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荊姫とくるみ割り人形5

 鉢合わせた兵士の顔面がカミナギリヤさんの拳によって変形した。

 これで三人目である。むぎゅっと頭を踏みつけて立ち止まる事なく走り続ける。

 破壊音は徐々に近くなってきている。戦いの場は近い。

 にしても……勇者というわけでもないし、人間の中でもそう強くはないのはわかるのだが……それを差し引いても呆気ない。

 理由は単純である。手に持った武器にしか頼ろうとしないからである。射出系の武器だろう。そして単純な反応速度でカミナギリヤさんに勝てるわけもなく。迫るカミナギリヤさんにろくすっぽ反応しないままにぶん殴られている。ぶん殴られた瞬間に何か割れるような音がするので結界もあるのだろうが、それすら道具頼りのようだ。

 ルイスが言っていたように、武装した人間でしかない。ステータスもまぁ、貧弱極まりない。私には認識出来ないらしいがレガノアの鯖読みもある筈なのだが。個人差はあるだろうが白炉だって持っているだろうに。

 武器と道具にしか頼らないのならば宝の持ち腐れである。使わないのなら勿体無いので私に寄越せという話だ。

 ブラドさんに言わせれば聊か釣り合っていないという奴だろう。それに…………先ほどから私の目に映るクラスだ。なんちゃら家の次男、なんちゃら商会跡取りなどなど。格好は兵士なのだが本職ではない。

 どうにも貴族や富豪ばかりのようだ。ぶっちゃけ警邏の為にここに居るわけではない奴らなのだろう。花人、美しい見た目の人達だった。何をしても眠り続ける荊姫。…………ようするにまぁ、見目麗しい人々を性欲のままに好きに壊したいという、お楽しみの為だけに集まっている権力者達と。そういう事だ。勇者バーミリオンと同じ人種という事だ。

 まともな兵士を排除して人形しかここに置かないのは単に花人さん達の人数の都合だろう。少ない砂糖を分け合うのなら人数は少ない方がいいというわけだ。

 ハナから花の妖精王と破壊竜の相手なぞ勤まるような人間達ではないのだ。まともに武器を握った事があるかどうかさえ怪しい。ましてや魔法なんて使える筈もない。

 マリーさん達だって神の加護無き大地であれば単純な肉体性能になるし、であれば人間に対して負けはあり得ないとおっしゃっていたしな。ここは多分その神の加護とやらが薄いのであろう。

 うーむ。とっ捕まえてモンスターの街で競りに出せば高値で売れそうな人種である。皆さん嬉々として競り落とすだろう。


「ひぃ……、く、来るな!違う、こんなの聞いてない…………!うぎゃっ!!」


「失せろ!!」


 カミナギリヤさんの拳が唸った。

 カエルのようにひっくり帰った男はでっぷり太っておりグロウ=デラより余程ダメダメに見える。

 人形は居ない。かなりルイス達が暴れているらしい。助かるけど。

 だが、そろそろ危険そうだ。いつ人形が出てきてもおかしくない。あの人形達は恐らくかなり強い。

 ぶっ倒れた男の突き出た巨腹をトランポリン替わりにして大ジャンプを決めるとウルトにがっしとしがみ付いた。


「おっとと…………え?

 マジですかクーヤちゃん!やったー!」


「うるさーい!いいから走るのだー!」


 実に、心底から、全くもって不本意極まりないがカミナギリヤさんは忙しいので仕方が無い。

 それに。先ほどからあまり戦おうとしないウルトは見た目はそうでもないが実のところ、かなり先日のダメージが残っているのだろう。

 こうやって私がぶらさがっていればあまり無茶はすまい。

 と、何やら妙な気配がした。何か、今までとは質の違う結界に入り込んだ。

 カミナギリヤさんが叫ぶ。


「神気……!…………構えろ、来るぞ!!」


 目の前の壁が音と共に抜けた。飛んできた瓦礫をウルトが地面に突き立てた竜槍で氷壁を作り上げ防ぐ。

 雪崩れ込んできた黒い影の輪郭が崩れて消滅した。微かに残る油絵の具の臭い。ルイスの絵か。

 がしゃがしゃがしゃと立ち塞がる人形達。地面を埋め尽くすのはぬいぐるみの軍団だ。

 これだけの数が居れば圧巻の光景だ。

 その中心に立つのはこの場にあまりに似つかわしくない一人の幼い少女。



 名 エウロピア


 種族 神性

 クラス 人形姫

 性別 女


 Lv:5000

 HP 2700000/2700000

 MP 650000/650000




 こいつが、神の人形姫。エウロピア。

 確かにシルフィードほどではないが…………。


「やだ!またお客さんが来たのね?

 んもー!いい加減にしてよね!」


 ツインテールにヘッドドレス、フリフリのコルセットスカート。足元には巨大な鞄が一つ。

 クマのぬいぐるみを抱えた少女、エウロピアはがじがじとその耳を齧りながら不愉快そうな声を上げた。


「あーやだやだやだやだ!!

 近寄らないでよ惨めで汚らしい底辺共!私の服が汚れるわ!お気に入りなのよ!?」


「ならばさっさと天界へと帰ればいいだろう」


「うるさいわ。私に口を利かないでくれる?可愛い私が穢れるわ。死にたいの?

 ねぇ、オ・バ・サ・ン?

 そろそろ小皺を気にする年齢なんじゃない?天に召されればぁ?そうすれば若いままよ?

 あ、ごめんなさーい。神霊族みたいな霞なんてレガノア様はお呼びじゃないの。諦めてねー」


「……………………」


 おうふ。別にウルトが何かしたわけでもないが空気が凍った。

 気温が明らかに下がった。ウルトが微かに震えている。

 …………ルイス達はどこ行った。どうにかしろ。この空気を!


「…………あら?

 貴女さー。例の暗黒神って奴?

 うっわ、よわ!マジ?しっかも何、私より若いって許されるわけないでしょ?

 ……ああ、でも不細工ね。ならいいわ。…………にしても、じゃあさっきのが悪魔共ってわけね。

 いいもん持ってんじゃん。かっこよかったしさ。あんたにもあいつにも勿体無いわ。私が貰ってあげる。嬉しいでしょ?」


 む?

 くわっと叫んだ。


「お断りだ!」


「ハァ?返事なんか聞いてないんですけど?

 何を生意気に返事なんかしてんのよ。あんたの意思なんか聞いてないっつーの。馬鹿じゃないの?あんたと私は価値が違うのよ。価値が。

 石ころがダイヤに口利いてんじゃねっつの。私が貰うって言ってんだから喜んで差し出すのが当たり前でしょうが。

 そんな事も出来ないの?これだから不細工は存在価値がないってのよ。どうしようもない不細工なんだからせめて私を不愉快にさせないようにしなくちゃ駄目でしょ?

 何考えてるの?頭悪いの?脳みそツルツル?大丈夫?」


「わぁ」


 こりゃいかん。グロウより話が通じなかった。シルフィード様偉い。これに比べりゃ遥かにいい。

 あろう事かおばさん呼ばわりされてしまったままにずっと黙っているカミナギリヤさんの背中を恐る恐ると見つめる。

 が、予想に反して特に気にした様子もなく、肩を軽く竦めたカミナギリヤさんは片手を腰に当てて呆れたように言った。


「随分と即物的な神族だな。神話に辛うじて名があるというだけの末席ではこんなものか。

 …………先ほどから美醜と若さに拘っているようだが。それでは自分が気にしていると言っているも同然だ」


「だから何?あんたがババアって事には変わりないでしょ?

 私はいつまでも若くて可愛い、あんたはババア。分かった?

 嫉妬に塗れたババア程、醜いものはないわね。聞いてるババア?

 私が若くて可愛くて皆に愛されるのは当たり前だけど、あんたがババアなのも当たり前なのよ。現実受け入れたら?

 ねえねえ聞いてますか!?バ・バ・ア!!可愛い私が言葉掛けてやってんのよ返事しなさいよババア!!

 言い返したら?あんたの惨めさが浮き彫りになるだけだけど!ねぇねぇねぇ、バーバーアー!!ぷっ……くふふふ!やっだ、何マジな顔してんの?だっさぁ!」


 うっわ。あまりの事に口を手で覆った。

 カミナギリヤさんの方向を見ていられない。ウルトも明後日の方向を見たまま固まっている。

 怖い。怖すぎる。怖いもの知らずとはこの事だ。


「ほら、そこの不細工。早く眷属の明け渡しをしなさいよ。

 あんなに強くてかっこいいんだもの。彼らは私にこそ相応しいわ。ああいう眷属は私を愛して私に傅いて、私に仕えるのが一番よ。

 早く。ぼさっとしてるんじゃないわ。私に望まれるなんてこれ以上ない幸せなのよ?

 あんたみたいなキモいブッサイクに嫌々ながら今まで仕えてくれた彼らに最後に至福の幸せを味あわせてあげるのがせめてもの餞でしょ。

 ホラ!さっさと――――っ!?」


「ん?」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。仰け反ったエウロピアは何やら引きつった青い顔をしている。

 奇妙な反応に首を傾げた。はて?


「クーヤ殿」


「ひぃっ!!」


 ぽかーっと口を開けて青い顔のエウロピアを眺めていると、唐突に静かな声で背を向けたままのカミナギリヤさんに名を呼ばれる。

 思わず恐怖の声を上げてしまった。負ぶさっているウルトの肩も跳ねた。

 背中を向けているのでその表情は見えない。見えなくて良かった。見たらきっと後悔するので。


「絵画の悪魔達は恐らく花人を優先し、絵だけを残して彼女達の元に行ったのだろう。奥の方から気配がする。

 私達が来た事には気付いた筈だ。直ぐに戻ってくるだろう。その間、私に任せてはくれないか?」


「え?だ、大丈夫なんですか?」


「心配するな。大丈夫だ」


 そうは言うが…………心配である。

 しかしこの戦いに首を突っ込みたくないという想いも半分ある。


「…………ハァ?あんたみたいなババアが何言ってんの?調子乗りすぎじゃない?」


「ふむ、ババアか。良かろう。その執着ぶりだ。余程気にしていると見える。

 花人達の手向けにまずはその心をへし折ってやろう」


「は?馬鹿じゃないの?」


「あまり私も好きではないが。お前には効くだろう」


 カミナギリヤさんの手から神弓ハーヴェスト・クイーンが姿を消す。

 何を―――。

 ばふっとカミナギリヤさんの背中から翅が広がった。美しい巨大な蝶の羽根。

 カミナギリヤさんの魔力の色、薄桃の光が花びらとなって周囲に散った。

 その数は徐々に増え、やがてはカミナギリヤさんの姿をも覆い隠す。


「目くらまし?

 その程度で私に届くわけ無いじゃない。ばっかじゃないの?」


 確かに。目くらましなんて意味はない。カミナギリヤさんだって分かっているだろう。

 …………しかし、この光景。どこかで見たような。

 それを思い出す間もなく、花吹雪から無数の光弾が降り注ぐ。普段のカミナギリヤさんからは想像も付かないデタラメな狙い。

 床を打ち抜き、壁に穴を開けるその威力たるや。なんというか、攻撃にいつもの繊細さは微塵も無い。カミナギリヤさん、一体何を…………?

 一際大きな光がエウロピアの足元に着弾する。弾けた光は霧散する事なく集い、花びらと共に人の姿へと変じる。あまりにも近すぎる距離に彼女が反応する間もない。

 そこから伸びた手がエウロピアの首を掴んだ。


「きゃっ!?離してよババア!その汚らしい手に触れられると私が穢れるわ!」


「ふん。捕まえた。――――で。誰がババアだと?」


「ぎゃ、なっ!?…………ひぃ!?や、やめてええぇぇぇええ!!」


 余裕をこいてたエウロピアが何かに気づいたかのように悲鳴を上げて暴れだした。

 収束する光。花の模様に見える魔法陣が描かれる。それを見て、漸く思い出す。

 いや、でもまさか。

 悲鳴を上げて藻掻くエウロピアの姿が、見る見ると変わっていく。何かに吸い取られるかのように身体から光が抜け出ていく。

 その内にゴミでも捨てるかのように投げられたエウロピアは――――老けていた。

 三十代後半かそこらだろう。目じりには皺が寄り、肌に先ほどまでの張りの艶も無い。

 髪の毛はくすみ、縮れている。

 地面に転がったエウロピアは己の両手を見て、顔をぺたぺたと震える手で触り、自分がどんな姿になったかを悟ったのだろう。しばし呆然と虚空を見つめたあと、半狂乱となって絶叫を上げる。


「あぁぁぁあぁぁああぁあ!!!嘘、嘘嘘嘘嘘!!

 やだやだやだやだ、私の若さが、可愛さが、嘘、返してよおぉおぉぉぉ!!

 私の、可愛さ、若さ、嘘、あぁあぁあぁああ!!」


 いつだったか。ウルトが言っていた。生命力を司る、その反面、老いを司るのだと。

 溢れた光は空中を漂う塊となり、そのまま小さな人影となった。

 空に浮かぶ羽根の生えた小鬼。額には小さな角。耳にはわさわさと花びら。

 生意気でございと言わんばかりの釣り目を嘲りに歪ませ、キンキンとした甲高い声で笑った。


「キャハハハハ!!

 ばぁ~か!あたしは花の妖精王なのよ!これぐらい出来て当たり前じゃない!

 クスクス、みっともなーい!おばさん、そんなにショックだったぁ?

 それがホントの姿だなんて、恥ずかしいもんねー?」


「いやあぁあぁぁあぁぁあああ!!!

 返せ!返せぇ!!私の若さを返してよこのババア!!

 早く!何してんの!?返せっつってんだよババア!!」


「ババア?やだー、何言ってるか全然わかんないしぃ?鏡見たら?

 キャハハハハ!ばぁ~か!

 ぷっ…………うふふ…………おばさん、その服やめた方がいいんじゃない?

 いい年してすっごい惨めだわ!あたし、見てるだけで顔から火が出そうよ!」


「ぎゃあぁあぁぁああぁぁぁ!!」




 小さな妖精王。出会った頃の反面である悪霊としてのクソガキっぷりをカミナギリヤさんは再び私達の前で見せたのである。

 かくして戦いの幕は切って落とされた。

 どちらがよりババアかを決める、一歩たりとて譲れぬ女の戦いである。




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