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鬼ヶ島3

「ホアチャー!!」


目の前に立ちふさがった一際巨大なフレスコ画調のペラペラ天使を引っ掴んで力任せに空間に縫い付ける。

叩きつけた瞬間にガゴンとひび割れた空間からいい音がした。天使の姿にも大きく亀裂が入る。

教会の壁画に描かれる天使画からそのまま飛び出してきたような姿の天使達はその微笑みを湛えた表情を変化させることはない。ただ波打って抗っているだけだ。


「チョワワーッ!チョイヤーッ!」


その周りのラッパを持ったペラペラ天使も華麗なる暗黒神ちゃんアーム捌きで残らず縫い付ける。

ゴッキーホイホイに取り込まれたが如く動けなくなった天使を前に拳を握り、腰を落としてホアァァアアァア~と声を上げながら気合を充填。


「ホアチャチャチャー!!」


ばっちんばっちん飛びつきまくって次元の壁に押し込みまくってさらにペラペラにしてやった。ペラペラにしすぎて砕けた。

荒ぶる野良猫の如く何度も何度も飛びかかり上段から肉球に見立てて丸めた手を振りかぶってパシッパシッと暗黒神ちゃんぱんちを繰り出す度にゴボン、ゴボンと罅割れた空間にめり込み続ける天使はその依代ごと崩れて破壊されていく。

最後にとどめとばかりに繰り出すは破壊力抜群、自慢のむちむち暗黒神ちゃんレッグである。この一撃で全てを終わらせるのだ。

飛び上がって裂帛の声と共に適当に突き出しみょーんと伸ばしきった足は見事、正面からペラペラ天使の顔面辺りを捕らえた。

空間が依代もろともに砕ける。天使の破片が周囲に舞い上がった。

スタッと着地、ホアアァァア~とひらひらと落ちていく破片に向かって口を窄めて中国拳法な声を上げ、クワッと目をカッ開く。

周囲に飛び散った光を帯びる古びた染料の破片。常ならばそれらは全て破片というだけの一つの集合体にすぎない。

点と点が繋がる。線と線で結ばれる。空気の流れが見える。研ぎ澄まされた意識下において時の流れは静止に等しい。私の目は舞い上がった破片、その一つ一つの動きをしかと捉えた。

飛散した依代の残骸。だがその一片たりとて私の目から逃れる事は出来ない。

バラバラであるはずのそれらが私の中で一つの空間として調和する。個にして全。全にして個。この手の中に握りこんだ現在過去未来、魂で感じる知覚範囲は無限に近い。

この破片一つ一つがこれから辿るであろう可能性の数だけ枝分かれしてゆく無制限の未来。私は知覚する。私に手の届かない未来はない。

あらゆる分岐を遡り、依代の残骸の行く先、繋がる先。光へ至るか細い糸を束ね力ずくで巻取り引き寄せ私はその全てを己の領域内に捕らえた。


「ちょんわーーーーっ!」


しゅぱぱぱぱっと舞い散る破片を指で突きまくる。私のあまりのアーム捌きに火花が散った。パラパラと粉と散った絵画の天使。

最後の一片を砕き終え、万の微塵に砕けたそれらを両手を広げてぐるんとその場で一回転し竜巻の如く風に巻き込む。ぶわっと私を中心に円陣を描いて粉塵が舞い上がった。

振り返って一歩前へ。それらを背にし、ガッと腕を組む。頷いた。頷いた瞬間、背後で爆発が起きた。粉塵爆発って奴だろう。


「うむ!」


この粉もまた私の勝利を彩る儚き紙吹雪、即ち私の完全勝利である。

ウナギを前にした私を止められるものか。待ってろウナギ。


「ほ、さすが愛しい主様。端末に過ぎないというに、依代の属性を書き換え、本体まで干渉しその核を砕くとは。

 あちきは主様の御業に惚れ惚れと致しまする……」


目の前に広がる菜の花のお花畑には沢山のモンシロチョウ。

そこはかとなく大根の匂いがする。おでんはいつ食べても美味しいものだ。

だが、名残惜しくもおでんには用が無い。今日はウナギ祭りなので。土曜の丑の日なのだ。

目をぐるぐるさせたたままビシッと一匹残ったウナギを差す。

防御は突破した。ウナギと私達を遮るものはもう何もない。


「ウナギ!うなどん!うなじゅう!」


「うふふふふふ……お腹が減りましたわ……!」


「芳しきかなこの香り、熱々のご飯の露となるがいい!!」


「うなぎ、うなぎ、うなぎ」


目の前のウナギが若干のけぞった。


「……何ですかその目は。近寄らないでください。

 お前達の不浄の気が不快です」


じりじり、後退していくウナギを四人で取り囲み、どんぶりにしゃもじでご飯をよそいながら輪を狭めていく。

ついでにぐるぐると周囲を回った。マイムマイムである。メロウダリアが砂糖声でマイムソングを歌いだした。

そのリズムに合わせ、ぐるぐると回る。


「ひっ……」


キョロキョロと脱出口を探すウナギ。逃すわけがない。

マイムりながらも少しずつ、少しずつウナギとの距離を詰めていく。

ウナギは既にその表情の微細な変化も観察出来る距離だ。なんだか涙目のようだ。気のせいだな。

ウナギが泣くわけないので。ウナギは強い子元気の子。最高級のウナギのタレがお前を待っているぞ。

暗黒農家産の新米もほかほかの湯気を立てているのだ。

顔を近づければむわっと水気をたっぷり含んだ湯気が顔を打ち、芳醇な香りが胸いっぱいに広がる。

つやつやとした真っ白な米は見た目からしてふんわり程よく炊きあがっている。これにタレをたっぷり掛けたウナギの蒲焼きをたんまりと乗せれば……どれほど旨いか。想像するだにヨダレが垂れるというものだ。

もはや辛抱たまらん。今直ぐ目の前の巨大ウナギをひっつかまえるべき。

ヨダレを垂らして飛びかからんとした瞬間、私達を大波が襲った。


「あんらまぁ。往生際の悪い事」


「ぬぬぬ!!」


ウナギの必死の抗い。なんて生意気な。

だが、中々に活きが良くてよろしい。身も引き締まっているに違いなかった。

益々うまそうである。


「きゃあぁぁ!レガノア様ぁあ!!」


ウナギは悲鳴を上げて逃げ出した。

勿論間を置かずに全員全力で追いかける。


「待てーぃ、うなどーん!!」


「来ないでください!

 邪悪な者達め!この異界で永遠に閉じ込められていればいいのです!」


「お断りだ!!ウナギー!!」


即答して飛びかかる。あと少しのところで逃げられた。

目をぐるぐるさせたフィリアが異常な速度で浜を駆けてウナギに接近し手を掛ける。が、惜しい。鱗を一枚むしっただけで終わった。


「んまぁ!私はお腹が減りましたのよ!逃げないでくださいましっ!」


「フゥハハハハハァー!逃がさん!!大人しくお縄について鰻丼となり我らの尊き礎となるのだ!

 貴公の死は無駄にはせん!貴公の死を乗り越えて私達はこれからを強く生きます!」


ウナギの下の砂浜が盛り上がりアホが腕組しながら生えてくる。どうやっているのかは謎だが腕組をしていたせいでウナギを逃した。


「ウナギ、捕まえる」


アホを踏み台に頭上から飛来したクルシュナがウナギの長い胴に喰らいついて抑えた。

ウナギはキャーッと叫んでグネグネと身悶えているが、クルシュナの顎から逃れられずにいるようだ。

よくやった。これを逃す手はない。

七輪の網焼きを手裏剣の如くシュシュシュッと投げる。狙い過たず網焼きはウナギの頭部に連続ヒット。

大きくのけぞったウナギ。


「今だ!ゆけい者共!!」


私の号令と共に全く同じタイミングで飛びかかる。逃れられるはずのない完璧な包囲陣。

捕まえ―――――。



スッポ抜けた。



「だわっ!!」



突然の獲物の消滅。

一体どうした事だ。確かに捕まえたと思ったのだが。今のタイミングで逃げられるなどと。

四人で顔を見合わせる。アイコンタクトで意思疎通を済ませた。

全員逃した。そしてウナギに関する情報を全員持っていない。あのウナギどこ行きやがった。


「はっ……はっ……!

 お前たち、何を考えているのですか!なんておぞましい……!」


聞いたことのある声だった。ウナギである。

その方角に血走った目で一斉に顔を曲げる。そこには角が生えた男の子が居た。十三、十四ぐらいか。少々生意気そうな面構えだが少年と言っていいだろう。

銀髪はウルトと同じだが。ウルトとは違って金色の目をしている。

着ているものは着物らしき様相だ。怯えきった様子で座り込んでいる。

まぁそんな事はどうでもいいのである。

問題はただひとつ。カクン、と膝をついた。ついで手が地に落ちる。がっくりと項垂れた。

終わりだ。何もかも終わりだ。夢は千々と砕け、残ったのは未練がましき残り香だけである。


「うなぎ……」


うなぎじゃなくなった。

コレに尽きる。残念ってレベルじゃない。この世の終わりだ。

が、この絶望的な状況にあって諦めることを知らぬ、私達にとってはまさにヒーローと言っていい男が静かに呟く。


「捌く。炭焼き道具と米を用意しろ」


「……!!」


絶望という名の闇を打ち払う力強い言葉に、気付く。

何故、この私ともあろう者が気付かなかったのか。

そうだ。こんな事を忘れていたなんてどうかしていたとしか思えない。

涎を垂らし、頷く。

そうだ、そうとも。あるではないか。この状況を打破するもう一つの方法が。




「美味しいよね。焼き肉丼」


「…………ひっ!!」



ご飯は未だ炊きたての熱さを失っていない。

このお花畑で友達百人ならぬ悪魔百人。美味しく焼き肉丼を食べるのだ。

気分は高揚し、視界はぐるぐると回っている。なんだか紫色のモヤも見えている。マリーさんがクーヤ、焼き肉にするならにんにくは抜いておいて頂戴と言っている。

任せてくださいマリーさん!いざいざいざ、この手に焼き肉丼よ来たれ!

手を伸ばす。

フィリアがふと口元を抑えたのはその時だった。



「……う、……ケプッ」


フィリアの変な声が何だか妙に遠くに聞こえた。

気付けば目の前には砂浜。倒れていた。あれっと呟こうとして声が出ない事に気付く。ぐるんぐるんと目が回る。

何とか頭を持ち上げて周囲を見回す。揺れてかすれた視界の中、倒れている三人。涙目で腰が抜けつつも逃げていく生意気な着物の少年の姿が見えた。

何でだろう。どうみても食い物じゃねぇ。何を考えてアレをウナギとか焼き肉と言っていたのだろう。

頭の中に微かに浮かぶのはきび団子という文字とそのヤバそうな見た目。

もう二度と買わないし食わない。決意だけを胸に秘めて再びボテッと倒れ伏した。


「ほ、愛しい主様はすや、すやとおねむのご様子。

 敵陣のど真ん中で眠りにつくその豪胆さ、この上さらにあちきを虜にするなんて罪なお方でありんす」


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