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愛の劇場2

 野生の獣か何かかあいつは。


「タンパク質、タンパク質、タンパク質」


 ブツブツと呟きながらうろうろとする男は一向にこの場を離れようとしない。

 時折、クワッとこちらを向くのが恐ろしすぎる。

 目が合うたびに本を抱えてブルルッと身を震わせる。

 ……さてさて、どうしたものか。



 商品名 女子更衣室の扉

 一定時間、姿を隠しちゃいます。

 影や音は隠れないチラリズム仕様。



 動けねぇ。

 奴がこの場を離れなければ音や影が誤魔化せない以上、動くことは出来ない。

 しかも制限時間付き。タイムリミットは刻々と迫っている。残り時間は五分ほどだ。

 買う商品を確実に間違えた。いや、正直すぐに居なくなると思っていたのだ。しかしながら奴は美味しい餌の隠れ住んでいる場所から全く離れようとしない。

 魔力をケチった代償であった。これはマズい。予想以上に蛮族であった。

 残り三分。離れる様子は、ない。

 もはや一か八か、走って逃げるしかあるまい。

 何の手も打たないままに効果が切れてしまうという最悪のパターンはなんとしても避けたい。

 すーはーと静かに深呼吸。ぐっと口をすぼめて寄せて、付近を見回し逃走経路をイメージしておく。


「………」


 行くか。後は天を運に任せるのみ。

 残り一分。

 覚悟を決めた。


 そしてまさに足を踏みだそうとしたその瞬間。


 蛮族が何かに気付いたかのように顔を跳ね上げる。

 声を上げなかった自分を心底褒めたい。

 木々生い茂るジャングルという人の身体には全く不利であろう地形をまるで感じさせない。

 身体を低く伏せたままにやや前屈の姿勢で障害物を避けるというよりもすり抜けるという言葉こそが似合う動きで走りゆく姿はまさに獣のごとく。

 蛮族はものの数秒で私の視界から消えた。


「…………」


 何が何だかわからないが、チャンスである。

 ポインという間抜けな音と共に姿が現れる。速攻本を開く。

 パラパラパラと開くページは生活セット。



 商品名 軒先の幽霊

 一定時間、姿を完全に隠しちゃいます。

 誰にも見られたくない、会いたくないアンニュイな貴女に。



 即購入。値段なんか気にしてられるか。タダより高いものはない。安物買いの銭失いであった。

 そしてもう一つ、船と連絡を取るのだ。呑気にサバイバルしつつ待っているという選択肢は潰えた。一刻もはやく脱出せねばムシャムシャと喰われる未来の確率が非常に高い。


「えーと」


 カテゴリ生活セット。



 商品名 電波通信機

 特定の人物と連絡を取ります。

 制限時間は三分。



 三分、微妙に短くないか。

 何故だ。

 まあいい。兎にも角にも連絡が取れそうで何よりだ。

 木の枝でちょんと購入。ずもも、と姿を見せたのはどう見てもラーメンタイマーだった。

 ああ、うん。これは三分ですな。三分以外はありえないだろう。五分とか死ぬべき。そんなに待てるか。生ラーメンでも待てない。

 ラーメンタイマー片手に本をめくれば連絡帳らしきものが表示されている。よしよし、うーむ……。

 というか連絡とるのは別料金なのか。公衆電話みたいなものらしい。仕方がない。

 見ていると相手によって微妙に値段が違うようだ。リレイディアが何故か異常に安い。パンプキンハートも安いな。

 しかしこの二匹に連絡をとってもまるで無意味である。逆に無意味だから安いのかもしれないが。

 ウルトとおじさんも結構安いな。カグラとアンジェラさんがやけに高い。不思議である。

 とりあえずおじさんでいいか。ウルトとおじさんという選択肢ならおじさん一択だ。ウルトは話にならなさそうなので。

 ぽちっとプッシュ。

 ジリリーン、ジリリーンと鳴るラーメンタイマーにもう少し静かに出来ないのかと思いつつも辛抱強く相手が出るのを待つ。


「…………」


 呼び出し音ががちゃっと切れる。

 がさがさ、何か向こうで衣擦れの音がした。風の音も聞こえる。

 微かにだが……人の声もする。どうやら繋がったらしい。ラーメンタイマーがこちこちと時間を進めている。

 急がねば。


「もしもーし」


「………クーヤさん?」


「おー」


「……何故だか私の下着からクーヤさんの声がします」


「お、おー……」


 最悪である。

 まあいい。それよりもこちらの居場所を伝えねば。

 それに皆さん無事であろうか?


「おじさん達は大丈夫?

 私は何やら小さな島に居るぞー」


「あ、はい。ただ……フィリアさんが落ちてしまったみたいで……。

 その、クーヤさんと一緒に流されていませんか?」


「む?」


 フィリアも私と同じく海に投げ出されたのか。私が無事なのだし、おそらく無事だと思うのだが。

 あとで探しておくか。ここに流れ着いているといいのだが。いや、この小島自体は大変良くないが。


「あと、その、小さな島とのことですが……何か目印はありませんか?」


「うーん……」


 確かに島と一口に言っても難しいか。

 目印か。考える。何か。


「そういえば変な蛮族がいる」


「へ?……あ、はぁ……」


「言葉のままの意味で食べられそうなので早く助けてください!」


「え、と、大丈夫ですか?」


「急ぐのだー!」


 叫ぶと向こうで何やらがやがやと声がし始めた。


「あれ?クーヤちゃーん。ウルトですよー」


「なんでおっさんのパンツから声がすんだ?」


「あらあらまぁまぁ……クーヤちゃん、そんなところに入っちゃだめよ~?」


 入ってねぇ!

 アンジェラさんは時々とんでもない事を言うな。


「ったく……ガキンチョ、どこにいんだ?

 こっちはこの二日間探しまわってんだ。

 妖精王は船室から出てこねぇし、魔術がまともに使える奴はいねぇんだからよ」


「蛮族がいる島だー!!」


「蛮族だぁ?」


「げに恐ろしき人喰いの鬼がいるのだ!」


「あはは、クーヤちゃんってそういう人に会う確率高いですねー」


「うれしくないわーい!」


「……あー、アレか。もしかして鬼ヶ島か?」


 どうやらカグラにはあの蛮族について心当たりがあるらしい。


「鬼ヶ島?」


「数ヶ月前ぐらいから冒険者の間で噂になってんだよ。

 北浅葱海にある小島にかなり危険な異界人が住み着いてるってよ。上陸して生きて帰ってきた奴はいねぇと聞いたけどな」


「な、なにぃ!?」


 何だその危険な島は!?

 もしかしなくてもここか!


「ま、迎えに行くまで頑張れや。大将」


 ブツッ。

 ツー、ツー。

 無情にも切られたラーメンタイマーを眺める。

 空を見上げる。頷いた。

 逃げねば。

 木の枝を倒し、指し示す方向へがさがさと草を掻き分け掻き分け進む。日はまだ高い。

 何故だか蛮族が離れていった今のうちにこの小島を探索し、隠れ潜むに具合のいい場所を見繕わねば。

 最悪の手段としては本で値段を度外視に効果の高い商品を何か買わねばならないだろう。

 まあそれは最終手段だ。地獄の輪っかを地面に設置。

 自動洗浄のつまみをぐいと捻る。

 ジャガボゴと唸るトイレ。エネルギー取り出し作業中の文字が光っている。

 よし。迎えもいつ来るかもわからない。

 ここ最近の戦闘や西大陸での事もあって魔力量は十分と言えるが、少しでも回収しておかねば。


「……お?」


 どれほど進んだ頃か。

 ふと、木々の間から見える先に何やら開けた場所が有ることに気付いた。

 それと、微かに何かが焼ける臭い。肉の焼ける臭いとかだったら速攻逃げるところだが、どうやら石か泥が焼ける臭いのようだ。

 ……音は、ない。私の目にも何も映らない。誰も居ない。

 顎に手を当てて考える。虎穴に入らずんば虎児を得ず、行ってみるか?

 木の枝が倒れた先にあったのだ。何かあるのかもしらん。

 そーっと抜き足差し足忍び足、進むに連れて木々の隙間からは家らしきものが覗きはじめている。

 あの蛮族の家だろう。意外にもそれなりに文化的に過ごしているらしい。

 近くによっても特に人の気配はない。やはり誰も居ないようだ。よし、一丁調べてみるか。

 小さな畑の横には窯が作られている。先程からする何かが焼ける臭いはこれだろう。覗きこんで見ればどうやら焼き物をしているようだ。

 レンガと壺か?

 ……生意気だな。

 隣の畑には瑞々しい野菜が生えている。益々生意気である。

 しかも井戸まで掘っている。てってけと歩み寄って井戸の中を覗いてみた。

 真っ暗な井戸からはほんのりと冷気が漂っている。

 吊り下がっている桶をガラガラと滑車を使って下ろし、水を汲んでみる。ふむ、中々の地下水を汲み上げているようだ。

 飲んでみた。うまい。畑に戻ってトマトっぽい奴を勝手にもいでもっしゃもっしゃと食べる。

 これほど好き放題しても誰も来ない。なんだか気が大きくなってきた。

 よし、家の中も捜索してみようではないか。簡素な作りのドアには鍵など無い。

 取っ手が付けられているだけである。力を入れずとも扉は簡単に開いた。身を滑り込ませればそれで侵入成功である。


「…………」


 ふ、む……?

 思ったよりも普通だ。

 この何もない小島でよくもここまで生活用品を揃えたものである。

 テーブルに椅子、その辺の壺には野菜が漬け込んであるようだ。小さな壺は動物からとった脂が入っているようだ。

 動物の皮を鞣したらしい布が寝床と思われる場所に敷かれている。

 何だか普通すぎてつまらん。恐怖の台所をそーっと覗いてみる。

 レンガを積み上げた窯に、流石に鉄を加工することは出来なかったのか深めの土器が置いてある。

 別に人骨もなにもない。普通だ。

 うーむと腕を組んで考える。

 こうなると……もしかしたらあの蛮族にも話が通じるかもしれないな。コミュニケーションを試みるべきだろうか?

 何か意思疎通が図れるかもしれない。そういえばタンパク質と叫んでいた。当たり前だが言葉も通じるし、理性も有るという事だ。

 動物性蛋白に飢えすぎてああなっているのかもしれないな。

 ……よし、接触してみるか。コミュニケーションを取る事で危険がなくなるならばこれ以上はない。

 そうと決まれば話は早い。顔を上げて、ソレが視界に入った。

 何のことはない、野菜を吊り下げている紐だ。

 細かな繊維を撚り合わせ強度を上げてロープ替わりとしている。それは、いい。別に構わない。普通だ。

 問題はそんなところではない。

 汗が噴き出る。

 普通?とんでもない。普通であるからこそ異常なのだ。

 じりじりと後ずさる。

 接触を図るなど彼方に飛んでいった。無理無理。


 あのロープ、どう見ても人毛である。


「…………」


 そうだ、この小島で動物など見ていない。

 あちこちにある布、鞣した人皮だ。壺の中の脂、人間から抽出したものだろう。

 あの蛮族は完全に人間をただの動物として認識している。

 そうとしか思えない。捨てる所なんてありません、と言わんばかりの利用っぷりだ。

 何を思いながら自分と同じ姿をした人間を加工してきたのか、想像もしたくねぇ。

 ゆっくりと後ずさり、ドアに手が届く距離まで来た所で背を向けてドアにむしゃぶりつく。

 そのまま後ろも振り返らず脱兎のごとく鬼の住む家から逃げ出したのだった。

 背中を寒いものが駆ける。人の闇を見た。恐ろしい。恐ろしすぎる。

 そうして全力ダッシュであの狂気の家から少しでも離れるべく逃亡している時だった。

 微かながら人の声が聞こえたのは。


「ふえぇ……ぐす、ぐすっ」


 聞いた事の有る声だった。

 これでは流石に無視も出来ない。

 立ち止まり、そーっと顔を茂みから顔を覗かせる。


「ウッホウッホ!」


「えっさえっさ!」


「………」


 うわぁ。

 あのアホも船から落ちていたらしい。

 蛮族とアホ。出会ってはいけない二人が出会ってしまったようだ。

 しかも何だか知らんが意気投合している。

 ウッホウッホと豚のように棒に吊り下げられて運ばれているのはフィリアである。

 捕まったらしい。しかもガチ泣きしている。そりゃそうだ。さぞ怖ろしかろう。さしものフィリアもあんな趣味はあるまい。

 どうする……?

 考えるまでもない。

 ここは私一人だが、何とかするしかあるまいて。

 蛮族とアホ、私の勝てる相手ではないが……本を開こうとして気付く。

 すっかり忘れていた。

 地面に設置。


「出てこーい、メロウダリアー!」


 そうだ。私には悪魔共が居たのだった。

 地獄の穴から這い出たるは紅き眼の艶やかな鱗も美しく。邪眼の蛇。




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