愛の劇場3
「ほ、ほ。主様はあちき達の事をよくよくお忘れになりますこと」
私の襟巻きと化しているメロウダリアが可笑しそうにシャーと鳴いた。
目の前には蛮族とアホが簀巻きにされている。
否定出来ない話なので口はバッテンにしておく。
本で魔改造はしたのに悪魔を召喚するという手段はとんと忘れていた。
私の頭では稀によくある事である。
「ヒック…ヒック…」
完全に腰が抜けているらしいフィリアは鼻水たらさんばかりにしゃくりあげて泣いている。
余程怖かったらしい。
とっとこ近寄って縄をほどいてやる。
それでも泣いているので仕方がないので本で出した大きなペロペロキャンディーを与えておいた。
えぐえぐと泣きながらもしっかり受け取って口に頬張っている。
卑しい豚である。何が卑しいかってキャンディーの舐め方が卑猥なところだ。
舐めるというかしゃぶると言った方がいいだろう。流石である。
しかし、目の前の二人はどうしたものか。メロウダリアはこの二人を特に石にするつもりはないらしく、簀巻きにしただけで終わったのだが。
「この二人、どうしようかなー」
「主様のお望みとあらば、このメロウダリアが二人を見事な肉奴隷に仕立てあげてみせまひょ」
「いらん」
即答した。お断りである。
私が望むならと言ってはいるが実に残念そうにしているあたり、メロウダリアの趣味であろう。何で石にしないのかと思えば碌でもない理由であった。
私をダシにしないで欲しいものである。
「な、なんですの?
その、蛇、ではありませんわよね?」
「え?
えーと、メロウダリアだ!」
「名前を聞いたのではありませんわ!」
「あちきは悪魔でありんす。
……あんら、中々堕とし甲斐のありそうな娘ですこと。
後々、あちきのおー、きぃな蛇でたーんと可愛がってあげまひょ」
「……本当ですの!?」
やけにキラキラしだした。悪魔への恐怖より性癖らしい。ん、フィリアである。ほっとこう。
簀巻きの二人を見やる。
アホの方は頭の中で星が回っているようだ。ポコポコピーピーピーヒャララーと目を半開きにして延々と単調に呟いている。
はっきり言ってめっちゃ怖いがかなりの勢いで殴られていたし、こう見えて気絶しているのであろう。
もう一人の蛮族の方はしゃんとしているようだ。
じーっとこちらを静かに見ている。肉、という呟きは聞かないフリである。
虚ろに濁った目でこちらをただただじーっと見ている。死んだ魚か何かか。
そっと視線を外した。
「ふむ」
首元には咎人の枷。となるとやはりあの航海日誌にあった異界人というのはこいつだろう。
つけっぱなしらしい。
効果はないらしいが外しとくか。見た目もよろしくないしな。
本で奴隷解放を購入。パキンと小気味良い音と共に枷は地に落ちた。
砂をかけておいた。
「……ん?」
よしと頷いて顔をあげると、先ほどまで死んだ魚の目をしていた筈の蛮族がそこはかとなく理性のある目をしている、気がする。
死んだ魚ではなく生きた魚になった蛮族はやはりこちらを見ているがさっきよりはましな視線になった。
うーむ?
こうして改めて見れば。
奇妙な違和感が拭えない。悪霊化していたカミナギリヤさんの時にも感じた違和感。
外見と中身があっていない、そのような違和感である。
目の前で簀巻きにされている男は人間のような姿をしているが……。
どうにも変だ。何か人ならざる異形が無理矢理に人の姿を真似ているような、そんな違和感を抱く男だ。
人の姿をしているものの、受ける印象はまさに獣の姿をした怪物。
端的に言えば何でこいつ人の姿をとってんだという感じだ。絶対違うだろ。
しかしながら確かに人なのだから益々違和感ばかりが募る。
産まれ方を間違えた怪物、といえばいいのか。
いや、人間だからこそ、か?
人間だからこそこのような人でありながら人ではないヘンテコな怪物が生まれてくるのか。
何となく聞いてみた。
「えーと、クルシュナってさ。なんで人の姿してんのさ?」
「そんな事は俺が聞きたい。何故、俺は人の姿をしている?
生まれてこの方、違和感しか感じない」
本人も不満そうだ。というか話が通じた。
びっくりだ。
「肉をくれ」
「ねぇよ」
「オマエの足があるじゃないか」
「誰がやるか!!」
言葉は通じているが意思は通じていないな。
不思議そうにしているあたり、マジで私の足を肉としか思ってないのか。
暫く考え込んだ様子のクルシュナは一つ頷いて言い直した。
「じゃあそっちの肉をくれ」
「ひっ!」
しゃくりあげながらペロペロキャンディーを頬張っていたフィリアが悲鳴を上げて私の後ろに隠れた。
いや、私を盾にすんじゃねぇ!
メロウダリアがシャーッと鳴いたのにビビったようだがそれでもガッシと私の肩を掴んで離そうとしない。
悪魔より蛮族の方が怖いらしい。
「これもやらん!」
「じゃあ何の肉ならいいんだ?」
「どれもダメだわーい!
そこのアホの肉でも食ってりゃいいじゃん!」
「これは肉じゃない」
「な、なにぃ!?」
肉じゃないらしい。肉じゃないのか。じゃあ何だ。アホか。
「にーくー。にっくにくー、にっくにくーにっくー!」
「うるさーい!」
全く!!
肉肉とうるさい奴である。口を閉じさせるべく本を開く。
商品名 肉
地獄で今最も熱い暗黒牧場でのびのびと育てたれラた育てたラレたレ――ク―る―ののの美味しいお肉。
悪魔も垂涎モノのの暗黒印を押印された産地証明書付きの特選肉。
「おりゃー!」
現れた大量の変な肉を口に突っ込んでおいた。
生だがどうせ平気だろう。気にすまい。
クルシュナはもぎゅもぎゅと肉を咀嚼している。旨いのだろうか。
ちょっと興味がわいた。
まあだからといって食べたくはないが。フィリアも鼻を摘んで肉を眺めている。確かに酷い臭いである。
簀巻きにされたままのクルシュナは頬いっぱいに肉を詰め込んだままのしかめっ面という器用な顔で身を捩って訴えてきた。
「はふひへふへ」
外してくれか?
「やだよ……」
お断りである。
喰われたくはない。
だというのに蛮族は口の中の生肉をごっきゅんと飲み込んで再び訴えてきた。
「喰わないから外してくれ」
ホントか?信用ならないな。
「喰わない」
「嘘つけ。人間食ってたじゃんか」
「知らない」
「うおぉい!?」
知らない、だと!?
ここに来て白を切るとは中々の胆力だ。良くはないが。
「アイツラが悪い。俺に言われても困る」
「何故!?」
喰われた挙句に加害者呼ばわりとは浮かばれない過ぎるだろ。
というか何でこいつが被害者ヅラなんだ。
「ソレを付けるからだ」
ソレ、言いながら顎でしゃくったのは咎人の枷である。
いや、しかし効果がないと書いてあったが。効果があったとしてもフィリアから聞いていた効果からして特に関係があるとは思えないが。
「人間の餌なんて全く無意味だがせめて何か喰わせてくれればまだ我慢も出来た。
そうしないのが悪い」
「ぬ」
そういやそんな事が書いてあった。
そう言われればそんな気もしてくる。
呼び出しておいて咎人の枷という名の奴隷製造機をつけて檻に放り込んで食事を与えないのはよくよく考えれば相当ひどい。
しかもそういえば亜人や魔族、神霊族など全く問題にならないとか何とか書いてあった。
つまりはその状態で彼らと戦わせていたという事だ。
うむ。自業自得だな。そんな気がしてきた。
フィリアは胡散臭そうにしているが、そういえばフィリアは日誌を見ていないししょうがないな。
そもそも取って喰われかけていたし。
……いや、フィリアはあの船とは関係ないな?
やっぱり目の前の蛮族を解き放つのは危険だ。
やめとこう。
私の襟巻き蛇がシャーッと笑って鳴いた。
「おやまぁ。咎人の枷とは人間共も自業自得でありんす。
悪魔を召喚しておいて対価も支払わず、枷で理性を封じてよりにもよって暴食に食事を与えずに放置とは。
そのような馬鹿は死んで結構、無駄に生きていては食物と酸素とスペースが勿体無き事この上なし。世の為人の為、さっさとくたばるが重畳重畳」
酷い言われようだ。
悪魔的にはあの船の人間達がムシャられてしまったのは当然の事らしい。
悪魔召喚か。そういやなんか失われた秘術とか書いてあったな。異界の魂召喚の奥義だったか。
昔の秘術を復活させようとしてうっかり悪魔召喚したのか?
アホな事である。
いや、でもここにクルシュナが来たのはカグラの話では数ヶ月前って事だったが。
考える。ここに来て一ヶ月、その前に一回死んでいるので一ヶ月。
二ヶ月では数ヶ月とは言わないだろう。となれば、私が産まれるよりも前の話である。悪魔なのに。
はて?
「ふーん……?」
間があった。
「……え?」
普通に流してしまったが……なんですと?
襟巻き蛇が何やら異様な事を言った。
「……その御方も悪魔、ですの?」
「おや。主様と人間の娘にはコレが人に見えるとおっしゃります。
どう見ても獣でございましょ」
まぁ確かにそうだが。
クルシュナがどうでも良さそうに口を挟んだ。
「外してくれ。お前が名付けたんだろう。グラ=デネブと。白鳥か十字架かは知らないが。
お前は喰わない。喰えない。喰いたくない。肉をくれ」
「えぇー……」
再び肉を要求し始めた蛮族、もとい悪魔らしき男に肉を投げておいた。
もっさもっさと食べている。
これが悪魔とは。ちょっと嫌である。
しっかし肉ばっか食ってんな。
野菜食え野菜。
「野菜も食べるのだ」
「いらない」
「なにぃ!?」
即答だった。
しかしこやつの家で確かに野菜も育てていたじゃないか。食べてたんじゃないのか。
飽きたのだろうか。
「主様、ソレが食すは肉だけですえ」
「え?でも」
「正確なところを申し上げますれば食事としているのは肉ではなく魂でござります。
肉体ごと魂を喰らっておりますのえ。
植物というものは感情もなく、魂の在り様が違いすぎますよって。悪魔が食べるには適しませぬ」
「へぇ……あれ?
じゃあ、あの家は?
野菜が植えてあったじゃん」
「家?
アレか。知らない。確かに俺が住んでいた。
最近は戻ってない。誰か他のオスとメスの臭いがする。いらない。
野菜なんて育てていない」
「え?」
焼かれていたレンガと壺。
瑞々しい野菜。
最近戻っていない、という感じはしなかった。
「……それならあそこには誰が住んでたのさ?」
「知らない。見てない。近寄ってない」
マジか。
……と言うことは?
思い出すのは例の人体道具である。
こいつではない、と言うことだ。ちょっと安心である。良かった良かった。
「あの人毛ロープとか作ったのはクルシュナじゃないんだ」
「あれを作ったのは俺だ」
「お前かよ!」
全力で突っ込んでしまった。
やっぱり安心じゃなかった。
悪魔は所詮悪魔である。