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荊姫とくるみ割り人形6

「キャハハハハ!!

 そぉれ!耄碌しちゃってるみたいだし、あたしが鏡を見せてあげる!どう?」


クソガキになったカミナギリヤさんが嘲るかのように氷の鏡を作り出して見せた。

そこに映るのは勿論中年エウロピアである。

ひ、ひどい!!


「ぐっ……!!この、ババアがぁあ!!

 私にこんな真似をしてただで済まされると……!!

 思い知らせてやる!!花人共と一緒に私自らアンタにありとあらゆる拷問に掛けてやるうぅぅ!!」


「キャハハハ!やだー、こわーい!」


クネクネとシナを作って身悶えるカミナギリヤさんはエウロピアを完全に小馬鹿にしている。


「あー、やだやだ。

 こんな怖いヒステリーのおばさんなんてさ。こうはなりたくないよねー。

 二人もそう思うでしょ?」


何故こちらに振る!?

エウロピアが鬼の形相でこちらを振り向く。

ウルトと二人で必死になってぶんぶんと首を横に振った。

ついでに手もこっちくんなとばかりにぶんぶん振っておく。


「えー?

 遠慮なんかしないでいいのにさー。誰だってそう思うに決まってるじゃない!あたしが折角鏡を作ってあげたんだから確り見なさいよ!その惨めったらしいヒステリー姿!

 っていうかぁ、何をそんなに怒ってるの?あたしの親切じゃない!

 おばさんの上におばかさんね!キャハハハ!」


頭を掻き毟って喚き散らすエウロピアはまさに怒髪天を衝くといった風情だ。

ギリギリと歯が欠けそうなほどに口を噛み締め、血走った眼でカミナギリヤさんを睨む顔には怒りでどうにかなりそうという言葉がしっくりくる。


「囀ってくれるわねぇぇえぇえ……。

 いいわ。いいわよ。クソ生意気なアンタを細切れのミンチにしてブチ殺して、死体に唾を吐きかけて、土塗れにして汚物で汚しまくって三日三晩地上で晒し者にしてやるわ。

 勿論、私の若さは返して貰うわよこのクソババアが……」


「キャハハハ!!ばっかみたい!!

 あたし知ってるのよ?……人形姫エウロピア、父神に可愛がられて人形に囲まれてすごすお姫様。その美しさを見込まれて神の英雄達が奪いあったんだっけ?

 けどぉ……その後は……」


「だまれえぇえぇえぇええぇえ!私の可愛いお人形達!!あの羽虫を引きずり落としてブチ殺しておしまい!!早く!!

 あの口を閉じさせろぉぉおぉ!!」


ぬいぐるみ達が下知に従い、カミナギリヤさんに殺到する。

空中で手を叩いて囃し立てるカミナギリヤさんを中心に円形の魔法陣が広がった。カミナギリヤさんの魔力の色たる薄桃から一瞬だけ虹色の魔法陣となり、その赤部分に染まるかの如く真っ赤な紅蓮の色となる。

カミナギリヤさんがその手に握ったのは杖だ。どこかハーヴェスト・クイーンを思わせる形状。


「キャハハハ!

 応えよ!地に燃え盛る原初の炎よ、汝が身体に這いずる愚か者共を灼き尽くせ!」


魔法陣から放たれたのは赤を通り越して白い炎。部屋の気温がぐんと上がったのがわかる。

揺らぐ空気にカミナギリヤさんの姿が蜃気楼のように揺れた。

人のような姿をとった巨大な炎はその腕を振りかぶり、ぬいぐるみ達があふれる床に叩き付ける。

叩きつけられた床を中心に、炎が部屋を舐め焦がした。ぬいぐるみ達が炎の中に燃え尽き、溶けていく。後に辛うじて姿が残ったのはラプターの自動人形だけである。だが、あれではもう動けやしないだろう。


「おっと。熱いのは苦手なんですけどねー」


ウルトが嫌そうに後ずさった。

どうやら悪霊バージョンのカミナギリヤさんは魔法の方が得意のようだ。

あの杖、形は変わっているものの恐らくハーヴェスト・クイーンだ。

凄まじい威力。あの人形達はなんら特別な力など持っていない普通の人形だろう。

だが、神が扱っている事には変わりがない。それをああもいとも容易く……!

未だ残る炎の中、カミナギリヤさんは笑い転げてエウロピアを指差し、言葉を続けた。


「統合され失われた神話、あなたはそこに書かれてた神族でしょ。

 父神が美しい人間を見初めて孕ませた結果産まれたのがあなた。

 人間との混血が故に、老いるんだよね?

 父神があなたを可愛がって人形を与えていたのも幼いうちだけ!神の英雄達も老いたあなたを見て失望して去っていく!

 そしてみんなみーんな居なくなって人形だけの館に住むんだわ!

 クスクス……人形姫、人形のお姫様!あなたを愛してくれるのは意思のない人形達だけ!美しさと神の寵愛を笠に着て好き放題してきたあなたに残る人はだーれも居なかった!

 神話だとぉ……老いて死んだあなたを哀れんだ、嘗てあなたが蔑んだ美の女神、リレイディアがそれを救い上げるってオチだっけ?

 惨めだよねー。本物の女神を引き立てるだけの役割なんてさ!だからあなたは美しい女が大嫌い!花人って美人だもんね?」


ぬいぐるみ達を燃やされたエウロピアに表情はない。真っ白な顔。唇は紫でわなわなと震えている。

ぶちっと血管が切れる音、というものを初めて聞いた。

その腕に抱きこんだぬいぐるみが音を立てて引き裂かれた。

色のない顔で、頬の筋肉をピクピクと引き攣らせながら笑ったエウロピアは感情のない声で呟いた。


「ころしてやる」


彼女の影から狂気のぬいぐるみが溢れた。

ずたずたにされた姿。その綿と布でできた腕には多種多様な刃物が縫い付けられている。悉くその刃は誰のかはわからないが血に濡れている。

そして最後、彼女の影から手を掛ける存在があった。爪を剥がされ指を折られ変形した、傷に塗れた醜い手だった。


「私を愛してくれない奴らなんかこっちから願い下げよ。

 けど、あいつらは最後は私を愛してくれたから楽にしてあげたの。

 あのクソ女神だけはまだ許してないけど。さぁ。出ておいで。私の可愛いお人形。まだまだ私を虚仮にした償いには足りないわ。

 あいつらを殺して。そうすれば今夜は一時間だけ早く解放してあげるから。

 もし負けたりしたら、そうねー。そろそろご褒美も欲しいでしょ?

 新しい道具があるの。時間を掛けてたっぷりと使ってあげるわ。花人なんか凄い事になったんだから。

 アンタも気に入るでしょうよ」


ずぞぞぞと這い出る人型。

私の眼にその名が映った。



名 リレイディア


種族 神性

クラス 美の女神

性別 女


Lv:8000

HP 5000000/5000000

MP 8600000/8600000



リレイディア……。

先ほど話にあったリレイディア、その人だろう。

長くの拷問によるおぞましい姿は嘗て美の女神と呼ばれていたと言われても信じがたい。

頭に被せられている、あちこち釘だのなんだのが打ち込まれている鉄製の仮面の隙間から濁った眼だけが覗いている。

しかし、エウロピアに好きにされるような女神ではない。シルフィード以上の強さだ。

一体どうやって?

疑問に思っていると、ニヤニヤと笑うエウロピアがぬいぐるみ達が刃を突き立て続けるリレイディアを蹴りながら言った。


「あっは、こいつらはね、レガノア様に従わなかった奴ら。

 レガノア様に力を奪われ、神話からは消されて私の名だけが残った。今は――――私こそが神話における美の女神よ。何れそうなるわ。

 ただ消えるだけの存在だったこいつを私の眷属にする事で救ってやったの。ね、リレイディア。嬉しいでしょ?このブス」


その問いに、ぬいぐるみ達を力なくも必死に遠ざけようとするばかりのリレイディアは答えない。


「嬉しいかって聞いてんのよ。返事しろブス」


エウロピアの視線を受けたぬいぐるみがリレイディアの指をあらぬ方向に捻る。

くぐもった悲鳴を上げたリレイディアががくがくと首肯したのを見て、エウロピアが満足そうに笑った。


「ふーん。美の女神ねぇ。おばさんにそんなの務まるなんて思えないけど。

 それに、そのうち存在を喰われるだけじゃない。ばっかじゃないの」


「はぁ?何言ってんのこのババア。

 ムカつくわね。汚らしい霞の癖にこの私と口を利くってだけでも我慢がならないってのに。

 ブス、早く奴らを殺して」


「何よ。気づいてないんだ。ほんとにバカじゃん。レガノア様レガノア様ってさぁ。全知全能の外なる本物の神があんたみたいな物質界の意識集合体の神なんか必要とするわけないじゃん。おまけに人間との混血で神格が落ちてるおばか。

 枯れていく世界、精霊王さえも天使になりつつあるってのに。自分だけは大丈夫だなんてさ。

 レガノアの眷属化して人間に存在を喰われるまでそのままなんでしょ。救いようのないバカって居るよねー」


「……何を言ってるの?頭がおかしくなった?

 まぁいいわ。何してんのブス。さっさとして。アンタの大好きな長靴を履かされたいの?楔は幾つがいい?

 ああ、もう面倒ね。人形なんだし、使われなきゃ動かないか」


「………っ!!」


跳ね上がるかのようにリレイディアが顔を上げる。

呻きながらも縋るかのようにエウロピアに手を掛けるが、彼女はそれを容赦なく蹴り飛ばした。


「リレイディア、眷属にすぎないアンタに主である私が命じるわ。

 身体が壊れたっていいでしょ。壊れてもあとで修理してあげるわ。

 戦いなさい。奴らを殺せ。私の前に奴らの死体を引きずって持って来て―――今すぐに!!」


リレイディアの口から絶叫が迸った。

枯れ木のような折れ曲がった、明らかに機能を失っている足でメリメリと音を立てつつも酷使し立ち上がる。仮面の隙間から泡が零れてくる様を見るに自分の意思では無いだろう。

立ち上がった姿を改めて見ればエウロピアの妄執と怨念を一身に受け続けた無残な姿。

捻くれた腕に持ちたるは彼女の神器だろう。白い竪琴だ。それを潰れた指で無理やりに奏でながらも彼女の口からは悲鳴が止め処も無く溢れていた。時折、エウロピアに慈悲を乞う言葉が混じるがエウロピアがそれを意に介する事はない。

まともな音楽とも言えない音と共に展開される幾つもの魔法陣は巨大、そして複雑に過ぎた。

神の一撃、まともに食らえばこちらの命は無い。

カミナギリヤさんもなにやらぶつぶつと呟き魔法を展開している。ウルトも槍を構えているが……どう考えても防ぎきれるものじゃない。

迷っている暇など無い。手元の本を開いた。


「この不細工共がぁ……!リレイディア!!奴らを消し炭にして!!もっと動きなさい、何よその無様は魔法は!?遅いわ!!」


「ぎゃあぁぁぁぁあぁああ!!い、たい、いたいたいたいたいたいぃぃ……!!もう許して、許してぇぇえ!!」


ゆっくりと膨らんだ光が放たれようとするその刹那。

横合いから飛び込む物があった。

そしてそれはエウロピアとリレイディア、二人をその異形の腕で薙ぎ払う。

壁に激突した二人。部屋を満たしつつあった光が霧散して消え去る。

怒りに震えながらも立ち上がったエウロピアは発狂したかのように喚き散らした。


「なん、なの、なんなのなんなの!!人間共は何してんのよ!?

 クソッ!ふざけやがってぇぇえ!さっきから私の可愛い人形を……!!

 何やってるの!アンタ達は私を愛してるんでしょ!?何を悪魔なんかに……!!」


「無駄な事だ。

 それはもう小生の木偶だ。魂源魔法などと狂気染みた……しかも強制的な木偶化など小生としては不服極まりない。使えるものは使うがね」


ぐいと掴んだ人形の頭には幾つもの医療器具が突き刺さっている。


「小生の創り出した道具を小生が頭部と認識できるパーツに取り付けられればその全てが小生の木偶となる。魂源魔法の弱点として霊格の高い者には効かんが。

 魂の無い人形ならば問題ない。それに、どうやら君の人形使いとしての能力よりも小生の木偶化の方が能力として上のようだ。君の愛される能力というものは受動的なものだ。

 小生の能力は実験た、いや、木偶の意思を無視して及ぶというのが大きいのだろう。不本意だが。君の能力は恐らくだが問題なく人形達に効いている。その意思を小生が縛っているという事だろう。

 木偶にするのは簡単だった。それは人間でも変わらん。既に解体したが……残念ながら魔力炉は発見できなかった。

 神の依代ならば少しは知識の足しになるかね?」


「こ、この……っ!!」


やけに巨大な一体のラプターの自動人形、その異形の脇に立つ三人。

少々傷だらけだが戻ってきたのだ。

ぽいと解剖されたカエルのような姿の元人間をエウロピアに投げつけている。

どうでもいいがイースさん今実験体って言った。絶対言った。つーか実験体も木偶も同じようなもんである。言い直しても意味はないだろ。


「あ、戻ってきましたね。

 って……ああ!!」


直ぐさまウルトから飛び降りて三人に駆け寄り、ルイスによじ登った。

ペドなんかにいつまでも登ってられるか。


「酷いですよクーヤちゃん!」


「うるさーい!ペドラゴンめ!」


カーッと嘆くウルトを威嚇してエウロピアに視線を戻した。

イースさんは人形の頭部を掴みながら、無機質な声で続ける。


「木偶としてしまえば身体を好きに弄くれるというのも便利といえば便利ではあるな。

 四体の人形を合成し、少々カスタマイズしてみたのだが。それなりに使えるようだ。少し遊んでいきたまえ」


巨大な人形がイースさんの言葉と共にエウロピアに踊りかかった。

綾音さんがぬいぐるみ達を押し潰す。

カミナギリヤさんも再び魔法を編み上げつつある。

ウルトは指を咥えてこちらを見ている。こっち見んな。


「お嬢様」


「ん?」


ルイスが背中にへばりつく私をそのままに、踵を返す。

降ろされたのは奥の部屋の前だった。扉は閉じられているがここまで血臭が漂ってくる。


「こちらをお納めください。魂も既に解放しております故、地獄に取り込んでしまうがよろしいでしょう」


差し出されたのは赤い石が詰まった瓶だった。

これが賢者の石か。ぼんやりと赤い光を放つ石。床に地獄の穴を設置しそのまま瓶を放り込んでおいた。

自動洗浄の摘みも捻る。ずごごごと吸い込まれる魂。

振り返る。

人形姫エウロピア。

彼女を地獄に落としてやりたいと、そう願う者達が居る。再び耳元で声がした。



「神様、神様。どうかお願いです」



腕輪から吹き上がる黒の炎は既に臨海を超えているかのようだ。

叫ぶ。


「出て来ーい!……えーと、えーと」


「お嬢様、人間にはメデューサと呼ばれておりましたが……悪魔としての名はメロウダリアで御座います」


「メロウダリアー!!」


真っ黒な蛇達が地獄の穴から溢れ出た。



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