銃口に口付けを3
こいつらあたまおかしい。
周囲に散る火花。甲高い音と共に地面や壁に穴が開く。バラララと適当にばら撒いているようにしか見えないが、互いにやはり狙いはきっちりつけているらしい。
何せこれだけ撃ち合っていながら互いに未だ無傷。当たりそうな奴は全部撃ち落としているのだろう。アホかこいつら。
口を開けてぽかーんとしていると横合いから銃口が視界ににゅっと入ってきた。
む?
何かを思う間もなくバギャンと目の前で一際大きな火花が散った。
「ひゃっほう!」
ひっくり返った。
「ガキンチョ、そのまま潰れてやがれ!」
「ぐぬぬ」
再びカエルである。カエル化した私の周りで魔物達がぐるぐるとマイムマイムを踊りだした。うぜぇ。
それにしても化け物かこの男。どういう反応速度だ。
一つ一つを視界に捉えているとはとても思えないが…………動きを読んでいるというだけでは説明が付かない。
何せシルフィードの神器と来たら見た目には継ぎ接ぎも何もない、ただの白い箱にしか見えないというのに。
動きはてんでデタラメ、速さも一定ではなく回転しながらゆっくりと移動もしたり、と思ったら予備動作もなく一気に加速したりと常に物理法則に喧嘩を売っている。
私が持っている木の枝をちらっと見る。見れば見るほどただの木の枝である。悲しい。
まあいい。とにかくあんなものの動きを予測するなど不可能である。いくらなんでも全てを勘任せ、などという事もあるまい。
と、なればこいつ、冗談でも何でもなく目で見て撃ち落としている。信じられない。人間の限界を超えているだろう。
シルフィードの怒りに歪んでいた表情も今や感嘆するかのような顔だ。
ふむ、顎に手を当てて考えを練る。彼女とは、初対面に近い。だがこう言っては何だがとてもわかり易い。
空中庭園での事を思い出す。
正面から勝負を挑まれれば受けて立たずには居られない気質。小細工や策を弄さず、好敵手として相応しいと見れば彼女自身の力で戦わずには居られない。
良く言えばまぁ…………武人らしく、真面目。
目の前の彼女はカグラが人間としては異常極まる力で自分とほぼ互角に撃ちあうのを見て、言ってみればムズムズしているといった所であろう。
そんな彼女だからこそヴァステトの空中庭園で私達と相対していた時にも味方を呼ぶという事を全くしなかった。
この状況を見るに、おそらく今この時ですら単独で動いている。
彼女は、そう。うっかりさんである。それもかなりの。とにかくまあ夢中になると他の事が疎かになる。それでいて戦となればすぐに夢中になる。非常に扱いやすい。
頑固な武人らしく考えるより戦ってどうにかするという事を好み、更に情報と言うものを軽んじる傾向。
空中庭園での邂逅から私達と戦うなどせず、一度完全に振りきったにも関わらずここまで追い付いてくるという追跡能力をこちらに悟られる事なくレガノアの元へ戻っていれば今頃終わっていた筈。それにすら気付いていない。
つまりはまぁ…………真面目なバカという事である。うん。
あの様子、既に私の事が頭から抜けつつある。
「クソッ!ファック!!あのクソババア、戻ったら覚えてやがれってんだ!!
なんで俺がこんな苦労しなくちゃならねんだっつの!」
クソババア?
今日はよくよくババアという単語を聞くな。だが恐らく一番若い私には関係のない話である。生後一ヶ月舐めんな。
まあいい。この調子で彼には頑張ってシルフィードの気を引いていてもらおう。しかしメイドさんは何の為に居るのだろう。あらあらまぁまぁと笑っているだけである。いや、私が言えた義理ではないので黙っておこう。
…………この銃、シルフィードに効くのか?
今のところ当たっていないのでわからないのだが。
じーっと眺める。ふむ…………?シルフィード本人に効くのかと言われれば微妙な。ダメージはあるだろう。だが、かなりの数を撃ち込まねば致命傷にはなるまい。
しかし、本で弄れば結構いける気がする。やってみるか。
本を開く。
商品名 働け奴隷
奴隷を牛馬の如く働かせます。
武具と肉体に暗黒神の加護を付加し、奴隷を強化します。
奴隷の個体能力と武具によって効果時間と値段が変わります。
奴隷は後日、筋肉痛と魔力痛により動けなくなります。
迷うことなく購入。犠牲になーれ。今から祈っておいてやる、ナミアミダブツ!
ついでにもう一つ。まさかのセレブ買い、同時購入である。
商品名 控えおろう
指定した相手の防呪圏の破壊、神器の一定時間の封印。
封印できるのは神器のみなので注意が必要。
シルフィードの結界が砕ける。飛び回っていた神器が蜘蛛の巣に絡め取られたが如く失速し地に落ちた。
「しまっ…………!!」
「ざまーみろ!」
シルフィードの砕けた結界と封じられた神器に不思議そうにしながらもカグラがその隙を逃さず、両手の銃をシルフィードへと向けた。
「…………何だか知らねぇが、そこで這いつくばっててくれや!……………………あ?」
カグラの不思議そうな声。トリガーを引かれた銃から弾丸が放たれる事はない。
…………ん?
おや…………聖銃とやらの様子が…………?
何か、揺らめく黒の光がぞわぞわと両手の銃へと集う。光は銃身に吸い込まれるかのようにして消えていく。吸い込む度に色がどす黒く染まっていく。
その様子はそう、まるでエネルギーをたらふくチャージでもしているかのような。
「―――――――」
カグラが何か言った。だが、なんと言ったかはわからない。
銃から放たれた光をも吸い込む黒の魔弾に飲み込まれ消失する空間。
亡者の呻き声のような音が辺りに反響し響く。
その半身を闇に飲まれ、崩折れるシルフィードの姿が微かに見えたが、それもすぐに黒に塗りつぶされ何も見えなくなる。
上も下もわからぬ程の次元の歪み。こ、これは…………!!考えるまでもない。やり過ぎである。
「ギャワーッ!」
悲鳴を上げた。近くに立つカグラのコートの中に隠れる。撃った張本人とは言え、立っていて大丈夫なのだろうか?
上半身が無かったらどうしよう。恐ろしいことを想像してしまった。
多分大丈夫だろう。多分。そういや加護を与えたのは銃だけではなかった。それで平気そうに立っているのか。いや、多分呆然としているのだろうが。
兎にも角にもこのコートの中でやり過ごすしかない。メイドさんは大丈夫だろうか?後ろに立っていたのだし、彼女も大丈夫だとは思うが。
大気の震えが収まったのはどれ程耐えた頃だったか。
コートからひょこっと顔を出す。闇が蹂躙し尽くした後。スプーンでくり抜いたかのようにカグラの立つ場所から前は一直線に建物どころか地面までも綺麗に消滅している。遠くには大穴が空いた崖。真っ黒い穴はどこまで続いているのかも分からない。
シルフィードは、…………居た。
だが、長くは持つまい。肩口から先、肉体の三分の一を失った彼女は力なく大地に膝を付き、動く様子がない。
よし、いける。
あの肉体は依代と言っていたし、肉体をどうこうしたところで彼女自身がどうにかなるとは思えないが…………。
ルイスが言っていた通り、彼女にレガノアの元に戻られては困る。ルイスに絵画を使ってもらうか、もしくはメロウダリアになんとかして貰うか?
辺りを見回す。土煙はだいぶ收まってきている。あの二匹、まだエウロピアとあの勇者を相手にしているのだろうか?ここに居た人間達はその辺に石になって散乱している。生き残りが居るとも思えない。残っているのはエウロピアと勇者だけだと思うのだが…………。
あちらにはカミナギリヤさんとウルトは手傷を負っているからともかくとして、悪魔二匹に加えて綾音さんにイースさん、イースさんに良いように使われているリレイディアが居るのだ。
だというのに、こちらに戻ってくる様子がない。そこまでの二人とは思えないが…………。
エウロピアは悪魔に敵わないだろう。と、くれば…………勇者のほうが厄介だったのか。フィリアが居ればアイツの事も知っていたのかもしれないが。
ちらりとシルフィードを見やる。どうする…………?
考えていると、空気がかすかに揺れた気がした。
「…………?」
気のせいか?
呆然と自分の銃を見つめていたカグラが弾かれたかのように顔を上げた。
「……………………っ!!伏せろてめぇら!!」
頭上から飛来した何かをカグラの黒い弾丸が撃ち落とした。
それを皮切りに次々と何かが降って来る。
多くの人形達と、舞い上がる、白の羽根。
私達の四方を囲む、人形達とそれは白い獣であった。虎のようにも見えるが…………羽根を生やした獣なぞお目に掛かった事はない。
ただの獣ではない。
その中心に立つのは、奇妙な奴だった。天使、に見える。
そして真白の光り輝く羽根が舞う中、ケラケラとした哄笑が響いた。
声の出処は、シルフィードがいた場所。
振り返る。
「こういうの棚ぼたって言うのかね~?
俺ってば日頃の行いがいいからねぇ。シルフィードちゃん、君はもう俺のモノだよ」
「…………う……が……」
うへぇ。思わず顔を顰めた。ぐちゃぐちゃと蹂躙される身体。大地が見る間に紅に染まる。
「ちっ…………趣味がわりぃな。
撃ち殺すか?」
「あらまぁ、カグラちゃん。彼、強いわよ~?」
「…………だろうな。あいつ、神族を喰いやがったな。神喰らいか。
ありゃあ守護天使…………通りで、あー、かなりデカイ神族を喰ったなアイツ…………!
眷属の召喚か。大精霊まで従えてやがる。厄介だな…………!!」
神族を喰らう?恐ろしい奴である。
アイツ、思ったよりも厄介きわまる奴だった。ここに来て敵の手勢が増えた。
どうしたものか。肉体と武具の強化があるとはいえ、カグラ一人には荷が重い…………!
「シルフィードちゃん、後でたっぷりと俺と楽しもうぜ。時間はいくらでもあるからさ。
花人と違って魔法なんか掛けなくてもシルフィードちゃんは頑丈だろうし、楽しみだねぇ?」
苦痛に呻くシルフィードの身体が少しずつ勇者に喰われていく。異様な光景だった。勇者の影に飲まれるようにシルフィードの身体が少しずつ沈んでいく。
沈んでいる、というには語弊があるか。咀嚼されている。ばつんばつんと肉を断ち切る音。
カグラが忌々しそうに呟く。
「力を取り込みやがるか。もう一人の神族も喰われたか?」
もう一人の神族…………エウロピアか。
周りを取り囲む人形。エウロピアの人形使いの能力か。どうやらマジで能力ごと取り込めるらしい。
「困ったわねぇ」
「あわわわわ!!」
「ファック!!手が回らねぇ!!」
よもやこれまで、ナムサン!
必殺のクーヤちゃんローリングサンダーをお見舞いし派手に散ってやろうかと思った直後、私を呼ぶ声があった。
「お嬢様」
「お」
「すみません。眷属に梃子摺りました。ですが、かなりの数を駆逐できたと思います」
「エウロピアは喰われた。依代を解体し損なったな。リレイディアも壊れてしまった」
「あれ?知らない人が居ますねー」
「…………何よ、変な奴らね」
「おおお、者共、よくぞ戻ったー!」
両手を振り回してヨダレを垂らして喜んだ。
生きる望みが湧いてきた。全員戻ってきたのだ。
よしよし。
しかしカミナギリヤさんとウルトは…………やはり戦えまい。平静を装ってはいるが、かなり顔色が悪い。
大丈夫であろうか?
メロウダリアが半分石化しつつある恐怖の声を上げる人間を引きずりながら獣たちを睥睨した。生き残りが居たらしい。
だが、ものの数秒で最後の生き残りは居なくなった。手を合わせとこう。
地獄にウェルカムしといてやる。地獄で花人さん達がやんやと両手を上げて大歓迎している気がするし、どうせ碌でもない男だろう。成仏してくれ。
「さぁさ、あちきの目を見や。雑魚に用はあらしまへんえ」
メロウダリアに怯えたように後ずさる獣達。メロウダリアの抗いがたい力を孕んだ声が響く。
「見よ」
石化の魔眼が猛威を振るった。
そしてそれが第二ラウンドの合図となったのである。
じっと勇者を見る。名はレイカード、神喰らいの男。




