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雪と石と血と首3

 

 何かが伸ばした足にぶつかって目が覚めた。


「むくり」


 起きた。見事に上下逆さまになっていた。私の寝相がとどまることを知らないな。

 見ればおじさんがめっちゃ隅っこの方で小さくなっている。ふむ、どうやら先ほど蹴ったのはおじさんか。

 枕を抱え直して身を起こせば、何故だかもう一個枕が足元にある。寝ながらおじさんの枕を奪い取ったらしい。

 添い寝魔神となり添い寝をした筈がおじさんを虐げてしまったようだ。申し訳ない事をした。えーと。

 ベッド脇に落としたままの本を拾ってページを捲る。この街の一部の住人に妙な人気のある羊の枕を購入。

 おじさんの頭の下にそっと差し入れてあげた。いい夢見ろよおじさん。この枕はいい夢が見られるらしいぞ。


「うーん……うーん……」


「あれ?」


 予想に反しておじさんが悪夢に魘され出した。変だな。

 まあいいか。そういう事もあるのだろう。羊の枕を引き抜いて普通の枕に差し替えておいた。腕にはパンプキンハートを抱かせておく。ブルンと揺れた。これでよし。

 ベッドからぴょんと飛び降りる。

 確か、船は二日後だった。それまでに準備をせねばなるまい。お金も充分稼いでいるし、必要な物を購入せねば。


「おりゃー!」


 バッターンと窓を開け放つ。本日も快晴、船出の日もこうならばいいのだが。

 考える。そうだな、ちょっと出してみるか。

 フンフンと鼻歌歌いつつページを捲る。



 商品名 猫のヒゲ

 一週間先までの天気を予報しちゃいます。

 魔力属性、魔力濃度、風速、湿度、温度、気圧、あらゆる情報を網羅する親切設計。



 ふむ、これでいいか。木の枝で商品購入。出てきたのは猫の形をした木枠である。

 枠の中には今日の天気と気温や湿度だとか細々とした情報がペカペカとする光で表示されている。ただの枠なのだが。指を突っ込んでも勿論そのまま突き抜けるだけで何もない。

 しかししっかりと空中に文字が浮かんでいる。まさに悪魔道具である。猫型木枠の右耳には今日と書かれている。それを突くと明日の文字に切り替わり、中央に表示されている天気情報もまた切り替わった。

 左耳には小さな時計のようなものが取り付けられている。これが時間だろう。秒針をくるくる回すと天気が次々と切り替わっていく。

 時間ごとに調べる事が出来るようだ。中々いい塩梅と言える。よしよし。船旅には良さそうだ。カンガルーポッケに大事にしまっておいた。


「うーん……?」


「お」


 おじさんが起きたらしい。

 ぼんやりとした目で私を見ている。


「……あの、なんで居るんでしょう?」


「添い寝ー」


「はぁ……」


 気の抜けた返事の中に何となく諦めた雰囲気があるのはどういうわけだ?

 まあいいけど。

 おじさんはパンプキンハートを抱えたままもそもそとベッドから這い出ながらふと呟いた。


「昨夜の金縛りはクーヤさんでしょうか……」


「そういやおじさんが寝てる時に登った」


 そんな事もあったな。

 気にするなおじさん。肩をポンと叩いてぐっと親指立てていい笑顔をしてやった。

 益々諦めたような表情になった。何故だ。

 小生は不服なり。プンスコ。おっかなびっくりスライム抱えるおじさんからパンプキンハートを奪い取り、ダッシュで部屋を脱出である。


「よし、朝ごはんだー!!」


 叫びつつ下に降りれば相変わらず意外に早起きのフィリアとウルトが既にテーブルに付いている。

 カグラとアンジェラの姿が見えないが、まだ朝も早いし仕方がないのかもしれない。

 カミナギリヤさんは神霊族の皆さんの所へ、綾音さんはギルドに戻ったし、イースさんは患者さんが居る場所へ向かった。リレイディアはカグラに引っ付いて離れない。

 花人さん達は悩みに悩んだ様子だったが、おじさんの私の事はいいですからという言葉に漸く頷いてイースさんと共に施設へと向かった。

 お陰で随分と人数も減って静かなもんである。


「あれ?

 クーヤちゃんとアッシュさん早いですねー」


「珍しいですわね、……クーヤさん!

 私のパンを食べないでくださいまし!食い意地が張ってますわね!」


「いいじゃん別に」


 もう私の胃袋に入ったので私のもんである。

 フィリアはブツブツと言いながらパンを追加注文している。

 ふむ、次はあのトーストを狙うか。


「クーヤちゃん、今日はどうしますか?」


「ほむほほふぇひくふぉふぁ!!」


 口いっぱいに頬張ったトーストのせいで舌が回らない。


「……って、また取りましたわね!?

 素早いですわ……」


「ふふぁいふふぁい」


「あはは、今日は買い物ですか。

 船旅って僕初めてなんですよね。楽しみだなー」


「今のでよくわかりましたわね……」


 カグラとアンジェラはまだ寝ているのだろうか。

 まぁカグラは未だまともに動けないらしいからな。完治にいつまで掛かるのやら。情けない奴である。

 誰があんなひ弱なカグラにあんな酷い事をしたのだろう。きっと鬼か何かに違いない。

 二枚目のトーストを飲み物のようにするすると摂取し、立ち上がる。


「いくぞー!」


「クーヤさんが食べてしまって私はまだ何も食べてませんわ!」


 フィリアがぶーぶー言うのでしょうがない。

 しぶしぶと再びテーブルに付いたのだった。







「これとこれをくださいまし。

 ああ、それはいいですわ」


「これいいなぁ」


「そんなものをどうしますの」


「キラキラしてるじゃないですか」


 ふーむ。フィリアに任せておけばなんだか大丈夫そうだな。

 明らかなガラクタを欲しがるウルトと店番に流されるがままに商品を受け取るおじさんをうまいこと操りつつパッパと買うものを決めている。

 冒険者らしく慣れたものなようだ。

 そうなると私は手持ち無沙汰である。ただの財布代わりと化した私にやることは無い。

 面倒だな。ウルトの手に財布を押し付けておいた。これでよし。私は自由だーっ!!

 自由を謳歌すべくパンプキンハート抱えて飛び立とうとしたところでフィリアにとっ捕まった。


「どこに行きますの!

 また迷子になったらどうしますの!」


「ならないわーい!!」


 誰がなるか!

 しかしフィリアは頑として離そうとしない。クソッ!自由への道が絶たれてしまったようだ。

 残念なことである。ぶーたれながらも付いて行くしかあるまい。

 暇なのでガサガサとカンガルーポッケを漁る。

 うーむ。花の種におやつに本と枝。あとは……石か?

 そういやそんなの入れてたな。取り出してみた。


「お」


 取り出したクズ石。覗きこんで手の平で転がしガジガジと齧る。


「むむむ!」


 真っ黒だった。ポシェットを壊された後、回収した時は確かに普通の石だった筈だが。

 別にポシェットに入れておかなくても真っ黒になるらしい。

 なんかに使えないだろうか。あのドワーフのおっさんはこの石をどうしたのだろう。

 探すか。


「フィーリアー」


 突き出しているでっけぇケツを叩いた。


「いやぁん!……なんですの!」


 顔を赤くして振り向いたフィリアに石を突き出す。

 さて、あのドワーフのおっさんはどの辺にいたっけな。

 取り敢えずはおぼろげながら記憶にある場所に向かうとするか。





「なんじゃい。またお前さんか」


「来たぞー!」


 連れ立って歩いた先、以前と同じ場所におっさんは居た。少々道に迷ったのはご愛嬌であろう。

 今日はウニもどきを売っていないらしい。残念。それさえあれば匂いを辿って直ぐに辿りつけたのだが。美味しい思いも出来たのに。

 まあ今回は我慢してやる。

 カンガルーポッケを漁り、ドワーフのおっさんに差し出した。


「この石って何かに使えたんですか?」


「……どっから持ってくるんだ。使えるどころじゃないわい。

 ドワーフでも加工がおっそろしく難しいが……成功すりゃぁ化けるわ。

 ホレ」


 ポンと何やら投げ渡された。

 繊細な細工を成された黒っぽいペーパーナイフのような小刀である。多分、武器として作ったわけではないのだろう。インテリアか。

 というかこの意匠、見た覚えがあるな。


「儂が作ったんじゃねぇ。これを言っちまうのはドワーフの恥だが、儂には出来んかったんじゃい。

 知り合いのドワーフに頼んだ。あの変態に出来んなら誰にも出来んわ」


 ドワーフの変態……。

 再びナイフに目を落とす。

 まあ確かに見れば見るほど変態の技である。この濃淡のある蔦模様とかどうやったんだ。色の違う鉱石を繋いで打ったのだろうか。

 しかし、この前渡した石はどこに使われているんだろう。しげしげと眺めるがそれらしきものはない。


「コレ、あの石はどこに使ってるんですか?」


「鋼全体に混ぜちょる。元がクズ石ならそっちのほうがええ。

 見た事もねぇ魔石だったが。ちょいと混ぜ込むだけで神に祀るような代物になるわい」


「へぇ……」


 感心してナイフを眺めていると上から覗きこんでいたフィリアがごくっと喉をならした。


「教団でも、こんなものありませんわ。

 呪具として最上級の一品ですわね……」


 フィリアが感嘆する程にはものすごい一品のようだ。


「へぇー。凄いですねこれ。

 初代魔王の武器と遜色ないですよ。マリーベルさんだってこんなの持ってなかったんじゃないかなー」


「その、私はそういう魔術にはあまり詳しくないんですが……。

 ……昔見た悪魔の芸術品(オーパーツ)みたいです」


 ウルトとおじさんまでそう言うってことは相当だ。

 意外である。

 ふーむ。ちらっと近くの廃材置き場を眺める。端っこにはギルド管理と書かれている。

 綾音さんに言ってあそこを貰うか。本であそこにポケットやポシェットと同じ機能を付けるのだ。

 そうすればこの真っ黒い石もとれとれである。

 この石で三人も驚くような一品が作れるのならば役に立つかもしれない。それにだ。このナイフ……何やら出しているのだ。黒っぽい光を。

 これはアレではないのか。暗黒花が垂らしていた光。即ち黒のマナである。石の状態ではそんな事無かったのだが。加工するとこうなるのか。

 暗黒神的に量産すべきではないのか。

 この街に滞在できる時間はそう無いし、よし。

 本を開く。さてさて……。



 商品名 暗黒神ちゃんハウス

 指定した場所を地獄の次元に近づけ、窯状態にします。

 置いた物を暗黒神と悪魔の瘴気で汚染する事が出来ます。

 生き物がハウスに侵入した場合、死に至る事もあるので取り扱い注意。



「…………」


 これでいい、のか?

 いいとは思うのだが。心配になる商品説明である。

 侵入した場合は死に至る事があると言うことは、仮にこの商品を付けた廃材置き場を作ってもそこに人は入れないということになる。

 ただ貰ってこの機能を付けただけでは危ないかもしれない。

 綾音さんに商品の説明をして人が来ないように管理までしてもらうか。

 綾音さんなら入らなくても外から廃材を引出すことも出来るだろうし。何なら廃材取り出し用の道具でも作るか。

 トンネル付き地獄の穴と暗黒神ちゃんマークまで付ければ黒くなった廃材もモンスターの街に持って行けたりするし、いいかもしらん。

 そうと決まれば話は早い。善は急げというしな。

 ばっと手を上げて叫んだ。


「ちょっとギルドに行くぞー!」


「もう……あっちこっちに行きますのね。

 仕方がありませんわ。さっさとしますわよ!」


 フィリアはそう言いながらも前に出ようとはしない。

 相変わらずのカルガモぶりである。

 綾音さんはギルドに居るだろうか。

 さて、あの廃材置き場を貰えたらいいのだが。

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