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嵐を呼ぶ男2

 お前行けよ、いや、お前が行け。

 この場に居る全員の心が一つになった。アイコンタクトで繋がるコミュニケーションリング。

 人の心が一つになるとはこれほどに簡単な事だったのだ。驚きである。

 腰みの変態は腕を横に伸ばし尻をふりふりとして真顔で踊っている。こえぇよ。

 見やれば遠くの海賊船が近寄ってくる様子はない。うーむ……。

 沈黙が落ちる。聞こえてくるのは波の音と風の音、そして揺れる腰みのの音だけだ。

 リレイディアが踊る変態の前をぎぃぎぃと鳴きながらよれよれと横切っていった。

 誰も自らリアクションを起こそうとはしない。ただただ目の前の変態の踊りを見ている。

 気持ちは分かる。これ以上刺激して進化されたら困る。


「死ねや」


 謎の踊りが耐え難かったのかカグラが問答無用で発砲した。


「フンッ!!」


「…………あ?」


 力強い呼気と共に変態の腕が動いた。変態の目の前で緋色の火花が一つ散った。飛散した破片を受けた木製の床は木くずを舞い上げ、ささくれだった幾つもの傷を晒している。

 腰みのの変態はいつの間にやら。その手に小さな短剣を握っていた。見たところ極普通の短剣だ。特別な効果など全くない、その辺で入手できるただ刃物というだけの物である。

 この事態に一番驚いているのは発砲した本人だろう。カグラは呆然と自らが放った弾丸の哀れな残滓を残す床を見つめている。

 そんなカグラをやはり真顔で見つめたまま、何事も無かったかのように変態はフリフリと腰を左右に振って踊っている。

 いや、腕の動きに指先をウェーブする動きが加わったので変わってはいるのか。どうでもいい変化だが。

 何をしたかなど考えるまでもない。斬り飛ばしたのだ。放たれた銃弾をあんな粗末な短剣で。

 冗談みたいな話だが……先ほどの跳躍といい、只者ではない。いやまぁ、只者ではないのは見ればわかるが。

 カグラが今度は片手では無く、両手にその銃を構える。その表情は真剣そのもの、先ほどまでのどこかゆるんだ空気は無い。

 シルフィードとの一戦で私もあの銃の威力は知っている。神族にすら通用する二挺、普通に考えれば人間などに防げるものではないだろう。

 それをあのような何の付加効果もない短剣で防ぐのだ。見た目はともかく、ただの狂人などという事があろう筈もない。


「困ったわねぇ~」


 アンジェラさんが困ったように首を傾げる。困ったわねぇで済ませていい事態ではない気もするが。

 黙っていたカグラが声を掛けたのは無言のままのウルトだった。


「おい、てめぇ……アイツの知り合いか?」


「知り合いってほどでもないですけどねー。

 何度か会ったことがありますよ」


「チッ……先に言えや。てめぇ最初っからマジだったな」


「そうですねー。まぁ気を抜いていい相手じゃないですよ。

 僕やマリーベルさんを正面から相手どれる人間ですし」


「……え?」


 なんですと?

 目の前で踊る腰みのを見やる。

 マリーさんやウルトと?

 しかも真っ向勝負で?

 この、えーと。控えめに表現させていただけばお花畑でてんとう虫を追いあそばされていそうなデンプァが?


「……ご冗談でございましょう?」


「まさかー。人間でもあるまいし、そんな嘘を言ってもしょうがないじゃないですか」


「ど、どうしましょう……?」


「やるしかないんじゃないですか?」


 ウルトが氷を吹き散らす竜槍を構える。

 フィリアが風の精霊らしき奴を召喚し身構えた。おじさんはスライム抱えて私と一緒に遠巻きに眺めている。後方応援班らしく応援しておこう。頑張れ。


「ちょっと凍りますよ」


 ウルトのブレス、それが引き金となった。

 凍てつく魔力の暴風を変態はその踊りのリズムを加速させ摩擦で発生した熱で難なく蒸発させるというギャグか何かかとしか思えない方法で防ぎ、カグラが放ったあのシルフィードをして神器を以って防がせていた聖銃の弾幕を謎の踊りに謎の歌声を乗せて短剣一つで弾き飛ばしていく。

 まぁ何が一番最悪かと言われれば短い腰みのがチラチラのチラリズムだという事だが。しまえ。


「そぉい!ヘァァ!ホアァ!ホアチャーッ!!

 フハハハハハ、テンション上がってきたな!この寒空の下、私の情熱よ天まで届け!

 君には中々見どころがある!どうだろう、私と一つあの地平へと駆けようではないか!!

 いざいざいざ!參らん、愛のその向こうへ!」


 変態は弾丸を弾きながら器用に親指を立てて爽やかに歯を光らせて笑った。

 若干キャラが被っているウルトが嫌そうな顔である。


「うっせぇよ!一人で行けやァ!

 ファック、んだありゃぁ……!人間じゃねぇ……!」


「行きますよー」


 弾幕を壁に突撃したウルトが変態へと斬り込む。呑気な口調ではあるが本気であるのは見ればわかる。凍てついた空気、氷の粒が光を反射し美しいとさえ言える輝きを放ち舞い上がった。

 右手の短剣で弾丸を斬り飛ばしながら変態は己に向かって突撃してきた竜槍を空いた左手一つ、いなすかのごとくまさかの素手で打ち払う。

 冗談だろう?

 姿勢を崩したウルトはそれに構いもせずに膂力だけを頼りに床板を踏抜き体勢を無理矢理に戻し、続けざまに竜槍を横薙ぎに払う。

 普通に考えれば短剣一つで防げるようなものではない、が。


「軽い。うわー、相変わらず厄介だなー」


 何が起こったのか理解を超えている。

 変態は見上げるような高みにある見張り台の上で嵐を背景に両腕を組んで高笑いを決めていた。

 ……カグラの言う通り、人間とは思えない。

 薙ぎ払われた槍を跳躍で空中へと逃れる事で避けた変態をウルトが正中線で綺麗に両断しようとでも思ったのか刃先を斬り上げ追撃しようとした、筈だ。

 空中に逃れた変態が降りたったのは竜槍の細い刃先。ウルトの攻撃、力が掛かる絶妙なタイミングで飛んだ。破壊竜の攻撃をそのまま踏み台にしてあの高さを跳躍したのだ。

 ほんの僅かでもしくじればウルトの目論見通り、今頃は二つに分裂した変態が転がっていただろう。人間技とは思われない。変態技である。何だあいつ。

 背後で爆発でも起こりそうなポージングを取る変態は高笑いをしたまま降りてこない。そのまま降りてくんな。

 願いも虚しくいそいそと降りてきたが。そこは飛び降りるところだろうが。何を律儀に梯子を使ってやがる。

 腹立ってきた。その辺に転がっている小さな鉄屑を手に取り、投げつけた。


「降りてくんなーっ!へんたーい!!」


「アウチ!!」


 我ながら見事なコントロールである。クリティカルヒットとさえ言えるだろう。

 腰みのの中心部、要するに男の弱点にミラクルヒットした鉄屑に変態は飛び上がってイヤーッと叫んでいる。

 この調子である。第二弾を拾い上げてぶん投げた。コキーンといい音が海に響く。


「オウッ!!オウイエシーハーシーハー!!」


 釣られるかのごとく船員たちに加え、甲板へと続く扉から隠れて眺めていたらしい乗客までが混ざって全員であれよあれよとありとあらゆるものを拾って梯子に足をかけている変態に投げつけ始めた。


「そうだそうだ!!」

「降りんじゃねぇよ!」

「変態野郎が!見えてんだよ!」

「くたばれ!」


 コキンコキンといい音を出しながらコントとしか思えない程にクリティカルヒットし続ける変態は今にも海に落ちそうだ。


「やっ!やめてぇ!私のせがれは…、せがれだけは!!

 マイサン!マイサンがダイしてしまう!やめっ…!やめて、やめろって言ってるでしょうが!?」


「うるさーい!」


 更に投げた。しかもウルトやカグラやフィリアも参加してきた。

 ウルトが氷塊を作るので心もとなかった弾数が無限になった。アンジェラさんが笑顔で氷塊を皆さんに配り歩く。

 カグラの強烈なストレート、フィリアのえぐり込むかのようなフォーク。見事である。

 リレイディアが囃し立てるかのようにギィギィと鳴いている。スライムはぼいんぼいん揺れている。

 おじさんは辛そうに十字を切っている。あんな変態のサンの為に祈るとか聖人か。


「オーウ!マイサン!ヒッヒッフー!ヒッヒッフー!!」


 天に祈るかのごとく変態は手を頭上に翳し、悶えるようにして身を捩っている。

 いい具合に反り返って腰を突き出しているので当て放題である。

 ウルトが投げたでっけえ氷がめぎょっとメガトンヒットした。


「ダッ……ダディイィィイ!!」


 ダディかよ。まあいい。

 落ちるか、と思ったがどうやら耐えたようだ。生意気である。絶対落としてやる。

 コキーンコキーンと暫くいい感じの金属音とオウッ!という声が響いていたが、それを中断させたのは大きな揺れだ。

 面白すぎてすっかり忘れていた。海賊船があったのだった。

 あの変態はどうやら囮らしい。確かに囮としては申し分ない。あの変態のせいで完全に忘れていた。大砲が放つ音に鼓膜がビリビリと震えた。

 こちらの船に近づきつつある海賊船、移乗攻撃でこちらを無力化し拿捕するつもりだろう。

 舷墻にそって如何にも海賊な奴らが下卑た笑みを浮かべて武器を携えている。

 だがまぁ、普通の海賊たちのようだ。特異なのはあの変態だけか?それならば。

 ウルトの口元が蒼い輝きを放つ。


「ちょっと凍り―――――」


「イヤッホオオォォォウ!マイサンの仇ィイィ!!」


「うわっ……と!」


 そう思いきや変態が降りてきた。躍りかかってきた変態によりウルトの攻撃が封じられる。

 フィリアが精霊さんを使って迫り来る海賊船へ攻撃を加えるが、それを防いだのはやはり変態である。

 変態の投げた短剣により精霊さんは掻き消えてしまった。な、何て奴だ。明らかに実体ではない精霊さんをただの短剣でやりおった。


「させん、させんぞ小娘!

 キイィィイィ、ちょっとおっぱいがおっきいからって調子に乗らないでよね!」


「なっ、なっ!?

 邪魔しないでくださいましっ!」


「…………」


 おじさんの眼光が赤い光を放つ。見詰める先は変態。まさかアレを吸血鬼化させるというのか。そんな吟遊詩人が歌にするレベルの悲劇の犠牲を出させるわけにはいかない。おじさんがあんな変態をしょいこむことはない。

 止めようと手を伸ばすが、その前におじさんは変態に投げられたリレイディアと一緒に床を転がっていった。


「ぎぃー」


 リレイディアは元気そうだが、おじさんは目を回してしまったようだ。良かった。本当に良かった。これで自己犠牲でこの場を切り抜けようとはしまい。全く。


「フゥハハハ!

 私のゴーストが囁く、そこな男はデンジャラスであると!」


 おじさんの能力なんて変態が知るはずは無い。恐らく何か、おじさんに脅威を感じたのだろう。

 な、なんて厄介な……!

 変態の恐るべきスペックに流石に汗が出てきた。

 しかもそんな事をしている内に海賊船はこの船の横に取り付きつつある。最悪である。この変態のせいだ。腹立ちまぎれにおまけを付けてやる。

 実に硬そうな石を拾って投げつけておいた。


「オウフッ!!」


 船同士がぶつかる衝撃と音の中、コキーンという音が実によく響いた。

 雪崩れ込んで来る海賊たち。かなりの数だ。こうなっては乱戦もやむなしであろう。

 各々が武器を携え海賊たちに相対する。

 一番最期に海賊船から降りてきたのは女だった。


「この船はアタシらが貰ったよ!

 お前たち!容赦するんじゃないよ、逆らう奴には上からでも下からでも鋼でもなんでもぶち込んでやりな!静かになるまでねぇ!

 死体は帆先に括りつけてハゲタカにでも喰わせときなァ!!」


 答えるかのごとく海賊たちが歓声を上げる。

 隻眼にフックの腕、片足は義足か。

 少々オデブなおばさんだ。たるんだ肉がぶよぶよと揺れる。どうやって自立しているのか謎である。

 少々オデブなおばさんはこちらを舐めるかのように見回し、舌なめずりをして勇者ヅラの竜を見詰める。


「ハッハァ!イイ男じゃないか!アタシのコレクションにいいねぇ……お前たち、アイツは殺すんじゃないよ!

 今夜のアタシの相手を務めてもらうからねぇ!何、たいした事じゃぁないよ、死に物狂いで必死に腰を振ってりゃいいだけさ!

 むさい男は飽々してたんだよ……。アンタみたいな美形を痛めつけるのは最高に気持ちよさそうだ……!」


「姉御ォ!

 頼むからもっと綺麗にヤってくれよ!

 姉御の相手になった男の死体を片付けるのは骨が折れるんでさぁ!」


「うるさいねぇ!

 じゃあアンタがアタシの相手をするかい!?」


「か、勘弁してくだせぇ……!

 俺はあんな死に方はごめんでさぁ!」


 リョナ趣味のダブダブおばさんに狙われたらしいウルトがうーんと首を傾げた。


「美しいお嬢さんが僕に好意を抱いてくれるのは嬉しいんですけど、よくわからないんですよね。

 人間ってよく裸でベッドの上で絡み合ってますけど楽しいんでしょうかねー。クーヤちゃん、知ってます?」


 美しいお嬢さん、言い切りおったわこの竜。

 女好きの鏡である。尊敬するかのような視線を向こうの海賊たちがウルトに向けている。


「フィリアが詳しいと思うよ」


「そうなんですか?」


 適当にフィリアに丸投げし、本を開く。

 さて、どうにかすべきはまずはあの変態か。

 酷く揺れる船、うねりを上げて荒ぶる海、嵐は益々激しくなる一方だ。噂の龍神も気になる。

 空気がひりつくようにピリピリしている。リレイディアもどうやら何か感じているようだ。不思議そうに空を見上げている。

 雷鳴轟く断続的な光を放つ雷雲の中、その光の中に何か細長いシルエットを見た。



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