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雪と石と血と首2

 おじさんは微妙そうな顔をしている。

 どうやらイヤらしい。


「……あの、他に手段はないんでしょうか?」


「うーん、僕もそれしかないと思いますよー。

 少なくとも一番現実的じゃないですかね」


「そうだな。花人で居続けるよりはマシだろう。

 アッシュ殿、あまり貴殿がその力をよく思っていないのはわかるが。これも人助けとは思えんか?」


「……そう、ですか」


 おじさんは考えこむように俯いてしまった。

 うーん。おじさんは本当に自分の力を嫌っているな。まぁおじさんの不幸っぷりを見ていれば気持ちはわかるのだが。

 イースさんはそんなおじさんを少々危ない目で見ている。おじさん逃げろ。


「吸血鬼化、か。非現実的な話だ。

 永遠の命、不滅の魂。車輪の如く廻る(カルマ)、……興味深い。実に」


「イースさん、アッシュさんは実験台にしてはダメです」


「そんな事はせん。させてくれるというのならばするが」


 イースさんは危険人物だな。おじさんがちょっと距離をとったのを確かに見たぞ。流石のおじさんも嫌だったらしい。そりゃそうだ。

 ガリガリと頭を掻きつつ煙草を吹かし、リレイディアによじ登られながらも右から左に流しているとしか思えない様子だったカグラがどうでも良さそうな口調でおじさんに尋ねた。


「あー、よくわかんねぇがその吸血鬼化ってのはこの花人にも出来んのか?

 魔族だろこいつら。人間だけじゃねぇのか?」


 意外にも聞いていたらしい。とりあえず生意気である。カグラの癖に生意気な。こそっとカグラの前の果物を奪い取っておいた。

 アンジェラさんは一歩引いてニコニコとしている。うむ、メイドの鏡である。カグラには勿体無いな。


「……いえ、人間だけという事はありません。

 生きているのならば、その、極端な話ですが動物でもいいんです」


「あっそ。伝説の吸血鬼たぁな。事実は小説よりも奇なりってか。

 伝わってる話よりよっぽどバケモンじゃねぇか」


「……すみません……」


「それよりも、君達はどうなのかね。

 先ずはそこからだろう。吸血鬼に変化すれば確かにこの石化の問題は解消されるだろうが。患者の意思確認が第一だろう。

 医者である小生としては君たちには吸血鬼化を勧めるが」


 む、それもそうである。

 イースさんに侍る花人さん達を見詰める。吸血鬼になるというのならば恐らくは花人という種は居なくなるだろう。

 生き残りが居る可能性も確かにゼロではないが。それは限りなく低いだろう。

 お互いに目でやりとりするかのように視線を巡らし合う花人さんは流石に決心が付かないのか、迷うように手を握り絞めた。

 しかし、今打てる手はこれしかない。

 吸血鬼になってしまえばこの石化の能力も失われる筈だ。


「吸血鬼になれば、私達の能力は全て失われてしまうのでしょうか……。

 花人としての、証も何もかも消えてなくなるのしょうか。

 あの赤い石を私達は好きではありません。ですが……あれは私達の根源そのものです。

 どんなに憎んでも忌み嫌っても離れ得ぬものなのです」


「……それは、そうかもしれませんが」


 綾音さんが言いづらそうに言い澱んだ。

 うーん。花人さん達はどうにも花人としての自分が消えてなくなるのではないかと心配しているようだ。

 どうしたのものか。花人という種族が永遠に失われる。彼女達はそれが好ましくないらしい。しかしなぁ……。

 確かにマッドサイエンティストのイースさんだし、時間を掛ければいずれ彼女達の治療を成し遂げるだろう。だが、それほど時間を掛けられる筈もない。

 彼女達には一刻の猶予だってない。彼女達の緋石を砕くか汚すかしてしまえばそれだけでいいのだ。元来持っていたであろう石化の能力を今の彼女達は制御出来ない。

 身を守る手段など無いに等しい。その状態のままではあまりにも不安定すぎる。

 いつまた人間に捕まるかもわからない。そうなれば次に助けられるとは限らないのだ。というか人間に捕まる、どころではなくちょっとした事故に合うだけで致命的だ。

 むむむと考えていると花人さんの言葉を黙って聞いていたおじさんが聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で呟くように言った。


「……これも、私の運命なのかもしれません」


「む?」


 顔を上げたおじさんは静かに花人さん達を見詰める。


「本当は、吸血鬼化しても種としての根本は変わらないんです」


 おじさんの言葉にカミナギリヤさんが首を傾げた。

 む、顎に指先を当て頭を傾けるその動作、わざとだろうかこれは。わかっててやっているとしたらこの妖精さん、侮れないな。


「変わらない、とは?

 吸血鬼化というのは言葉の通り吸血鬼に変ずるという事だろう?

 アッシュ殿がロウディジットの街であの力を使ったのを見たが……確かに彼らは吸血鬼化していたように見えたが」


「……その、皆さんはロウディジットでグロウ=デラさんが言っていた言葉を覚えていますか?」


「言葉ですか?

 そういえばあの人間は色々言っていましたけど。どれの事ですかねー」


「奴隷の、その、いい所を損なったら大損だ、と。

 ……同じことなんです。私が吸血鬼化させても、個人としての能力や、種としての能力は、基本的に残るんです。

 眷属として強い生物を吸血鬼化させても、その強さが失われては意味がないですから……。

 ……ですから、吸血鬼としての能力を上乗せされるというだけで……元が子供を残せる種族でしたら子供だって残せるんです。

 その場合は吸血鬼ではなく、ごく普通の子供が生まれるんです。

 ……多分、時間が経つうちに死霊と話が混ざってしまったんだと思うんですが、私の眷属が吸血行為をしたところで吸血鬼化するという事はありません。

 吸血鬼として生きる事になるのは私が選んだ一人きり、未来と過去を含めてその人以外の運命は変わらない、と言えばいいんでしょうか」


「…………」


 マジか。それはつまり、花人さん達が吸血鬼化しても子供を産めばその子供達は普通の花人として産まれる、そういう事か?

 だが、種族特性は残る、それはつまりこの石化の能力も失われないと、そういう事になってしまうのか。

 うまい事考えたと思ったのだが。

 それでは肝心の彼女達自身が石化していくという体質もまたこのままという事に他ならない。残念な事である。

 諦めるかという空気が一瞬流れたが、それを払ったのは他ならぬおじさん本人であった。


「あの、これは……随分昔ですが神性だった方を吸血鬼化させた事があったんです。彼が言っていました。

 私の能力は肉体ではなく魂を、因果を変質させ個を肉体と世界の檻から解放せしめる能力だと。ですから、その……花人さんの、その石化の能力ですが。

 暴走しているというのならばそれも本来の正しい能力に戻ると思うんです……。

 怪我や欠損、病気の類は吸血鬼化と共にリセットされてしまうんです。その、生まれ変わるようなものらしくて。

 私にはよくわからないんですが……黒き混沌の神から来る能力だと言われました。その神の眷属化の力と本質が同じだ、と……」


 無言で全員で顔を見合わせる。

 頷いた。

 おじさんヤバイ。多分このメンツの中で一番ヤバイ。

 しかもさり気なくとんでもない事暴露した。

 神性て。神様ってことだ。それを吸血鬼化した事があると言ったのだ。恐ろしい。

 しかし……黒き混沌の神か。なんだか聞き覚えがある感じである。

 ていうかもしかしてもしかしなくても先代じゃねぇのかソレ。予想外のところから思わぬ繋がりである。


「……ですが、よく考えて欲しいんです。

 私が今、皆さんを吸血鬼にしても確かに花人という種族が滅ぶことはないんです。能力の暴走だってなくなります。

 記憶もありますし、見た目だって変わりません。それでも、皆さんの存在が変質してしまう事実には違いがない……。

 今はきっと私の事はあまり関心がないと思います。それを塗り替えられる事になる。

 そこに皆さんの意思が介入する余地はありません。私の言葉に逆らおうとすら思えなくなる。

 ……よく、考えて欲しいんです」


「…………」


 その言葉に、花人さん達も考え込んだ様子だ。

 私としてはいいとこづくめだし悩む必要ないんじゃないかと思うのだが。

 そういうわけにもいかないらしい。

 沈黙を破って口を開いたのはイースさんと綾音さんである。


「小生は吸血鬼化を勧める。

 運命だと言っただろう。確信が持てた。結果が先だよ。君たちは元来、石化の怪物としての姿こそが正しい。

 そう在る為の吸血鬼化だ。ただの手段にすぎん。提示された方法がこれだった、それだけの事だ。

 君達はここで会うべくして会った。一つピースが違えばこうはならなかっただろう。神の導きに従いかくあれかし。

 運命と共に人は歩み続けるものだ。我々がそうだったように。抗いながら歩み続けた先にこそ本当の運命がある。

 変質を恐れる事はない。何も変わらん。ここでそれを跳ね除けたとていずれそうなる。そういうものだ。

 人の心はうつろい彷徨う。肉体は成長し老いて死ぬ。永遠などない。変質する事は当たり前のことだ」


「私もそちらを薦めます。アッシュさんはこうおっしゃってますけど……、きっと悪いようにはなりません。

 ふふ、何だか変な感じがしますね」


「…………」


 きゅっと引き絞られた唇が震えた。

 眼差しは強く、まっすぐにおじさんを見つめている。

 ふむ、どうやら道を決めたらしい。


「アッシュ様、どうかお願いします。

 私達は吸血鬼として貴方と共に生きます」


 おじさんが何か思い出したかのように小さく呻いた。


「……私は昔、本当に化け物だった。会う人々を全て吸血鬼にして血に塗れて生きてきました。

 理性が戻ってからも……孤独と痛み、飢餓に耐える事が出来ずに周囲の人々を吸血鬼にした事は一度や二度じゃないんです。

 その度に身体が重くなるような気がしました。因果の業を巻き取り続けて動けなくなる。

 ですが……この力で皆さんが救われるというのなら……」


 真祖の紅い眼光が花人さん達を捕らえる。

 その両手を祈るように握りしめ、震える声で真祖の男は己の眷属とした彼女達に言葉を掛けた。


「……皆さんが……これから先、幸福であれるように祈ります」


 おじさんはそうは言いつつも彼女達の方向を見ない。何かから目を逸らすかのように。

 彼女達はそんなおじさんに柔らかな微笑みを浮かべ、弾むような声で応えた。


「はい、マイロード」


 うわぁ。素晴らしい笑顔だ。

 おじさんが顔をあげない理由がわかった。

 全員で一斉に顔を逸らした。普通にしているのは異界人の二人組だけである。悪いようにはならないと言っていたが……本当か?

 確かに本人たちは幸せいっぱいな顔だが。イースさん、ただ単に花人さん達をおじさんになすりつけただけじゃあるまいな?

 いや、でも熱っぽい瞳でイースさんも見ているし、確かにその辺りは変わらないらしい。複雑怪奇なダンジョカンケイって奴が生まれたようだ。頑張れ。

 まあいい。とことことおじさんに歩み寄り、小さく震える痩せた肩を叩く。

 元気出せおじさん。今夜はこの暗黒神ことファンキークーヤちゃんが添い寝してやろう。


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