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鬼ヶ島2

「………っ!!」


 私に腕を振り上げて来た鬼に向かってアホが華麗なサマーソルトキックを決めた。よくやった!

 しかし、数が異常に多い。おかしい。

 それに、何であろうか?

 この力は。

 口に手を突っ込んで顎から上部を引きちぎった鬼を投げ捨てながらクルシュナが呟く。


「変だ。おかしい。肉じゃないが肉の気配がする」


「あんら、まぁ。厄介な事」


 フィリアが風の精霊さんで鬼を吹き飛ばしながら走り寄って来て周囲を見回しながら焦りの色濃い口調で叫んだ。


「これは、光の力……!?一体どういうことですの……?」


 そうなのだ。天使とは明らかに違うというのに。鬼の中に数匹ほど毛色の違う奴が紛れ込んでいる。

 この違和感、言うなれば浮世絵の中に西洋絵画が混ざりこんでいる。そんな感じだ。

 私の首のもったり襟巻きと化したまま働きやしない蛇がちろちろと舌を出しつつ鳴いた。


「ほ、龍神のようでありんすなぁ。この異界に龍神もまた取り込まれている様子。

 きゃつを足掛かりにレガノアが干渉しているようでございます。

 この異界の主でも見つけて主様が干渉するか、もしくは龍神をば消滅させるかが手っ取りばやいかとあちきは存じます」


「主?ここに主なんて居るの?」


「おりますよって。鬼の姫がおりもうす。

 主様ならばあの娘にも干渉できましょうや。もしくは別の……異物が二匹。一匹はともかく、もう一匹の方は中々に使える様子。そちらに干渉するもよし。

 どちらに致しましょ?」


「う、うーん……」


 鬼の姫か。そっちは居場所が分からないな。もう二匹とやらは……おそらくクルシュナの家に住んでいた奴だろう。

 そっちの方がいいか。


「クルシュナの家に向かうぞー!」


 叫びながら近くに立つアホに飛びついてよじ登った。

 フィリアには登れないし、クルシュナは道案内として先行せねばならんしな。メロウダリアが人間形態をとれば……いや、全裸だから嫌だな。


「チョイヤッサ!!」


 アホは謎のポーズを決めると一つ、ぴょんと飛び跳ねて走りだした。

 言うまでもなく紛うことなき暴走である。


「どーどーどー!」


 頬肉を引っ張っていれこんでいるアホを宥める。

 なんという暴れ馬であろうか。


「ブヒヒーン!!」


「ええい、大人しくするのだー!」


 適当に出した手綱をアホに括りつけて引っ張った。

 バルルルンッ!!と嘶きを上げてアホは漸くおとなしくなった。全く。


「……何をしていますの」


 フィリアが割とガチで冷たい目で見てきた。

 私のせいじゃないと心から言いたい。


「行くぞ。肉じゃない奴らと肉混じりの奴が来る。

 不味そうな臭いがする」


「む」


 クルシュナの言葉通り、わらわらと墨絵の鬼が湧いてきた。

 よしよし、ここは一つ振り返らずに一点突破、それしかあるまい。

 大地に墨で描かれた道が続く。しゅっと描かれた水墨画の鳥が空に舞い上がる。

 進む先には何もない。

 何もない真白の世界の中、進めば進むほどに生きた墨絵の世界が広がる。

 うおおお……。是非とも映像で残しておきたい光景だ。絵師が描く絵巻物の中に取り込まれたような心地。

 こんなのは中々あるまい。フィリアも感嘆するかのように風景に見入り、見惚れながら走っている。

 クルシュナとアホにはそのような情緒がないらしいが。


「そろそろ着く」


「良かったですわ……!

 世界が閉じられたせいで風の精霊しか呼び出せませんもの……!」


 走り抜ける先に微かな黒点。

 よし、このまま――――。

 もう少し、という時だった。悲鳴じみた音と共に次元に亀裂が入ったのは。




 空間が割れた。

 砕ける世界。

 崩れ落ちる大地。

 墨は油に侵食され崩壊する。




「な、な、にゅわーっ!?」


 顕現する天使。その姿はぺらぺらで絵画に描かれる天使がそのまま現実に飛び出したかのようだ。

 フレスコ画のような罅混じりのペラペラの救世主と天使が地に降り立つ。

 パッパラーとラッパが高らかに鳴った。小さな赤ん坊のような天使が吹き鳴らすラッパは耳を劈く轟音となって世界を崩壊させる。

 囲むかのように降り立った光輪を備えた白百合を捧げ持つ、透けたローブを纏う天使たちからは微かに油の臭いがする。

 メロウダリアが愉快そうに嗤った。


「ほ、これはまた。

 風情の無き事。ウサギ辺りが見れば発狂しそうな光景ですこと。

 主様、主様のふくふくすべすべとした首元に名残惜しくもありんすがちょんと、失礼」


「おー…?」


 蛇がしゅるっと私の首から離れた。

 そのまま人の姿へと変じたメロウダリアがしゃがみ込んで顔を伏せて両手で覆う。

 髪の毛と混ざる蛇達が地を這いながら威嚇音を発した。

 ぬ?

 メロウダリアの足元を中心に世界が書き換わる。

 荒涼とした大地が広がり蜥蜴や毒蛇や蠍が描き加えられていく。


「領域の書き換え合戦などまだるっこしき事、あちきはまっこと嫌いでありんす」


 顔を覆っていた両手を離し、天使たちを地に伏せながら遠くから睨むかの如き紅く煌めく宝石の眼で睥睨する。


「さぁさ、あちきの邪眼に凍て付きたもうや。

 この世界で永遠と石となりて、己の無力を噛み締めながら主様が齎すこの世の終わりを見届けるがよし」


 囲む天使たちが見る間に紅き石へと変じた。

 みしみしと軋む石像。


「……おお!!」


「主様、いっくら石にしたとてこやつらは無限に湧きもうす。この異界の魂無き鬼を依代として天使が紛れ込んできているのでありんす。

 この依代を破壊したところで大本の天使共には意味などあらしまへん。

 ささ、あちきと一緒に参りましょうねぇ」


 参りましょうねぇ、と言いつつも再び省エネ姿になって私の首に絡みついた。

 動く気ゼロである。なんて駄蛇だ。

 まぁいい。メロウダリアが時間を稼いだこの隙を逃す手はない。再び走りだす。


「クルシュナ、家まで後どれくらいあるのさ?」


 周囲には再び絵画の天使達がポツポツと現れだしている。メロウダリアが言うとおり、意味はないらしい。

 クルシュナもその光景を前に、少し考えてから答えた。


「追いつかれるか追いつかれないかは五分だ。お前ら遅いし弱い。

 肉混じりと肉じゃない奴らを相手だと俺とコイツじゃ守りきれない。

 蛇の石化もあのレベルの肉混じりを相手だと時間が掛かる。そもそも後ろはともかく前を塞ぐ肉混じりを石像にされると道を塞いで邪魔だ」


「フハハハ!!」


「ぐぬぬ……」


「あ、貴方達が異常なのです!はひぃ…!」


 仕方がない。やれるうちに手を打たねば。

 アホとクルシュナは大丈夫そうだが、フィリアがかなり疲れてきている。

 道の先にある黒点は未だ遠い。


「ちょっと待てーい!」


 立ち止まって本を開く。カテゴリ生活セット。



 商品名 きび団子

 食べた人をパワーアップさせちゃいます。

 脅威の百万馬力。鬼もなんのその。



 これだ。

 早速購入。

 現れた団子は中々に、その、なんだ。不味そうである。


「は、はぁ……な、なんですの?

 め、名状しがたい臭いを放っておりますわ……」


「パワーアップアイテムだ!」


「ほほう!チャレンジャーな団子だな!かなりデンジャラスな臭いと見た目、私、嫌いじゃない」


「肉がいい」


 全員文句たらたらである。アホはアホだししょうがない。


「これを食べればパワーアップして鬼にも勝てちゃうのだ!」


「ふぅ、……本当ですの?」


 確かにどぎつい色と匂いだが、しかしこれを食べれば鬼もなんのそのだというのだ。


「本当、な筈だ!」


 最期は力いっぱい言い切った。言い切らねば絶対口を付けないだろうからな。

 団子をつきだした。

 一つ手に取って口元に運ぶ。クルシュナがヒョイと、アホが無駄にステップを踏みながらつまみ上げるかのように、そして恐る恐るとフィリアも団子を手に取る。

 頷いた。

 死なばもろとも、全員道連れである。

 全員でせーので食べる。

 瞬間、頭が爆発した。




 走る。


 走る。




 水墨画と西洋絵画が混ざりあって軋みをあげる世界。

 四人の男女が異界を駆ける。

 一途に、情熱的にソレを求めて走る四人の瞳にはただ一匹のウナギしか映っていない。

 ぬるぬるとした表皮、むっちりと身が詰まった胴、魅惑の白身、脳内でタレを付けられた蒲焼きは四人にとって実にたまらないものであった。

 ほかほかのご飯に乗るべきソレを求め、己の三大欲求に忠実に従い、ただ走る。



 そう、鰻丼を求めて私は走る。



 鬼など相手になるものか。

 今の私は暗黒神などではなく桃太郎であるからして残りの三人は雉と猿と犬である。


「アチョーッ!」


 天使の依代と化している鬼をミニマム暗黒神ちゃんアームでワンパンで沈め、荒ぶる鶴のポーズを決めてやった。

 頭の中には虹がかかってお花畑が広がっている。モンシロチョウがプリティである。

 何やらお花畑で悪魔共が目をハートにしながらいやーんあんこくしんさまぁ、ステキ、抱いてーとかなんとかキャーキャー言っている幻視をした。

 ま、気のせいだろう。目をぐるぐるさせながら私は叫んだ。


「向こうに目指す遥かなうなぎの気配!!」


「イエッサー!」


「うなぎ!」


「お腹が減りましたわ!」


「うむ!者共、これを喰らうがいい!」


 量産した団子を全員で貪り食う。

 頭が更に爆発した。間違いなくアフロになっている。構うものか。

 世はウナギ祭りなのだ。ウナギ祭りである以上、ウナギが必要だ。

 頭の中には船で見たウナギ一色。本を開く。



 商品名 うな丼のタレ

 厳選した素材から作られたほっぺが落ちちゃう絶品のうな丼のタレ。

 七味付き。



「いよっしゃあぁぁああ!!」


 みりんと砂糖醤油の芳しい香りに全員のテンションは最早止められないほどに最高潮。


「雉、猿、犬!行くぞー!

 求める鰻丼は近い!」


 目をぐるぐるさせた雉が叫ぶ。


「わかりましたわ!」


 ヨダレを垂らす猿が高らかに歌った。


「ヨ~ホデリヒ~!」


 血走った目の犬が唸り声を上げる。


「うなどん、うなどん、うなどん」


 どんぶりと炊きたてごはんが収められた釜を抱えて走る先、怯えた様子のウナギが居るのを私の目はしかと捕らえていた。

 もう逃さん。一つ残らず私の胃袋に収めてくれるわ。




 名 アメツヤタ


 種族 神龍種

 クラス 青

 性別 男


 Lv:6500

 HP 3500000/3500000

 MP 8500000/8500000



 うむ!

 実に最高級の鰻丼に相応しいウナギである。





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