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遥か遠くの海

 朝霧に烟る中、せっせと瓦礫から掘り出した安そうな枕を叩く。

 叩いているうちに振動する枕がぴたっとその動きを止めた。


「むむ!」


 ジャカッ!

 バキーン!

 ズギャーン!

 ドドドドド!!

 ロボットが変形するかのように両手両足が生えて来た枕はぎゃぼえぐえぎぎゃぎゃぎゃと笑い声を上げてジェット噴射しつつ逃げて行った。


「待てーい!」


 直ぐに追いかけるが早い。なんというスピード。

 蛇行しながらの癖に滅茶苦茶早い。

 ゴキブリか貴様は。あわや逃げきられるというすんでのところでカミナギリヤさんの矢がストッと刺さった。


「よっしゃー!」


 大地に縫い止められた枕を飛びかかってふんづかまえてやった。

 暴れる枕を必死こいて地獄の穴へと詰め込む。

 腕輪の縁に四肢を突っ張ってぶるぶるしている。

 はよ落ちろ!ばちこーんと引っ叩くとそれが限界だったのか、枕は地獄へと落ちていった。

 よしよし。一労働終えたし、朝ごはんにするか。

 手をパンパンと叩いて土を払い、すっくと立ち上がる。

 今日の朝ごはんは瓦礫から掘り出した食料の残りをカミナギリヤさんと花人さん達が調理したものである。

 芳しく香る朝食は匂いだけで涎が出そうだ。

 きっと美味しいに違いない。この窪地に群生する花々が放つ強すぎる甘い匂いにやられた胸焼けに、今日の朝食の匂いがすーっと効いてこれは…………ありがたい…………。

 腕輪を回収してとっとこ暗黒神である。

 待ってろごはん!




「足りんな」


 戦国武将の如く、あぐらをかいて頬杖つくカミナギリヤさんがポツリとそんな事を呟いた。

 おなかを押さえる。確かに物足りない。

 まぁ掘り出した食料のほとんどが使い物にならなかったからな。

 人数も多いし、仕方がない。意外にも大食らいらしい花人さん達も何とも悲しげにおなかを押さえている。何故かイースさんを獣の目で見つめている。

 煮ても焼いてもその医者は食えないぞ。未だに動けないらしいカグラをお勧めしておく。

 ふむ、本で何か出そうか?

 ぱらぱらと開く。そういえばポシェットも壊されてしまったし、何か代わりを作らねばならないな。


「えーと…………」


 ふむ、生活セットに食料はたくさんあるが。どれがいいだろうか?


「クーヤ殿、それには及ばん。ウルトディアス。上空だ。わかるか?」


「あー、魚の匂いがしますね。繋がってるんですかねー。珍しいなあ」


「魚?」


 上を見上げる。

 雲間から差し込む太陽の光。エンジェルハイロウってやつか。暗黒神的には面白く無い名前である。

 デビルンハイロウはないのか。

 まあいい。特に魚らしき匂いはしないが。


「行くか」


「そうですねー」


 立ち上がった二人に綾音さんが不思議そうに尋ねた。


「魚ですか?

 海はもう遠いですけど……」


「海ではない。雲海にも魚が居るのだ。

 空気を泳ぐ魚というのだが」


「美味しいですよー。こういう天気だと次元が繋がってすっごいたまーに行けるんですけど。

 遥か遠くの海っていう異界です。次元断裂に飲み込まれた空間って言われてますけどね」


 へぇ…………。それは面白そうである。

 魚か。どうしようかな?考えているとがっしと襟首掴まれた。


「む!!」


「興味がある。小生も行こう」


「イースさんとクーヤさんも行くんですね。

 では、カグラさんとアンジェラさん、私がここに残ります。

 花人達のこれからについても話し合っておきたいですから」


「ああ」


 知的好奇心がうずいたらしいイースさんにぽいっと竜形態をとったウルトの背中に投げられた。

 直ぐ後にリレイディアも投げられてきた。

 ギイィィイィと悲鳴と共に降ってくる生首ちゃんを慌ててしっかと掴む。

 ひどい、なんて医者だ!

 ギィギィと泣きながら鳴き声を上げる生首ちゃんをよしよしと慰めてウルトの背中を移動する。

 音も無く登ってきたイースさんとばふっと一瞬だけ妖精の羽根を見せて舞い上がったカミナギリヤさんがウルトの背中に着地する。

 ふわりと浮き上がる巨体。

 見送りに来ている皆さんに、カグラはピクリとも動かないが…………両手を振った。


「行ってくるぞー!」


「期待していろ。火を頼む。焼くのが一番だからな。後は塩があればなおいい」


「この世界はまさに混沌たる世界だな。魚が空を飛ぶとは。物質的法則を凌駕する世界。素晴らしい」


「行きますよー。舌かまないでくださいねー」


「はい。それでは、皆さん気をつけてくださいね」


「あらあら、みんな怪我をしちゃだめよ~?」


 遠ざかる地表。

 蒼の竜が鯉の滝登りの如く、天を翔ける。



 地上は遠く、空は近く。

 もうすぐ雲へと届くという時であった。


「お」


 ポツリと何か降ってきた。

 頬を拭うとついていたのは水らしい。

 雨か?

 濡れるのはイヤなのだが。仕方がない、本だけでも庇わねば。

 何か鞄を出すか。

 えーと…………。



 商品名 カンガルールック

 おなかに鞄をつけます。

 カンガルーの気持ちが味わえちゃいます。

 容量は少なめ。



「…………?」


 まあいいか。買っちゃえ。

 モヤモヤとした黒いモヤがお腹の辺りに湧いた。

 さて、どんなものであろうか。


「……………………」


 確かにカンガルーだな、うん。

 私の下半身が大変な事になってしまった。返品したいのだが。それも今直ぐに。

 ばっと本を捲る。これはいかん。



 商品名 カンガルールック ver.2

 皆様のご要望にお応えして作られたカンガルールックです。

 前回の反省点を生かしたデザインとなっており、痒いところにも手が届く仕様になりました。



 速攻購入。

 この状態よりはなんでもマシに違いがない。


「お」


 奇抜な毒々しいスカートもどきがどろっと溶けてだぶっとしたズボンになった。しかも毛皮である。

 なんてセレブな。股下が随分と下にある。ふむ、前に大きなポッケが付いているな。コレがカンガルーの名残であろう。ビローンと伸ばしてみる。カワアマリだな。

 本を突っ込んどいた。む…………結構いいな。重さはまるで感じないし、服も伸びていない。異次元ポケットか。いいかもしらん。


「クーヤ殿、そろそろ雲海だ。

 準備はいいか」


「はーい!」


 元気に返事をしておく。子供は元気が一番である。

 しかし、雨かと思ったが違うな。

 パラパラと降ってくる水。ただの水じゃない。

 ペロリと舐めればしょっぱい味が口内に広がる。

 塩だ。塩水だ。


「いただきまーす」


 ウルトが呑気な声を上げつつ、雲に齧り付いた。

 その瞬間の事だった。大量の魚が雲から湧き出てきたのは。


「ウギャアアァァア!!」


 鉄砲魚である。文字通りの。


「落とし放題だな!これならば狙わずとも当たるだろう!!」


 カミナギリヤさんが放った適当な方向を向いた矢が飛来する魚群の一尾にぶっ刺さった。


「ほう、これは面白いものだ。本当に魚が飛んでいる」


「うおおお!!」


 本で適当に網を出して目を瞑って必死に振り回した。

 稚魚がとれていた。すげぇ。

 イースさんの手が目にも留まらぬ動きで動く。

 手品のようにビチビチ動く魚がその手に握られていた。


「見れば見るほどただの魚だ。

 この動きは飛んでいるというよりも、確かに空気を泳いでいる。

 …………濡れているな。塩水などある筈がないのだが」


「あはは、食べ放題ですよ食べ放題!」


 がぷんがぷんと口を動かす竜が雲を上へと突き抜けた。


「うわ…………」


 太陽に照らされる見渡す限りの雲海。

 雲から雲へ、魚がぴょんぴょんと飛んで行く。


「クーヤ殿、何か入れ物を作って欲しいのだが」


「あ、はい」


「いっぱい持って帰りましょうか。

 これだけいれば僕がお腹いっぱい食べても大丈夫ですよ」


「繋がっているのは数時間が限度だろう。

 出来る限りに捕獲するか」


 ニヤリと笑うカミナギリヤさんが引っ掴んだ魚を魔法で焼いてペロリと上から口に垂らすという少々野蛮な方法で平らげた。

 うーんと頬を押さえて満足そうに笑うという女子高生とかグルメレポーターな行動にそういえばカミナギリヤさんはグルメだったと思い出す。

 じゅるり。涎が垂れてきた。私も食べたい。よし、やるか。

 ほくほくとしながら釣り竿を出した。これでうまい魚を釣るのだ。具体的に言えば遠くをどっぱーんとする鯨みたいな奴とかを。何だありゃ。やっぱあれはいいや。

 のっしとウルトの首に足をかける。リレイディアは収まりが良かったのかどうなのか、私のカンガルーポッケに収まって動かない。


「おりゃー!」


 糸を雲へ垂らす。

 うーむ。


「…………」


 叫んだ。


「ウルト!もっと速度落とすのだー!」


 この速度、これじゃ釣れるものも釣れないだろ!





「まぁまぁだったな」


「そうですねー」


「こうして捕らえられると海に生息する魚のように呼吸が不可能になるのか。奇妙な魚だ」


「…………」


 ウルトのしっぽに付けられた魚がぎっしり詰まった巨大な網を眺めつつもぶすくれて動かない。全然釣れなかったので。なんでゴム長靴とか典型的なものが釣れるんだ。

 そんなもんを雲中に遺棄した奴出てこい。とっちめてやる。


「遥か遠くの海、と言ったかね。

 何か由来でも?」


「…………ここより遥か西、世界の果てに創世の傷跡と呼ばれる場所がある。

 クーヤ殿、地図はあるか?」


「地図ですか?」


 ないな。置いてきた。しょうがないので出すか。

 出した地図をカミナギリヤさんに差し出す。

 受け取ったカミナギリヤさんがふと遠くを指さした。


「あれが見えるか?」


「…………む?」


「雲間から漏れ出る光に見えるが」


「いや、逆だ。あれは上からでは無く下から伸びる光だ。

 世界の亀裂だ」


「世界の亀裂?」


「これだ」


 カミナギリヤさんが言いながら地図の一点を指した。

 地図の上、北極点という奴か?

 何もない海だ。


「ここには昔、大陸があった。アトランティスという名が残っている。

 いや、今も有るのかもしれんが…………今は次元の壁に阻まれ確認は出来ん。

 ここには世界の亀裂の中心点があるのだ」


「亀裂かね?」


「ああ。創世神話にある邪神討伐の地だと考えられている。

 勇者が邪神に剣を突き立てた瞬間、そこから世界にヒビが入ったという。

 そこから考えれば中心にあるのは神殺しの剣、というのが妥当だが。確認しようがないのでな。

 実際にはわからん」


「そのヒビを中心にして、いくつか空間が割れちゃってるんですよ。めちゃくちゃに繋がってますし」


「ああ。その次元断裂に巻き込まれ、大陸の四割が消失したと聞く。海底に沈んだ都市も多い。ルルイエやレムリアとかいうらしいが。

 …………あの光の中心、ああして目には見えるが空間的に断絶している。

 どうあっても行けないのだ。無いも同然だからな。地図に書かれていないのだ。どのような空間なのかもわからんのでな。ただの海とされている。

 当時の次元断層がどれ程の大きさだったのかはわからん。だが、余程のものだったのだろう。

 未だ中心部には近づくことすら出来んが、それだけではなく世界に様々な影響が今も残っている。ウルトディアスが言った通り、空間が奇妙な形で繋がっている場所もある。

 一番有名なものは西大陸のザッハトルテの大境界だな。

 霧の大陸と呼ばれる西大陸だが、ある場所を堺に砂漠へと変わる。線を引いたように砂漠と森林に分かたれる光景は凄まじいものだ。

 砂漠と森林を繋ぐ土地が嘗てはあったのだろう。亀裂に飲み込まれ消失したのだろうな。何処かに流れたか。発見はされていない」


「へぇ…………」


「だが、亀裂の中に消失したものも、完全に消滅したわけではないのだろう。

 かつて次元断裂に巻き込まれ消失した空間も未だ時折、条件の合う場所に繋がることがある。

 ここがまさにそれだな。遥か遠くの海と呼ばれる所以だ。こうしてここに来れるのもごく僅かな時間に過ぎん。直ぐにまた空間位相がずれるだろう。

 そうなれば手に触れる事は愚か、見ることさえ叶わなくなる。

 西大陸の砂漠も時折、蜃気楼のように砂漠の中に巨大な都市が見える事があると聞く。

 世界から切り離された彼らがどのようにして生きているのか、我らには想像もつかんが」


「おー…………」


 遠くの光のカーテンを眺める。

 邪神討伐の地か。

 ふと、ヴァステトの空中庭園を思い出した。

 カミナギリヤさんの話の中にあった砂漠の都市。

 少し似ている。神殺しに邪神か。

 こっそり確保しておいた魚に食らいつく。

 生臭い。リレイディアにあげよう。

 さて、焼くのもいいが煮るのもいいだろう。楽しみである。

 魚ばっかりとってもしょうがないしな。そろそろ戻るべきだ。

 旋回しつつ速度を上げる。急降下したウルトが風の流れに乗るがままに雲に潜るという瞬間だった。

 その人物と目があった。一瞬の事だ。だが、確かに目があったのがわかった。


「……………………」


「クーヤ殿、どうかしたのか?」


 その言葉に漸く我に帰った。既に雲は抜けている。アレほど居た魚達も幻だったかと思えるほどに普通の空である。

 ゆっくりと頬を抓ってみる。いてぇ。


「なんか今、変なのが居ました」


 そう、赤い着物を着た人間のような。

 子供のような、何も考えていないような瞳でこちらを見ていた。

 そして私の眼は確かにその伝説上にある姿をとらえたのだ。

 真っ赤な鱗に覆われた魚の下半身。


「人魚だったわーい!!」


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