遥か遠くの人
「人魚ですか?」
「人魚だー!!」
「うーん…………」
人魚の話を肴に魚に食らいつく。
焼いた魚うめぇ。
脂が乗ったボディにパリパリの鱗。程よく解れた身は焼きすぎず具合の良い塩梅である。
素晴らしい。二匹三匹四匹でも掛かって来るがいい。
「食い過ぎじゃねぇのか。どこにその量が入るんだバケモンが」
「何をー!」
不埒な事を抜かした男を枝で突いた。悶絶するカグラにあっかんべーと舌を出して魚を奪い取って食らいつく。
「あらあら、カグラちゃんのお魚さんは居なくなっちゃったわね~」
「…………ファック…………ぐああ…………」
にしてもまだ動けないのかカグラは。鍛え方が足りないな。
「ぎぃー」
ハートマークを付けた可愛らしい声で生首ちゃんが身体を伏せてピクピクと痙攣するカグラの背中をよじりよじりと這い登って誇らしげなドヤ顔である。
うむ!
お前の勝ちだ、カグラをお前の乗り物として認定する!
「人魚か。神霊族とは違うのか?クーヤ殿」
「違ったのです!」
確かに神霊族の皆さんにも人魚さんは居たが。先ほどの人魚さんは彼女たちとは違うように思う。
一瞬だったのでそれだけしか確認出来なかったが、彼女は魔族だったのだ。人魚の魔族。
彼女は神霊族の皆さんのようなローレライやセイレーンと言うか、どちらかと言えば…………そう、八百比丘尼、不老不死の妙薬。そちらの方が近い雰囲気だった。
それに、どことなくおじさんに似ていた。顔立ちなどではない。空気とでも言うのか。
抱えた因果、抗えぬ運命に翻弄される彷徨人。千年の孤独を知る瞳がおじさんとよく似ていた。
「…………いつまで登ってやがる!どけやキモイ生首が!!」
「ぎぃー!!」
哀れ、身体の痛みを押して身体を起こしたカグラによってゴロゴロとリレイディアちゃんは地面に転げ落ちた。
しかもキモイ呼ばわりされた事にショックを受けたらしく、半泣きになりひっくり返ったまま力なく空を掻いている。
自力では起きれないらしく、やがてそのまま動かなくなった。うるうるとした瞳でカグラを見ている。
ダンボール箱に入れられた子犬のようなその哀愁漂う姿に涙を禁じ得ない。なんという可哀想さ。酷い。
「何をするだー!」
「鬼か貴様」
「外道ー」
「酷いです…………」
「心が貧しいのかね君は」
「カグラちゃん、あんまりだわ~」
「……………………酷いわ」
「……………………何なんだよクソがぁ!悪かったよ!ンな眼で見るんじゃねぇ!!」
叫んだカグラがリレイディアを表返した。
ゴロリと無造作に転がす仕草、その扱いの悪さったらない。
リレイディアは背中、と言っていいのかどうかはわからないがとにかく後ろをこちらに向け、丸くなって悲しげな横目でカグラを見つめている。
「何をするだーっ!!」
「鬼畜生か貴様」
「うわー、超外道ー」
「いくらなんでも酷いです…………」
「人の心を失った外道かね君は」
「カグラちゃん、それはあんまりだわ~」
「……………………酷い……………………」
口々に責め立てられたカグラは暫く沈黙した後、小さく呟いた。
「…………ファック」
荷物をぎゅっぎゅとカンガルーポッケに詰める。
ポシェットは壊されたので中身を出来るだけ回収である。
飴玉を特に重点的に。
クズ石は流石に全部は無理なので半分は諦めよう。
あとはエキドナの小瓶、暗黒花は全てこの場に根を張ってしまったのでいいだろう。
暗黒種のストックが無くなったので作っておくか。
「で、どうすんだよ。俺はてめぇをあの街に連れ戻さなきゃならねぇっつのに。子持ちししゃもかよ。人数アホほど増えやがって。
ったく、何だってこんなことに…………」
腕組みしたカグラがブツブツと文句を垂れたが頭の上にはご満悦のリレイディアが乗りっぱなしである。
ねんがんの乗り物を手に入れたぞと言ったところか。ニコニコとご機嫌な様子でギィギィと歌っている。
「小生は一度診療所に戻る。いずれにせよ、診療所にまで人間が来るのも時間の問題だ。
面倒な事だが移動するしかない」
「あー。それもそうですな」
確かにもうこの大陸は危険だ。虐殺が行われている真っ最中である。
診療所にはかなりの人数が居たし、あの人数をイースさん一人でカバーし続けるのはキツイだろう。
「ふむ、この人数はウルトディアスでは厳しいか。
私の転移魔法で移動するとしよう」
よかった。帰りはカミナギリヤさんの魔法らしい。
もうウルトの空中飛行はいい。
一生分乗った。間違いない。
「あーあ。ここは居心地がいいのになー」
「俺は死にそうだけどな」
「カグラちゃん、大丈夫~?」
「この黒の魔力に汚染された地はこの世界の人間には厳しかろう。肉体が致命的なダメージを受ける前に離れる事をお勧めする」
「先に言えや!!」
落ち着かない奴らだな。やれやれと首を竦めて立ち上がる。
そろそろ動くべきだろう。モンスターの街へはあの街からだと船だと言っていたしな。数も少ないらしいし、逃してはフィリアにぶーぶー言われてしまう。
イースさんも患者さんが居るし、なにより花人さん達だ。早々にこの体質を何とかせねば。
びしっと天を指差す。決まった。
「カルガモ部隊、では一時間後に出発するぞー!
時間厳守の上おやつは三百円まで、バナナはおやつに入らないわーい!」
了承の意を返してきた面々にうむと頷く。
が、一人だけ否を唱えた奴が居た。
「大将、ちょっと待てや」
「何さ」
カグラはビシッと頭の上を陣取る首を差して不満も露わに恨みがましい口調で言った。
「この首なんとかしてくれ」
「ダメ」
カグラには生首ちゃんの乗り物がお似合いである。
さて、一時間で私も準備を済ますか。
ふーむと周囲を見回す。真っ黒い大地、真っ黒い植物。中々に良さげである。
綾音さんもいい拠点になると言っていた。というわけで今のうちに旗を立てるべきであろう。唾を付けるのだ。
開けた場所だし少々勿体無いが…………先行投資だ。ぺらりと本を開く。
久しぶりの商品である。
商品名 暗黒神ちゃんマーク
二つ目の暗黒神ちゃんマークを設置します。
地獄の穴を共に設置する事で別の神殿から自由に魔物が往来し、開拓します。
この調子で追加機能も見てみましょう。
購入。地獄の穴もひとつ置いておくか。暗黒神ちゃんマークの横に新しく腕輪を設置しておいた。腕輪からキィキィと顔を覗かせた数匹の魔物が周囲を伺っている。
しかし変わった事が書いてあるな。追加機能?
カテゴリはマナと開拓。
商品名 地獄のトンネル
地獄の穴にトンネル機能を付けて別のトンネル付き地獄の穴に物質界の物を転移させる事が出来るようになります。
この機能を付けた地獄の穴は物質界に固定され動かす事が出来なくなります。
転移させるものは地獄を通るので場合によっては破損、発狂、汚染の可能性があります。
通る途中で悪魔に捕まる事もありますがその場合は諦めましょう。
何だか便利そうな、便利じゃないような。使いにくくないかコレ。
微妙に危険そうな事が書いてある気がする。
うーん…………。生き物に使うのは怖いな。しかし普通のアイテムには丁度いいかもしれない。
上手く使えばここにある黒い石とか植物を魔物を使って私の荒野の部屋に運搬させる事も可能な気がする。
とりあえずここの地獄の穴にこの機能を付けておいて、部屋に戻ったら部屋にもこの機能を付けた穴を設置するか。
ちょっとばかり高いが…………。まあいいだろう。
というか地獄の穴に道具とか貯めておければ一番早いのだが。そうすれば小さくともまさしくどこからでも出入り自由の便利な事この上ない異次元ポケットとなるのに。
放り込んだものは片っ端から分解されるようなのでしょうがない。
アイテムボックスというよりもダストボックスにしかならない。
実に残念である。設置した地獄の穴を枝で突いてから地獄トンネル購入。
「お」
とろけるように地獄の穴は地面と同化し、確かにこれはもう動かせそうもない。
しかしこれで物質界の物を移動させる転移機能が付いた筈だ。試しに適当な石ころを放り込んでみた。
コロンと転がった石ころは地獄を転げ落ちていく。
「……………………あれ?」
石はそのまま見えなくなった。
…………どうすればいいんだ?
暫く考えてから再びその辺の石を拾い上げて第二弾を投下してみた。
やはり転がり落ちるままにやがて見えなくなる。
「……………………」
悩む。
うんうんと悩みに悩んでから――――それしかないと考えに至った。即ち実地試験である。
やるしかねぇ。すーはーと深呼吸。
ぐぐっと顔パーツを中心に寄せ、渋い顔で覚悟を決める。
一呼吸置いてから、思い切って顔を突っ込んでみた。
突っ込んだ直後、耳を劈くぞーっとするような哄笑がぐわんぐわんと響いて反響する。
空間は闇に覆われ全く何も見えない。ただ笑い声だけが響いている。
石はどこにも無い。もうちょっとだけ身体を突っ込むか。そう思い、身動ぎしたその瞬間の事である。
目の前に凄まじい勢いで幾本もの手が伸びてきたのは。
明らかに私の顔を鷲掴もうとしているその異形の怪物達の腕の見るからに危険そうな凶悪さったらない。
「ギャーーーーッ!!」
迫る腕から逃れんと慌てて顔を引く。目の前で腕が空を切る。鼻先が掠った。掠った!!
間に合ったのは奇跡か何かだろう。こえぇ。舌打ちが聞こえたぞ。
そういや通る途中で悪魔に捕まる事もあるとあった。恐ろしい、恐ろしすぎる。
もう二度としない。というかこれ、生き物が通るのは無理じゃないのか。道具だけにしておくか…………。
冷や汗びっしょりの顔を拭って立ち上がる。ふと思い立って本を開いた。
というか顔を突っ込む前に見りゃよかった。
トンネル移動
移動元
ル・ミエルの樹の窪地 石×2
移動先
移動可能な地獄の穴がありません
ですよねー…………。
まぁいいけどさ。勉強になった。地獄の穴は危険だ。この機能を付けた地獄穴に下手に手を突っ込んだりするのはやめよう。
本をカンガルーポッケに突っ込む。よし、そろそろ時間だ。
戻ろう。酷い目にあってしまった。たったかと走った。このカンガルールックは少々走りにくいのがネックだな。
「準備はいいか?」
「はーい」
ウルトの財宝はカミナギリヤさんがベッドの下に収納している。
あちこちにある製作メロウダリアのオリハルコンもベッドの下に入れてもらった。持って帰ればもしかしたら何かに使えるかもしれないし。
皆さんもちゃんと準備は終わったようで問題は無さそうだ。花人さん達もイースさんに引っ付いているし、これでいいだろう。
カミナギリヤさんの呪文と共に魔法陣が広がる。舞い上がる花びらの中、見上げた空は雲に覆われ蒼は見えない。
あのどこかに先ほどの人魚さんが泳いでいるのだろうか。次元断裂で切り離された世界か。
あの時間も空間もないような空気の海であの人魚さんはどれ程の時間を過ごしたのだろう。
あの瞳を思い出す。確かに目が合った筈だが、深い翠には何も映っていなかった。
どこも見ていない、何も考えていない瞳。間違いなくまともな精神など残っていなかった。
…………その内に彼処から出してやれればいいのだが。




