蒼黒の大地にて2
絵画から解放した花人さん達は感激したかのようにイースさんに集まっている。
頬を上気させ、話しかける花人さん達はキラキラと眩しい。
うーむ、モテモテではないか。ヤブ医者本人はまるで興味がなさそうだが。
ハーレムを築き上げながら興味が無いとは罪な男である。あ、でもよく考えたら花人さん達は両方付いていると言っていた。
そう考えると確かに微妙である。そういうのが好きな人は好きなのだろうが。
イースさんと花人さん達の周りをタカタカタカと走り回る生首を眺めながら本で鍋と焚き火を出した。何せ一晩野宿である。
コップとココアを量産し、とくとくとお湯を注ぐ。うまうま。
間を置いてから吹き出した。
「ブフゥッ!!」
生首、生首!?
目を剥いてガン見するが、どう見ても走り回っているのは生首である。
見える名前には元美の女神。リレイディアとしっかり見えている。
何がどうしたというのだ。不気味すぎる。
トテトテを走る生首はどうやら小さな足らしきものが首下に取り付けられているらしい。虫っぽい。
時折立ち止まっては鳴いている。
何だありゃ。私の視線に気付いたらしく、イースさんが生首を掴みあげて歩み寄り、何気ない動作でポンと私の方に投げた。
「ひぃ!」
「脳を弄ったからな。禄に知能は無いが、もとより壊れてしまっていたからな。
どちらにしても問題は無い。命は尊いもの、死なせるには忍びない。出来る限りに蘇生措置を行った。
肉体の殆どがほぼ使い物にならなかったので首だけになってしまったが。神としての力は最早まともに奮えんだろうが、能力そのものが失われたわけではない。
魔物なり眷属なりにでもしたまえ」
いや、死んだほうが良かったんじゃ…………。
私の膝の上で生首ちゃんはギィギィと鳴いている。流石に可哀想すぎるだろ。人の心が無いのかこの医者。
顔が恐らくは元通りであろう美しい顔になっているのがせめてもの慰めであろうか。生首本人にそれが認識出来ている様子が無いが。
「生きているのだ。何か問題があるのかね?」
「…………いえ」
本気で不思議そうな医者に何が言えようか。黙っておくが吉である。
改造されたくないので。しかしリレイディアだけか?
…………聞いておくか?いや、碌でもない返事しか返ってこない気がする。
黙っとこう。
「シルフィードとエウロピアならば地獄に落ちてしまったようだ。
メロウダリアが既に喰っているだろうな。花人とのそういう契約だ。
シルフィードは今頃は悪魔に調教でもされているのではないかね。
このまま餌とされ続けるか、適性によっては名を奪われ悪魔の眷属にでもされるだろう。
直ぐに使える手が欲しいのならば魂の再利用をお勧めする。シルフィードはレガノアへの忠誠心が高過ぎる。君は眷属化では魂の方向性は縛れんからな。
そちらの方がよかろう。そうしたいのならば声を掛けたまえ」
心を読まないで欲しい。というかやはり碌でもない返事であった。心のなかで二人に手を合わせておいた。
しかし魂の再利用か。そんなことができるのか。イースさんがやるのか?
なんというか再利用っていうか人体改造に聞こえるが。まぁ考えとこう。
再び立ち去って行った医者を見送り生首を膝の上でコロコロと転がす。
嫌だったらしくギーッ!と嘶いた。む、生意気な。
生首と遊んでいると側に転がっている屍から声が掛けられた。
「おい、バケモン」
「誰がだ!」
失敬な!!
「てめぇ以外に誰が居る。あぁ、クソッ!いってぇな!何だってんだ!!」
「…………」
身体を引き攣らせて身悶えるカグラを枝で突いた。悲鳴を上げてのたうち回っているがのたうち回った動きで更に悶絶している。よっぽど痛いらしい。
明後日の方向を向いて口笛吹いて誤魔化しておいた。私のせいではないのだ。
あらあらと笑っているアンジェラにカグラを任せ、生首抱えてとっとと走る。
私にはカグラなんかより大事な用事があるのだ。
「人間は動けないみたいですねー。じゃ、行きましょうか」
「おー!」
さて、お待ちかねのアレである。
生首を地面に置いてスリスリと両手を擦り合わせる。
時刻は夜。満月に照らされる大地はそれなりに明るい。満月の明かりもあるが、何せあちこちのお花が光りまくっている。
おかげで問題なく見物出来そうだった。
壁の前に立つウルトがペタペタと手を氷に覆われた壁面を触りながらテクテクと歩いて行く。
それに付いて行きながらデシシッと笑った。
そう、本来の目的たるお宝である。
特段、宝物などに興味があるわけではないが長年ウルトがかき集めた宝物となれば流石に興味も湧こうというもの。
面白アイテムの一つや二つあるだろうし、もしかしたら悪魔の芸術品だってあるかもしれない。
興味津々である。
「ふむ、見事に黒のマナに汚染されているな。
生半可な方法ではこの氷は解かせまい。凄まじいものだ」
「へぇ…………」
確かに黒っぽい氷だ。というか滅茶苦茶気温が低い気がするのだが。
青の祠並に。
というか私には何があったのかさっぱりなのだが。聞いとくか。
「結局、何がどうなったんですか?」
「覚えていないのか。あまりに人智を超えていたのでな。クーヤ殿にわからん以上、我らにも何が起こったと明確な事は言えんが…………。
クーヤ殿がレイカードに飲まれ、それを見た絵画の悪魔とメデューサが暴れ出した直後の事だ。ごく僅かな時間だったが地獄が物質界と繋がった。
どうやってか地獄の釜より来たる混沌により、その場に居た天使は全て刹那の間に潰され、何をしたのか私には理解が及ばんがレイカードは次元の壁を抜いて消滅した。
我々が無事だったのは奇跡に等しい。特に意識を向けられていなかった事と悪魔に庇われたのが大きいな。さもなくば発狂するか死んでいるかしただろう」
「うわぁ」
そりゃすごい。
「この辺り一帯が黒のマナに汚染されたのはその影響だ。数千年の間は人間や亜人は住めぬだろうな。
だが、これでもマシになったようだ。我々もルイスの絵画から解放されたばかりでな。
顕現直後は凄まじい有り様だったようだ」
「僕があの状態で会ったのは二度目になりますけどねー。
クーヤちゃんはすごいですねー」
「ふーん」
何故だか褒められた。
しかし褒められた気がしないな。
「なんで二人共、私の方向見ないのさ」
「クーヤ殿、中々に無茶を言ってくれるな」
「あはは、無理ですよ無理。久しぶりですよこの感覚。もうちょっと待って欲しいですねー」
ぐぬぬ。
何が何だかわからんがハブられている気がする。
腹いせにとてとて付いてくる生首リレイディアを手でひっくり返してやった。
ギーギー鳴いてばたばたと足を動かして空を掻いている。蜘蛛みたいである。
ペタペタと壁面を叩いていたウルトがふと立ち止まった。
「あ、ここですね」
「お」
声に釣られるようにして見上げた氷の壁は特に他の部分と違うようには見えないが。
まぁ巣作りした本人にはわかるのだろう。
「解かせるのか?」
「大丈夫ですよ」
ウルトが手の平を押し当てた部分から氷が解け出す。
うむ。流石の氷のドラゴンさまさまである。
やがて姿を現した洞窟の中に揃って足を進めた。
魔を含んだ氷に覆われた洞窟、その奥まった場所にそれはあった。
「うおおぉぉぉぉぉお!」
大喜びである。
金銀煌めく財宝の山、山、山。
見渡すかぎりの財宝である。
興味は無かったがここまで桁の違う財宝の山とくれば大喜びもするのである。
カミナギリヤさんも感心したかのようにキラキラと眩しい財宝を見上げている。
「あ、無事みたいですね。
懐かしいなー」
「ふむ、これはアスカナ王国の八番目の失われた国宝ではないのか?」
「そうですよー。宝物庫を襲った時に持って帰ったんですよ」
「これはグラディエルの聖宝冠か」
「それは確か僕を討伐しに来た軍隊を全部凍り漬けにした後、何か降伏の証にって送り届けられた奴の一つですね」
ざくざくと漁りまくる。
む、何か貴重そうな分解出来そうなブツを発見。没収である。地獄に流してやれ。
「しかし、貴金属ばかりだな。
布、本や杖などは無いのか」
「キラキラ光ってないとイヤなんです」
「竜種らしい事だな」
肩を竦めたカミナギリヤさんが私の隣に並んでざくざくとしだした。
二人揃ってモグラになった気分だ。
あとで他の人も呼ぶか。
これは一見の価値があるだろう。カミナギリヤさんが開けた穴にずぼっと頭から突っ込んだ。
うーん、かてぇ。
残念ながらあまり入り心地は良くなかった。すごすごと撤退である。
さ、戻るか。
外にでると皆さん野営の準備をすっかり整えていた。
と言っても、そんな準備もしていなかったので瓦礫の山から使えそうな道具や食料を掘り出してきたらしい。
私が出した焚き火と鍋を使ってくつくつと何やら煮えている。
というか私が出したココアも飲まれまくっている。いいけど。
「クーヤさん、頭に何を乗せてるんですか?」
綾音さんの疑問にふんぞり返って答えた。
「グランマの宝冠だー!」
「クーヤ殿、グラディエルの聖宝冠だ」
「すごいですね。こんなのがあったんですか?」
「ああ。あとで見てくるといい。
中々に面白いものを集めていたぞ。それも大量にな」
「うーん、ギルドの倉庫でも提供したいところですけど…………高価すぎてあまり良くないですね」
「暫くはここに置いておくか、ベッドの下に入れるしかあるまい。
このまま街に持ち帰るのは危ういな」
「……………………」
「あらあら、カグラちゃん、目が光っているわよ~?」
「ウルトディアス、この男が不埒な真似をするようであれば氷漬けにもしてやれ」
「そうですねー。あ、身体が痛いみたいだしイースさんに引き渡してもいいんじゃないですか?」
「それもよかろう」
「ちょっとした冗談だろうが!」
鍋の中身を覗きこむ。
うむ、美味そうだな。食ってやれ。おたまで一掬いしてかぶりついた。
ウマイウマイ。リレイディアにもあげようではないか。
お椀を作ってよそい、生首の前に置いておく。
口を突っ込んだ瞬間、熱かったらしくギュウゥゥウゥと大きく鳴いた。
花人さん達が引き攣った顔でこちらを見ているが、これは私の仕業ではなく花人さん達が引っ付いている男がやったことである。
そこだけは言っておく。