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荊姫とくるみ割り人形

「すぴょぴょぴょ……」


 枕抱えて夢の中。久しぶりだなー、こんな感じの夢。

 誰かの意識に入り込んでいるかのような、遠くから眺めているかのような奇妙な夢。

 私は誰かと話しているようだ。誰かは分からない。見たことのない女性だ。うーむ、誰かに似ているな。

 その瞳には憤怒。

 何やら無茶苦茶に怒っているらしい。宥めとこう。どうどう。

 考える。何をそんなに怒っているのであろう。いや、怒っている理由は分かっている。彼女にはそれだけの理由がある。疑問なのはそこではない。

 前に会った分を弁えぬ程に命を求めた男もそうだったが。

 恨めしいのならば、怒っているのならば、それを成せばいいのだ。彼女にはそうするだけの理由もあるし、力もある。目の前で銃を構える男を殺せばいい。その為に来たのだろう。

 なのに何故。

 憎悪と憤怒に飲み込まれた彼女は何故、静かに泣くばかりなのだろう。

 光に侵食され枯れるばかりの絶望の世界。その中で彼女は声無き嘆きを叫んで絶望からの救済を求めていた。




「むぐ」


 起きた。ベッドから落ちていた。

 もそもそと立ち上がってベッドに戻る。時刻は未だ深夜だろう。窓から見える外はまだ真っ暗である。庭でぼんやりと光る例の花が見える。

 もうちょっと寝るか。転がって枕を抱え直す。もう離さないぞダーリン。足をみょーんと伸ばしてふむと一つ息をついて思考を巡らせる。

 この珍妙な夢。なんとなく察しがついている。

 ギラリと推理漫画の如く目を光らせる。嘗て暗黒神だった存在。そいつの記憶だと私は睨んでいる。

 私は暗黒神として生まれたわけだが。以前にこの神であった存在はどこに行った?

 神とて死ぬと言っていたアスタレル。死んだのか?

 レガノアに殺されたのか。ごろんと寝返りを打つ。ダーリンは離さない。だが、死んだというには酷く時間に間がある。暗黒神とは役職なのだ。暗黒魔天様がもしかしたら他の魂を暗黒神にしてくれるかもしれないと言っていた。

 だと言うのに、長らく空白だったのは疑問が残る。死んだのならば次がさっさと生まれただろう。最初に私が死んだ時、僅か一ヶ月で生まれなおしている。何か特別な素養が必要、という可能性もないではないが……それならば他の魂を暗黒神にしてくれるなんて話が出てこないだろう。そもそも私を見るに特別な素養なんて臍で茶が沸く。

 私が生まれた時、既に悪魔は消滅の危機だったのだ。マリーさん達もかなり前から暗黒魔法が使えなくなったと言っていた。かなりギリギリまで不在だった事になる。悪魔達。あいつら何か隠している。問い詰めたって喋りゃしないだろうがそれぐらい分かる。イースさんもそうだったが……何かある。

 私が思うに……生きているのではないだろうか。今もどこかで。いや。もしかしたら本当にレガノアに取り込まれたのかもしれない。

 アスタレル達は自分達が消滅する寸前まで彼女を諦め切れなかったのではないだろうか。それならば私をなんとなーく馬鹿にしているのも頷ける。私がレベル1な理由、ウロボロスの輪、先代の存在が原因ではないか?

 あいつらは私を馬鹿にするような仕草をしつつ、どこか期待しているかのようだ。助ける必要の無い場面でちゃっかり手を貸してくる。何か、私に縋るかのように期待しているのだ。

 暗黒神として神域を広げるという目的の最中、私に何か成し遂げさせようとしている。レガノアをぶっ飛ばす?…………いや。そうではない。それはあくまで手段だ。目的ではない。

 悪魔達は先代を諦めて私を暗黒神とする事を是としているのだろうか。否。これだ。諦めてはいない、未だに。消滅する寸前まで捜し求めていたのであろう存在、悪魔達はきっと今も彼女を想ってその帰還を願っているのだろう。マリーさんがそうだったように。意外や意外、それなりに義理堅いあいつら。

 私は思うのだ。この暗黒神からの解放。一番手っ取り早い方法を。

 先代を見つけ出せば、もしかしたら。――――きっと、皆幸せになれるのだろう。

 彼女を見つけたその時、私がどうなるのかはわからないが。恐らくは元来あるべき場所に還るのだろう。それでいい。あいつらの命を懸けた願いだ。叶えてやりたい。

 光は人を救わない。人の願いに応えるのはいつだって悪魔だ。その悪魔の願いならば、私が叶えなくてはならんだろう。全く、仕方の無い奴らである。




「酷いものだな。廃棄するしかない」


「……………………」


 簡素なベッドで正座である。

 寝てる間にあまりにもダーリンを離さなかったせいか。

 ダーリンは私の涎塗れでずたずたになっていた。噛み跡に爪の跡、涎の跡で酷いもんである。ていうかこの爪の跡は私か?

 危ないのでお留守番を言いつけたパンプキンハートも居ないので私しか居ないのは確かだが……ちらっと左腕を見る。色の違う腕。…………触手機能はない左腕っぽいもの……いや、考えると怖いのでやめとこう。


「縫い合わせれば…………」


「繕った所で使えん。患者を殺す気かね。君の涎と瘴気と呪いを吸い込んで枕に見えるが最早枕とは言えんよ」


 しずしずとお金を差し出して弁償した。イースさんの勧めで枕は地獄に廃棄処分した。まともな手段で処分すら出来ない代物になっていたらしい。

 前々から思っていたが腕といい涎といい、私の身体の一部ってなんで私より強いんだ。納得いかねぇ。


 白い霧に覆われた鬱蒼とした森。

 夜明けと共に診療所を出発した。


「凄まじい霧だな」


「もうちょっとですよー」


 かなり低い高度を飛ぶウルトはきょろきょろと辺りを見回している。

 ウルトのもうちょっとは信用ならないので話半分でいいだろう。

 上から見ると霧が雲のように見える。さて、花人か。カミナギリヤさんが言っていたように、かなりの警護体制だろう。

 何せ滅んだと思われていた伝説の鉱石を生み出す種族である。人間達だって逃したくはあるまい。ついたら直ぐにルイスを召喚しとこう。

 メガネタッグはあれやこれやと話し込んでいる。仲がいいな。

 あまりスピードは出していないので本も開けるぐらいだ。

 ぱらぱらと捲った。ふむ。何か戦闘準備をしておくべきだろう。魔力はたんまりある。昨夜吸い込んだ分はまだ取り出し作業が終わっていないが……それを差し引いても十分と言えるレベルだろう。


「あ、着きましたよー」


「なにぃ!?」


 ウルトの癖に正確な事を言ってやがった。慌ててみれば、まだ少し距離があるが確かに巨大な穴。

 その中心に霧からぴょこっと顔を覗かせる巨木がある。


「かなりの力を感じる。神族が居るな」


「えー……」


 神族……つまりシルフィード並みの人が居るって事か。嫌だな。

 しかも彼女の時と違い、逃げればいいってものじゃない。

 ウルトは静かに窪地全体が見渡せる切り立った崖に着地する。各々バラバラと飛び降りて眼下に広がる霧の海を眺める。

 うーむ。何か建物があるな。なんというか……ヴァステトの空中庭園とは正反対な建物だな。近代的とでも言うのか?

 ヴァステトの空中庭園のように異常な力で作られた物質としてまともではない建造物とは間逆の性質。

 白い壁。あれは……コンクリートでは?

 そのように見える。イースさんの言うところの秩序と調和の建物と言ったところか。誰が作ってもああなるという手法で以って作られた物だ。なるほど、並列化か。

 窪地の中に砦と言っていいであろう程の建物を作り上げている。と言ってもまだまだ鉄筋が丸見えで建設中のようだが。まぁ二週間じゃな。

 何か……巡回しているな。兵士か。


「気味が悪いな。何だあれは」


「…………全く同じ経路をずっと回ってますね」


「ふむ、経路どころか動き、スピード、全てが繰り返しの同一動作だな」


「あー、すっごい昔に見たことありますよアレ。何だったかなー」


 …………なんで見えるんだ?相当距離があるのだが。

 じーっと目を凝らして見る。見えるわけがないと思っていたが見えた。

 流石神様ボディである。見ようと思えば細部まで見えそうだ。ふむ。…………姿はともかく、名前も何も見えないな。アレだ、黄金ゲルの神域、そこに囚われていた冒険者達に近い。

 しかも全員同じ顔だ。不気味な。見た目は幼い少女のように見える。悪趣味だな。

 ウルトがうろ覚えと言った面ではあったがようよう何とか思い出したらしい。ぽんと手を打った。


「思い出しました。ラプターの自動人形ですね。遺跡をずっと守ってるってだけの奴らですけど……どうやって連れ出したんですかね」


「自動人形…………ふん。人形か。道理で」


「どうしましょうかねー?

 確か守りに関してはかなり厄介だった記憶がありますよ」


「同じ経路を回っているだけならば何とでもなるだろう。所詮は人形、プログラムされた動きしかしない。

 小生が先導しよう」


 言うが早いか。イースさんは白衣を翻しまるで小さな段差でも降りるかのようにメガネを押さえながら軽い調子で飛び降りた。

 断崖絶壁。眼下に見える霧と樹の海は遥か霞んで高低差など分からぬ一枚の絵にしか見えないレベルである。どれ程の高さがあるかなど言うまでもない。

 呆気にとられるとはまさにこの事。フィリアとおじさんの替わりと言っていたが……あの二人はそんな崖から飛び降りたりしないぞ!?


「クーヤ殿、絵画の悪魔を召喚しておいた方がいい」


「うぇっ!?え、あ、はい」


 慌てて地面に地獄のわっかを設置。


「出て来いルイスー!」


 ぴょんっとウサギが飛び出す。

 ウサ耳をもにもにとウサギハンドで折っては揉んでウサポジションを直している。


「お嬢様、中々に悪魔使いが荒いですな。

 この老体に鞭打つ所業ですぞ」


「どこがさ!」


「行くぞ!!」


「はーい」


「行きます!」


 駆けるかのように崖へと飛び込む。空中へと身を躍らせた瞬間、崖にぶつかるのであろう強風が下から吹きあがりほんの僅かだけ身体が浮いた。

 無論、浮いたのは極々刹那の時間だ。その浮遊感、それすらも消えればあとは落下する感覚しか残りはしない。

 ひゅおっと切り裂く風の悲鳴が耳に痛い。

 髪の毛が巻き上がり非常に邪魔である。あと普通に怖い。ルイス、その弾力ばっちりな毛皮でしっかり私を受け止めるんだぞ!死ぬからな!

 見回せばカミナギリヤさんが腕組したポーズで直立不動で落ちている。覇王か。

 先行して落ちるウルトは手に持ったアブソリュートゼロで切り立った崖から時折突き出ている岩を落ちながらも器用にこそぎ削り落としている。多分後ろに続く私達の為だろう。意外に気が利くな。後続たる私達に空に放られた破片が今にもぶつかりそうなのは目を瞑ってやる。

 綾音さんは恥ずかしそうに片手でメガネを押さえながらもう片手で必死に風に煽られてばさばさと捲くれあがるスカートを押さえている。

 む。その姿を見て自分の身体を見る。

 昨夜買っておいた縦縞の毒々しい奇抜な服は見事に捲くれあがって絶景かな。ぱんつ丸出しである。今気づいたがぱんつに三つの抽象的な目の模様がある。キメェ。

 まぁいいけど。神様たるものそんな瑣末な事は気にしないのだ。


「お嬢様、少しは慎みを覚えて頂きたいものですな。

 そのお子様用のかぼちゃぱんつはお嬢様にお仕えする私共としても聊か恥ずかしいものですので仕舞っておいた方がよろしい」


「うっせー!かぼちゃぱんつ馬鹿にすんなーい!」


 どうせマリーさんのようなレースふりふりオシャレ下着には適わないわい!


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