荒野の三人組4
服を手に入れ、ごそごそと着替える。
うむ、全然サイズがあっていない。
本で作ったほうが良かった。
後の祭りだ。忘れていたのだから仕方が無い。
「護衛と言ったけれど。どこか目的地なりに行くのかしら」
マリーさんの問いに考える。
「うーん……」
悩むところである。
めでたく身を守る為の護衛を雇ったはいいが。
この後どうするのかといえば地獄を作ってアホ面晒してぼーっとする事である。
ぼーっとして瘴気を撒き散らし魔物の制作に励み、彼らに領土開拓を頑張ってもらいつつ魔力を溜め込むのだ。
まあ取り合えずアスタレルの言が正しければこの辺りからは離れない方がいい筈だ。
神の居ない魂取り放題の悪徳の街である。
さしあたってはこの辺りに居を構えてもしも天使や勇者に会ったらこの三人を頼ったり逃げ回ったり、というのがいいのだろう。
光明神に注意しろとは言われているがどう注意すればいいのかも分からないのだ。
そこは考えないでおく。
ひとまずは分からない事だらけだし、暫く身の振り方を考えるべきだろう。
この世界の事を調べるのも必要だ。
「マリーさん、この辺りに取り合えず住みたいのですが、もっと治安の良い街とか無いですかね」
私の問いにマリーさんは顎に手を当て上品に悩んだ。
「……この街しかないわね。何処まで行っても荒野だもの。住むならここしか無いわ」
予想外な答えだ。どうしたものか。
地図では結構広かった気がするのだがこのデンジャラスな暗黒街しかないとは。
「そういえば二ヶ月程前から住み着き始めた男があちこちに延々と穴を掘っていたな。イグアナが家が傾いたと喚き散らしていたぞ。」
「……ああ、前は薄気味悪い程穴が開いていたわね。今は無駄に穴に物を詰めたがる女と化学反応を起こしてすごい事になっているらしいけれど」
「……一応聞いておくが何を詰めている?」
「酷い臭いだそうよ」
「分かった。二度と近づかん」
そこらの魔境より酷い街のようだ。
しかし仕方ない。
「じゃあ暫くここに住みます。どこかいい所はないですか?」
「正気かね?」
速攻突っ込まれた。
まあそう言われるのも分かるのだが。
私もそのイグアナさんとやらの居る場所は行きたくない。
「わたくし達が住んでいる住居だけど確か空き室があった筈よ。そこでどうかしら。
曰くつきだけど貴女は何だか平気そうだし護衛もやりやすいわ。普通の宿屋では貴女すぐ襲われそうだもの」
襲われるかは兎も角それなら安心だ。
曰くつきというのは気になるが。
場所はあの酒場の近くらしい。
というかあの酒場、あの体たらくでギルドらしくマリーさん達の仕事場なのだそうだ。
そしてマリーさん達の住む場所には同業者が多く住んでいるのだとか。
宿舎みたいなものなのだろうか。
私が住んでいいのかどうかわからないが三人とも気にしていない様子だし別にいいのだろう。
私はそこにお邪魔する事に決めた。
連れてこられたのはあの酒場の前の建物だ。
むやみやたらと屈強な大家に必死に背伸びしてひとまず一か月分の金銭を支払い、鍵を受け取る。
大家が言うにはここは本来冒険者、ギルドからの依頼を受ける人間しか住めないのだそうだ。
ただ、私が住む駆け出し用空き部屋はもう長い事誰も入居しないらしく、マリーさんたちの紹介だし金さえ払うなら別にかまわんという事らしい。
「住人同士のいさかいならまぁ……お前さんみたいなガキンチョに手を出す奴が居たら俺に言えば何とかしてやる。けどあの部屋だけはどうしようもねぇ。住人が全員発狂したり自殺したりしてるからな。噂が立って誰も住みゃしねぇんだ。
絵が動くだとか窓から誰か見てるだとかな。」
……大丈夫だろうか?
不安である。まあいいか。
とりあえずなんとかなるだろう。
案内された部屋に行き、少々ドキドキしながらガチャリとドアを開けた。
開けた瞬間ギャーとかなったらどうしようと思っていたがそんな事もないようだ。
すこしひんやりとしているがそれだけだ。
むしろ外が暑かったぶん具合がいい。
これなら住みやすいだろう。
本で家具でも作って居心地よくしようではないか。
部屋には簡素なベッドと簡単なキッチン。それだけしかない。
確かに窓もあるし絵も飾ってあるがそれだけだ。
ベッドへと寝転がってカタログを開いた。
趣味の悪い服を眺めながらこれからを思う。
そも魂を地獄に落とすというのがよくわからんのだ。
人魂がぷりっと出てきてそれを食べるのだろうか?
というか最初にやるべき事らしいが地獄はどうやって作るのだ。
その辺りを言っておかないあたりアスタレルは気の利かない奴である。
レディの扱いがなってないな。
地獄、地獄ぶつぶつと呟きながらカタログを開いて目が飛び出た。
商品名 地獄
地獄を作ります。
まずはここから。
一度作ればその後はどこにでも出入り口を自由に作成できます。
第九層までありますので開拓を頑張りましょう。
なんてこった。
売り物だとは思わなかった。
アホのように高い。
アスタレルが私に魔水晶を与えるわけである。
確かに逆立ちして裸踊りしたって無理だった。
暫く悩んだがこれを買わねばどうにもなるまい。
リュックを漁って魔んじゅうを大量に口に詰め込む。
そろそろ魔んじゅうの味にも飽きてきたのだが。
結構な量を頬張ったところで字が黒くなり購入可能になる。
なんと勿体無い……。
木の枝を握り、床に地獄と書いた。
木の板なので実際に書けるわけではないが大丈夫のようだ。
床にじわじわと黒い染みのようなものが広がる。
紫や赤の光を炎の様に吐き散らす黒い光。
悪魔の住まう地獄へと続く奈落の穴。
………なのだが。
「ちっさ!」
ちっせぇ。
10センチほどしかない。
腕を突っ込んでみた。幼児の腕なのにキツキツだ。
すぐ底に行き当たってしまった。
ちっさいし底が浅い。
いい値段を払ったのに酷い商品だ。
消費者センターに連絡すべきレベルである。
これを開拓するなど何年掛かるかわかったものではない。
カタログの最後の商品、転生に思いを馳せる。
おお、汝は遥か遠き夢なるかな……。
それにしてもこれに魂を取り込むのか。
どうやるのだろう。
放り込むのだろうか?
「ん?」
穴の傍に何かある。
[自動洗浄]
捻るスイッチが付いている。
好奇心に押されるままに速攻捻ってみた。
ジャー、ガボ、ガボガボガボガボ……キュッポン
「うわぁ」
完全に水洗トイレだった。
言い訳しようもなくトイレだ。
地獄はトイレにあったのだ。
部屋に地獄はあり地獄はトイレだったのだ。
私は高い金を出して地獄トイレを買ったようだ。
どうやら部屋にあった何かを吸い取ってしまったらしい。
何かを吸い取ったところ、自動洗浄のスイッチが消えてしまった。
どうやら吸い取れるものはもう無いらしい。
……何を吸い取ったのだろうか。
気になるところである。見回してみたが特に気になる事は無い。
強いて言えば絵が飾ってあって窓もあんな形ではなかった気がしたのだが。
気のせいだったろうか。
この本にはまだまだ不思議な事があるようだ。
要研究といったところだろう。
そういえば出入り口が自由に作れるとカタログに書いていた。
蠢く地獄の穴を眺めてみる。
これがまあ、出入り口だろう。
取り合えず消してみたいところだ。
見たところどうにも輪っかのような物が置いてありその中が穴になっているようだ。
輪っかを摘んで持ち上げてみた。
地獄の穴が塞がった。
床においてみる。
じわじわと穴が開いた。
扱いやすいといえば扱いやすいが。
まあ一見アクセサリーに見えなくもないので持ち運びに困る事もないだろう。
腕に通して腕輪替わりにしておいた。これでよし。
あとは魔物の製作所が必要なのだ。
地獄はトイレでちっさかったが出来たのだし。
二畳半の狭い所できのこを生やして引き篭るのだ。
暫くは部屋に引き篭るとしよう。
何せこの部屋は恐ろしいほどにクソ狭いのだから。
そういえば大家が駆け出し用の部屋だと言っていた。
そのせいだろう。
具合がいいと言えば具合はよかった。
マリーさん達に色々と話を聞きながらカタログの内容を把握すべきだろう。
さて、忙しくなりそうだった。