だから、まず擬人化を見たいっということでアダンに会いに来たのよ」


「ふーん」


 じっと祐樹くんを見ているアダン。その視線に気づいたのか、祐樹くんが顔を上げた。

 落ち着いたようで、顔色が戻っている。


「……擬人化は信じるよ」


「うん。ありがとう。誰にも言わないでね。たぶん、誰も信じないから」


「言わないよ。みんなから白い目で見られたくないから」


 やっぱりそうよね。


「で……今度はゴキブリが擬人化、か」


 そう言うと腕を組み、祐樹くんは唸った。私もその言葉にまたため息を漏らす。

 一体どんな姿で現れるんだろう。


「でも、あれだね。思ったほど、クモって感じじゃない。もしかしたら、次もそこまでひどい姿じゃないんじゃないかな」


「……そうかな」


 改めてアダンを見る。

 パッと見は、本当にどこかいそうな青年。白い前髪が目立つけれど、そのせいかそこにある目までは気づかない。

 それにクモだからと言って、手足がいっぱいあるわけじゃないし……。


「ずっとお願いしていたから、きっと神様が人間に近い形で人間にしてくれたんだと思うよ」


 とアダンは嬉しそうに微笑む。


「君は……ゴキブリが擬人化する日、いないの?」


「うん。……あ、そうだ!」


 アダンは目を見開いた。


「新月の日、僕の代わりにこの人がいればいいんじゃないかな!」


「えっ」


 固まる私をよそに、祐樹くんはアダンの思わぬ申し出にまんざらでもない様子で笑っている。


「それいいねぇ」


「でしょでしょ!」


 アダンは褒められて嬉しいのかドヤ顔をしていた。

 ちょ、ちょっと、何を言っているのよ。


「アダン! そんなこと言ったら祐樹くんが困るでしょ」


「え、でも、いいねって言ってるよ?」


 いやいや、それは社交辞令でしょ。

 ――でも。


「俺、全然困りませんよ? むしろ、いてあげたいなぁ」


 悪戯っぽく笑う祐樹くんの顔!

 さらに祐樹くんは続ける。


「ゴキブリを怖がるはなにも興味あるし」


 それ、完全に冷やかし目的じゃない!


「じゃあ、新月の日僕の代わりに守ってあげてね。一応、僕もクモの姿で見守っているから」


「あぁ。まかせろ」


 勝手に二人が話をまとめている。

 確かに私一人とG擬人化と一緒は嫌だけど、祐樹くんがいるのは気まずい。だけどGと二人っきりは……。

 私がごちゃごちゃと考えている内に、祐樹くんが立ち上がった。

 どうやら帰るらしい。慌てて立ち上がり玄関まで送る。


「……じゃあ新月の日……っていつだろう」


 祐樹くんはスマートフォンを操作した。


「……明後日だね。あ、丁度次の日休みだ。その日の夜を楽しみにしていますね、はな先輩」


 にっこりと微笑む祐樹くん。 

 何か下心が見え隠れするような、しないような。もうぎこちなく笑うしかない。


「は、はい」


「……大丈夫。別に俺は襲いませんよ。じゃ、おやすみなさい」


 そう言って、祐樹くんは帰って行った。



 祐樹くんが帰った後、お風呂に入ってご飯食べて……ようやく落ち着いた。


「……なんか疲れたわ」


 気疲れというのか、特に何をしたというわけでもないのに、身体がぐったりとする。


「でも、はなよかったね。Gから守れる人がいて」


「そう、ね。とりあえずは……」


 よかった、のよね。ひとまずGと二人っきりになることは阻止できるんだから。


「それより、アダン、びっくりしたでしょ? いきなり私以外の人間が来て」


 何も言わずに連れてきたし。


「まぁ驚いたけど、はなの仲間って聞いたら怖くなかったよ」


「そう。ならよかった。……何か飲む?」


 んー仲間という表現が正しいのかはわからないけれど、アダンの警戒心が取れたならよかった。

 台所へ移動すると、背中からアダンの声が届く。


「甘いお水がいい!」


「……砂糖水のこと?」


 よくわからないまま、ひとまず水に砂糖を溶かして、ストローと一緒にアダンの前に運ぶ。

 すると、目を輝かせ嬉しそうにストロー吸い始める。


「……そんなに美味しい?」


「うん!」


 こういうのを見ると、やっぱりクモだからかなぁと思ってしまう。


「……明後日が新月かぁ。……アダンがいない夜も久しぶりね」


 アダンがかなり前からいるような感覚。寝るまでの間、こうして誰かと語り合うのがこんなに楽しいなんて。


「……寂しい?」


 じっとアダンが見つめる。


「僕がいないと、はなは寂しい?」


 たぶん、今のこの雰囲気に慣れてしまっているんだ。だからきっと、アダンがいなくなると寂しいと思う。

 私をじっと見つめるアダンの顔は、本当にどこでもいそうな青年。

 けれど本当の姿はクモで、神様と何か約束事をしている。


 ――神様と他にどんな約束をしているの?

 本当は今すぐ聞きたい。けれど、聞いてしまえばきっとアダンは困った顔でおろおろする。


「寂しいけれど、平気よ。新月の日さえ乗り切れば、またアダンとおしゃべりできるもの」


 思わずアダンの頭を撫でる。サラサラとした髪。

 今はアダンがいるだけで癒される。だから、気になるけれど聞かない。


「そうだね」


 一言そう言って、アダンは微笑み返した。

 私はアダンが優しく笑う所を、いつまで見ることができるんだろう。


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