暗黒神
乱立する赤い石像。残っているのは人形達と奴の守護天使。
レイカードがニヤニヤと笑ってその光景を眺める。
「お、いいじゃんいいじゃん。いーい武器になりそうだ。
君、いいねぇ。メロウダリアちゃんだっけ?連れて帰れば石の制作に一役買いそうじゃん。俺大歓迎」
「人間如きが抜かしおるわえ。挫折を知らぬと見える」
「……俺は子供の頃から天才でさぁ。何をやっても上手くいったんだ。どんな奴も俺の望む通りになった。俺のこの強奪スキルってのはかなり貴重な能力なんだわ。勇者でもそうそう居ないってくらい。
相手が苦労して手に入れた能力をあっさり奪い取れちまう。神が与えたもうたギフトって奴さ。俺は選ばれたんだろうぜ。誰か俺に逆に教えて欲しいんだわ。挫折って奴をさ。
……強奪の能力ってのはいけないねぇ。神も人間も魔族も亜人も精霊も全部ただの餌に見えてくる。俺は俺が気持ちよければそれでいいのさ。
その点。今回の事は最高だった。花人ちゃん達は寝てるとなんの反応もないんだけどさぁ。石がさ、成長するんだよ。痛みを与えるごとに。メキメキってさ。意識が有ることの何よりの証明さ。
あの綺麗な顔のままで、何も感じていないって顔の奥で、どんな悲鳴を上げているかって想像してるとクルんだよねぇ。
たまらないよなぁ。ったくよぉ、お前らよくもやってくれたよなァ……」
ヒュッと軽い調子でその真紅の武器を振って弄ぶ。
あれは……何だ?
ただの小さな棒に見える。だが、そんなわけはあるまい。
気をつけた方がいいだろう。
「手駒が減っちまったな。獣は意味がないみてぇだし。しょうがねぇな。
光溢れる天の聖壇、西南の方向より汝は来たる。汝に従うは我が眼前に立ち塞がる者達に厄を齎す光の使徒達なり。来やがれ従僕。俺の役に立ってみせろ」
吹き上がる真白の炎。数は、十はくだらない。
しかもあれは……。カグラが嫌そうに呟く。
「あれも守護天使かよ。下級とは言え、やべぇな。」
「困ったわねぇ~」
「霊格が高すぎるな。今の小生の能力では効果は期待できん。
綾音はどうだね?」
「……同じです。物理攻撃しか出来ません。ですが……あまり意味があるとも思えないですから」
「天使なんてめんどくさぁ……。あたし、ああいうのって嫌いなんだけど」
全員で悪魔共を見る。
詰まらなそうに二人は肩を竦めた。
「天使となれば仕方ありませんな」
「あちきはあの男が欲しいでありんす」
大丈夫なのか?
この二匹が頼りなのだが。不安である。
心配しながら見つめていると、二人がこちらを見た。目が爛々と光っている。おや?
「お嬢様、アレを持ち帰っても?
受肉した天使は貴重でございますからな。地獄で責め嬲って肉の罪に堕落させ晩餐会のメインディッシュと致します」
「ほほ、あの男に花人への行為をその身で全て味わっていただきまひょ。壊れてもあちきがたんと治してしんぜます。
おのことしてのプライドも人間としての尊厳もきっちんと打ち砕いてやりましょ。ほんに、楽しみだわえ」
「え?」
二匹はにやにやとしながら同時に言った。
「お嬢様、ご許可を」
「主様、お許しを」
「…………」
どうぞどうぞ、脂汗をかきながらボス猿にエサを差し出す猿のように手の平を顔の前で揺らした。
殺る気マンマンなようで何よりである。
怖いので地獄であいつらをどうするかを笑顔で語るのはやめろ!聞きたくない!
「話し合いはもういいのかなァ?
命乞いの方法は今のうちに話し合っておいてくれよ?」
「ほんに楽しみだこと。あちきに上に乗られても同じことが抜かせるか、とっくと拝見させていただきましょ。
きれーいに壊れたなら、あちきが可愛いペットとして手を引いて悪魔達に見せびらかしてやりましょうねぇ。
その後はみーんなで捌いて湯気溢れる臓物をうず高く積み上げ、我らが主様に捧げましょうぞ」
「いらねぇよ!!」
叫んだ。断固拒否である。しまっとけ!
「いいねぇ……!嫌いじゃないぜぇ、君みたいな子はさぁ!
メロウダリアちゃん、東に連れ帰るのは無しだ!俺がたっぷり可愛がってやるぜぇ!!」
手に握った真紅の武器を掲げる。
何が来る?
身構えた私の頭をがっしとイースさんが掴んだ。
そのまま地面に押し付けられる。ギャリィン、耳を劈くような音。
赤く煌めく凶を孕んだ流星が踊って跳ねる。
それを見て漸く気付く。あれは、――――鞭。
手に握った棒状のモノから伸びる光の鞭、それがあの武器の正体。
「……っ!!」
音速を超えているであろう速度で跳ね回る得物は岩をも破断し辺りを蹂躙する。範囲はどれほどだ?数十メートルは離れている筈の木々がなぎ倒されていく様は空恐ろしいものがある。
それにこの威力、人体などそれこそ豆腐のように抜くだろう。空気が焦げ付く匂い。これは……、ヤバイ。マジで悪魔にしか頼る術がない。
傷が開いたらしいウルトと脇腹を抑えて呻くカミナギリヤさんはほとんど動けそうもない。
カグラが銃弾、イースさんが人形で、綾音さんがサイコキネシスでそれぞれ何とか弾いているが……鞭だけではなく、鞭に跳ね上げられた岩さえも飛んでくるこの状況。
いつまでも保つものではない。魔物は、ダメだ、未だ半数以上が疲れきっている。というかミニマムハンモックで休まれると腹立つ。いつの間にそんなもの設置しやがったお前ら。
まあそれはいい。あの二匹は?
必死に顔を上げれば、あの鞭が跳ね回る中を問題なく動く二匹の姿。
うおおお、なんて頼もしい……!!
片腕で鞭を弾きながらも人形と天使達を薙ぎ倒し、焼き払っていく。
厄介なのはあの一際デカイ偉そうな奴のようだ。次々と白い獣を召喚し、ルイスとメロウダリアに攻撃の魔法を放っては何かレイカードにサポート系の魔法もかけているらしい。
白い獣はメロウダリアが召喚される片っ端から石にしているが……それでも時間を取られてしょうがないようだ。
うぬ、何とかせねば。あまり時間をかけられるとこっちが保たない。
バババッと本を開く。
カテゴリは生活セット、何故に生活セットかはこの際どうでもいい。
商品名 おいたの禁止
禁止!召喚は禁止です!!
お母さんは許しませんよ!
これだ。これならばあのデカイ奴も白い獣を召喚できなくなるはずだ。
商品説明には突っ込むまい。そしてもう一つ、あいつの武器だ。
商品名 グレた息子に食らわす鉄拳
指定した相手の武器を一定時間封じます。
魔法は封じることが出来ないので注意が必要。
コヤツも速攻購入。鞭が凍りついたかのようにそのままの姿で止まった。まるで時が止まったように。
湧き出てきていた白い獣も出てきていない。今のうちである。ルイスとメロウダリアに向かって叫ぶ。
「今のうちだー!やってしまえー!!」
驚愕したかのようにレイカードが叫ぶ。あの武器はあの柄部分まで止まってしまったらしい。
空中にぴたりと静止する様はなんだか樹脂で固めたかのようだ。
「んな……っ!?空間を無視した個体指定の限定的な時間停止だと!?ふざけ……!?」
「ほ、ほ、その魂、地獄に引きずり込んでやるよぉ!!」
半身を蛇へと変じたメロウダリアが凄まじい速さでレイカードへと肉薄し、その巨大な胴でレイカードを締め上げとぐろを巻いた。
「ぐあ、……っ!!」
同じくルイスがデカイ天使の魔法を掻い潜り、一つ跳ねて天使の顔らしき部分を踏んづけ、そのまま空中に黒い霧とともに現れた巨大なキャンバスに蹴り込む。
瞬間、キャンバスから現れた巨大なウサギのように見えなくもない怪物の腕が天使を空中キャッチし暴れる天使を物ともせずにそのままキャンバスの闇へと引きずり込んでしまった。
あとに残ったのは石化した獣と数匹の下級天使だけである。
ここまでくれば勝ったも同然、この戦、もらった!ヒャッハー!!
調子に乗っているとメロウダリアに締め付けられるレイカードが赤黒い顔で懐から何やら取り出し掲げた。
む?
「ぐ、クソッ!!冗談じゃねぇ、これを使わされるとはよぉ……!
俺がこれを手に入れるのにどれだけ苦労したと……!!」
何だありゃ。
黒い、勾玉?
メロウダリアが呆然と真逆と呟くのが聞こえた。
珍しく焦った様子のルイスがこちらに向かって叫ぶ。
「お嬢様、そこな人間どもを盾になさいませ!!」
「いやいやいや!?」
手を振って叫び返した。
何を言いやがる!そんな事するか!
がっしと頭を掴まれる。
「伏せたまえ」
イースさんの低い声が頭上から降ってくる。
再び地面とちゅうするカエルである。
一拍遅れて、黒い光が世界を薙いだ。
背筋を泡立たせるような衝撃が波紋のように広がる。遠くから聞こえてきたのは狐の鳴き声だろうか。
微かに見えるその姿は、巨大極まる金の獣。
世界から音が消えた。
「――――――っ!!」
黒の衝撃が猛威を奮う中、何かに腕を掴まれて引き出される。
誰だ?イースさんでもない、これは。
ブンッとそのまま投げ飛ばされてしまった。
ゴキン、と肩口から音が響く。この身体骨とかあったのか。そっちのほうが驚きなのだが。
慌てて身を起こそうとするも、その前に首を捕まれブラブラされてしまった。暴れた。
目の前には血走った目のレイカード。目前まで迫った初めての敗北に気が狂わんばかりなのだろう。
私達にこの黒い光が届かないのは、レイカードが手に保つ黒い勾玉のせいだろう。
「放せーっ!アホーッ!」
「君さァ。神族だろ?
強奪の能力を持ってるとそういうの分かるんだ。相手がどういう奴か。君はあんまり俺の好みじゃねぇんだけど。
神族なら話は別だねぇ。神族を喰うと滅茶苦茶能力が上がるんでね。ま、俺に勝てない自分を恨んでくれよ。
さっきの時間停止、見たことねぇ力だった。欲しいんだよ。あれを俺のモノにしたいんだわ。
そうすりゃ、勝てるからな……!敗北なんざ俺に相応しくないんだよ……っ!!」
「……っ!」
小さな剣が私の身体に食い込む。そのまま引きずり倒されるかのように地面に押し付けられた。
ぞぶん、奇妙な感覚とともに私は飲まれた。レイカードの影に。なんとか上半身は出ているが……。レイカードは相変わらず地面に押し付けてくるし、暴れても全く脱出出来そうにない。
ぬぬ、困った。肉を喰われるのも痛みは感じないが。脱出が出来ないとなるとかなり困る。
暴れているとぎりぎりと頭を鷲掴まれてガツンと地面に叩きつけられてしまった。まるで魚を叩きつけて弱らせるかのようだ。何をしやがる!
ガツンガツンと何度も打ち付けられる頭。視界が朱に染まる。魂の力でもなんでもない物理攻撃なので当たり前だが血が噴き出ているらしい。
しかもそうこうしている間にも影は私を喰っている。こりゃいかんぞ。
「大人しく俺に喰われてくれよ?
好みじゃないから君が俺と楽しむってのはないけどさ。あんまり鬱陶しいとな?
わかるだろ?
俺にも余裕ねぇんだよ……!!
この勾玉はレプリカだからな、すぐにあの金狐は消える……!」
「にゃろめー!」
土が口の中に入ってじゃりじゃりする。うぬぬ!!
なんとか地面を掻いて脱出してくれようと踏ん張るが……ダメだ。やはり脱出出来そうもない。
助けを呼ぼうにもこの状況下すぐには期待できない。
髪の毛を掴む手に一際強く頭を地面に叩き付けられた。
そこでぶつんと視界が赤から黒に染まる。
身体が引き込まれるような奇妙な感覚。しまった。思うがどうしようもない。なんてこった。喰われた!!
落ちた先、視界は真っ黒で、右も左も分からない。あーあとため息をつく。
見上げる。今は何とか外界も認識できるらしいが……。あの黒い光も随分と収まったようだ。
何やらガチギレしている感じの悪魔二匹が見える。何をそんなにブチ切れているのだ。何か嫌な事でもあったらしい。いいけど。今なら私は巻き込まれないからな。
しかし困った。手を伸ばしても外には届かない。
「…………」
背後に気配を感じ振り返る。
そこに居たのはぶくぶくと太った血まみれの拷問吏のような姿をした異形である。その両手にはエウロピアとシルフィード。生皮を剥がされたらしく、先程までの美しさは見る影もない。
異形は二人を地面に投げて、私に手を伸ばしてくる。そうか、これがあいつの力の象徴、強奪の能力。
ぴょんと飛び上がって逃げた。だが、大きさがあまりにも違いすぎる。あっさりとっ捕まってしまった。
ぐぬぬ。
淀んだ目でこちらを見る。ヨダレを垂らす表情にははっきりと愉悦の光が宿っていた。
腰に指していた錆びきって切れ味の悪そうな歪んだのこぎりを引き出し、私の足に当ててくる。
口についた肉片はあの二人のものだろうか?鼻につく独特の匂い。ジャコジャコとのこぎりを往復させながらも目の前のこいつはあからさまに興奮している。
レイカードの影の中。ここは神域だ。人間の神域。レイカードの心を映し出す何よりの鏡面世界。
さしずめこいつはレイカードの心そのものが具現化した怪物といった所だろう。私はそこで喰われようとしているのだ。私の身の内に巣食う喚いて暴れる者達。
ふむ、考える。なんというのだろう、この感情は?
「……おお」
ポンと手を打つ。外で暴れる悪魔二匹。ついでに地獄で暴れる悪魔共。こいつらを見ていたら閃いたのだ。私は天才か。
この世紀の大発見を外に出たら皆さんにお教えせねばなるまい。そして褒めろ。褒められていい筈だ。
そう、面白くない。不愉快だった。
未知なる衝動に胸を踊らせ、小さな小さな影の世界に私は立つ。
レイカードは尻餅をついた。無様極まりない姿だがそれを気にするほどの余裕などない。
「ヒィ、ヒ、ヒィ…!!」
恐怖に駆られ息が出来ない。
目前に座すは人間などそれこそ塵に等しいであろう認識さえ出来ぬほどの圧倒的巨大さの遥か高次元の霊体。
視界に映るものはほんの僅かな小さな細胞でしかないだろう。
境界の向こうの存在、人の一生で見てはならないものを前にしている。
人間が立ち入って良い領域を踏み越えた。それが分かった。
脳が理解を拒む。どうして理解などできようか。
微生物が地球というものを認識さえできないように、人間が本来視界に納めていいものでは無いモノが直ぐ目の前に居るのだ。
死や疫病、悪徳に狂気、人が古代から畏れ続けた形無き闇が形を成してそこに居た。
宇宙、深海、高度数百キロの空、領域の向こう、引かれた境界線。
言葉で言い尽くせぬあまりにも違いすぎる世界。
己の矮小さを押し潰されそうなほどに突きつけられる。
自分という存在がこの世界に存在する塵芥の一つにしか過ぎないのだと、自分が今この瞬間に消えても世界は何事も無かったように永遠に続いていくのだと。
否、仮に自分という存在がこの世界に最初から居ない事にされたとしても。
この世界はきっと何も変わらない。自分が居ても居なくても何も変わらない。
この瞬間に理解してしまった。世界は自分が思う以上にあまりにも巨大で深遠で、底などなく、果てなど何処まで行っても有りはしない。
身体がガチャガチャと震えている。
だが、その震えさえ恐ろしかった。
微動だにしたくない、それが正直な気持ちであったのだ。
自分の存在を認識されたくない。
アレに認識されたが最後、自分はきっと狂う。
呼吸もしたくない。思考もしたくない。このまま永遠に石になってしまいたかった。
ああ、こっちを向くな。やめてくれ。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ」
鼻水と涎と涙を垂らしながら顔を掻き毟る。音が聞こえる。断続的に同じ音が延々と続く不快な音だった。
どこから聞こえてくるのだろうか。何か小さな奴らが自分の頭の中に住み着いたに違いがない。そいつらが笑っているのだ。
掻き毟っていれば出てくるに違いない。血が噴き出るがままにがりがりと引き掻き続ける。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
その耳障りな音が己の口から溢れているのだとレイカードが気付くことは無かった。
しゃがみ込むかのように身をかがめ、地に伏すように覗きこんでくる巨大な混沌。
自分を見詰めるその色違いの神の三眼の前に正気などとうに消し飛んでいたからである。
「お?」
何やらおかしな事になってしまった。
キョロキョロと辺りを見回す。ふむ?
誰も居ないな。なんとなく足元を見て、気付く。
何やら居る。よっこいしょとしゃがんで覗き込んだ。小さすぎてわからんな。
もそっとこう、こう。近う寄れ。
頭を地面に付けるようにして這いつくばり、目を細めてじっと観察する。
くわっとした。
「むむ!!」
ミニチュアな挙句にデフォルメが効いててわかりにくいが、レイカードと天使たちだった。
なんてこった!潰れろー!!
バチンバチンと地面を叩いて天使たちを潰しまくってやった。
ざまぁみろ!
残っているのはレイカードだけである。顔を近づけてぐぐっと覗き込む。しかし小さすぎるな。作ったやつはよっぽど器用だったに違いない。
ミニチュアの癖に器用に何やら暴れまくっている。ぐるぐる回ったりひっくり返ってみたりと忙しい。顔をよくよく近づけると微かに聞こえるが笑い声を上げているらしい。所々ひっくり返った変な笑い声だったが。
うーぬ、生意気である。それに私はこいつが嫌いである。花人さん達にロクでもない事をしてくれたしな。さっきも私が嫌な目に遭わされたばかりである。許すまじ!
ごろんごろんと珍妙な動きするレイカードをケツをふりふりとしつつタイミングを見計らって、しゅっと素早い動きでがっちり引っ掴む。
ピッチャー、振りかぶって……。
「おりゃー!」
投げた。
星になれーい!!