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嵐を呼ぶ男

 ぎしぎしと揺れる船。

 スライム抱えててってけとお散歩である。


「ぎぃー!」


 カグラの元から戻ってきたリレイディアが抗議してきた。

 仕方がないな。ぽいっとスライムを放る。

 どうにもこの二匹はそれなりに仲良くなったらしい。


「ぎぃー」


 リレイディアがよじよじとスライムに伸し掛かってしきりと身体を揺すっている。

 その首からスライムは逃げるかのごとく身を捩らせている。なんだかションベン掛けられたミミズみたいである。

 二匹を眺めていると何となくだがフィリアが思い浮かんだ。何故であろうか。まあいい。ほっとこう。

 船旅を堪能すべく甲板にでも行くか。

 カグラ達が美味そうなものを飲んでいたし、売店でもあるのかもしらん。

 歩く薄暗い廊下にはポツポツと乗客がいる。ふむ、どことなくアウトローな雰囲気だ。

 まぁよくよく考えたらモンスターの街へと行ける船である。客層だってこうなるわな。そりゃそうだ。

 表向きには少々豪華な極普通の輸送船らしいので一般人のような人も居るのだが。ほぼアレげな雰囲気の人ばかりだ。

 むしろ善良そうな一般人がどことなく居心地悪そうにしている。もっと堂々としていただきたい。皆さんこそが正常なので。

 薄暗がりでボソボソと何やらきな臭い会話をしているチンピラ達を通り過ぎ、甲板へと続くドアをよいせと開く。


「何だあのガキは……?」

「生首を連れてやがる……。ありゃあこの船の乗客の中でもとびっきりだな。あんな凶悪な奴は見たことねぇよ」

「近寄るんじゃねぇぞ。ありゃマジでやべぇ奴だ。間違いねぇよ。この俺が悪寒がやまねぇ……」

「俺だって首にされたくはねぇよ。ギィギィ鳴いてやがる。不気味だぜ……」


 何か聞こえたな。ま、気のせいだろう。私はただの善良な幼女であるからして。


「おー」


 扉をくぐった先は海である。当たり前だ。雪が舞う中ながら風もなく、時折流氷が現れるという観光としては中々の塩梅な甲板ではしましまパラソルの下で思い思いにくつろぐ乗客がそれなりにいる。

 私もこの幻想的な風景を肴にぐうたらとしたいところだが一先ずそれは置いておいてすんすんと鼻を鳴らして辺りを探った。

 目的のブツは直ぐに見つかった。ダッシュで駆け寄り、叫んだ。


「一番デカイ奴を一杯くれー!」


 あいよと朗らかに笑うおばちゃんに金銭を支払い、ゴージャスなジュースをゲットである。

 如何にも美味そうな。蜜柑のような見た目をした果物からは甘酸っぱい匂いがしている。

 ふむ、ジュースに刺さったストローが見事なハートを描いている。二本刺さっているが特に使いどころはないので一本は捨てた。これを分けるなんてとんでもない。誰にもやらん。

 ウマイウマイ。

 ねんがんのジュースを手に入れたので大満足である。キョロキョロと辺りを見回すと、見知った顔を発見。カグラとアンジェラさんである。

 首とスライムを伴っててってけと近寄る。ぐーたらと気楽なバカンス状態の二人はもはやただの観光客と化している。


「ぎぃー」


 リレイディアが元気な声をあげてカグラに這い登る。最早抵抗の意思すらなくしたらしいカグラはジュースをすすったままに微動だにしない。

 パラソルの下に置かれたイスによじよじと上り、どっしとケツを落ち着けた。猫のヒゲによれば三日後の夜あたりから嵐になるようだ。

 その前にこの極楽を堪能するのである。ジュースにちゅーちゅーと吸い付き、膝の上にはスライムである。うむ、完璧だ。

 パラソルの下にはイスの他にも何やら赤く光るインテリアが置かれている。何となくだが魔法っぽいので暖房のためのアイテムだろう。気が利いているな。


「どのくらいで着くのかなー?」


「あー、あの街まで確か十日ぐらいだったか。

 真っ直ぐ行くわけじゃねぇからな」


「ふーん」


 結構掛かるな。まぁこっそりモンスターの街へと行ける島へ立ち寄るという形らしいのでしょうがない。

 暇つぶしに本を開く。海に来たのだし、海に纏わる商品とか陳列されてるかもしらん。



 商品名 ビキニ

 幼体にぴったりフィットのマイクロビキニ。

 UVカット機能がついた白いだぶだぶパーカ付き。



「…………」



 閉じた。

 いらねぇ。マニアックすぎるだろ。

 くあーと欠伸を一つ。まったりタイムである。ここ暫く働き詰めだったし、休眠したってバチは当たらないだろう。

 ジュース片手になんとはなしに猫のヒゲを弄くる。


「……ん?」


 ふとそれに気付いた。

 指し示す時刻は三日後の夕方。



[ところにより海賊注意報]



 えぇ……。今からげんなりした。







「海賊ですの?」


「うむ」


 船室に戻ってフィリア達に報告である。

 おじさんは船に乗れたのが余程嬉しいらしく、手鏡を両手で握りしめたまま、スライムと首と一緒に船室の窓から海をずっと眺めている。

 まあ確かに嬉しかろう。血が止まらない上に呼吸も出来ないじゃ楽しむもクソも無かっただろう。しかしちょっと乙女チックである。

 ウルトは船を探検しているらしく戻っていない。カミナギリヤさんは自分の部屋から全く出てこないので姿を見ていないが、あの調子では多分残り十日すべて部屋に引きこもりだろう。

 カグラがポリポリと頬を掻きながら半信半疑と言った風情で口を開いた。


「んなもんがマジで来んのか?」


「多分」


 天気予報の猫のヒゲなのに海賊注意とか私自身が半信半疑である。

 ところによりって書いてたし、タイミングによっては会わないかもしれない。


「困ったわねぇ~」


「……とは言っても、この船に乗船している人々を考えればその海賊の方こそ応援したくなりますわね……」


「あー」


 それもそうだ。

 あの暗黒街に行きたがる表を出歩けない人達ばかりだ。ちょっとばかり内蔵を抜いて売り歩いてそうな人達である。

 しかも今ならもれなく妖精王と破壊竜が付いている。まあその妖精王様は今は何も出来ないが。

 ぶっちゃけて言えばそのへんの海賊なんてものの数でもあるまい。……しかしなぁ。

 猫のヒゲを眺める。こう見えて悪魔道具である。その辺に居るようなただの海賊について注意報を出すとも思えないのが悲しいところである。

 それにだ。びびっとアホ毛が立つ。何やら来ている。受信中である。

 即ち危険信号。少し用心したほうがいいだろう。何とも言えぬ嫌な予感という奴である。

 えてしてそういったものは外れないものなのだ。


「海賊に嵐も来るみたいだし、この年寄り船は大丈夫なのかなー」


 私の言葉に、カグラはややあってから首を傾げ、窓を見つめた。


「……嵐?

 この天気でか?」


「うむ!」


 確かに雨なんか振りそうもない天気だが。

 猫のヒゲの天気予報を見るに三日後の日が落ちる前には雨が降りだすのだ。風も吹いてくるだろう。夜も更ける頃には本格的な嵐になるはずだ。


「来るわけねぇだろ。さっきも船員が風がこねぇ心配してたぐらいだぞ」


「来るわーい!」


「来ねぇよ!」


「来る!」


「来ねぇ!」


 ブーブー言い合っていると、アンジェラさんがうーんと頬に手を当ててことりと首を傾げて呟いた。


「本当に嵐が来るのかしら~?

 困ったわねぇ~」


「ファック!ンなもん来るわけねぇだろ。

 もし嵐が来たら床掃除でもなんでもしてやるよ。

 来たらだけどな!」


 馬鹿笑いするカグラをむむむと睨めつける。

 言ったな。覚えているがいい。私は執念深いのだ。三日後百倍だからな。

 窓から見える空は青く、雪こそ降ってはいるが嵐など来そうもない。

 言った通り、風が吹かない無風状態の心配をしたほうがいいだろう。

 本来であれば。

 だが、窓から見える海と空。異常はない。

 背後から私に囁く者がある。


 マスター、気を付けてくださいね。


 そんな声が聞こえた気がした。





 風が吹く。にわかに湿った空気。

 甲板に立つ船員が空を見上げながらポツリと呟いた。


「……嵐が来るな」




 軋みを上げつつある船。

 食堂に集まった皆さんが突然の嵐の兆候に深刻な顔である。

 カグラが無言でモップを動かす音だけがやたらと響いている。

 つつ、とテーブルの上に置かれた蝋燭皿の端をなぞった。


「カグラー、まだまだこんなに汚れているぞー!」


 ふはははと高笑いである。


「…………ファック」


 呻いたカグラが雑巾を握った。ざまあみろ。


「カグラちゃん、ファイトよ~」


 アンジェラさんも手伝う気は毛頭ないようだ。カチカチと猫のヒゲをいじる。ふむ、まだ本格的に嵐と呼べるものではないようだ。

 フィリアが軋み音を上げる船を見上げて呟く。


「精霊が騒がしいですわね」


「うーん、ただの嵐じゃないですね。

 これは龍の力ですよ。噂の龍神でしょうねー」


 竜か。そういやそんな話があったな。

 どうやらマジだったようだ。


「………うぅう」


 カミナギリヤさんは部屋の隅っこに丸まってプルプルとしたまま動かない。大きく揺れる度に小さく悲鳴をあげている。

 神霊族の皆さんが必死にカミナギリヤさんをあやしている。うむ、今回はカミナギリヤさんは私と同じくダメダメだろう。仲間である。

 しかし竜か。ウルトが何とか出来ないものか。同じトカゲである。


「ウルト、その例の竜をやっつけてくるのだ!」


「えー、無理ですよクーヤちゃん。今の僕じゃちょっとなぁ」


「なんでさ」


「あの、クーヤさん。多分話が噛み合ってないとおもうんですが……」


「え?」


「クーヤさん。竜ではなく龍ですわ。

 ウルトディアス様とは違う、光に属する龍ですわよ」


 リュウ、りゅう……龍、か?

 もしや蛇っぽいアレのことを指しているのだろうか。それは確かにウルトとは違うな。

 トカゲと蛇を一緒にしては失礼だろう。


「闇に属する今のウルトディアス様では龍になどとてもじゃありませんけど――――キャッ!!」


「……なんだ!?」


 大きく二度、三度と揺れる船。大波を受けた、という揺れではない。

 間違いない。何かしらの攻撃を受けたのだ。

 猫のヒゲを取り出す。

 時間だ。






 船員たちと共にまろびでた甲板、カミナギリヤさんは悲鳴を上げて船室へと逃げ帰ったが……とにかく甲板へと出る。

 遠くに船影を見つけたのは見張りのおっさんであった。


「おい、船がこっち来るぞ!

 ありゃぁ……」


 おっさんが言いかけたところで船が大きく揺れた。大砲でも撃ち込まれたのだろう。先ほどの揺れもこれか。

 あちこちから悲鳴が上がる。


「あわわわ!」


 結構な揺れに思わず尻餅である。

 遥か向こうの船を見つめる。船首が横を向いている。それはつまり砲台がこちらを向いているという事に他ならない。

 ウルトがのほーんとしながらこちらへ迫りつつ有る砲弾を見やった。


「ちょっと凍りますよ」


 竜のブレスで凍結した砲弾は進路をねじ曲げられその尽くが海へと沈んでいく。

 バタバタと人が逃げ惑う甲板を走りぬけ、手すりにかじりついた。あれは……。


「ファック、マジかよ……」


 あまりにも距離がありすぎて少々わかりにくいが。

 間違いない。向こうの船が掲げる旗。そこにはしっかりとドクロのマークが描かれている。

 どうやら猫のヒゲは大当たりだったようだ。

 海賊である。しかし、この距離はどういう事だろう。フィリアが訝しげな声を上げた。


「遠すぎますわね……?」


 確かに。遠い。これでは砲弾だってギリギリだし、魔法だって禄に届かないだろう。

 だというのにこの距離から撃ってくるとは。何か秘策でもあるのだろうか。

 この距離で向こうから先に攻撃してくるとはそうは思えないが……。

 ウルトが顔を顰めつつ呟いた。


「うーん……何か変なのが乗ってますね」


「変なの?」


 私が聞き返すのとそれは同時だった。

 甲板に降り立つ音。全員が振り返り、唖然とした。


「……は?」


 呆気にとられるとはまさにこの事だ。

 飛んだ。向こうからこちらへ。この距離を。

 私の目にみえる種族は人間。魔法だろうか?

 いや、それにしては……なんと言えばいいのか。魔法を使うような人種にはとても見えない。


「うわー」


 ウルトが嫌そうに呻いた。

 気持ちは分かる。

 唖然としたままその人物を眺めるしかない。

 口など利けるものか。

 やたらと目をぐるぐるとさせた全裸に腰みのを纏ったままに狂気の跳躍を決めた変態が叫んだ。


「今日もお日柄がよくいいお天気でございますが皆様いかがお過ごしでしょうか!!

 本日のメニューはマジックボンブ!今日の朝ごはんははなまるごはんが黄土色!!

 ……ごきげんよう諸君。私がアレクサンドライトである。嵐を呼ぶ右から四十二番めの永久乳歯だ。

 ところで私は誰だろうか?」


 全員が一斉に距離を取った。近寄りたくないので。

 …………ほんとに海賊か、コレ?




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