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蒼黒の大地にて

「おお!」


 素晴らしい。世界記録も夢ではあるまい。すっとんでいったレイカードの姿はもう見えない。

 してやったり、あんこくしんちゃん大満足って奴だ。

 それにしてもどうした事だ。素晴らしい開放感。ご機嫌である。気分は服を脱ぎ捨ててすっぽんぽんになった感じだ。私は自由だ!!

 しかし何がどうなったのやらさっぱり分からないな。私は確かにレイカードの影に喰われてしまった筈だが。何がどうなった?

 キョロキョロと辺りを見回す。

 小さい生き物達がしきりに足元をウロウロしている。はて?

 何であろうか。


「…………?」


 そもそも、ここはどこだ?

 疑問を感じて私は何となく上を見上げた。

 そこにあったのは透き通るような蒼穹。

 その色に、気付く。ここは物質界、生命が命を謳歌する光溢れる地上の楽園である、と。

 認識した瞬間、ぞわぞわとした感覚が私の背を這いのぼってくる。ぎりぎりと締めあげられる首。

 手足が凝固したように動かなくなる。世界が遠くなる。

 ぐらんとそのまま身体が傾いだ。




 目が覚めた。


「あれ?」


「おはようございマス」


 むくりと身を起こす。

 見上げた天井は空などではなく、ゴツゴツとした岩肌。

 声の方向を見やれば、そこに居たのは一匹の悪魔である。


「なんで居んの」


「失礼しちゃいますネ。暗黒神様が来たんでショ」


「え?」


 暗い洞窟に突っ立っている悪魔、アスタレルはプンスコした様子である。

 その言葉に、考える。いや、考えるまでもない。


「…………私死んだ!?」


「……………………」


 手の平で口元を隠したアスタレルからプスーと聞こえた。


「笑ってんじゃねぇよ!!」


「失礼。あまりにも面白かったので」


「うぎーっ!!」


 手足を振り回して暴れた。

 なんてこった!あそこで死ぬとは予想外、となると…………私の身体はレイカードに喰われてしまったのだろう。

 無念。まぁ仕方がない。それに喰われたと言っても私の身体じゃ大した力にはならないだろう。

 皆さんの力で普通に勝てる筈だ。うん。


「…………いやはや、驚きデスネ。

 正直に申し上げますとワタクシ、かなり動揺しておりマスヨ」


「なんでさ」


 奇妙な事を言い出したアスタレルに疑問を返す。

 うむ?

 言葉通り確かに動揺しているらしい。なんと言っていいのか分からないとばかりに視線を横に逸し、口元を手で覆いながらも微かに身体が震えているように見える。意外である。

 流すように視線を私へと上げたアスタレルはその手を下ろして、ふと笑った。

 悪魔らしからぬ、穏やかなあどけない微笑に微妙な気分になった。腹の底で何を考えているのかわからない笑顔と言い換えてもいい。微妙である。何を企んでいやがる。


「…………人の心はわからぬもの。

 全く、暗黒神様はヤンチャな暴れん坊で困りマス。本当に予想外の行動を取りますネ。外ではなく内側に潜り混んで巡り巡って外に出るなどと。

 …………死んでいませんヨ。人間の神域を踏み台にして肉体から霊体が出てきただけデス。人間とはアリンコのようなもので無意識の海で種族全体が繋がる、かなりの霊的深層部の種ですからネ。

 あの人間の肉体を無視して魂を喰らうという精神領域が相性が良かったのも大きいでしょう。肉体も神域内部で破損してしまいましたからネ。

 あのゴミクズの精神から繋がる細い糸を辿って深層へと潜り、霊魂の根源から根源へと移動し地獄を介して霊体として物質界に再び出てきたのデスヨ。言葉にすればそれだけの話デス。キチガイの所業ですがネ。

 ウロボロスの輪に従い、直ぐに戻されマスヨ。ここに来たのはその前段階。円環とはそういうものですからネ。…………ほんの僅かな時間とは言え、驚きデス」


「ふーん」


 そう言われれば確かに。くいくいと結構な力で引っ張られる感覚がある。いや、苦しいのでもう少し加減して欲しい。けどまぁ、どうやら本当に戻れるらしい。

 ふーむ、幽体離脱ってことだろう。お花畑に行かなくて何よりである。

 悪魔を見下ろしながら考える。あちらだとどれくらいの時間が経ったのだろう?

 アスタレルの言い分からすればそこまで時間は経って居ないだろう。

 じゃ、戻るか。皆さんが心配しているだろうからな。

 うむ、と頷く。しかし一つ気になったのだが。


「アスタレル、なんでそんなに小さいのさ」


 随分と小さな羊の悪魔を見下ろしながら尋ねた。

 私の問いにアスタレルは心底面白くないという顔と憤慨したかのような口調でメェーメェーと言い立てた。


「暗黒神様が途方もなく巨大なんでショ。身動ぎ一つで銀河を砕ける貴女のような混沌と私を一緒にしないで欲しいデスネ。

 …………全く、信じられませんよこのアバズレ!酷いデス!我々の苦労を何だと思ってるんですか!鬼!!

 卑怯もいいとこデス!次があるなどと思わないでいただきたいデスネ!!」


「な、なにぃ!?」


 唐突すぎるあんまりな罵倒に言い返す間もない。遠くなる景色。

 私は再びぎゅうぎゅうと無理矢理に小さくされてしまった。残念な事である。





 またもや目が覚めた。


「あれ?」


「クーヤ殿、目が覚めたか」


 むにむにと目をこする。

 なんだか夢から目が覚める夢を見たかのような奇妙な違和感。

 見上げた妖精さんは立派に大きくなっている。


「…………カミナギリヤさん、大きくなりましたな」


「ああ、あの姿は落ち着かん。思考が普段の私と違うというのは気分が悪くてな」


「へぇ…………」


 酔っ払いみたいなものか。

 むくりと身を起こして辺りを見回せば…………静かだ。というか全員めっちゃ寛いでいる。

 思い思いにそれぞれ身繕いをしている姿はリラックスタイム極まりない。

 いや、というよりも。


「なんでこんな真っ黒なんですか?」


 周囲が全て真っ黒に染まっている。何だこりゃ。

 コンクリートだった筈の瓦礫の山はおろか、地面や草花まで真っ黒である。

 暗黒神花のように何やら黒いものを吐き散らかしている。身体に悪そうな。


「無理もない。アレではな」


「…………?」


 よくわからん。それに、天使とレイカードはどうなったのだろう。

 姿が見えないが。


「ああ、起きたようだな。肉体の破損が著しかったが…………問題ないようだな。

 足は動くかね?」


「足?」


 イースさんの言葉に、足をみょーんと上に伸ばす。セクシーポーズである。ふむ、足の指も問題無いが。グーでもチョキでもパーでも問題なしである。

 何かあったのだろうか?


「いや、足が取れかけていたからな。動くのならばいい」


「…………なんですと!?」


 とれかけ、とれかけ!?

 慌てて自慢のむちむち足を検分する。見たところ傷も無ければ動かすに違和感のようなものも無い。

 取れかけていた、とは思えないが…………大丈夫であろうか?


「クーヤちゃん、おはようございます。

 元気そうですねー」


「む」


 大騒ぎする私に気付いたらしく、各々こちらに近寄って来る。

 カミナギリヤさんもそうだが、ウルトの傷も大丈夫なのか?

 見た目は問題ないように見えるが。私が寝ている間にイースさんが治療したのだろうか。

 そうだ、聞いとくか。


「天使とレイカードはどうなったんですか?」


「天使ならばその辺りで潰れている。魂が残っているかは微妙なところだ。

 レイカードならば星になった」


「…………星?」


 イースさんが真顔で冗談のようなものを口にした。

 多分イースさんなりの小粋なギャグであろう。突っ込むべきところか?


「あはは、次元の壁をぶち抜いて飛んでいっちゃいましたよ。

 あの調子なら魂の核も残らず消滅しちゃったんじゃないですか?」


「クーヤさん、おはようございます。ここで脅威となるものはもうありません。

 このあたりは黒のマナに汚染されてしまいましたから…………もう人間も来れないでしょう。

 きっといい拠点になります」


 綾音さんがメガネを押し上げながら実に嬉しそうに何やら紙に書き付けている。

 何か拠点にするつもりらしい。こちらを覗きこんでくる面々を眺めてからふと足りない事に気付いた。

 悪魔二匹はどうしたのだろうか。視線を巡らせ探そうとするまでもなく、その存在は直ぐに知れた。

 何せメロウダリアは下半身蛇のままである。でけぇ。

 悪魔二匹は少々離れたところで何やら話あっているらしかった。


「俺たち殺されるんじゃねぇのか?」

「この失態ですからな。甘んじて受けるしかありますまい」

「死なねぇ事を我らが神に祈っとくか…………それにしても、あのお人は人間に囚われたまま良いように使われている様子。

 ほんに困ったこと」

「あれほどに魂を囚われたままでは救出など出来ませぬからな。嘗ての神、それがそのまま敵となるのがこれ程までに厄介とは」

「劣化した複製品にも関わらずあの力とは、ほんに恐ろしきお方だわえの」


 声を掛けた。


「何してるのさ」


 内緒話とか生意気である。


「ふむ、お嬢様が気に病むような事でもありませぬな。

 さて、我々はそろそろ下がらせて頂きます故、再び何かご入用があればなんなりとお申し付けください」


「愛しい主様、あちき達はおなかがペコペコでありんす。たぁん、と、魂を吸い込んでくださいましね」


 ん、はぐらかしたな?

 まあいい。地獄に戻るというのならば好きにすればいいのである。

 二匹とも相当頑張ったしな。ゆっくりとするがいい!ふはは!

 悪魔が引っ込んだ後の地獄のわっかを回収し、腕に付ける。

 悪魔も帰ったし、天使も居ないし勇者も居ない。


「お」


 これは、万事解決ではなかろうか?

 カミナギリヤさんが手に持っているベッドの下も無事なようである。花人さん達もきっと大丈夫であろう。

 うんうん、しかし何か忘れているような。


「クーヤ殿、それであの二人は何なのだ?」


「え?」


 カミナギリヤさんが指差した方向には一人の男が屍の如く転がっていた。

 その脇にはメイドさんがあらあらと頬に手を当てて困ったような声を上げている。

 あ。忘れてた。


「カグラと、えーと」


「あらあら、私はアンジェラっていうのよ~。よろしくねぇ」


 悩んでいるとメイドさんの方から名乗ってくれた。

 アンジェラ、アンジェラか。オシャレな名前だな。


「あの二人がマリーさん達からのお迎えなのです」


「そういえばそんな話がありましたね。

 あの二人がそうなんですか。どうやってここに来たんでしょう?」


 そういやそうだな。しかもこんな隠れ家みたいな場所に。

 イースさんが無表情に二人を眺めながら、何故メスを磨くのだろう。

 まあいい。綾音さんの疑問に答えた。


「何かしらそのような道具を持っているのだろう。

 男の方には後天的に魔力を弄った形跡がある。女からは魔力を感じない。

 能力ではあるまい」


「あの男の人、全然動かないですねー。

 人間って大変だなー」


「ふむ」


 そういえばそうだ。さっきまであんなに元気だったのにピクリとも動かない。

 微かに呻き声のようなものも聞こえる。一番重症である。


「困ったわねぇ~。突然だったのよ?

 カグラちゃんったら、急に倒れちゃって」


「へぇ…………」


 何かダメージを負っていたのだろうか?

 どれ、一つ様子を見てみよう。テケテケと走り寄って耳をそばだてた。


「いってぇ…………チクショウが…………ファック、なんなんだこりゃぁ…………ぐあぁ…………」


 痛い?

 特に傷は見当たらないが。

 つんと木の枝で突いた。


「ぐあっ!」


 エビのように反り返って、暫く硬直したあとバタリと地に落ちた。

 うむ、重症だ。


「どうしちゃったのかしらねぇ~?」


「小生にもどうしようもないな。外科的処置に意味がない。

 筋肉痛のようなものだろう。時間経過を待つしかない」


 筋肉痛…………。その言葉が微かに引っ掛かった。

 記憶を掘り起こし、ポンと手を打った。


「あ」


 ちらっと本を見る。

 こそこそとページを捲った。



 商品名 働け奴隷

 奴隷を牛馬の如く働かせます。

 武具と肉体に暗黒神の加護を付加し、奴隷を強化します。

 奴隷の個体能力と武具によって効果時間と値段が変わります。

 奴隷は後日、筋肉痛と魔力痛により動けなくなります。



「……………………」


 よし、黙っとくか。

 黙っとけばわかるまい。尊い犠牲であった。ナムナム。




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