銃口に口付けを2
「ギャボー!!」
ボッテーンと腹から着地した。
ピヨピヨ。星が回った。
「…………はっ!?」
クワッと目を見開く。
無事か!?生きてるか!?
ばっばっと少しだけ身を起こしあたりを見回す。もうもうと立ち込める土煙。
乱戦、イースさんが言った通り、粉塵立ち込める灰色の視界の中、バッギンバギンと金属がぶつかり合うような派手な音と共に火花があっちこっちで散っている。
時折、何かが頭上を掠めるのが非常に恐ろしい。うっかり頭を上げすぎると河童ハゲになるかもしらん。いや、もしかしたらヘタを落とされたスイカみたいになるかもしれない。
車に轢かれたカエルの如く地面に張り付く。
「あわわわわ」
死ぬ、これは死ぬ!あかん!!
本を開いて何か買おうにもちょっとでも頭を上げたらヤバイ。
何かないか、何か!
カエル状態のままポシェットを漁りまくるがクズ石とエキドナの小瓶、飴玉ぐらいしか入っていない。あとは診療所で出した花の種が雑に収まっているぐらいである。
まるで意味なし…………っ!まるで全然…………ダメ…………っ!!
「ぎゃーっ!」
とか何とか思っていると光弾が飛んできた。
ごろごろ転がって逃げる。
哀れ、逃げ遅れたポシェットは蜂の巣と化した。
飴玉やクズ石や種などそのまま入れていた物が周囲に散乱する。な、なんてことを!私の飴玉が!
「ぐ、ぬ……魂が軋む…………、力のほぼ全てを失っていながらこれか……!これが暗黒神…………!!」
「げっ!シルフィード!」
よりにもよって一番好戦的そうなのが来た。
いかーん!
何やらふらふらとしているが……彼女が弱っていたとて私には勝てるわけもない。
なんとか逃げねば。誰かに彼女をなすりつけねばならない。
誰か居ないか!?なすれそうな奴!
シルフィードはもう目の前だ。
「…………だが、この任務、必ず果たしてみせる……レガノア様、我が忠誠、その輝きをとくとご笑覧あれ!!」
振り上げられたのは彼女の腰に下げられたまま抜かれる事のなかった白の剣。一点の曇りも無い白は空恐ろしい程の輝き。
いかん、これは効く気がする。当たったらマズイ!
逃げるのも――――間に合わない!
「受けよ、我が気高き誓いの剣を!白華氷剣、凍てつくべし!!」
「……………………っ!!」
耳を劈く次元が撓む音。私の目の前にそれは広がる。地の底から響くような声とも地響きとも付かぬ音と共に黒のクレヨンで書きなぐったようなごちゃごちゃとした模様が空間を食い尽くす。
ギシギシと軋む音を立てながらもシルフィードの剣は、そこで止まっていた。
目の前に広がるその模様とシルフィードの剣が触れる場所はそこから黒の火花を散らし、薄気味の悪い模様をちらつかせている。
「ぐ、我が剣を防ぐか…………!ぬ、がぁぁあ!!」
「ひえぇ…………!」
少しづつ、少しづつ剣の切っ先がこちらにおりてくる。このままでは押し切られる。
というかなんだこれ。私か?いや、何もしていない。一体誰が?
視線を少しずらしたところで、その存在にすぐに気付く。
いつの間にやら出てきていたらしい。キィキィと魔物達が私の周りで奇妙な踊りをしたり妙に踏ん張ったりしている。
そういや地獄の穴は設置しっぱなしである。こいつらか!
私のポシェットから飛び出した種が成長し、あたりにはぽつぽつと花が咲いている。こいつらがそこから出てくる光を集めて結界を作っているらしい。
「おおー!」
やるではないかお前ら!
頑張れ!頑張ってください本当にお願いします!
半分程の数がキィキィと喚きながらも小さい手を振り回して結界を維持している。
残りの奴らも花の周りに集まって必死にマナを回収しているようだ。
ええい、エネルギー源たる悪魔印の花が足りん。結界のおかげで身体を起こしても平気そうだ。本を開いて種を必死に量産。鬼は外とばかりに投げまくる。
ピョコリンピョコリンとあちこちから黒い光を放つ花が芽吹く。いや、この場合は枯れ木に花をなんとかか。どうでもいい。早く咲くのだ!
「ぬ……っ!?小賢しいわァ!!」
「ギャーッ!!」
シルフィードが剣を引き、再び叩きつけてくる。再び真っ黒な不気味模様が波打った。
「貴様に届くまで一撃を入れ続けるのみ!」
なんという執念!諦めろ!
というか魔物たちがあからさまに疲れ始めている。踊りにキレがない。頑張れ!お前らはやれるはずだ!
だがしかし、既に花からマナを回収している魔物達も疲れたかのように座り込んでいる奴らがちらほらと居た。
もっと必死になれよ!最弱のレベル1のままにしておいた弊害であった。ウオオオ……!
「砕けぇ!!」
結界にヒビが入り始める。あと三分も保たないだろう。
周囲を見回すが、人形の残骸や石化させられた人間が転がるばかりで遠くから音が響いてくるだけだ。
どうにも私はあまり良くない位置に落ちたらしい。
こうなればなんとか魔物に頑張ってもらわねば!
「頑張れお前ら!」
つまみ上げて喝を入れるが顔がないので分からないが明らかにめんどくさそうにした。それぐらいわかる。
なんて奴らだ。役に立たねぇ。
静かにシルフィードが深く身を落とす。下段に構えた剣が恐ろしい程の光を発し始めた。地面がパリパリと小さな音を立てて凍り始める。ウルトの竜槍と同じように見えるがその本質は全くの逆だろう。
私を見詰める銀の瞳はどこまでも真っ直ぐで、迷いなどない。己の剣に絶対の信頼を置く眼だった。
次の一撃で決める腹づもりだ。絶対に保たない。
「うおおおぉおぉ!!」
大きく振りかぶった剣、彼女の全霊を込めた一太刀、白を孕んだ青き清浄な光が天翔ける星のように流れた。
光が結界と鬩ぎ合う。
耐えられたのはものの数秒だ。
大量の蝿でも飛ぶかのような嫌な音を立てて結界がノイズと共に消え失せる。
あ、やべ。
本を開くなど間に合うわけがない。
これは、いかん。
恥も外聞もあるわけない。尻尾巻いて逃げるべき。
立ち上がり、彼女に背を向けようとしたところで第三者の怒号が響いた。
「ガキンチョォォオォ!!伏せろやあぁああ!!」
「!!」
全く知らないその声だったが、従ったのは半ば無意識に近い。嫌な予感がしたともいう。伏せた瞬間、頭をシルフィードの剣が掠めた。河童ハゲになっていないか、本気で心配になったが触ったところ無事らしい。
直後に驟雨が如く、奇妙な弾丸が頭上から降り注いだ。
雨あられと降り注ぐ弾丸にシルフィードが反応できたのは偏にその武人としての力量によるものだろう。
私だったら絶対に反応できなかったな。
「出でよ!」
声と共に彼女の両脇に二つの神器が顕現する。それから射出される光が頭上からの攻撃、その尽くを弾き、ギャリンギャリンと凄まじい不協和音となって響いた。
「ちっ!卑怯くせぇな!」
残った瓦礫から飛び降りて来た男がその両手に握った銃を再び構える。弾丸の装填などしている様子はないが、銃口が瞬きのように断続的な火を噴く。
尋常じゃない数の弾丸が再び放たれた。
信じられないことだがその一つ一つに正確な狙いがあったらしい。先に放った弾幕を彼女の神器の壁に、第二射が彼女が持つ剣の先ずは切っ先。柄。手の甲。
シルフィードも何とかそれに対応しようとしているが…………まるで剣そのものが意思を持って踊るような動きで火花と共に弾かれ続け、それに翻弄された彼女は自身がパフォーマンスでもしているかのような冗談のような奇天烈な動きで剣を離した。
「ぐ…………!!」
すげぇ。
「ガキンチョ、もっと下がれや」
ぐいっと銃口で頭を小突かれた。
銃口で。
……………………。
「ギャーーーーーッ!!」
悲鳴を上げて逃れた。あぶねぇ!暴発したらどうするつもりだ!!
「お、わりぃわりぃ」
ちっとも悪びれていない。
……………………誰だ、お前。
サングラスを掛けた柄の悪い男と遅れて飛び降りてきたメイド服を着た異様にゆっくりした動きの女。
見たことの無い男と女。
「おいおいおい、どうすんだよこんなの」
「カグラちゃん、神様よ~?」
「みりゃ分かる。ったく、あっちこっち行きまくって追跡を離れまくるわ追いついてみりゃこの有り様…………とんだトラブルメーカーじゃねぇか」
無言でこちらを見つめているシルフィードを前に、男はガリガリと頭を掻き毟った。
名は…………カグラ、か。人間だ。ふむ…………?
ギロッとこちらを睨んできた。何故睨む。何も悪い事してないぞ。
「…………だーっ!くっそ!!こんなもん予定外だ!
何してやがるこのガキンチョ!」
「な、なんだとぅ!?」
「あらあら、まぁまぁ。カグラちゃん。こういう時は落ち着かなきゃだめよ~」
「落ち着けるか!!」
うん、落ち着かれても困る。
ていうか何だお前ら。
「おねえさんたちはマリーちゃんのお使いできたのよ~。
クーヤちゃんをお迎えに来たの~」
「……………………」
ほほう。頷く。
考える。吠えた。
「ヤッターーーーーーーッ!!!」
両手を上げてバンザイである。マリーさんだ!マリーさん!暗黒神ことマジカルクーヤちゃんは今日も元気です!!
いやっほおぉぉう!!
「うっせぇ。…………おい、あっちの奴らは味方でいいんだよな?」
小突かれた。
銃口で小突くのはやめろ!
「神様以外は味方だー!」
「そっちが敵かよ。逆にしてくれ。…………いや、逆でも同じか」
「困ったわねぇ~」
「ちっ…………。こういう場合はどうすりゃいいんだ?」
「う~ん、クーヤちゃんに静かになって貰うのに質問を一緒にしちゃうとどうすればいいのかしらね~?」
「どうでもいいだろが」
「じゃあシルフィードちゃんは敵なのね~。クーヤちゃんはどっちなのかしら~。
…………あら、そうだったわ。シルフィードちゃんをどうしましょうか~?」
「………………アンジェラ、ちょっと口閉じとけ」
「はぁい」
なんだかげんなりする会話をしている。
まぁいい。
シルフィードに向き直る。よし、二人も盾が出来た。
魔物達はヒィヒィと疲れきっているが何匹かは回復してきたようだ。
静かな眼差し。その奥に燃えているのは怒りか。己の手から離れた剣にちらりと視線を流してからその手を掲げた。
「凍れ」
展開される巨大な魔法陣。シルフィードの両脇を浮遊する神器がその本領を発揮する。
シルフィードの元を離れ、周囲をランダムに飛び回り始める。碌に視認さえ出来ない慣性だとか完全に無視した動きはとてもじゃないが反応なんか出来やしない。
目をぐるぐるさせる私の後ろに人間の男が立つ。
「こうなったらしょうがねぇ…………。ガキンチョ、伏せてろ」
手の甲に刻まれた奇妙な紋様がぼんやりと光りを放つ。
なんだありゃ。
「この聖銃なら神にも通用するだろ?」
銃口に一つ口付け、男――――カグラは銃を構えた。
その表情に不敵な微笑みを浮かべながら。