嵐を呼ぶ男3
「アンジェラ!中に引っ込んでろ!」
「はぁい」
乗客と船員と海賊たちが入り乱れる戦場、乱戦もいいところだ。
「おりゃー!」
「ぎぃー!」
幼女だぜヒャッハーしてきた海賊に向かってリレイディアを投げつけた。
大喜びで海賊の顔面にへばりついた生首虫のリレイディアちゃんに恐慌状態に陥ったらしい海賊は悲鳴を上げて逃げ惑い、哀れ、海に墜落していった。
うむ!ロリコン死すべし。慈悲はない。
墜落していく海賊から見事なタイミングで離脱しすとっと着地したリレイディアは実にご満悦顔である。ブルルッと一つ身を震わせ、ふいーと息をつく姿はアレだ。
何故だかベッドの上でむせび泣くおじさんとタバコを吹かして満足そうに笑う生首という映像が脳内に湧いて出てくる。
不思議である。
まあいい。ささっとその辺の樽の中に潜り込んで身を隠し、どれどれと周囲を眺める。
やはりというかなんというか、船員よりも乗客の方が戦い慣れしている。内蔵売るぞゴルァだの、肉奴隷にすんぞてめぇだの海賊より余程ガラの悪い罵詈雑言がチラホラと聞こえてくる。
攻め入ってきた海賊がまさかの乗客の客層に恐れおののいているようだ。ひぃと悲鳴を上げて自分の船に逃げ帰る奴も居る。乗り移る寸前で哀れにもとっ捕まって暗がりに連れて行かれているが。
その後、暗がりから聞こえてくる何とも言えぬアーッな悲鳴に手を合わせておいた。ナンマンダブ。
面白くないのは少々オデブ、いやもういいか。弛んだ肉をゆっさゆっさと揺さぶるモンスター級デヴおばさんである。
地団駄を踏んで唾を飛ばして叫んでいる。
「何してるんだい!それでもアタシの船に乗る男かい!?
逃げんじゃないよ!逃げるぐらいなら戦って死になァ!」
「んな事言ったって姉御ぉ……!奴ら強いですぜ!?」
「ふざけんじゃ無いよ!
こんな奴らはねぇ……!!」
おばさんがその辺にいる船員の頭を鷲掴み、帆柱に叩きつける。ずるずると崩折れる身体、砕けた頭蓋が柱に赤い筋を引いた。
なんという怪力。恐ろしい。ふむ……あのおばさんもただの人間ではないようだ。
「……こうすりゃいいんだよ。全く、アタシの手を煩わせるんじゃないよ!」
「ひっ!……わ、わかってまさぁ!!」
その様子を見ていたフィリアが呟く。
「あれは……あの女性、取り憑かれておりますわね」
取り憑かれている?
元聖女のフィリアには何か見えているようだ。
「何にさ」
「神の工芸品の一つ、永遠少年というアイテムですの。アイテムというよりも海域ですけど。
あの女性の姿、間違いありませんわ。見たところ人間の女性ですけれど……この海で海賊行為を繰り返す内にアイテムに魅入られてしまったのしょう。
人間とは思わない方がいいですわ。
恐らくあの女性、自覚はないでしょうけれどこの海域で何十年、下手をすれば何百年も生きていると思いますわよ。
アイテムの舞台装置にされてしまっているのですわ。アイテムに開放されない限り、自覚のないままこの海でアイテムに記載されている海賊の姿を演じ続けますわよ」
マジか。なんて嫌なアイテムだ。だが、確かに言われてみれば。
あの海賊船、かなり年季が入っている。この船もかなりの年寄りだが……どう見てもそれ以上だ。
それに……どうして気付かなかったのやら。そういやルイスが人間は私の視界に入りにくいとか言ってたな。それでか。
……あの海賊たち、何人か死人が混ざっている。おばさんと対話している人間は生きているようだ。最近になって海賊船に乗り込んだのだろう。まさかの幽霊船とは思わずに。
応戦する船員や乗客も気づいているのが何人か居るようだ。打ち倒した海賊の腐肉が放つ臭気に顔を顰めている。
と、なればこの海戦、一筋縄ではいかなさそうだ。
一番厄介な変態を見やる。あれは生きているらしい。そういや見てなかったな。じーっと目を凝らす。
破壊竜ウルトディアスをたった一人で釘付けにするという離れ業を見せるその男。
名 アレクサンドライト=ガルディッシュ
種族 人間
クラス アホ
性別 男
Lv:1600
HP 29000/29000
MP 16000/16000
「…………」
目を擦る。どうやら目が曇っているようだ。
私は何も見なかった。見なかったぞ。
「よっと」
「ホアチャ~……ホアチャーッ!!」
ウルトが変態が足場にしているロープに繋がるロープを踏み抜く。たわんだ足場を意に介した様子もなく変態は飛翔しウルトへと躍りかかっている。
短剣は失われたがそれも特に問題にしてはいないようだ。張力を利用し縦横無尽に跳ね回る変態は船の部品や床に落ちている武器をロープや布で跳ね上げては拾い、ウルトの竜槍に耐えられなくなったと見るや躊躇なくフィリアやカグラに投擲し次の得物を拾う。
帆柱と静索を足場にして人の領域を超えた戦いを展開する二人、時折カグラが嵐の中にあってもなお正確な狙いで変態が降り立とうとする足場に向けて発砲しているが、流石に船体にダメージが行くのを恐れているのかそれ以上には手を出しあぐねているようだ。
激しくなるばかりの嵐。ただの船であるこちらはこれ以上海戦など繰りひろげている場合ではないのだが。向こうの船は嵐もなんのその、といった感じである。
というか……あの海賊たち、嵐である事を認識しているかどうかも怪しい。ロクでもないアイテムである。
「あわわわ……」
大波を受けては揺れる船。これ以上は危険だ。船体がバラバラになりかねない。
樽の中に潜り込んで本を開く。何かないか、何か!
商品名 魔改造
暗黒神様の乗り物を悪魔が好き勝手改造しちゃいます。
改造する悪魔によって値段は変わります。
これで大丈夫か!?ええい、ままよ。
改造者はえーと、アスタレルにルイス、メロウダリアに……イーラにアワリティア?
誰だ?
この際だ、誰でも構わない。アスタレルとルイスは狂気の値段だ。メロウダリアは安いが安すぎて怖い。
えーと、イーラとやらでいいか。それなりに安くもなく高くもないので安心感がある。
君に決めた!
木の枝掲げてぽちっと購入である。購入した瞬間、船から奇妙な音がした。
「ギャーッ!」
「キャアアァア!!
な、なんですの!?」
恐怖である。フィリアが青い顔で私が入った樽に縋り付いてきた。ガタガタと揺れるからやめろ!
ベタベタベタベタと壁だろうが床だろうが帆だろうがお構いなしに小さな手形がびっしりと付きだす。ホラーすぎる。
バァン、樽が揺れた。
なんじゃ!顔だけだして樽を見詰める。手形が付けられていた。
「………」
少し間が合ってからバンバン叩かれだした。叩かれる度に樽が揺れる。フィリアが樽から逃げた。
待て、逃げるんじゃない!逃げるなら私を連れて行くのだ!
「ギャーーーーッ!!」
樽に最早付く場所がない程に手形が付いた。
何だ、何をするイーラとやら!
樽じゃない、樽じゃないぞ!
思ってから気付く。
今の私の乗り物は樽である。バンバン叩かれながら必死に叫ぶ。
「樽じゃねぇ!船だ船!
ヤメローっ!!」
止まった。どうやら本気で樽が乗り物だと思っていたらしい。
クソッ!何てお茶目な悪魔だ!
樽から転がり落ちるようにして飛び出した。
どうやら魔改造される寸前だったらしい。樽は奇妙な形に変形させられつつあった。
ぶっ叩いて変形させるとか恐ろしい脳筋悪魔である。大丈夫であろうか。
それなりの値段だったのにまさかの無駄金だったか?
思った瞬間、船がひしゃげた。めきめきと音を立てて軋む船。
「………………」
大丈夫にはとても思えない。キャンセル出来るだろうか。
「な、なんだぁ!?」
「ええい、一体何だい!?」
周囲の人々も気付いたようだ。変形し始めた船に。
悲鳴と怒号が響く中、船が歪むのがわかった。
こりゃやばい。床板があちこち弾け飛ぶ。しかも更に激しさを増した嵐に煽られた波が打ち寄せ甲板を舐める。
流されるのも時間の問題だ。恐らくはこの事態にガチ泣きしているであろうカミナギリヤさんと一緒に船室にいればよかった。
後の祭りである。一際大きな手形が付いた帆柱がへし折れる。イーラとやらは改造にやる気満々のようだ。やめて欲しい。本当に。
何か手を打たねば海賊でも無く変態でもなく悪魔の改造で死ぬ。やばい。買わなきゃよかった。
あたりを必死に見回して気付く。
おじさんだ。目を回しているおじさんだけ不思議と波をかぶっていないのだ。
何でだ、直ぐに当たりは付いた。おじさんの胸元が微かに光っている。あれは……ディア・ノアの手鏡。あれか!
どうやら本当に海難の加護が付いているようだ。まあ効果のほどはおじさんが平気そうなのを見れば知れる事ではあったが、あれなら平気かもしれない。
しゅたたたっとおじさんに這い寄ってへばりつく。
フィリアとカグラもそれに気付いたらしい。慌てた様子で走り寄ってきた。
「クソッ!何だこりゃ!」
「気分が悪くなってきましたわ……」
やはりここには波が来ない。
余裕が出来たのでゆさゆさとおじさんを揺さぶって起こした。
「おじさーん!大丈夫かー!!」
「うーん……」
頭を振りながら起き上がってきたおじさんは……ふむ。特に怪我もないらしい。よしよし。
ズゴン、底部から響いた音にそりゃもう全力で叫んだ。
「イーラ!ソフトに!もっとソフトにやるのだ!
死ぬ!死ぬから!!」
軋みが止まった。私の前に手形が二つぽんと付けられた。どうやら手を付いて謝っている感じである。
本人なりに反省しているようだ。
「もっとゆっくり揺れないように慎重にやるのだ、いや、やってください!本当にお願いします!」
了承したらしい。手形がぽんぽんと離れていった。よし、これでいい。目下の危機は去った。
が、何かに気付いたかのようにフィリアが顔をあげる。
カグラも何やら感づいたらしい。銃を構えて空を睨む。
「ぎぃー」
リレイディアが空を見上げて一つ鳴く。
降り注ぐ雷雨。スコールってレベルじゃない。明らかにこちらに敵意を感じる嵐。
白く煌めく鱗が船体を揺らす。先ほどとは違い、イーラの手によるものではない力で船が歪んだ。
変態と撃ち合ったままのウルトが面白くもなさそうに声を上げる。
「何か用ですか?
僕らは君に用事なんかないんですが」
応えたのは静かな頭に響くかのような声。
「口を開かないで頂きたい、邪竜め。
お前など封じられたままでいれば良かったのですよ」
ウルトから視線を外し、ちらりとこちらを見た蛇龍は私に向かって吐き捨てるかのように言った。
「……不浄なる闇よ、ここにお前の居場所はないと知れ。
海が穢れている。海の荒神、疫神が息を吹き返してしまった。その手鏡もよく戻してくれたものです。
……おぞましい」
「むむ!」
何やらきちゃない呼ばわりされた。このプリティクーヤちゃんに向かって許さん。
むきーっと石を投げようとした瞬間、怒りに満ちた声が聞こえた。
「なれば、物質界になど来なければいいのである。態々不浄の地に降り立ち文句を言うなど、愚にもつかぬたわけ者が。
浄界で永遠に怠惰と魂を腐らせながら過ごしていればよい。そもそも海を荒ぶらせているのはそなたでしょう。
多くの船を沈めておきながら汚い物だからと省みることすらしない、人の臭いに塗れた汚らしい愚か者め。欲望が立ち昇りまるでヘドロのようだ。
私はそなたが不快でしょうがない。あの竜神のように焼き滅ぼしてやる」
「わっ!」
風が吹いた。海に波紋を広げるかのごとく。
「ひぇ……!」
小さな悲鳴はおじさんのものだ。振り返ればそこには一人の女性が居た。
美しくはあるが、どこか恐ろしい。その身体は透き通っており、実体ではないのだろう。
フィリアが叫ぶ。
「大禍の魔女、ディア・ノア……!?」
「汚らわしい、汚らわしい、汚らわしい。
大禍の魔女などと呼ばわれるのは不快である。
私の身体を我が物顔で這いまわる汚らしい蛇め。
不快だ、不快だ、不快だ。身体が痛い。痛い痛い痛い。私は憎悪し続ける。怨みは消えぬ。この痛みを誰が癒してくれようか。
海の塩が私の傷を焼く。人の生命が私を穢す。浄を求める神の声が私を奈落へと突き落とす。
……消え失せろッ!!」
あの龍などはとても及ぶものではない力。怨嗟の声に答えるかのように海が荒れる。
狂気的な高さの波が船を襲った。イーラに魔改造されている途中の船はバラバラにこそならなかったが、それでもこの高さの波など甲板に立つ私達に耐えられる筈もない。
海に叩き付けられるかのようにして投げられた私には他の甲板に居た皆さんがどうなったかさえわからなかった。